179 仮面の告白
本当に申し訳ありません。作者の完全なミスですが、セロ不在の魔王国で温泉宿で留守番しているはずのアジーンが浮遊城にいることになっていました。やはり数か月も空けると駄目ですね。反省です。
プロット的には、モタと結ばされそうになったアジーンが急いで駆けつけてきた――というエピソードで足りるのですが、何にせよ読者の皆様は混乱されたかもしれません。今後は注意いたします。
実のところ、人狼の執事アジーンは焦っていた。
どうやら真祖カミラはセロやルーシーたちと謀って、眼前にいる愚者ロキとやらを陥れたらしい。たしかに敵を騙すにはまず味方からというぐらいだから、やり方としては間違っていないのだが……少しは相談してほしかったとも思う。
というか、真祖トマトを仕入れに来た人狼メイドたちが廊下にバリケードを築いて、この温室からロキを逃がすまいとしているところから察するに、もしかしたら知らされていなかったのはアジーンだけなのではないかと考え至って、
「きゃうーん」
と、アジーンにしては珍しく、哀しそうに鳴いてしまった。
さながら雨に濡れそぼって、段ボールごと捨てられた犬のような気分である。
正直なところ、カミラがセロに剣先を向けたときは単なる気紛れか何かだとも思っていた。そもそも、カミラは秘密主義なところが多々あって、以前にバーバルたち勇者パーティーが攻めてきたときも、アジーンたちには何も告げずに、暇を与えてきたような主人だ。
裏でこそこそと何かやっていたことも多かったし、それについての相談もなく、アジーンからしても隠れて男に会っているのかなと踏んではいたが、さすがに余計な詮索はせずにいた。
そういう意味では、これはこれで主人と執事との程よい距離感だと捉えてきたわけだが、今回のように除け者にされるくらいなら、新しい主人セロとはもっと積極的に関わっていかないと駄目だなと気持ちを新たにした次第だ。
「…………」
一方で、近衛長エークは無言のまま涼しい顔つきをしていたが、背中に汗をどっぷりとかいていた。
もちろん、アジーン同様にエークも何一つとして知らされていなかった。というか、ここが浮遊城一階に新設したばかりの温室だということにも気づけなかった。
これほどの認識阻害を展開出来るのは、第六魔王国広しと言えど一人しかいない――ドルイドのヌフだ。ということは、しばらくエルフの森林群の混乱を収める為にあちらに滞在していたヌフが、いつの間にか、セロ、ルーシーやカミラたちと共謀して、秘密裏に戻って来ていることになる。
可能性としては有翼族の女王オキュペテーが浮遊城にやって来たタイミングだろうと推測されるが、何にしても一言も相談がなかったのは近衛長として辛かった。もしや、セロにはあまり信頼されていなかったのかと、がっかりとほほと肩を落としたくなってくるほどだ……
もっとも、周囲のダークエルフや吸血鬼の精鋭たちがしっかりとカミラを囲って守っているところを見るに、どうやら知らされていなかったのは、セロに最も近い位置にいたエークだけのようだ。
いや、もしや……アジーンもだろうか。
と、エークはアジーンの哀しき遠吠えを耳にして、すぐに目配せして、アジーンと意思疎通を試みる――
(おい、アジーン。これはいったいどういうことだ?)
(知らん。手前にも報告、連絡や相談は一切なかった)
(ということはわざとか? 近しい者にはあえて教えなかったと考えるべきなのだな)
(もしくは、エークよ。これは……新たなプレイの可能性もあるぞ)
(ほう。肉体的にではなく、精神的に私たちを責め抜こうということか?)
(ああ。セロ様やカミラ様が主導したのではなく、エメス様の考案なのやもしれん。少なくとも、セロ様はこういう攻めはしないはずだ)
(ふむん。アジーンよ……こういうのも……たまには悪くないな)
(うむ。エメス様からのご褒美だと受け取ろうではないか)
全くもって救われない性癖である。
というか、二人ともエメスに拷問され過ぎて、こうしてアイコンタクトで以心伝心出来るスキルを身に着けてしまったのだから凄まじい。
そんなどうでもいいことはともかく、二人はしれっと何喰わぬ顔をして臨戦態勢を取った。本来、タイマン上等の第六魔王国だが、どうやら相手はカミラにとって因縁の相手のようだ。
しかも、ここまで大掛かりな策謀で嵌めてやらないことには相対も出来ないタイプの敵らしい。ということは、ろくな魔族ではないということだ。だから、エークも、アジーンも、基本的にはカミラに任せつつも、この敵が逃げたり、罠を張ろうとしたりするなら、躊躇なく加勢しようと考えた。
そんなあれな二人とは違って、わりとハラハラ、ドキドキしていたのは夢魔のリリンだ――
というのも、今回の仕掛けを大まかにセッティングしたのは、セロでも、ルーシーでもなく、実はリリンだった。どうやらロキとかいう輩はカミラの魔王時代にもよくこの城に潜入していたらしく、今回もしれっとやって来て、認識阻害によって非番となったダークエルフや吸血鬼の精鋭に入れ替わっていた。
魔王城はそのまま浮遊して、エルフの大森林に侵攻し始めたので、結果的にはロキを空に閉じ込める格好となったわけだが、人造人間エメスがロキの危険性をよく知っていたので、敵に悟られないようにと、セロとわずかな女豹たち――さらにカミラが浮遊城にやって来てからはカミラ自身も加わって、ロキをいかに出し抜くか、ずっと検討してきた。
泥竜ピュトンの恋愛相談所に女豹たちがわざわざ集まっていたのもそれが理由だし、エークやアジーンに詳しく話さなかったのも、今回は付き人のドゥが強襲機動特装艦に乗艦していて、エークたちが付き人の代わりになっていたので、偽物のセロに感づかれないようにする為だ。
何にしても、ロキはどうやら自身の力を相当に過信していたのか、あるいは第六魔王国がカミラ統治時代よりも遥かに文明レベルが上がったことをろくに知らなかったのか――
潜入からの一部始終が対象自動読取装置に撮られていることに気づかなかった。
そもそも、ヤモリ、イモリやコウモリたちもいるのだ。
おかげで第五魔王国の虫たち同様に、今回もさっさと掃除しようと試みた人狼メイドのドバーにエメスが「ちょっと待った」と持ち込んで、ロキの捕獲作戦が浮遊城を舞台にして始まったわけだ。
エルフの大森林侵攻以降、アジーンとモタとの結婚騒動でわざとらしく騒々しくしたのも、ロキに動きやすくなってもらう為でもあって、こうして温室に追い込んだことで、やっとリリンも「ほっ」と一息ついた次第だ。
そんなリリンはというと、ノリノリのカミラに後事は託しつつも、もう一方の作戦について考えていた――
「まあ、あちらはノーブル殿とジージ殿もいるから問題ないと思うけど」
モタがやらかしていなければいいなと苦笑しつつ、リリンは遠くの空に思いを馳せたのだった。
「強襲機動特装艦のステルス操行を解くぞ。同時に、スレッジハンマー照準、及びゴッドフリート照準、敵魔族! 撃てえええ!」
かかしエターナルの司令室では高潔の元勇者ノーブルがそう吠えた。
同時に、かかしエターナルの対空ミサイルが敵に無数に放たれたことで、その敵ことルシファーが驚いて、いったん滞空して何とかしのいでみせた。
「これはいったい……ちい、うざったい!」
ルシファーは反転して、強襲機動特装艦に対して『電撃』を無詠唱で放った。
が。
どこからか種が弾けた音が聞こえて、やはり宙にいくつものファンネルが急に現れ出ると、ルシファーの電撃を全て打ち消していった――ドゥが搭乗するストライクフリーダムだ。
そのときだ。
ルシファーの一瞬の隙を突いて、上空から長柄武器で攻撃を仕掛けてくる者がいた。その者はリュック型のバーニアを背負っていた。
「貴様は……人造人間エメスか!」
「よく避けました。褒めて差し上げましょう。いやはや、久しぶりですね、ルシファー。いえ――」
エメスはそこで言葉を切ると、「ふう」と小さく息をついてみせた。
「本当の名は、愚者ロキ。まさか貴方がたが双生の魔族だったとは考えてもいませんでしたよ。しかしながら、貴方がたのくだらない思惑は小生たちがここで潰してあげましょう。終了」
そんなわけで次話からカミラ対ロキ、エメス対ルシファー(ロキもう一人)の戦いになりますが、今回同様にロキ視点、ルシファー視点をいったん交えます。