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&88 外伝 港区女子(序盤)

 宵闇。ここは北海の峡谷――


 第六魔王国の最北にして、断崖がそびえ立つ峡湾だが……実は最近になって小さな港が出来た。


 とはいっても、船は一隻も見当たらない。


 誰かが漁業の為に使用しているといったふうでもない。


 それもまあ当然のことで、ここはモンクのパーンチと巨大蛸のクラーケンの間に出来た子供たちを放流するといった用途で、急遽、(こしら)えたばかりだ。


 そんな北港の崖上にぽつんとある古塔から、真夜中の峡谷全体を眺望ちょうぼうして、ソファで優雅にくつろぎながら、


「何だか……とても不思議な気分だわ」


 と、呟く女性がいた。吸血鬼のモルモだ。


 その手には、これまた最近になってここらへんを飛ぶようになったかかしファンネル(ドローン)が運ぶトマトジュースがグラスに注がれて揺らめいている。


「はあ……」


 モルモはそれを一口飲んで、小さくため息をついてから、


「私も……やっぱり、ほしいわ」


 いきなりそんなことを言い出した。


 こんな夜更けにいったい何がほしいのか? それはもちろん――子供である。


 どうやらパーンチやクラーケンによる放流に、王国の孤児院の子供ちびたちがわいわいと付いてきたことで、モルモは刺激を受けてしまったらしい。


 とはいえ、モルモには現在、付き合っている男性がいない……


 古の時代には真祖カミラよりもよほどぶいぶいと言わせていた女傑だったこともあってか、さすがにドルイドのヌフみたいな未経験の引きこもりではないものの……


 それでも棺に数十年ほど籠ってぐーすかと寝ていることを良しとする典型的なぐーたら吸血鬼である。


 どちらかと言うと、やらかさない魔女のモタみたいな感じで、いっそ性質的には巴術士ジージの一番弟子ことサモーンに近い――ルーシーが言うところの親戚のおばちゃんだ。


「セロから子種をもらうのは……やっぱりダメよね。ルーシーに怒られるだろうし」


 さすがに実の娘同然に可愛がってきたルーシーの旦那にたからないぐらいの良識は持っているようだ。


「となると、他に誰かいたかしら? 第六魔王国の幹部あたりを数人……美味しくいただいてみるのもありかもね」


 こういうところは吸血鬼の第二真祖と謳われて、畏れられてきた所以ゆえんか。


 相手のことをこれっぽっちも考えていない。迷惑もへったくれもない。真相カミラ同様に、まさに唯我独尊天上天下だ。


 そもそも、一般的に魔族は魔眼によって生涯の敵を探すものだが……


 モルモは子供がほしいのであって、別に好敵手ライバル同伴者パートナーがほしいわけではない。


 面倒事は御免なのだ。何なら子供をさらってきてもいいのだが、さすがにそんな下衆げすなことをしないだけの良識だって持ち合わせている。


 だから、異性に活きのよい精子だけねだって、あとは知らないとばかりに男どもを突き放すのが一番適当なのだ。


 古の時代より遥か以前には、男性に何もかもう港区女子なる化け物がいたというが……まさに北海の港区に棲む魔物の如く、「じゅるり」と舌舐めずりして、


「何にしても、こんなふうにいつまでも考えていたって埒が明かないわ。早速、男どもでも物色しに――魔王城へと赴くことにしましょうか」


 こうして吸血鬼モルモは夜更けに旅立つことにしたのだった……






 ダークエルフの近衛長エークと、人狼の執事アジーンは朝から悪寒を感じていた。


 もしや第六魔王国にたちの悪い風邪でも流行り始めたのかと、ちらりと視線を交わして互いの不調に感づきつつも、その日の朝も日課の拷問を終えて、魔王城地下の娯楽室・・・から足並み揃えて出てきた。


 かつては泥竜ピュトンが囚われていたこの場所も……今では立派に二人の趣味部屋となっている。


 もちろん、人造人間フランケンシュタインエメスとて暇ではないので、かかしたちに様々な機能を搭載して、二人を散々に苛め抜くように設けてある――


「いやはや、今日も中々によい鞭捌き(おてまえ)だったな」

「うむ。手前てまえもよく鍛練してきたものだが……今もまだ背中がひりひりするぞ」

「貴様もか。私もさっきから縄の跡がじりじりと心地良い」

「ふむん。やはり……拷問は良いな」

「ああ。何としてでも……この国のエンターテイメントとして昇華したいものだ」


 セロが聞いたら、たまげて飛び上がるようなことをさらっと言ってのける二人である。


「それでは、手前はメイド長に朝食の支度が出来ているかどうか確認してから、セロ様を起こしに寝室へと向かう」

「分かった。私はセロ様に了承をいただく書類などを整理して、その後に近衛たちに稽古をつけてくる」

「そういえば……今日は別段、来客などの予定はなかったはずよな?」

「ああ、入っていないぞ。温泉宿の方はどうなんだ? たしか……王国から貴族どもの予約が幾つかあったのでは?」

「そちらも問題ない。第三魔王の邪竜ファフニール様も帰国なさったばかりで、部屋に 十分な空きがあるし、冒険者たちにも気を遣う必要もなくなった」


 その返答にエークは「そうか」と応じてから、二人は共に階段を上がった。


 普段は対抗心を剥き出しにする二人だが、実務上ではしっかりと認め合っている。実力も伯仲。それに加えてセロに対する忠誠も篤く、どちらも配下として瑕疵かしがない……


 いや、性癖的にあれ(・・)なのが玉にきずやもしれないが――何にせよ、この日、二人の忠臣はセロに尽くそうと登城した。


 そこにはすでに普段の日常がないとも知らずに……






「筋肉は――」

「全てを解決する!」

「胸筋こそ最高ナイスバルク! 背筋こそ至高ナイスバルク! いいよ、いいよ、ノッてるよ!」


 そんなふうに魔王城外で早朝から騒がしく、それぞれの筋肉を称え合っていたのは――高潔の元勇者ノーブル、ドワーフ族長の息子オッタに加えてモンクのパーンチである。


 そのうちノーブルとオッタが「へっくしょん」と、豪快なくしゃみをした。


 二人の様子を見て、パーンチは呑気に「おいおい、筋トレが足りてねーぞ」とツッコミを入れる。


「やれやれ、おかしいな……今の悪寒は何だったのだ?」

「ほう。ノーブル殿も気づいたか? 拙者もこんな怖気を感じとったのは久しぶりだ」


 それを聞いて、パーンチは「あ、はは」と笑った。


「朝から何を言っているんだ、二人とも? たしかに涼しくなってきたとはいえ、ぶるっちまうには季節がまだ早いぜ」

「そう……だな。とりあえず走るか!」

「おう! 駆けて、体を熱くするに限るわい!」


 こうして三人はランニングへと繰り出した。もちろん、このとき二人・・も――まだ港区女子の恐ろしさにこれっぽっちも気づいてなどいなかった。


 ここに真の恐怖の宴が開演したのだ。

『トマト畑』はいわゆる男性向けのライトノベルなので、男性一人に対して女性複数というハーレムの状況を意図的に作っていて、「女豹大戦」のような女性たちが戦い合うエピソードもあるわけですが……


今回はわりと珍しい、一人の女性が男性複数を襲うという話になります。


ところでこの「港区女子」なる言葉……流行りのワードなので使ってみましたが、「トー横キッズ」と一緒に果たして24年まで残っているかどうか……

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