&76 外伝 一攫千金(前半)
飛蝗の魔人であるアルベはとぼとぼと歩いて、「はあ」とため息をついてから広場のベンチに座り込んだ。
ここは第六魔王国の岩山のふもと――
トマト畑での農作業を終えて、昼下がりの休憩中にダークエルフたちがプールに飛び込む傍らで、涼をとる為に設けられた場所だ。
木製のベンチやテーブルが幾つか並べられていて、以前にドルイドのヌフがハンモックで寛いでいた箇所を拡張して出来た、ちょっとした公園に当たる。
簡単な屋根も付いているので、急な雨や熱い日差しが降り注ぐときにもよく利用されている。
さらに、農作業の手伝いがないダークエルフたちが内職の為にここまでやって来る上に、子供たちまで遊んでいるので、何だかんだと騒がしい……
そんな広場のベンチにため息混じりでぽつんと一人、元第五魔王国情報官もとい、現在では無職で求職中の虫人アルベがワンカップの麦酒片手に黄昏ていた。
すると、そんなすぐ隣に――
「はあああー」
「ふむう」
と、二人が続いた。魔女のモタとダークエルフの双子のドゥだ。
三人とも、どこかしょぼーんといったふうにベンチで揃って項垂れて、モタは一升瓶、またドゥもトマトジュースのコップを手にしている。
「おや? モタとドゥまでそんなふうにため息ついちゃって……」
虫人アルベは「幸せが逃げるよ」と言おうとしたが、それより早くモタが愚痴った。
「だって、わたしってば……もう本当にダメダメなんだよー」
そんなモタにドゥがいいこいいこしてあげる。
何気にハーフリングのモタと幼いドゥの身長はさほど変わらないので、年相応の友達に見えるわけだが……
実は、この三人はとても仲が良い。
そもそも、虫人アルベが第五魔王国の魔族以外で最初に友情を結んだのがモタだし、またドゥはいかにも子供らしく虫に興味があったのかすぐに打ち解けた。
とはいえ、そんなアルベにしても、落ち込んでいるときにモタたちがやって来て、同じように黄昏るとはさすがに思っていなかったらしく、
「ところで、僕みたいにため息をついて……いったいどうしたってのさ、モタ? それにドゥ?」
一応、大人として、自分のことは棚に上げて尋ねてあげた。
「いやあ、聞いてよー。アルベ?」
「うん、何だい? モタ?」
「お金がもうすっからかんでさー」
「あれれ? こないだ原生林調査だかでお金が入ったばかりじゃなかったのかい?」
「おやつ一年分と引き換えになくなっちったんだよー」
「…………」
虫人アルベは「うーん」と呻ってから、今度は俯いているドゥに話を向けた。
「で、ドゥはいったい、どうしたんだい?」
「ねむねむ」
「…………」
「横になりたい」
「そ、そっかあ……」
虫人アルベはまた「うーん」と目を細めてから片手を顎にやった。
モタの金欠については今に始まったことではないのでとりあえず保留として……
ドゥについては、たしかに早朝から起きて人狼メイドのドバーと鍛錬した後に……セロの付き人として雑用を幾つもこなし……さらには午後も暇を見つけては人造人間エメスの巨大ゴーレム開発を手伝っているとあって……
どうやらドゥはベンチで少しだけ横になりたいようだ。
もしかしたらアルベが邪魔だったのかもしれず……何なら膝枕でもと提案しようとしたら、モタも、ドゥも、急に頭を上げて、
「で、アルベはいったいどしたん?」
「たん?」
と、二人して揃って聞いてきてくれた。
虫人アルベはそこで「ふう」と小さく息をついた。何だか二人がアルベのことを心配してくれただけで救われたような気分だ……
とはいえ、「何でもないさ」と強がるのも二人に対して失礼かなと考えて、素直に不安をこぼすことにした。
「いやあ、僕ってば……弟のサールアームに比べて何もしてないでしょ?」
そう言われて、モタも、ドゥも、「ふむん」と首を傾げた。
たしかに第五魔王国からやって来たもう一人の飛蝗の虫人サールアームは昼下がりなのに誰よりもよく働いている。
いや、昼下がりだからこそ、一番仕事をしていると言うべきか――というのも、サールアームはヤモリ、イモリやコウモリたちの餌番をやっているのだ。
飛蝗の群生相ということで、自分よりも弱い虫を統率できる特殊スキルを持っているとあって、サールアームは敵国の幹部だったにもかかわらず重宝されている。
今では屍喰鬼の調理長フィーアと一緒になって、魔物たちの為に餌を改良しているほどだ。
そんなサールアームに比して……たしかにアルベは元情報官ということもあってか、大陸全土に覇権を唱えたばかりの第六魔王国ではあまり重用されてはいない……
現在のアルベの主な仕事といったら、第六魔王国の東領でいまだに反抗を続けている虫たちの説得ぐらいで……それだって第五魔王こと奈落王アバドンが消失して半年ほど経った今ではほとんど潰えてしまった。
「そんなわけでさ……これからどうしようかと、身の振り方を考えていたってわけなのさあ」
虫人アルベがそう愚痴ると、モタは「ほへー」と呆けた声を上げた。
「ありゃま、わたしなんか『絶対に働きたくないでござる』って思ってるぐらいなのに……アルベったらずいぶんと真面目さんなのね?」
「いやいや、そんなことを考えているのはモタくらいなもんだよ。働かざる者食うべからずじゃないか」
「何だったら、わたしの代わりに働く?」
「代わりって?」
「おやつ研の所長とかさ?」
「とてもうれしい話だけど……僕、そもそも魔術は得意じゃないし、おけつ破壊も出来ないからなあ」
「そっかあ。ままならないもんだねー」
モタとしては友人として、事務仕事くらいなら斡旋してあげたかったが、そもそもおやつ研自体がろくに稼働していない状況なので、事務も何もろくにないのが現状だ……
すると、ふいにドゥが声を上げた。
「あ、チャルだ」
視線をやると、人狼メイドのストーにおんぶされて、モタの弟子チャルがぷんすかとやって来る。
「ししょー! こんなとこにいたんですか!」
「あちゃー、見つかっちった」
「もどりますよ! セロ様から言われたちょーさがまだ残っているんですから!」
「はいはい、分かったよー」
人狼メイドのストーに片手を引かれる格好で、モタは連行されようとしていた。
ドゥはそんなモタの空きスペースに「ねむねむ」と、ちょこんと横たわる……
ちなみに、おやつ研は魔王城裏の岩山を超えたところにあるのだが、すでにトンネルが開通していて、魔王城地下階層のエレベーターから直通で行ける。
「アルベえええ……だじげでえええー」
そんな地下へと強制連行されるモタに対して、虫人のアルベはふと疑問を口に出した。
「ええと……調査って? 終わってたんじゃないの?」
すると、人狼メイドのストーがぴたりと足を止めて、虫人アルベに丁寧に答えた。
「いえ。原生林地下のシェルターはエメス様が引き継がれましたが……原生林自体の生態等を含めて、様々な調査がまだ残っております」
アルベが「ほほう」と相槌を打つと、モタはやれやれと不満を漏らした。
「これが無駄に広くて、えっらい大変でさあー」
「ししょー。考え方を変えるのです。それだけおしごとが残っているのです」
「いやあああ。仕事したくないいいいい」
「おきゅー金がもらえるのです!」
さすがにモタも人狼メイドのストーに力では敵わないらしく、首根っこを掴まえられてずるずると引きずられていったわけだが……
そこで虫人のアルベは「ん?」と首を傾げてから、ぽつりとこぼした。
「第六魔王国北の原生林かあ。そこってたしか……パナケアの花の群生地がなかったっけ?」
その瞬間、全員の足がぴたりと止まった。
パナケアの花は万能薬の素材となる。当然、ハーフリングの商隊を通じて王国に売りつければ、莫大な富を得られることだろう。
帝国もとい元第五魔王国の情報官だったこともあって、虫人アルベはそうした敵地の地理情報を持っていたのだ。
当然、モタはすぐさまアルベの言葉に反応した――
「それって、どこ?」
「いやあ、さすがに具体的な場所までは分からないけど……原生林に行って、そこに棲んでいる虫たちに聞けば、分かるかもしれないなあ」
刹那、モタも、チャルやストーも、全員が顔を見合わせた。
「一攫千金!」
「はい、ししょー! これはチャンスなのです!」
「ついにおやつ研に黄金時代がやって来るのですね!」
そんなこんなで三人に強引に連れていかれる虫人アルベなのであった。
ドゥ「……zzz」
というわけで、ベンチで寝落ちしたドゥなのでした。