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&83 外伝 恋のメガラバ(後半)

「こんにちは。執事のアジーンです。先日の『渓流杯』に続きまして、本日もまた実況を務めさせていただきます。よろしくお願いします。さて、今回は『女豹杯』や『渓流杯』のように複数人がゴールを目指すわけでなく、一対一の格闘戦マッチアップとなったわけですが……本日の天気は晴朗なれど温水プールの波高し。波乱の予感がひしひしとします。さて、解説のモタさん――」

「ほいほい。何でしょーか?」

手前てまえどもは……いったい、なぜここに呼ばれたんでしょうかね?」

「第一声がそれっスか? わたしだって知りたいくらいです。モンクのパーンチがモノリスの通信機越しに、ここまで来たらオレのおやつ券をやるぜ、って言うからわたしはほいほい来ちゃったんです」

「やはりパーンチでしたか。手前てまえも、人狼復興のヒントになるかもしれねえ試合だぜ、などと言われてやってつい来てしまったわけですが……」

「ちょろいですねえ」

「人が好いと言ってください。何はともあれ、解説のモタさんから今回の格闘戦についてご説明いただけますでしょうか?」


 実況解説席にいた人狼の執事アジーンが姿のまま、スク水(旧)姿のモタに話を振ると、


「ほいほーい。まず周囲を見てください」

「はい。ここは温水プールの一角ですね。プールに被害が出ないようにと、高潔の元勇者ノーブル様が『聖防御陣』を無駄に張ってくださっています。そんなプールからやや距離を置いたところに、石畳で作ったリングがあって、そこで二人の選手がちょうど対峙しているといったところでしょうか」

「おおー。さすがアジーン……的確な状況描写なのです」

「伊達にこれまで実況を二度もやってきていませんからね。ちなみにリング上の二人の選手は――蜥蜴人リザードマンのリザ選手と……肌がやや爛れた竜人の女性はどこかで見かけたような気がするのですが?」

「ふむふむ。あれは泥竜ピュトンですねー」

「ええ! いいんですか、地下牢から出してしまって?」

「いいんじゃないですかー。さっきパーンチがセロを丸め込んでましたかんねえ。それにルーシーとかエメスとかだって、最近はピュトンに恋愛相談とかいうていで色々と買収されているようですしー」

「な、なるほど……果たして第六魔王国としていいのかどうかはさておき――」

「ほいな。今、イベンターのパーンチからテロップが出されて、ええと……それを読みますと……『泥竜ピュトンは蜥蜴人リザのことがしゅき』……ほげえええええ!」

「うわああああああああああ!」


 例によって人狼の執事アジーンはモタの絶叫に驚かされたわけだが……


 何にしても、このアナウンスによって温水プールの一角では「おおおーっ!」と、どよめきが起こった。


 今回の試合はモンクのパーンチがあれからすぐにセロを丸め込んで、泥竜ピュトンの脱獄を不問にした上で、諸事情を鑑みて急遽開催されることになった興行だ。


 その為に観客は『女豹杯』や『渓流杯』に比べて少なめではあったものの、温水プールで遊んでいた第三魔王国の毒竜たちに加えて、ここで仕事をしていた蜥蜴人たち、護衛をしていたダークエルフの精鋭たちも揃って観客席に座って寛いでいる。


 ちなみに、『聖防御陣』を展開している高潔の童貞――もとい恋愛下手なノーブルも、パーンチに「恋人を作る参考になるはずだからよ」とそそのかされた口だ。


 そんなこんなで今、石畳のリング上では蜥蜴人リザと泥竜ピュトンによる試合が始まろうとしていた。


「それでは、解説のモタさん」

「ほいほい?」

「まずは今回のルールをお教えくださいませんか?」

「ほーい。話は単純なのです。格闘戦ですから戦って勝てばいいだけです。ただ、ここは出来たばかりの温水プールなので、そんな新しい施設を破壊するような行為をした場合、あるいは石畳のリングから出て地に足が付いてしまった場合は負けになるのです」

「なるほど。いわば、いかに周囲に被害を出さずに相手をぶちのめすか――その力加減も大事になって来るというわけですね」

「そういうことですねー。わたしからすればしゅげー苦手な戦い方でしゅ」

「まあ、モタさんはとりあえず考えなしに周りの物を壊しますからね。たしかにこういう試合には全く向いていないですよね」

「あれれー? おかしいぞー。アジーン……ほら、あっち見てー」

「ええと、いったい何が――ぶごぼがべっ!」


 モタはアジーンの言いぐさにカチンときたのか、師匠の巴術士ジージばりの棒術でもって、アジーンを背後から魔杖で打ちのめした。


 そんなモタはというと、実況が早速退場してしまったとあってマイクを鷲掴みする。


「さてさて、機材トラブル(・・・・・・)もあって、実況のアジーンの声はお届けできませんが……さあ! いよいよ試合が始まりそうですよー!」






 そんなこんなでモタとアジーンがどうでもいい絡みをしている間に、蜥蜴人リザと泥竜ピュトンは石畳上のリングで向き合った。


「それではいざ、尋常にお相手いたす」

「ええ。お願いいたします。この試合でリザ様を叩きのめして、私の恋愛を成就させていただきます」


 リザはいかにも武人らしく慇懃無礼に言うも、ピュトンは丁寧にぺこりとお辞儀をしてみせた。


 これまでの恋愛経験ゼロの恥じらう乙女みたいな姿はどこにもなく、最早、歴戦の魔族らしく、この一戦で獲物を仕留めてみせるといったしたたかさを醸し出している。


「それでは、両者――武器を構えて、前に進み出たまえ」


 急遽、審判を務めることになった高潔の童貞ノーブルが告げると、二人はわずか数メートルほどの距離まで詰め寄った。


 蜥蜴人リザは何かしら魔術付与された三又の魔槍を手にしている。


 まさに近接戦士型か――蜥蜴人は竜族の血を濃く受け継いでいるので、その身はほぼ竜鱗に覆われている。いわば、物理も、魔術による攻撃も、一定以下のダメージは全て無効化するので、どちらかというと前衛の盾役タンクにほど近い。


 この点は同じ前衛でも攻撃に全振りしたドワーフたちとの大きな違いだろうか。そういう意味では、四大亜人族は法術に秀でたエルフ、魔術のダークエルフと、バランスがよく取れているとも言える。


 そんなリザと対峙している泥竜ピュトンはというと――こちらは竜人の姿のままだ。


 もちろん、ピュトンも竜族なのでその身が竜燐に覆われてはいるものの、皮膚がただれているので所々無防備だ。


 ただし、泥竜という珍しい種なので肉体が泥のように変じて物理攻撃を完全に無効化する。ここらへんは百年前に巴術士ジージが苦しめられた所以ゆえんか。


 また、武器は牙と爪なので、こちらも近接系に見えるが、もともと帝国時代は巫女だったとあって、本来の戦い方は法術などが得意な支援系の後衛だ。


 もっとも、今では魔族となったことによって、セロと同様に魔術に振り直したスキル構成で、認識阻害や封印などトリックスターみたいな振舞いを得意とする。


「それでは、始め!」


 すると、高潔の元勇者ノーブルが大声で宣言した。


 直後、二人ともいったん後退して距離を取った。同時に、解説のモタの声が温水プールの一角に響いたのだった――






「さあ、ついに始まりましたよー! 楽しみですねえ」

「……ええ。どうやら二選手共にまず様子見から入るようですね」

「ありゃりゃ、アジーン……起きちゃったの?」

「はい。なぜか後頭部がズキズキと痛むのですが……それはとりあえず置いておきましょうか。解説のモタさんはこの試合をどう展望しますか?」

「ふむう。蜥蜴人のリザは防御に徹しているように見えますねえ。カウンター狙いでしょーか。一方で、ピュトンは……いやはや不気味ですねー。もしかしたら、すでにこっそりと認識阻害など仕掛けている可能性がありますよー」

「おや、モタさんでも見抜けませんか?」

「えっと、結構、誤解されがちなんですけどー、わたしは闇魔術が得意っていっても、それをベースに四属性と混成した特製魔術オリジナルのバリエーションが豊富なんであって、認識阻害や封印みたいな精神異常系はドルイドのヌフ、吸血鬼のルーシーやリリンの方がよっぽど上手なんですよ」

「ほうほう。珍しくモタさんから魔女らしい発言が聞けましたが――つまり、ピュトン選手の認識阻害はモタさんを超えていると?」

「ほいな。そりゃあ、あちらさんは云百うんびゃく年と生きてきた魔族ですからねー。もとは巫女さんらしいけど、そのことも含めて術式の扱いは格上ですよ」

「まあ、モタさんはいつも師匠のジージ様に、術式の構築が甘い、と怒られていますものね」

「…………(もっかい殴っとこっかな)」

「おお! どうやら動きがありましたよ!」

「ほいな! 仕掛けたのはリザですね。ただ、攻撃をしたのではなく、水魔術で石畳のリング上を浅瀬のように水浸みずびたしにしましたよー」

「解説のモタさん、これはどのような意味があるのですか?」

「単純に地形フィールド効果を水系にしただけですね。蜥蜴人は水の中では身体能力に向上バフがかかりますからねー」

「そうはいっても、ピュトン選手も泥竜というだけあって、水系に思えますが?」

「いえいえ、ピュトンはむしろ土系ですよー。あれで何とびっくり! 土竜ゴライアス様の眷属なのです」

「ええええええ!」

「おや、やっぱり知らんかったのですか?」

「はい。今、初めて気づきました。というか……モタさんはなぜ知っていたんですか?」

「そりゃあ、ジジイの長年の宿敵ですからね。耳にタコが出来るくらい、色々と聞かされたもんっスよ」

「ふむん。なるほど……道理でヤモリ、イモリやコウモリたちが脱獄を許したりと、やけにピュトン選手には甘いなとは思っていたんですが……ははあ、そういうことですか」

「ほいほい。詳しいことは来年、二十四年の三月に発売決定となった三巻に新規エピソードとして追記されますのでよろぴくねー」

「おやおや、急にメタ的な宣伝が入りましたが……皆様、どうかよろしくお願いいたします。さて、そんなピュトン選手は次に泥人形ダミーを召喚し始めましたよ」

「身体能力では上となったリザに対して、手数で対応しようってこってすね」

「ええ。石畳のリング上のあらゆるところに泥人形たちが立ち上がっていきます」

「うひゃあ……こりゃあリザも対応するのが難しそうですねー」

「しかしながら、さすがにリザ選手。召喚された泥人形たちを簡単に撃破――おおっと!」

「どがーんですねえ。爆発しましたねえ」

「それでもリザ選手にはダメージはさして入っていないように見えますが……わずかに硬直スタンしてしまったようですね」

「その隙を見逃さずに泥人形たちが次々とくっついていきますよー。うわあ、リザもいきなりピンチですねー」

「はい。あれだけ泥が付着すれば、たとえ浅瀬といえども動きが鈍くなりそうですね。これはもしや――」

「ほいな。そのもしやですねー。意外にピュトンは速攻で勝負を終わらせるつもりですよ」

「おおっと、そのピュトン選手がリザ選手の背後に回った。これはまさかの勝負ありかあああああ?」

「おやおや? こ、これは……ほげええええええ!」






 蜥蜴人のリザは驚いていた――


 泥竜ピュトンのことは聞きかじっていた。曰く、巴術士ジージの永年の好敵手だ、と。


 そのジージはリザから見ても化け物のような存在だった。あるとき、ためしに一手願い出たことがあったが……相手は巴術士のはずなのに、槍術のみでこてんぱんに負けた。


 人族にはたまにこういう傑物が出てくる。


 そもそも、勇者の存在からしてそうだし、島嶼国時代に戦い続けてきた海賊もとい戦士長ハダッカも中々の実力だった。


 だからこそ、リザは他の蜥蜴人みたいには人族を見下していなかったし、もとは人族の巫女出身で魔族になった泥竜ピュトンのことも十分に警戒していた。


 魔術付与された三又の槍を得物にしたのも、巴術士ジージが泥竜ピュトンを破ったときの話をダークエルフの精鋭たちから聞き込んだからだ。


「それがまさか……こうして近接戦で勝負を仕掛けてくるとはな」


 蜥蜴人リザはやれやれと肩をすくめて呟いた。


 当時の泥竜ピュトンの敗因は得意の認識阻害などに持ち込めず、巴術士ジージ相手に近接戦で勝負してしまったことによるものだ。同じわだちをまさかもう一度踏みに来るとは……


 あるいは、ジージに比して、リザは組みやすしと見たのか――


「いずれにせよ、なめられたものだ」


 今、蜥蜴人リザはピュトンの召喚術によって練り上げた泥人形ダミーに次々とくっつかれて、ろくに身動きが取れない状態だった。


 しかも、背後にはそのピュトンが凶悪な爪を振りかざして迫って来ている。絶体絶命の危機だ。


 が。


「やはり……甘い」


 蜥蜴人リザは泥人形を力任せに振りほどいた。


 解いた後に次々とそれらが爆発しようが構わなかった。というか、むしろ爆発して欲しかったほどだ。


 そうすれば、ここまで近づいてきた泥竜ピュトンもその爆風に巻き込まれてダメージを受ける。リザからすればどちらの竜燐の性能が上なのか――我慢比べで決着をつけられる。


 逆に言えば、皮膚がただれたピュトンによる、こうした攻撃は自暴自棄な特攻のようにしか見えなかった。


 所詮は百年近く、王国で暗躍してきた権謀術数に長けた魔族……戦闘経験はさほど積んでいないように思えた。


「しかも……その爪による奇襲とて幼稚だ」


 蜥蜴人リザは背後から迫ってきた泥竜ピュトンの爪を簡単に尻尾だけで振り払うと、魔核らしき場所の魔力反応を探って槍で一気に貫いた……


 ……

 …………

 ……………………


「……おや?」


 だが、リザは眉をひそめて、再度、ちらりと背後に視線をやった。


 先ほど振り解いたはずの泥人形がいまだに爆発せず、地を這うようにしてリザに襲い掛かってきたからだ。


「なるほど。本命はこちらだったか。そういえば……認識阻害が得意だったものな」


 蜥蜴人リザはそこまで言って、這って進んできた泥人形の一体を泥竜ピュトン本人とみなして、またもや槍で串刺しにした。


「どのみち、あっけないものよな」

「残念……そっちこそ、泥人形ダミーよ」


 リザは「はっ」としてまたもや振り向いた。


 先ほど魔核を貫かれたはずの泥竜ピュトンが石畳のリング上に倒れ込みながらも笑っていたからだ。


 刹那、泥人形たちが次々と爆発した――


「まさか! まさかまさか! 狙いはこれ(・・)かあああ!」


 蜥蜴人リザは爆発から逃げるようにして飛びのいた。


 同時に、つい先ほどリザが立っていた石畳が爆発によって粉々になった。


 結果、地面が(・・・)剥き出しになった。今回のルールでは石畳以外――いわば地に足が着いた時点で負けとなる。


 さらに、リザはギョっとするしかなかった。


 というのも、いつの間にか、地面には地雷マインが仕込まれていたからだ。リザが着地した瞬間から次々と地面が爆発して石畳が壊れていく。どうやら先ほどの泥人形たちの大量召喚時にこっそりと仕込んでいたようだ。


 おかげでリザは石畳のリング上で安全地帯を求めて転げまわる羽目になった。


 そうこうしているうち、安全なのは倒れているピュトンのいる場所だけだと気づいた。いかにも罠のように思えたが――最早、迷っている暇などなかった。


「ぐ、おおおおおおおお!」


 蜥蜴人リザはいっそ爆風に乗る格好で駆け抜けた。


 泥竜ピュトンのもとに向けて、一気呵成に跳びはねていった。最早、石畳はほとんど残っていなかった。


 そして、ピュトンとの距離がわずか数メートルになったとき――リザはまた驚かざるを得なかった。なぜなら、ピュトンは直下の石畳まで爆破したのだ。


 直後、ピュトンはその爆風に乗る格好でリザに向かってきた。


「馬鹿な!」


 当然、蜥蜴人リザは泥竜ピュトンの魔核を再度槍にて貫いた。


 が。


 ピュトンはそのままリザを抱きしめると、宙でリザと口づけを交わした。


「これが私の愛の重さ――」

「貴女は死ぬ気か?」

「私の想いを……伝えたかった……たとえ、どんな形で……あって、も」

「…………」


 刹那、蜥蜴人リザはわずかに呆けてしまった。


 泥竜ピュトンはさすがに消失の危機ということもあってか、名残惜しそうにリザを手放した。


 同時に、風魔術の『重力グラビティ』をリザに向けて放つ。


 その瞬間、リザは気づいた――


 ピュトンには種族特性による『飛行』があったことを。


 だから、「しまった」と、これまた唖然としたときには重力に圧される格好で、その背は地面に着いてしまっていた。


「勝負あり!」


 直後、審判を務める高潔の元勇者ノーブルによって、判定の声が上がったのだった。


これだけ長く書いておいて何ですが……もうちみっと続きます。


ちなみになぜタイトルが『恋のメガラバ』だったかというと、単にプールサイドでの恋愛話だったからというとてもシンプルな理由です。

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