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177 仮面

前話は古の時代のカミラの回想でしたが、今話は一気に時代が下って、現代――ヒュスタトン会戦後の浮遊城(175話終盤)に繋がりますのでご了承ください。


 勇者の始祖カミラと稀代のトリックスターこと愚者ロキの勝負の行方は――


 ――結局のところ、つかなかった。


「貴方……まさか逃げるつもり?」

「当然でしょう。個体として魔族最強を誇るベルゼブブですら押し返すほどの力を持った貴女と、まともに戦うほど、私めも愚かではありませんよ」

「愚者のくせしてよく言うわ」


 勇者カミラは皮肉をこぼしたが、たしかに愚者ロキの言う通りだった。


 当時のカミラに正面から戦って勝てるほどの実力がロキにあったなら、それこそ古の大戦で暗躍などせずに自らが主役に躍り出ていたことだろう……


 その方がよほどトリックスターの真骨頂だったはずだ。


「私から逃げ切れると思っているの?」

「もちろんですよ。そうでなければ、賢者なぞ演じたりはしません」


 愚者ロキはそう言って、古城のバルコニーの手すりに背をもたらせた。


「それは……どういう意味なのかしら?」

「おや。勘だけは鋭い貴女が気づかなかったとは? やれやれ。賢者を仲間だと信じ込んでいた彼らが本当に呑気に寝ているとお考えだったのですか?」

「まさか! パーティーの仲間に何かしたの?」

「正確に言えば、まだ(・・)何もしていませんよ。そう。まだ、ね」

「…………」

「つまり、全ては貴女の行動次第というわけです」


 そこまで言うと、愚者ロキは「くく」と嫌らしい笑みを浮かべてみせた。


「早く皆のもとに行ってあげた方がいいですよ。貴女と違って、彼らでは長くはもたないでしょう。何にせよ、いつかまたお会い出来ることを祈っています。まあ、そのときは貴女の力の大部分は失われていることでしょうがね」


 愚者ロキは片手を振って別れを告げると、手すりを背にしてくるりと回って、古城の二階から落ち、さらには岩山を下っていった。夜だったこともあって、岩陰の中にロキの姿が消えていく。


「くっ……」


 一方で、カミラは舌打ちしつつも、仲間たちのもとに急いだ。


 古城の入口広間では認識阻害によって分かりづらくなっていたが、巨大な魔術陣が描かれて、仲間たちに『反転の儀』が施されかけていた。今まさに強力な呪いが全員にかけられようとしていたのだ。


 カミラはまた「ちい」と舌打ちするしかなかった。


 自らの強さを驕っていた。ロキ程度ならすぐに討伐出来るだろうと踏んでいた。その結果、まんまと相手の術中に嵌まってしまった――


「要するに、勇者としての力と仲間の命を天秤にかけたいわけね」


 もっとも、カミラに迷いはなかった。


 呪いがカミラにかかるように仕向けたのだ。


 こうしてカミラは呪いを受けて魔族に転じ、第六魔王として古城を拠点に北の魔族領を治めた。


 大切な仲間を人質に取られた苦い経験から、以降はほとんど配下も持たず、長らく後継者たる眷族も作らなかった。


 当然、愚者ロキの動向をずっと窺ってきたわけだが、エルフの大森林での争乱や帝国での戦争の影に潜んでいたようではあったものの、結局、その尻尾も掴めなかった。


 無駄に得られたのは、野心に駆られたエルフのドスとの知己くらいだった。


 それでも、ルーシーたちを引き取って育てたのは、吸血鬼のブラン公爵が勢力を伸ばしたり、王国を支えてきた天使モノゲネースが不可解な動きを見せ始めたからだ。


「娘たちに愛情をかけてあげられなかったことだけが悔やまれるけれど……」


 カミラは幾度か、贖罪の言葉を告げた。


 ……

 …………

 ……………………


 あれから幾世紀が過ぎたことだろうか――


 浮遊城の玉座の間で、真相カミラはそんな昔のことを懐かしみながら剣を手に取って、その剣先を新たな第六魔王――いや、大陸の覇者にはっきりと向けていた。


 そんなカミラの行動に対して、セロはどこか諦念とでも言うべき表情を浮かべてみせてから、言葉を投げかけた。


「僕たちの戦いも、ついに始まるのですか?」


 愚者としての称号と共に記憶まで継いだわけではない。


 だが、セロはよく理解していた――これは決して逃れられない運命さだめなのだと。


 すでにヒュスタトン会戦での勝利を受け、第二聖女クリーンを旗頭にした王国の反体制派は、第六魔王国と強固な同盟を結ぶことになるだろう。


 結果、第六魔王国は大陸上のほぼ全てを占めたと言っていい。もちろん、それだけでなく、今となっては地下世界の第二魔王国や第四魔王国とも協力関係にある。


 つまり、カミラが愚者ロキの情報を求めて興した第六魔王国は、同じく愚者セロのもとで花開いて、ついにこの世界の三分の二以上を実質的に手中に収めたわけだ。


「本当に皮肉なものよね」


 そんな状況で、二人の魔王は地上における最後の戦いの火蓋を切ろうとしていた――


 もっとも、当のカミラは意外なことに、小さく笑みを浮かべて、やれやれと肩をすくめてみせた。どこか哀しく、切なく、それでいながら寂しさだけは一片たりとも見せやしない。


 カミラは「ふう」と息をついた。


 そうね……


 ……あのときと全く同じ状況よね。


 違うとしたら、今度は私の方から仕掛けたという点かしら。


 と、カミラはセロをきつく睨み付ける。そもそも、せっかく魔族と天族との不毛な争いの終幕がすぐ目の前まできて、こんな絶好の機会をかの者(・・・)がみすみす逃すはずがないのだ。


 だからこそ、カミラは己の信念を貫いて、剣先をセロに向けたまま、問いかけにやっと応じた。


「ええ、そうよ。私か、貴方のどちらが相応しいか」

「正直なところ、あまり興味を持てないのですが?」

「構わないわ。それならここで私に魔核を潰されてちょうだい?」

「…………」


 当然、セロはしばらく無言を貫いた。


 もっとも、セロはカミラを説得しようとか、懐柔しようとか、そういったことで悩んでいたわけではなかった。


 このとき、セロはその仮面の下(・・・・・・)で、ただ、ただ――古くからの好敵手ことカミラを嘲笑っていただけだったのだ。


次話で詳しく語られますが、ロキがずっとセロだったわけではありません。天界に上るこのタイミングで、ロキが策略で入れ替わっただけです。

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