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180 双生の明星(前編)

前回は人狼の執事アジーン、近衛長エークや夢魔リリンの視点でしたが、今回から前後編で、愚者ロキ、堕天使ルシファーの視点(及び回想)に入ります。


 浮遊城の玉座で――いや、城の一階の温室にしつらえた粗末な椅子の上で、第六魔王セロの偽者こと愚者ロキは驚きを隠せずにいた。


 もともと、呪いの第一人者と自負してきたつもりだが、いかにも稀代のトリックスターらしく、認識阻害や封印にも当然長けていた。


 実際にその技術でもって、冥王ハデスの右腕を務めてきたし、古の大戦でも猛威を振るったほどだ。


 もちろん、吸血鬼も闇魔術を得意とする種族だということは知っていたが、その真相たるカミラをもってしても、これまでずっとロキに翻弄されてきた。


「まさか……この私めを出し抜いてくれるとはね」


 ここにきて、愚者ロキはついにその仮面を外した。


 そこには東領の神殿郡跡の地下で、第五魔王こと奈落王アバドンを最終的に屠った人物と瓜二つの姿があった。


 最早、ロキも隠すつもりがないのか、邪竜ファフニールや蝿王ベルゼブブといった武闘派の魔王たちと引けを取らないほどの濃い魔力マナと共に、瘴気も発し続けている――


 ちなみに、この瘴気についてだが、どうやら近づく者全てに呪いをかける自動パッシブスキル『呪い手』のようで、愚者の称号を継いで『救い手(オーリオール)』を得たセロとは明らかに対照的な特性だ。


 そのおかげで、ロキの周囲には不気味な呪詞が幾つも連なって漂っている。


 また、双生の魔族というだけあって、堕天使ルシファーと同様に、ロキもどちらかと言えば、天使に近い超然とした雰囲気があった。


 ただし、彫像のように美しい顔にはルシファーのように黒塗りで罰点は刻まれていない――


 ロキの素顔には縦に一本の太い黒線が引かれていて、片方は天族のように白く、もう片方は魔族を象徴するかのように浅黒い。


 そんなロキはというと、やれやれと肩をすくめてみせてから、


「はてさて、いったいどこで気がついたのです?」


 と、鷹揚に真相カミラに声をかけた。


 だが、カミラもロキのように両肩をわずかに上げると、


「残念なことだけど、貴方の潜入に気がついたのは私ではないわ。この娘たちよ」


 そう言って、カミラの背に隠れている夢魔サキュバスのリリンをくいっと指差した。


 もっとも、指名されたリリンはというと、「まあ、第一発見者は人狼メイドのドバーですけどね」と呟きつつも、話の主導権を握った――


「時期的にはセロ様が聖女パーティーを見送った後――おおよそ王国で第二聖女クリーンが弾劾を受けていた頃合いでしょうか。逆に聞きたいのですが、なぜそのタイミングで乗り込んできたのですか?」

「ほう。ずいぶんと前から目をつけられていたというわけですか……いやはや、そうはいっても理由なぞ、さして持ち合わせていないのですよ」

「は? 理由がない?」

「ええ。以前にそこのカミラに指摘されたことがありましてね。私めはどうやら愚者らしくない、と。そのかいあって、賢くあることを止めたのです」


 そんな可笑しなことをロキが言い出してきたので、リリンはカミラと目を合わせた。


 もっとも、カミラはたしかに古の大戦後に、この古城のバルコニーでそんな話をした記憶はあったものの、それがロキの信条を揺るがしたようには到底思えなかった……


「貴方……また私をおちょくっているでしょう?」

「とんでもない。本気ですよ。愚かであるとは何か、私めは常々考えてきたのです」

「だから、愚かにも私の統治時代にこの城によく潜入していた上に、今回もさしたる理由もなく、のこのことやって来たと?」

「まさしくその通りですよ。おやおや、カミラよ。私めよりよほど賢くなったのではないですか?」


 ロキはそう言うと、慇懃無礼に腰を折ってお辞儀をしてみせた。


 これだけダークエルフや吸血鬼たちの精鋭に囲まれているにも関わらず、いかにも余裕綽々といった様子だ。


 最早、逃げ場などない。いや、その唯一の出入口は人狼メイドによって固められている。アジーンもそこに加わって、捕らえるには万全の体制だ。


 それなのにロキは落ち着き払った態度を崩さない――そのせいか、かえって精鋭たちの方に焦りが生じていた。


 もっとも、それこそがロキの狙いなのだろう。カミラはそう看破すると、


「まあ、賢いとか、愚かだとか、私にとっては本当にどうでもいいことだわ。さあ、ロキ――ここで千年来の因縁の決着をつけてあげる!」

「それは無理だと思いますよ」

「ほう……なぜかしら?」

「私めは単なる陽動に過ぎません。本命は私の兄を天に届けること。それこそが私の役割なのです。そういう意味では、私めこそ、愚かであるとか、賢いとかどうでもいい、ここで貴女を釘付けにして、神の座に赴けなくした時点で私めの勝ちなのです」

「…………」


 そんな唐突な勝利宣言に、カミラも、リリンも、またエークやアジーンも黙り込んだ。


 どこまで本気か分からなかったし、またルシファーとロキとの関係性もいまいちまだよく掴めていなかった。


 そもそも、カミラからすれば逆に、ロキをここで退けて、セロを天界に向かわせた時点で勝利なのだ。そういう意味では、ロキは負け惜しみを言っているようにしか見えなかった。


「く、ふふ。どうしました、カミラよ? どこか目が泳いでいますよ。何か見逃していないか、探っているような顔つきですね」

「そんなことはないわ……むしろここで貴方をぶちのめせることに高揚を覚えているぐらいよ」

「そうですか。では、古い付き合いだから少々教えて差し上げますが――貴女は嘘をつくときに癖が出るのです」

「……へえ。そうなの?」

「尖った犬歯を舐める癖がある。今後は気を付けた方がいいですよ。交渉ごとには向かない」

「ありがとう。で、だからって何?」

「そもそも、貴女は愚者の本質を理解していない」

「愚者の本質?」


 カミラは鸚鵡返しすることしか出来なかった。


 ロキの術中に嵌まるつもりはなかったが、その一方でカミラもどこかおかしいのでないかと薄々感じていた――


 なぜ、ロキとルシファーは双生なのか。


 なぜ、同じ時代に愚者の称号を持つ者が二人も生じてしまったのか。


 そもそも、なぜ――ロキはこの死地に赴いてまで、わざわざカミラを足止めしたかったのか。


 ……

 …………

 ……………………


「もしかして……セロでは……神の座につけない根本的な理由がある?」


 直後だ。ロキはぱちぱちと両掌を叩いてみせた。


「その表情です! 私めはそんな貴女の惑う顔が見たかった! その通り! 愚者ではあの座につけないのです。私めこそがその証! ――さあ、カミラよ。どうしますか? セロを追いかけて今さら天界に赴きますか? しかしながら、そうはさせませんよ! ここで私めと果てなく踊ってもらいましょう」


 こうしてロキは初めてその手に武器を構えてカミラと対峙したのだった。


ロキの最後の台詞「その証」については次回以降に説明が入ります。

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