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&86 外伝 失敗は勉強である(前半)

タイトルは発明王エジソンの言葉になります。これだけ話数を重ねてきた拙作の中で意外に少ないと、最近やっと気づいたのですが……第六魔王国の発明王こと人造人間エメスの回です。


 セロはその日の昼過ぎに「岩山のふもとまで来てください」と、人造人間フランケンシュタインエメスに言われていた。


 しかも、「可能ならば本日の昼食は少なめでお願いします、終了オーバー」と、追加の言伝までもらっていた。はてさて、これはいったいどういうことかと、セロが首を傾げながら岩山の坂を下りながら付き人のドゥに尋ねるも、


「何か聞いていたりする?」

「いえ」

「もしかして……エメスまで料理に目覚めちゃったとかじゃないよね?」

「むう」

「まあ、それはそれでどんな料理が出てくるのか楽しみでもあるけど……いや、やっぱりちょっとばかし怖いかな……ははは」


 セロは笑ってごまかしたものの、すぐに「はあ」とため息をついた。


 最近、第六魔王国では城下町が形成されつつあって、魔族領にもかかわらず料理文化が開花している。


 一昔前まで屍喰鬼グールのフィーア、人狼メイド長のチェトリエや夢魔サキュバスのリリンぐらいしか積極的に調理場に立たなかったのに、今や誰もがこぞって人族の料理を勉強するほどだ。


 これは王国が平定されたことで、人族の冒険者だけでなく、王国北領の貴族や商人たちがこぞって第六魔王国を訪れるようになったからという背景もあるし、何よりもう一つの大きな理由――いや、問題・・によるところもある。


 実際に、セロたちがふもとに着くと、そこには大量の真祖トマトを含めた野菜がうずたかく積まれていた。


「いやあ、王国で内戦があったからすぐにさばけると思っていたけど……なかなか減ってくれないもんだね」


 セロがそう言った通り、この一年で田畑を拡張しまくったせいで、その収穫物が駄々だだあまりしているのだ。


 当初はヒュスタトン会戦で荒れてしまった王国に出荷することで在庫もはけるし……王国民にも感謝されて第六魔王国に対する印象も良くできるし……と、セロもさして問題視していなかった。


 だが、その会戦がセロたちの介入によってあまりにも早期に決着してしまったこともあってか、


「最近……あまりお肉を食べてない気がするんだよなあ」


 と、菜食主義者みたいな生活を余儀なくされているセロである。


 こないだまでどこをとっても土竜ゴライアス様の血反吐ばかりだったこともあって、どうにも第六魔王国は何でも極端に振れる傾向が強い……


 それはさておき、岩山のふもとにはエメスだけでなく……幾人かのダークエルフたち、さらにはモンクのパーンチまでもがセロのことを待っていた。


「ええと……なぜ、パーンチが?」


 セロが素直に尋ねると、


「ちょっとしたバイトだよ。生活費の足しにしなくちゃいけないからな」

「あれ? こないた五千人の子供たちを北海に放流してきたばかりじゃなかったっけ?」

「実はな……また五千人出来ちまったんだよ」

「…………」


 パーンチの照れ隠しに、さすがのセロも無言になるしかなかった。


 蛸の生態については詳しく知らないものの、このときセロは大切な同伴者パートナー吸血鬼ルーシーだったことに深く感謝した。


 すると、そんなふうにやや遠い目になっているセロに対して、エメスが話を切り出した――


「セロ様、まずはここまでご足労ありがとうございます」

「いや、いいよ。それより改まってどうしたのさ?」

「それでは、こちらをご覧いただけますか?」

「これは……大きな箱のようだけど、真祖トマトや野菜を入れておく容器コンテナや倉庫にしては小さいよね」

「はい。この箱はそうした用途では使用しません。こちらはかつて自動販売機と言われたものを模した箱になります」

「ほう。自動販売機?」

いにしえの時代の遥か以前、古の技術(オーパーツ)が失われてしまうまではこの大陸の各所に設置されていたと謳われる、いわゆる小さな無人販売所に当たります」

「へええ。ということは、ここのボタンを押すと――」

「その通りです。横の取り出し口から画像の商品が出てくる仕組みになります」


 事実、セロがトマトジュースのボタンを押すと、しばらくしてからウイーンと音を立てて木製のカップに入った飲み物が出てきた。


 ごくごくと飲んでみると、冷たい上に十分に美味しい。まさに画期的な発明だ。


「すごいね、これ!」


 セロがはしゃぐと、ドゥだけでなく、ぞろぞろと付いてきていた近衛長のエークや人狼の執事アジーンも続いた。


「おいちい」

「これは素晴らしい発明ですね。飲み物を求めて、わざわざ食堂に赴く手間が省けます」

「ふむん。温泉宿にも幾台かほしいですな。特に、浴場前の更衣室に置いておけば、誰もが赤湯を楽しんだ後に、ぐいっと一杯飲むはずです」


 そんな感想にセロもいちいち肯きながら、


「これって……箱の中はいったいどうなっているの?」


 と、問いかけたら、エメスはもう一台――こちらは透明スケルトンになっていて箱内が見える仕組みの自動販売機の前に案内した。


「基本的には、自動販売機用に改変したかかし(・・・)によって全ての作業が自動オートメーション化されています。それでは仕組みについて、詳しくはこちらをご覧くださいませ、終了オーバー


 セロがのぞいてみるも、箱の中にはたしかに幾つか仕掛けが組み込まれていたものの、中央に椅子があるだけで空っぽだった。


 だから、セロが「ええと……」と眉をひそめていたら、ここでパーンチがおずおずと中に座った。


「では、お願いします。終了オーバー


 どうやらかかしの動きをパーンチが実演してくれるようだ。


「じゃあ、入れまーす」


 パーンチと一緒にいたダークエルフの女性たちが真祖トマトを裏からどぼどぼと投入した。


 直後、パーンチは「モンク奥義――百裂拳!」と言って、「あたたたたたた!」と中に入ってきたトマトを一瞬でミンチにした。その果汁がタンクに溜まると、パーンチは中に備わっていた魔導具を起動させた。


 どうやらそれには『凍結』の水魔術が込められているらしく、タンクを一気に冷やす効果があるようだ。もっとも、当のパーンチはというと、


「冷てえ! てか、痛っ! いたた!」


 やや凍傷を負っていた……


 水魔術に対する耐性をそれなりに有しているパーンチですら痛がるのだから、かなりの強度の魔力が込められていたのだろう。


 当然、セロが「大丈夫なの?」と心配するも、エメスは涼しい顔つきで、


「問題ありません。どうやら魔導具作成を依頼したモタがやらかしたようです。終了オーバー


 と、答えた。これにはセロも、「モタかあ」とため息をつくしかなかった。


 とはいえ、パーンチは健気にも作業を続けて、今度はすぐそばに備わっていた木製のコップを手に取って、冷えたトマトジュースを注いでは取り出し口に置いた。


 その場にいたダークエルフたちも含めて全員分なので、それなりの数をさばいたわけだが、パーンチはモンクとして培った肉体言語でもってかなりの早業はやわざでやってのけた――


 が。


 それでも、どうしても遅れは生じるわけで……


「あ、痛っ! てか、聞いてねえぞ……うげ、痛いって!」


 まるでパーンチを叱責するかのように、箱内に設置してあった鞭が自動で振られた。


 あんなものを自動化するならパーンチの作業を手伝う仕組みでも付け足してあげればよかったのに……


 とは、セロも言い出せなかった。というのも、付き添いで来ていたエークとアジーンがいかにも物欲しげに見ていたせいだ……


「実に……いいですね」

「うむ。手前てまえも昼から打たれたい」


 次の実演があったならば、二人とも志願しそうな勢いだ……


 セロはドゥに見せないように前に立ってあげて、「やれやれ」と肩をすくめるしかなかった。


 何にせよ、これにてセロは自動販売機なるものがどういうものか理解した。要は、これらの作業を全て自動化する新たな機械ロボットというわけだ。


 魔力マナで動いているようなので、第六魔王国にあるうちはセロの『救い手(オーリオール)』が有効のようだし、当面は無料提供にすれば第六魔王国の福利厚生としてろくに給金を出せない現状の助けにもなる。


「素晴らしいね。費用がさほどかからないようなら、これは何十台と作ってほしいくらいかな。何なら、僕の部屋にも置きたいほどだよ」


 セロはそう言って、エメスの働きを労った。


 この後、第六魔王国内だけでなく、大陸中にかつてのように自動販売機――ただし、中からなぜか鞭打つ音が漏れてくるモノ――が設置されていくわけだが、それはまだまだ先の話である。

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