&77 外伝 一攫千金(後半)
「おや、まあ……岩山を超えただけでこんなに植生が変わるもんなんだね」
元第五魔王国情報官で飛蝗の虫人アルベは魔王城裏の原生林に入ってすぐに感嘆の声を上げた。
「ねー。やっぱ、向こうと比べてちょい寒く感じるしねー」
「ししょー。だからといって森で火まじゅつを使っちゃダメですからね!」
モタや弟子のチャルがアルベの話に続くと、人狼メイドのストーが鼻を「くん、くん」と鳴らしてから、
「モタ様、それにアルベ様。どうやらそこの木陰に笑い蝶の群れが隠れているようです」
と、警告した。
モタはいかにも「しまった」といった顔つきになった。前衛としてモンクのパーンチでも連れてくるべきだった……
このままだと、ストーに犠牲になってもらうしかない……
だが、意外なことに虫人アルベは魔虫の群れに何ら臆することなく、木陰にひょっこりと顔を出した。
「おー、いたいた。ちょい待ってて」
それだけ言って、虫人アルベは笑い蝶と何かしらコミュニケーションを取り始めた。
「ほへー。すげーね」
「はい、ししょー。しょっかくでさわりあって、何かしら会話してますね」
「何なら、わたしたちもやってみる?」
「チャルにはしょっかくがありません」
「そかー。じゃあ、試しに互いのおでこ付け合ってみようか」
そんなこんなで、モタとチャルは仲良く額をぴたりとくっつけると、
「わたしが何考えてるか分かるー?」
「おなかがへった?」
「惜しい!」
「おやつ食べたい?」
「おほー、すごい! ビンゴだよ!」
「てへへー」
「それよりお二方――アルベ様が戻ってきましたよ」
二人がいちゃいちゃしていたら、人狼メイドのストーが割って入ってきた。同時に、虫人アルベが声を掛ける。
「な、なぜ、抱き合ってんのさ……モタにチャル?」
「いやー、意志疎通の実験?」
「ししょーは顔に出るので分かりやすいのです」
そんな二人はともかく、アルベ曰く、虫系だったら会話は出来ずとも、触覚を通じて簡単な意思疎通が可能だとのこと。
どうやら双子の弟サールアーム同様に、アルベも虫系に対する特殊スキルを持っているようで、虫たちが有している情報を共有出来るらしい。
モタはそこで「ふむう」と、一つだけ息をついた。
以前に夢魔のリリンが語っていたが……知性を持たない魔物は土竜ゴライアス様の加護を受けたセロであっても襲いかかるとのことだったが――
虫人アルベの交流を見るに、知性とはいったい何ぞやと、モタは興味を持ち始めた。
ここらへんはさすがに腐っても魔女だ。
人造人間エメスが先に研究しているらしいが……モタもそれに加わりたくなってきた。
すると、虫人アルベが皆を先導した。
「どうやら、この先に探している花畑があるみたいだよ」
ちなみに今、この原生林内を歩いている人物は、モタ、チャル、人狼メイドのストーに、虫人のアルベの四人だけだ。
夢魔リリンやモンクのパーンチに声がけしようにも、二人とも忙しいらしく、城内では見つけられなかった。
その為、今回はあくまでも探索だけで済ませる予定だ……
そうはいっても、前回だって調査だけで済ませるはずが大事になったわけで――
「ねえねえ、アルベ?」
モタはちょこんと小首を傾げた。
「今さらだけど……どうしてこの原生林内にパナケアの群生地があるって知ってたの?」
「数十年前に部下が潜入したからだよ」
「こんな寂れたとこを?」
「うん。そうさ。だって、敵国の地理を調べ上げるのは基本じゃないか。最初はここに潜伏先を作ろうかと考えたくらいさ」
モタはますます首を傾げてみせた。
「そのときは、魔樹に擬態した機械に襲われなかったの?」
「そんな報告は一切上がってこなかったんだよなあ」
「じゃあ、祠は? それに擬態した巨大ゴーレムはどう?」
「祠の件は報告があったと思うけど……それが動き出したなんて聞いてないから……逆にモタたちが巨大ゴーレムに襲われたって聞いて、僕はかえって驚いたくらいさ」
モタは「ふうん」と肯くしかなかった。
数十年前は活動的でなかった機械がなぜ、このタイミングで動き出したのか……
もしかしたら、人造人間エメスが言っていた大罪人こと愚者ロキと関係あるのかもしれないと、モタはつらつら考えながら歩んだ。
すると、弟子のチャルが興味本位で虫人アルベに質問した。
「けっきょく、せんぷくさきは作らなかったのですか?」
「うん。さほど必要性がなかったからね」
「ひつよーせい?」
チャルがモタを真似して小首を傾げると、アルベは分かりやすく説明した。
「当時の第六魔王国は吸血鬼の真祖カミラの治世でね。吸血鬼の国家と言っても、カミラは眷族をほとんどもたず、カミラ個人軍みたいなもんだったから、特に情報戦を仕掛ける必要がなかったんだよ」
チャルは「ふうん」と、これまたモタみたいに肯いてみせた。
虫人アルベとしては今の説明で理解出来たのかなと不安になったものの、チャルは早熟ということもあって、さらなる話はしなかった。
実のところ、第六魔王国には魔王城付近の林に潜伏先を作って、セロ統治時代も含めてずっと監視してきたわけだが……
「まあ、結局のところ、情報以前に力が全てってことだよね」
アルベはそう独り言ちた。
そのときだ。人狼メイドのストーが再度、「くん、くん」と鼻を鳴らしたのだ。
「パナケアの花独特の匂いがしますね。たしかにこの先に群生地があるようです。同時に、毒花として有名なサルースの独特な香りもあって、それに釣られて大型の魔獣らしきものも数匹います。お気をつけくださいませ」
ストーがそう言って警告すると、モタは「どうしよっか?」と皆に尋ねた。
あの機械たちが手を出せなかったほどの実力を持った魔獣が幾匹もいるというのが引っ掛かった。
それに今回の調査は一攫千金を狙っていることもあって、セロや人造人間エメスに正式に話を通していない……
前回みたいに上空で強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』が待機しているわけではないのだ。
が。
「ししょー。行きましょう!」
「うん。愚問だよ。僕だったら迷わずにゴーだね」
「魔獣相手ならば後れを取りません。さあ、黄金時代を築きましょう!」
チャル、アルベやストーが順に言って、強気に背中を押してくるので、モタも「ま、そだねー」と、さして迷うことなく花畑へと踏み出した……
……
…………
……………………
刹那、モタは即座に死んだふりした。
というのも、パナケアの群生地にいたのがグレートギガバジリスクだったからだ。
しかも、家族で群れているようで、モタたちを見つけてやたらと警戒の色を強くしている。簡単には逃してくれなさそうだ。
「な、な、何で、あんなのがいんのさ!」
モタは涙目になった。
蜥蜴系でも最強と謳われるバジリスクのさらに上位個体だ。
本来ならば第三魔王国こと『天峰』にいて、第三魔王こと邪竜ファフニールのそばに控えているレベルの竜種のはずだが……
「いや……でも、待って。もしや……意思疎通出来んじゃねー?」
セロにかかっている加護でもって、襲ってこないんじゃないかと、モタは恐る恐る踏み出して、触覚ならぬおでこを差し出すも、
「グアアアオオオオオオオオオオーーーーーン!」
「ぎゃあああああ!!!」
「きゃあ」
「うわあああ!」
「えええええ?」
と、グレートギガバジリスクの咆哮よりも、例によってモタの絶叫に皆はむしろ驚いてパニックに陥った。
だが、チャルは意外に冷静だった――
「ししょー、このタイミングです!」
「へ?」
「今こそ、よーじんぼーのせんせーの出番なのです!」
チャルの呼び掛けに、モタは「はっ」とした。
「そうだったぜい。わたしとしたことが……忘れるとこだった」
モタはそう言って、魔女のとんがり帽子を脱いだ。
すると、モタの頭上にはふっさふっさの髪をベッドのようにして横たわって、
「キュイ?」
という鳴き声が上がった。
「先生、出番でございやす」
モタがそう言うと、用心棒はいかにも任せろといったふうに「キュイ!」と鳴いた。
その瞬間だ。用心棒ことヤモリはすたっと、ジャイアントギガバジリスクの前に立って、じろりと睨みつけた。
体格差だけを見れば、まさに蟻と象だ――どう考えても、ヤモリが不利に違いない。
だが、ヤモリが「キュイ」と、低い声で呻っただけで、ジャイアントギガバジリスクは全匹、頭を下げてみせた。どうやら降参の意思表示らしい……
「すげー」
モタは感嘆するしかなかった。
ちなみに後日、判明したことだが、どうやらこれらのジャイアントギガバジリスクたちはかつて幼体だった頃に邪竜ファフニールに随伴して第六魔王国にやって来たらしい。
いわゆる地上における『万魔節』で、ファフニール共々、真祖トマトをもりもり食べに来たはずだったが……
その際に子供ながらに興味につられて、こちらの原生林に遊びに来たら迷ってしまったとのこと。
結局、モタたちに保護されて、無事、家族で第三魔王国に帰ることが出来たのだった。
「それより、パナケアだよー」
「ししょー、こんだけあればだいふごうなのです!」
「とりあえず、メイドは辞めて……第六魔王国に豪邸を作って、アジーン様やチェトリエ様を雇いますかね」
三者三様で喜びながら、モタたちがパナケアの花の群生地でどんちゃん騒ぎをしたのは言うまでもないことだろう。
これを機にして、虫人アルベは新たにおやつ研の事務員として雇われた。
また、弟子のチャルも、モタの一番弟子にもかかわらず、なぜか魔女にならずに万能薬を作り出す錬成士へとなるわけなのだが――それはまた別のエピソードである。