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&85 外伝 進軍

 魔王城の二階、大階段から上がって右手にある『賓客の間』のバルコニーには、ちょうど二つの人影があった――


「貴方のもとにいたわりには……あのは真っ直ぐに育ったわよね」

「まるで貴様の娘はへそ曲がりだとでも言いたげだな」

「そんなことないわよ。何を考えているのかよく分からない、ちょっとばかし困った娘に育っちゃったけど……天稟てんぴんには恵まれているし……これ以上の後継者は望むべくもないわ」

「ふん。そういうところだぞ。我は義娘あれを後継だと思ったことがない」

「あら、意外……まあ、たしかに貴方には毒竜むすこたちがわらわらといるものね」

「それ以前に、あれは自由気ままな性格だし、我もずっと放ってきた。むしろ、今考えてみると――あれにとって、人族を飼った(・・・)ことが良い影響を与えたのかもしれん」


 その人物はそこで「ふむん」と息をついて、眼下で踵落としを繰り出した義娘あれこと海竜ラハブへと視線を落とした。


 現在、バルコニーには吸血鬼の真相カミラと邪竜ファフニールがいた。


 ファフニールはセロと会談した後、独りでバルコニーの手すりに肘をもたらせて、眼下の格闘戦をぼんやりと眺めていた。


 そんなファフニールの背後からカミラが親しげに声を掛けたことで、教育論の話が始まった――


 さて、カミラはファフニールの言葉に首を傾げると、「人族を飼った?」と問いただした。


「ああ、そうだ。どこぞの王国の貴族が寄越してきた料理人だよ」

「そういえば……いたわね。ずいぶん昔にここに連れてこなかったっけ?」

万魔節サウィンのときだな。それ以降、義娘にずいぶんと懐きおって……最後には『爺や』などと持ち上げられて、我よりもよほど義娘や毒竜むすこたちと親しくしていたほどだ」

「あら? 男の醜い嫉妬かしら?」

「冗談はよせ。義娘の情操教育にちょうどいい人族ペットだったという話だ」


 邪竜ファフニールがそう断じて、「ふん」と鼻を鳴らすと、カミラも「ふうん」と顎に片手をやった。


 たしかに魔族は不死性を有しているがゆえに、その長い生の中で様々な事に無頓着になる。


 何を見ても、聞いても、心が動かされず、しだいには生死にすら興味を失うのだ。


 そういう意味では、自分たちよりも遥かに生の短い人族と共に過ごしたことは、海竜ラハブにとって幾万の敵をほふるよりも価値があったのかもしれない。


 実際に、ラハブはこの世界で最も気高いと謳われる竜族にしては……ずいぶんと素直で、しかも表情の豊かな女性になった。


 そんなラハブに比して、ルーシーはというと――よく笑うようになったのは、人族出身のセロと付き合うようになってからだ。


「でも、まあ……仕方のないことよね。あの娘(ルーシー)に構ってあげられる余裕なんてろくになかったのだから」


 カミラは「はあ」と、シングルマザーの悲哀に近いため息をついてから、魔王城裏の岩山の先へと視線をやった。


「ところで、セロとの会談中には黙っていたようだけど……グレートギガバジリスクから何かしら報告はなかったの?」

「ああ。残念ながら、これといったものはない」

「本当に?」

「くどいぞ」

「じゃあ、原生林に隠されていた祠は――最近になって姿を現したってことなのね?」

「そういうことになる。おそらく彼奴きゃつにとって用済みになったのだろうな。長年、グレートギガバジリスクに探させてきた(・・・・・・)というのに、このタイミングで姿を現したのだから……何か仕込んでいる可能性もある」

「それについては今、エメスがせっせと調査してくれているところよ」


 カミラの言葉を聞いて、邪竜ファフニールはまた「ふむん」と息をついた。


人造人間フランケンシュタインエメスか。そういえば、あやつも……彼奴に呪われて魔族になったのだっだな」

「そうよ。私と同じように(・・・・・)まんまと騙された口よね」

「思い返せば……我が水竜レヴィアタンを討ったのも……火竜があのとき屠られたのも……全ては彼奴の姦計に違いなかった」

「まさに古の大戦における輝かしき愚者トリックスターだったわ」


 カミラはそう皮肉を言って、祠のある方向をじっと見つめた。


 しばらくの間、沈黙だけが流れたが、眼下の格闘戦で海竜ラハブが裁きを下したところで邪竜ファフニールがカミラに尋ねる。


「エメスの調査で祠に関して新たに分かったことはあったのか?」

「いえ、こちらも何もないわ」

「では、その祠を探し当てたとかいう魔女はどうなんだ? 何か怪しい点は?」

「モタちゃんのことね。残念ながら真っ白よ。あのはセロが人族だった頃から付き合いがあるから、十分に信用出来る亜人族ハーフリングよ」

「たしか……他にもいただろう。その魔女に付いていったダークエルフは?」

「チャルちゃん……だったかしらね。まだ子供よ」

「エルフ種だろう? 見目と年齢が違うということもあるのでは?」

「ないわ。ダークエルフの元族長エークに裏は取ったし、その母親にも確認したわ」

「ふうむ。それでは……他に付いていった人狼メイドはどうなんだ?」

「ストーのことね。あの娘も数百年、この城で働いてくれているわ」

「だからこそ、怪しいのでは? 身内に敵がいたなぞ、よくあることだぞ?」


 邪竜ファフニールがそう言うと、カミラはむしろ怒気を発した。


「私に長年忠誠を誓ってきた家人を侮辱するつもりかしら?」

「おお……怖い怖い。ならば、もう一人――たしか人族の冒険者がいたと聞いたが?」

「モンクのパーンツ(・・・・)とかいう男ね。ほら、今も眼下であたふたしているでしょう。あれがこそこそと何か出来る男に見える?」

「ふむん。ありゃあ、女の尻に敷かれがちな典型的な筋肉馬鹿だな」


 邪竜ファフニールがつまらなそうに言うと、カミラは同意するかのようにまたもや肩をすくめてみせた。


 そして、二人はしばらく眼下の格闘戦の観客たちが散っていく様子を見送った。もっとも、最後にファフニールは底冷えするかのような低い声音で尋ねる。


「となると、残る線は――貴様の娘、リリンだけか?」


 その問いに対して、カミラも「ええ」と答える。


「実際に、原生林調査をあのにもちかけてきたのは、そこをかつて一時的に寝床にしていた吸血鬼だったみたい」

「その吸血鬼は?」

「いなくなっていたわ」

「ちい。逃げられたか。詳しい素性は?」

「純血種の侯爵で、本来はこの城のすぐ南にある小さな森に棺を置いて暮らしている吸血鬼よ。たしか……石英を集める癖があったはず。何にしても、その本人は棺の中でぐーすか寝ていたわ」

「つまり、彼奴はその者に認識阻害で扮していたということか?」

「そうなるわね。夢魔リリンをごまかせるほど認識阻害に長けているのだから――間違いないわ」


 邪竜ファフニールは再度、「ちっ」と舌打ちした。


「結局、またもや後手になったわけか」

「でも、収穫はあったわ」


 カミラがそう言うと、ファフニールは「ほう?」と相槌を打って、話の先を促した。


「少なくとも、愚者ロキ《・・・・》はアジトを捨てて、そこにわざわざセロの配下を誘き寄せるほどには焦っている。今こそ、私たちが動くべきときじゃない? そろそろ、あの御方(・・・・)に出てきてもらってもいいんじゃないかしら?」


 その言葉にファフニールはしばしの間、目を閉じてじっくりと考え込んだ。そして、ついに口を開く――


「相分かった。それでは伝えておこう。我が主君、冥王ハデス(・・・・・)様に世界侵略していただくように、と」


どこぞの王国の貴族が料理人を寄越した話は「第70話(追補) 妹たちの家出」にあります。


また、石英を集めるのが好きな吸血鬼の話はWEB版にはなく、書籍二巻のハーフリングの商隊のエピソードに出てきます。

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