&79 外伝 第六魔王の母(序盤)
元第五魔王国の巫女で、かつては魔王代理も務めていた泥竜ピュトンは、今――
どうにも可笑しな立場にいた。
というのも、どこぞの新宿の母よろしく、なぜか「第六魔王国の母」などと呼ばれているのだ。
実際に、いまだ地下室に幽閉されているのに、その監禁部屋にお土産持参で訪れる女性たちは後を絶たない……
本来、母ポジションは帰ってきたばかりの真祖カミラか、はたまた誰よりも子沢山の巨大蛸クラーケンが適当なはずだ。
何なら、人狼メイド長のチェトリエだって母性溢れるタイプだろう。
それにもかかわらず、泥竜ピュトンがそんな立ち位置にあるのは――結局のところ、消去法に過ぎない。
事実、カミラは母のわりには自由奔放に過ぎるし……クラーケンも五千匹にも及ぶ子供たちの世話で忙しい……
それに加えて、チェトリエは人狼復興を目指しているとあって、恋愛相談などしようものなら同性でも喰いかねない勢いだ……
「でもさ、私ってば……実は……」
そんな状況で、泥竜ピュトンは爛れた頬に片手をつくと、「はあ」とため息をついてみせた。
ここは魔王城の地下にある恋愛相談所――現在、ピュトンが軟禁されている一室だ。
とはいえ、殺風景な牢獄だったのも今や昔……皆がお土産を持ってくるのでそれらで溢れかえっているし、何なら対象自動読取装置のモニターまであって、魔王城内外の景色だって楽しめる。
そもそも、帝国全盛時は神殿郡付き巫女だったので、当時からピュトンは神殿の最奥で籠っていたし、アバドンが魔王として立ってからは地下に潜んできたとあって、こうして軟禁されるのも別に苦痛ではなかった。
それよりも、ピュトンにとってよほど心を痛めていたのが……
「どうしよう……私、一度も恋愛したことがないのよね」
まさに驚天動地の事実だ。
もっとも、男性と付き合ったことは幾度もある。
最近だって、認識阻害で王女プリムになり代わって勇者バーバルとねんごろな関係になった。
だが、巫女時代は恋愛を禁止されていた上に……魔王アバドン配下時はすぐそばで支えて恋愛どころではなかったし……何よりアバドンが奈落に封印された後は、その身を武器にして王国の男どもを陥れてきた。
結果として泥竜ピュトンに残ったものはというと――
「いかに上手く男どもを詐欺にかけるか、そんな手練手管ばかりで……そもそも、私って本当の恋を知らないのよね」
ピュトンはまた「はあ」と、ため息をついた。
「むしろ、他者を愛せない性格なんじゃないかしら……」
だからこそ、「第六魔王国の母」とまで慕ってくれて、ピュトンに相談して意気揚々と帰っていく同性たちの背中を見て、さすがにばつが悪くなってきたのか、
「本当にどうしようかしら? 素直に私はろくや恋愛をしてないって言うべき? でも、今さらだしなあ」
ピュトンはそう呟いて、またまた「はあ」と、深くため息をつくのだった。
もっとも、ピュトンの教える手練手管は確かで、そのおかげで相談者の恋愛は成功するとあって、ますますお土産ばかり増えていくわけだが……
「やあねえ。私だって出来ることなら、爛れたこの身を焦がすほどの恋愛の一つや二つでもしてみたいわよ」
すると、そんなタイミングだった。
ふいに点けたモニターの画面に一人の男性が映ったのだ――
それは蜥蜴人のリザだった。島嶼国騒乱にて蜥蜴人たちの代表を務めていた人物で、今はとある事情で第六魔王国に滞在して、巨大蛸クラーケンと共に温水プールの管理をしている。
おかげで一切隠そうともしない筋肉ムキムキな姿に、どうやらピュトンのハートはズキューンと撃たれたようだ。
「もしかして……これが……恋?」
たしかに蜥蜴人ならば、ピュトンと同じく竜種の括りだ。
異種族間での恋愛はさほど問題にならないとはいえ、同種ならばその障害はほとんどないと言っていい。
そもそも、アバドンが魔王となって以降、帝国の臣民はほとんど虫系の魔人となってしまったので、ピュトンもさして意識せずにいたのだが……
竜種との出会いはこれまで全くと言っていいほどなかった。
「つまり、私……ついに出会っちゃった?」
一目惚れというのは罪深いもので……
こうなるとピュトンは毎日毎夜、蜥蜴人リザのことしか考えられなくなった。
恋愛相談に訪れた女性たちに頼んで、モニターを複数、お土産としてもらって、いつの間にか監禁部屋がストーカーの司令室みたいになってしまったほどだ。
これにはさすがに人造人間エメスも困ったものだが……
「まあ、いいでしょう。今さら何をすることも出来ないでしょうから、モニターの増設ぐらい許可を出しましょうか、終了」
そんなエメスも相談者の一人だったこともあって、あっけなく陥落した。
とはいえ、こうして毎日のように蜥蜴人リザを求めてモニターに張り付いていると、そろそろ実際に会ってみたくなるもので……ここにきて、ピュトンも一計を案じた。
部屋で「なあ」と寛いでいる子猫のぽちたろうをまたたびで誘き寄せてから、素早くその首根っこを掴まえると、
「ふぎゃにゃにゃ?」
「あんた……第七魔王の不死王リッチでしょ?」
「ぬあ!」
「当然、知っているわよ。私を誰だと思っていたのかしら?」
そのリッチの魔核を潰した張本人なのだから、さすがに子猫のぽちたろうも呆然とするしかなかった。
「巫女としての力は失ってもう神眼はないけれど……こう見えて、竜種だから竜眼は健在なのよ。あんたの未来なんてとっくにお見通しだったんですからね」
「……ぬああ?」
「別に取って食いやしないわよ。正体をバラされたくなかったら私に協力しなさい。貴方が偽物を召喚出来るくらいに回復していることだって知っているのよ。それに加えて――」
ピュトンはそこで言葉を切って、ふいに懐から骨付き肉を取り出した。
そのとたん、人狼メイドたちの魔の手から逃れて、部屋の片隅でまったりしていた子犬のみけたまが「はふ!」と、姿勢を正してみせる。
「ふん。よく躾けられたものね……アシエル」
「くうーん」
「当然、貴方にも手伝ってもらうわ。この部屋でそうやって寛いでいたいなら、私の言うことを聞くことね」
「……きゃん」
こうしてぽちたろうとみけたまは恐る恐ると目を合わせたわけだが……
「さあ、一世一代の大恋愛……もとい大脱獄よ! こうなったら本当に第六魔王国で母になってみせるわ!」




