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&92 外伝 尻に敷かれる(後半)

 王国の現王シュペル・ヴァンディスが突然、その姿を現して、さらに魔性の酒場(ガールズバー)のカウンターまで歩んできたことに、モンクのパーンチは唖然とした。


「……って、王様じゃねえかよ。何でこんなとこにいんだよ?」


 以前、シュペルが一時的に外交官として第六魔王国に滞在していたときに、パーンチはその護衛を担っていたので、一応は勝手知ったる仲である。


 とはいえ、ヒュスタトン会戦からこっち、パーンチは孤児院の子供ちびたち共々、完全に魔王国の住人になったし、またシュペルは王国に戻って今では現王だ。二人の道は完全に分かたれてしまった……


 そんなシュペルの登場に――意外にもセロはさして驚きもせずに声を掛けた。


「シュペル殿は……今もまだ、たまにここに来られているんですよね?」

「はは。さすがにセロ殿のお耳に届いていましたか。いやあ、お恥ずかしい限りです」

「いえいえ。それだけ当国を信頼して頂いている証拠と受け止めて、とてもうれしく思っていますよ」

「そう言って頂けると助かります。何せ、ここは認識阻害がしっかりと展開されているので、私が入って来ても、人族の冒険者や騎士たちは全く気づきませんからな」


 シュペルはそう言って、ホールの方にちらりと視線をやった。


 セロは「ふむん」と息をついた。実のところ、シュペルがいまだに足繁く通っていることについては魔性の酒場に勤めている夢魔たちから報告を受けていた。


 そもそも、魔王城の岩山のふもとと王国の大神殿の地下は転送陣で繋がっている。奈落こと『地獄の門』の座標を以前のままにしてあるので簡単に行き来が出来るのだ。


 今やその門を隠蔽して秘かに見張っていた天使たちはすでにおらず、聖女クリーンの管轄になっているし、一方でこちらのふもとはというと、上空からコウモリたちが、またすぐそばのプールからイモリたちが監視してくれているので不審者は通れない。


 結局、羽目を外したいとまではいかないが、王となったシュペルは暇を見つけては慣れ親しんだハードボイルド空間にやって来るわけだ。いわば、現王にとっての隠れ家みたいなものである。


「さて、と」


 シュペルは小さく息をついて、パーンチの隣に座った。


 かちんと互いのグラスを合わせて旧交を温めつつ、くいっとお酒に口をつける。そして、しばらく無言のまま、シュペルはじっと物思いに耽った。


 すると、パーンチは堪らなくなったのか、シュペルに相談を始めた――


「王様はもう結婚して長いんだよな?」

「もう二十年ほどだ。婚約していた時期を含めれば、三十年にもなる」

「夫婦円満の秘訣を聞かせてもらえないか?」


 これにはセロも耳を傾けた。他国の王とはいえ、人生の先達の言葉は素直に聞くに限る。


「秘訣か……そうさな。妻に逆らわないことだな」

「結局、それかよ……」

「そうはいっても、それが一番大事なことなんだ。ただでさえ、仕事で散々戦うのだ。家庭にまで戦場を求めてはいかん。身が持たんし、心も休まらん」

「まあ、たしかにな」

「妻の言うことにはとりあえず、はい、と答えておけばいいのだ。それだけで十年は持つ。いずれ、あなたはいつもはいしか言わないのね、と愚痴られるから今度は、いいえ、と答えればいい」

「本当にいいのかよ?」

「いいえと答えるのはそのときだけだ。それだけであと十年持つ」


 セロとパーンチは顔を見合わせた。


 シュペルだけが「ふふ」と笑みを浮かべている。夫婦円満の秘訣とは――結局のところ、尻に敷かれろということらしい。


 とはいえ、パーンチは巨大蛸クラーケンの束縛の件を話した。尻に敷かれる以前に、パーンチはすでに吸盤にすわれて、触手にも巻き付かれている。物理的に死ぬ寸前までいっているのだ。


 すると、シュペルはわずかに首を傾げてみせる。


「そもそも、蛸とは……交接時に雄が命尽きる種ではなかったかね?」


 シュペルにそう指摘されて、セロは「そういえば――」と思い出した。


 パーンチが平然としているから忘れかけていたが、以前も巨大蛸クラーケンと性交したらパーンチは死ぬのではないかと皆で話し合ったことがあった。


「そういう意味では、吸盤ですったり、触手で巻き付いたりというのは――」

「もしや、オレを殺そうとしているってことか」

「相手に悪意があるのかどうかは知らんが、それだけ激しく愛しているということなのだろうな。その愛の重さに縛られてみるのも悪くないのではないか?」


 シュペルにそう言われて、パーンチはむしろ目が覚める思いだった。


「つまり、オレはむしろ束縛されてよかったということか。種族が違うからいまいち分からなかったが、それこそが巨大蛸クラーケンの愛の形だったってわけだな」


 パーンチはそこまで言って、がたっと立ち上がった。


 どうやら答えは出たようだ。今ではパーンチもセロの自動パッシブスキル『救い手(オーリオール)』を受けているので、早々容易には死なない。


 それにもしぽっくりと逝ってしまっても、ドルイドのヌフや巴術士ジージによる『蘇生リザレクション』で生き返ることも可能だ。何なら、最近はおやつ研でモタの弟子チャルが万能薬を作っているから、それを常備しておいたっていい。


「こりゃあ、仕事を休んでいられないな」


 蘇生や万能薬だってただではない……


 何にしても、パーンチはカウンターにグラスを置くと、「治験のバイトに行ってくるぜ」と言って、魔性の酒場を後にした。


「さっきまであれだけぐだぐだだったのに……良い顔つきになったな」

「そうですね。いやあ、愛にも色んな形があるものなんですね」


 二人はそう言って、かちんとグラスを合わせて飲み直したわけだが……


 その晩、巨大蛸クラーケンの抱きつきによっても死なないパーンチが人造人間フランケンシュタインエメスの治験によって幾度も死ぬことになるとは、さすがに二人とも知らなかった。

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