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&80 外伝 第六魔王の母(中盤)

第六魔王国しゃばの空気って……やっぱり美味しいわよね」


 久しぶりに外に出て、泥竜ピュトンは開口一番そう言った。


 たしかに飛砂ばかりの『砂漠』こと東の魔族領に比べれば、この地は緑も豊かで、四季もはっきりとして、今も眼前には赤々としたトマト畑まで広がっている上に、水や血反吐も豊富で、空気まで実に澄んでいる。


「砂漠化する前の帝国もこんなふうだったのよね。いったい、どこで何を間違ってしまったのかしら……」


 ピュトンは感慨深げに「ふう」と小さく息をついた。


 今、ピュトンは大人の女性――いわゆる竜人の姿になって外に出ていた。


 さすがに元巫女だけあって凛として、とても落ち着いた印象だ。そもそも顔立ちだって十分に美しい。部分的に皮膚がただれてしまっているものの、それらが表情に陰を落として、かえって魅力になっている。


 ちなみに、魔王城地下の監禁部屋には、子猫ベヒモスのぽちたろうこと不死王リッチが召喚した偽物ダミーがしおらしく閉じ込められている最中だ。


 部屋内にはお目付け役のヤモリたちもいるのだが……ピュトンの同僚だった虫人サールアームが屍喰鬼グールの料理長フィーアと共に研究したばかりの餌に魔物たちは釣られたのか、ピュトンは何とか一日の自由を勝ち取った。そもそも、ヤモリたちからしても――


「お願い! 蜥蜴人リザードマンのリザに会いたいだけなの!」

「キュイ? (本当に?)」

「ええ。会って、一言二言、言葉を交わしたらここに帰って来るわ」

「キューイ? (絶対だよ?)」

「もちろんよ。貴方たちには迷惑をかけないから……どうか私を見逃してちょうだい」


 はてさて、愛は強しと言うべきか……


 意外なことに魔物たちとこうしてコミュニケーションを見事に取って、ピュトンはついに脱獄した。


 そして、自己像幻視ドッペルゲンガーのアシエルが取り憑いた子犬フェンリルみけたまの散歩に出かけますよといったていでもって、トマト畑の畦道を抜けて、ついに北の街道までやって来たわけだ。


「意外と……警備はザルなのね」


 その道中、ピュトンは「やれやれ」と幾度も肩をすくめた。


 というのも、農作業の手伝いをしているダークエルフや吸血鬼たち、はたまた所用で城外に出ていた人狼メイドとすれ違っても、不審がられることがなかったからだ。


 これにはピュトンも呆れかえったものの、そもそもヤモリたちを買収した時点で勝ちだったのだ。


 それに、さすがに無警戒すぎて訝しんだピュトンが遠くでこそこそ話をしているダークエルフの女性たちの会話に耳を傾けてみると、


「ねえ、聞いた? 邪竜ファフニール様は温泉宿に泊まるそうよ」

「じゃあ、お付きで来ていた毒竜さんたちも一緒なのかな?」

「ええ、皆で赤湯を楽しみにしてきたらしいわ。一部の毒竜さんたちはもう温水プールで遊んでいらっしゃるんだって」

「へえ。何にしても、原生林でグレートギガバジリスクさんが見つかってよかったよね。これで晴れて第三魔王国に帰郷出来るんでしょ? かつての部下をわざわざ出迎えに来るなんて……ファフニール様も情の厚い御方だったのね」


 ピュトンは「ふむん」と息をついた。


 魔王城裏の岩山の奥にある原生林で魔女モタがグレートギガバジリスクを発見したという報は、たしかにピュトンも聞きかじっていた。


 とはいえ、まさかこのタイミングでちょうど竜たちが第六魔王国を表敬訪問していただなんて……


 道理で普通ならば珍しがられるはずの竜人なのにあまり警戒されないわけだと、ピュトンはやっと腑に落ちた。


「これぞまさしく天の配剤ね。リザ様に会いに行けと、神が仰っているのだわ」


 ピュトンはそう呟いて、元帝国の神殿郡付き巫女らしく敬虔に祈ってみせた。


 さて、こうして北の街道までやって来れば、蜥蜴人リザードマンのリザが勤めている温水プールは目と鼻の先だ。


 もっとも、ピュトンは思わず「ふわあ」と呆けた声を上げた。


 モニタで見てきた施設と、現実で目の当たりにするそれとは月とすっぽんほどの違いがあったせいだ。


 何せ、温水プールは全長一キロにも及ぶ。蜥蜴人だってリザだけでなく、幾人もスタッフとして働いている。さらに今は他国の毒竜たちが遊んでいるとあって、ダークエルフの精鋭たちがしっかりと警備までこなしていた。


「これは探し出すのにも苦労しそうね……でも、大丈夫。こんなときの為に貴方を連れてきたんだから」


 ピュトンは期待の眼差しでもって、子犬のみけたまをじっと見つめた。


 だが、みけたまはというと、「くうーん」と、自信なさげに鳴くだけだ。


 たしかに犬は探し物が得意そうにみえるとはいえ……そもそも、それ以前の問題として、取り憑いている自己像幻視のアシエルからすれば蜥蜴人は全員が同じにしか見えない。


 たとえるならば、カレイとヒラメを外見だけで見分けろと言っているようなものだ。しかも、皆が水中に入って働いていることもあって、得意の鼻だってろくに利かない……


 はてさて、これは困ったことになったぞと、アシエルことみけたまは渋い顔つきになったわけだが、そんなタイミングで――


「おう! そこにいるのはわんこじゃねえか」


 と、声を掛けてくる者がいた。モンクのパーンチだ。


 以前はダークエルフの双子ドゥに子犬のみけたまは懐いていたので、そんなドゥと親しくしているパーンチにもよく可愛がられたものだ。


 だから、脊髄反射で尻尾をふりふり、みけたまはパーンチの懐に飛び込んだ。


「ばう、ばうふう!」

「いやあ、本当に久しぶりだなあ」


 モンクのパーンチはそれだけ言うと、竜人姿のピュトンに会釈してから、その場でかがみ込んでみけたまをわしゃわしゃとし始めた。


 もちろん、パーンチとて昼過ぎから温水プールで遊んでいたわけではない。この温水プールは巨大蛸クラーケンが管理している施設なので、プールの監視員として仲良く共働きしているだけだ。


 すると、今度はそんなパーンチに遠くから声が掛かった。


「おーい! パーンチ! 遊んでいる暇はないぞ! さっさと持ち場に戻れ!」


 たしかに、今は第三魔王国から毒竜たち――いわば賓客がやって来ているのだ。子犬のみけたまをわしゃわしゃして油を売っている時間などなかった。


「わーってるよ! すぐに行くって!」


 が。


 そのとき、みけたまの首輪のリードがはらりと地面に落ちた。


「おや?」


 モンクのパーンチが気づいて、それをすぐに拾ってあげると、


「まさか……その声は……リザ様?」


 ピュトンはそう呟いて、遠くからパーンチに声を掛けた人物をじっと見つめた。


 もしこれがドラマか何かだったら、ここでオープニングのイントロが劇的に流れ始めた頃合いだろう――そう。二人はついに出会ってしまった。


 あの日、あのとき、あの場所で、蜥蜴人のリザはパーンチを追って、ピュトンの前に現れ出てきたのだ。


というわけで、小田和正さんの『ラブストーリーは突然に』が流れてくる感じです(古い)。この作者……日本のドラマはろくに見ないので……そこらへんでネタが止まっているのはご容赦ください。

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[一言] あーのーひーあのときーあのばーしょで♪
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