&75 外伝 隠れ家
タイトルは「隠れ家」と書いて、《アジト》になります。よろしくお願いいたします。
「いやはや、懐かしいですね。これはかつて、この地に千年王国を築いた人族の核シェルターの跡地です。さて、中はどうなっていることやら」
人造人間エメスはそう言って、跳ね上げ式の扉を開いた。
穴には梯子がかかっていて、エメスがそれに片手をかけて試しに力を入れてみるも……古の時代の物のわりには壊れずに、しっかりとしたものだった。
すると、エメスがやや訝しげな表情で人狼メイドのストーに声を掛ける。
「このシェルター内に生存者の匂い、もしくはわずかにでも動いている音など、何か感知出来ますか?」
ストーは即座に目をつぶって、くんくんと鼻に意識を集中して、次いでぴょんぴょんと白い耳を動かしてみせる。
「いえ、エメス様。穴の中からは何も感じとれません。ただ……」
「ただ?」
「ずっと奥から水の流れる音が微かに聞こえてきます」
「ふむん」
人造人間エメスは顎に片手をやってから、「まあ、いいでしょう」と言って、梯子は使わずに背負ったバックパックの火力を調整してゆっくりと穴を下り始めた。
「あー、エメスだけずっこいー」
モタがパックパックを羨ましそうに見つめて、ツンと下唇を突き出すも、
「ししょー、『ふゆう』の風まじゅつを使えばいいのです」
チャルがそう言って、モタに付いていこうとしたので、夢魔のリリンがチャルを即座に抱えた。
「ダメだ。チャルはお留守番だ」
「ええー? いきたいー!」
「中の安全を確認したら呼んでやる。それにさっき、ストーの邪魔になって、彼女の足を怪我させたばかりだろう?」
「むー」
チャルはモタに倣って下唇を突き出してみせるも、リリンは構わずにストーに声を掛けた。
「ストーはここでチャルを守って、待機していてくれ。何かあったら、上空に待機している『かかしエターナル』に報告すること」
「畏まりました」
「さて、梯子を使うと……途中で壊れる可能性もあるのか。私は『血の多形術』で羽でも作るかな」
「じゃあ、オレは遠慮なく、その梯子を使わせてもらうぜ」
だが、夢魔のリリンは降りようとしたモンクのパーンチを片手で制した。
「すまんが、パーンチも待機だ。ストーとチャルを守ってやってほしい」
「おいおい、マジかよ?」
「むしろ、私たちに何かあったら、二人と共に魔王城に情報を持ち帰ってくれ。子供を守る仕事なのだから不満はなかろう?」
「ちい! わーったよ。こんちくしょう」
パーンチは渋々ながらも肯いてみせた。
とはいえ、さほど不満げな表情でもなかった。どうやらパーンチは早速、ここでチャルと模擬試合などで遊ぶつもりのようだ。
ここらへんはさすがに子沢山の父親で、人狼メイドのストーにはなかなか出来ないことかもしれない……
夢魔リリンもそこらへんを見越して、チャルの不満の発散先としてお目付け役、もといおけつの破壊され役として配置したわけだ。
「それでは、私もいってくる」
リリンはそう告げて、ぱたぱたと降り始めた。
意外に深い縦穴だった。あっという間に地上の日が届かなくなると――ふいに直下から灯りが上がってきた。
どうやらエメスやモタがシェルター室内に着いたようだ。深さはおよそ百メートルほどといったところか。
その室内にリリンも着くと、「ほう」と息をついた。
「想像以上に広いな。温泉パークくらいはあるんじゃないか」
「ねー。奥がよく見えないよー。それに室内の灯りも生活魔術じゃないみたいだよ」
モタの言葉を受けて、リリンは室内の天井を見た。
たしかに生活魔術ではない。古の技術を使用した灯りのようだ。
しかも、リリンたちが室内に入ったとたんに空調なども含めて設備が自動的に動き始めたらしい……
「やはり電気系統はほぼ生きているようですね、終了」
人造人間エメスの呟きに対して、夢魔リリンは目を細めた。
エメスが魔核に繋がる魔力経路だけでなく、球体関節人形の動力として電気を必要としていることは聞きかじっていた。
ただ、現代には電気設備がない。だからこそ、セロの『救い手』で常に魔力を満タンにする必要があった。
だが、もしここで充電出来るとなると、話が変わってくるかもしれない……
今さらエメスがセロを裏切るとは思えないが……それでもセロへの依存が減るのは間違いない。
というか、このシェルターはやはり、エメスを造った人族の科学者とやらが用意したものなのだろうか。
「だとしたら、いったい何の為に……?」
それに、夢魔リリンにはもう一つ気になることがあった。
室内がやけにきれいに保たれていたのだ。
さすがに埃一つ落ちていないとはいかないが……古の時代からあったわりには机上の物までよく整理整頓されていた。
「まさか……つい最近まで何者かが使っていたということか?」
何にせよ、リリンがつらつらと考え事をしていると、「うわー」と、モタの声が上がった。
それに釣られて、リリンが視線を周囲にやると――そこには幾つもの棺があった。
ただ、その棺は横に寝かせられているのではなく、斜めに立たされていた。
また、ここにきてリリンにもやっと水の音に気づいた。その水はどうやら透明な管を通して棺に注入されているようだ。
当然、リリンは訝しげな顔つきになった。棺を水で満たして、いったい何の意味があるのか?
すると、人造人間エメスがそばにあった棺の扉を強引に開けた。
そのとたん、水がばしゃあと床に流れて、同時に一体の骸骨がこぼれてきた。亡者の骨鬼ではない。ただの屍のようだ。
「ふむん。どうやら冷凍睡眠は失敗したようですね、終了」
エメスの呟きに対して、リリンは疑問を抑えきれずについ尋ねた。
「その冷凍睡眠とは? そもそも、ここはいったい何の為の施設なんですか?」
「冷凍睡眠とは、人族を冬眠させて仮死状態にする古の技術です。それによって亜人族に近い長寿、また魔族に近い不死性を目指しましたが……」
「全員、おだぶつかー」
モタがあっけらかんとした声音で言った。エメスはこくりと肯いてみせる。
「エメス様。では、ここは……当時の王国の人族が冷凍睡眠する為の施設だったと?」
「その通りです。おそらく当時の資産家――別に王侯貴族とみなして構いませんが――そんな彼らが古の大戦から逃れる為に設けたものです」
「それが失敗して、結果……設備や機械だけが残った、と? だとしたら、まるで御伽話に出てくるような皮肉そのものですね」
「いいえ。そうとも言い切れません。どうやらこの施設を利用してきた者がいたようです、終了」
人造人間エメスの指摘に、モタもリリンも「ん?」と、最奥に視線をやった。
そこには巨大かつ透明な丸フラスコが置いてあった。
中はやはり水らしきモノで満たされている。さらに厄介なのが、そこには幾体も浮かんでいたことだ――
骸骨ではなく。生身の肉体が。
「え? あれって――」
モタが呆けたような言葉を続ける。
「セロと――」
「まさか……母上様?」
モタと同時にリリンも声を上げた。
巨大なフラスコにはセロとカミラに似た人物が幾体も浮かんでいたのだ。
だが、エメスはいかにも忌々しそうに長柄武器を取り出して、その丸フラスコに突き刺した。
直後、床には一気に大量の水らしきモノが流れ落ちて、二人によく似たモノたちは一瞬で骸となっていった。
「エメス様!」
さすがにリリンは声を荒げるも――
「これはセロ様でも、またカミラでもありません。どちらも大罪人の仮初の肉体に過ぎません」
エメスはそれだけ言って、モタとリリンに交互に視線をやってから淡々と告げた。
「間違いありません。ようやく発見しました。ここは古の大戦の大罪人、愚者ロキの隠れ家です、終了」
次話はまたスローライフに戻って、外伝をこのまま数エピソードをこなした後に、ついに「古の大戦」を描いて、第四章の改稿と締めへとつなぎます。
夏の終わり頃に古の大戦までいけそうかと思ったんですが……存外に描きたかった外伝が増えたのでご容赦くださいませ。
それと、8月30日に拙作の二巻が発売しました! 何卒、よろしくお願いいたします!