&78 外伝 飼育員
前話までが元第五魔王国の虫人アルベにまつわるお話でしたが、今回はその双子の弟ことサールアームにスポットライトが当たります。
「いくよ」
「……ん」
魔王城一階にある騎士の間では、お昼休みを利用して、人狼メイドのドバーがダークエルフの双子のドゥに剣の稽古をつけていた――
「脇、甘い」
「むっ」
「剣先、垂れる。直せ」
「むむう」
「まだやるか?」
「うー」
「――――」
「…………」
そんなこんなで二人ともしだいに言葉も交わさなくなって、互いの視線や微かな動きだけで意思疎通を取り始めた。
周囲で稽古をしていたダークエルフの精鋭や吸血鬼たちからすれば、「よくあれで理解し合えるものだな」と首を傾げるばかりだ……
そういう意味では、もし第六魔王国で無口選手権を開催するならば、決勝で雌雄を決するのは――ドゥとドバーだろうと長らくみなされてきた。
もちろん、二人ともに他人と全く話さないわけではない。
そもそも、セロの付き人に、人狼メイドとあって、二人はむしろ他者と積極的にかかわる仕事に就いている。
逆に言えば、そんな役回りなのに無口のイメージが先行しているということは……ドゥやドバーがどれだけ人見知りと思われているか、かえってよく分かるというものだが……
ここ最近、そんな二人に割って入るべき人材が第六魔王国にやって来た――
元第五魔王国の指揮官こと飛蝗の虫人サールアームだ。緑色の孤独相であるアルベの双子の弟で、こちらは茶色の群生相に当たる。
虫人アルベがいかにも情報官らしい人当たりの良さで「やあやあ」と接してくるのに対して、サールアームはどちらかというと戦局を俯瞰する将軍のような厳つさでもって、ほとんど言葉を発することもない。
とはいえ、第五魔王国からやって来た幹部の中では、現状――最も第六魔王国に貢献している。
実際に、サールアームの献身はというと、まさにセロ、ドゥやモタに匹敵するほどなのだ。
「キュイ!」
「…………」
「キューイ?」
「…………」
「キイキイ」
「…………」
こんなふうに無口で返すので、セロ、ドゥやモタたち以外にはさっぱり会話の内容が分からないものの……
虫人サールアームはヤモリ、イモリやコウモリたちと完全にコミュニケーションを取っているのだ。
おかげで、今ではそんな魔物たちの餌係として、『迷いの森』や天然プール手前の雑木林に潜む虫を特殊スキルによって、日々、誘き寄せては魔物たちからとても感謝されている。
しかも、最近は屍喰鬼の料理長フィーアや人狼メイド長のチェトリエと相談して、虫料理まで研究しだして、魔物たち以外にも感心されている。
もっとも、さすがに虫料理は人族や亜人族には不評で……かえってこれまで食事の習慣のなかった魔族を中心に評価されているわけだが……
何にせよ、最近、魔物や魔族たちがぶくぶくと肥ってきたのは、サールアームのせいに違いない。
ともあれ、兄のアルベに比して、交友関係が広くないと思われていたのは昔の話で、最近では意外な人物とつるんでいる様子が度々見かけるようになった。
その人物とは――人造人間エメスだ。
「自動翻訳機改良の監修をしてほしいのです、終了」
前回、魔物たちとのコミュニケーションに見事失敗したエメスだったが……どうやらまだ諦めていなかったようだ。
エメスの見立てによると、セロは翻訳機を通さずとも、土竜ゴライアス様の加護を最も強く受けているので、その眷族たる魔物たちと言葉を交わすことが出来る……
また、ドゥはこの世界における今代の巫女で、真実を見抜く力を有していることもあって、これまたセロ並みの意志疎通をこなしている。
これには博識なエメスも驚かされるばかりで……目下、帝国全盛時代に巫女を務めていた前代の泥竜ピュトンに聞き取りをしている最中だ……
ちなみに、モタがなぜ魔物たちと仲が良いのかはさっぱりと分かっていない。
多分にモタは色々とパーなところがあるから……ということで納得するしかなさそうだ。
「というわけで、土竜ゴライアス様の加護を受けておらず、巫女など唯一無二のスキルを有しているわけでもなく、またお頭がパーでもない貴方は――格好のサンプルなのです。貴方の持つ特殊スキルを解析すれば、もしかしたら誰でも魔物と話せるようになるかもしれません、終了」
「…………」
そんなこんなで、いかにも「良い実験体を見つけた」とばかりに、エメスはサールアームに接近したようだが――
「キュイ」
「…………」
「ええと、弟が言うには……このヤモリ、イモリやコウモリさんたちは今ちょうど眠いらしいよ」
虫人サールアームがあまりに無口とあって、その都度、双子の兄のアルベの翻訳が必要となった。
これでは二重翻訳みたいなものだ。果たして正確なのかどうか、ちょいと怪しい……
「キューイ」
「…………」
「だから、今日はエメスの研究にほとんど付き合えないんだってさ」
「キイキイ」
「…………」
「ためしにその改良した自動翻訳機キュイバーンを通して、このヤモリさんたちに話を聞いてみろってさ」
「ふむん。それでは、KYUIDフォーマットを採用したこの自動翻訳機キュイバーンを起動してみましょうか、終了」
人造人間エメスがそう言って、ヘッドセット型の自動翻訳機を立ち上げると、同時にエメス自身の魔紋がありありと浮かび上がってきた。どうやらエメスの体に相当な負荷がかかる機械のようだ。
まだまだ改良が必要なものの、その分だけ翻訳の精度は高いらしく、エメスも自信をもって魔物たちと向き合った――
が。
「キュイ (殺す)」
「キューイ (滅せよ)」
「キイキイ (お前はすでに死んでいる)」
エメスは四つん這いになって、ガックリトホホと項垂れるしかなかった。
前回の結果と全く同じだったからだ。ずっと以前にかかしが畑を荒らした件で、いまだに魔物たちに根に持たれているのかとエメスが落胆していたら、
「…………」
「ええと、弟が言うには……今のは間違っていないらしいよ」
「間違っていないとは? 終了」
「…………」
「翻訳自体はかなり意訳になっているけど……意味は正しいんだってさ」
直後、エメスにしては珍しく複雑な表情を浮かべた。
研究者として実験の成功を祝うべきか、はたまた魔物たちによく思われていない我が身を呪うべきか――
咄嗟に判断つかなかったのだろう。
とはいえ、エメスはすぐに倒れ込んでしまった。
エメスほどの魔力をもってしても、KYUIDフォーマットの負荷には耐えられなかったのだ。
ちなみに、魔物たちは別にエメスを嫌っているわけではなく、実のところ、かかしのやらかしにかこつけてお茶目なところをみせただけだったのだが……
何にせよ、虫人アルベとサールアームによってエメスはセロの下に運び込まれてしまった。
こうしてサールアームはというと、第五魔王国にて魔物たちの飼育員兼、翻訳家という二つの役割でもって活躍していくのであった。
前回の自動翻訳機のエピソードは、&07話「外伝 ドゥの意外に忙しい一日(終盤)」にあります。
今話については、毎度お馴染みのガン〇ムネタで、キュイバーンもとい、キャリバーンの登場となりました。