&74 外伝 原生林調査(後半)
原生林調査をしていたモタたち一行の前に地下洞窟に続くと思しき古びた祠が現れた。
だが、夢魔のリリンは血の多形術で構成した魔鎌を咄嗟に構えた。
「気をつけろ! 周囲の樹木は魔樹ではない。認識阻害で何かが擬態したモノだ!」
闇魔術が得意なモタやその弟子のチャルでも気づかないレベルの認識阻害だ。
しかも、人狼メイドのストーの鼻まで騙している。これは相当にヤバい相手かなと、モタも即座に杖を手にして、またモンクのパーンチは果敢にも盾役として前に飛び出した。
すると、樹々が擬態を解いたとたん、それはかかしに似たモノへと変じていった……
そう。間違いなく、それはかかしだった――第六魔王国のトマト畑でお馴染みの自動撃退装置。当然、モタたち全員は面食らった。
「ねえ、リリン。ここって……エメスの隠れ家かなんかなの?」
「いや、そんな話は聞いていない。そもそも、あのかかしたち……エメス様が造ったモノとは微妙に違わないか?」
たしかにリリンの指摘通り、人造人間エメスの作成したかかしはどこか流線的で洗練された造形なのに対して、目の前のモノは歪でごつごつとした外見だ。
何と言うか……ありあわせの素材を集めて無理やり造った印象さえある……
とはいえ、性能はさして変わらないようだ。というのも――
ぶん、バリバリ、と。
モタたち一行に向けて問答無用で『電撃』を幾筋も放ってきたのだ。
モタはとっさに詠唱破棄で風魔術の『重力』でもって前面の空間を歪ませた。おかげで『電撃』は四方八方に枝分かれしていったのだが……
「モタ! マズい! 後方にある樹々もかかしによる擬態だぞ!」
夢魔のリリンがそう大声を出したので、モタがちらりと背後に目をやると、チャルをおんぶした人狼メイドのストーがじわじわと囲まれつつあった。
どうやら無機物の機械が相手だけにストーも得意の鼻が利かないようだ……
「ストー! ししょーに合流しよう!」
「分かりました。しっかりと掴まっていてくださいよ。この包囲網を一気に突破します」
モタはそんな二人のやり取りを確認して、改めて前方に視線を戻すと、今度は祠だと思っていた建築物が巨大ゴーレムに変形し始めた……
「ちい! オレの相手はゴーレムかよ! ちびすけが乗っているやつとどっちが上かね」
モンクのパーンチはそう強がって、巨大ゴーレムと向き合った。
ここにきて、モタも、夢魔のリリンも、やっと気づいた――どうやらここは古の大戦時に打ち棄てられた機械たちの生息領域のようだ、と。
道理でこの原生林で魔獣をあまり見かけないはずだ。機械たちに駆逐されているのだろう。
「どうする、モタ? この情報だけ持って、ここはいったん退くか?」
迫りくる無数のかかし相手に魔鎌を振るっていた夢魔リリンがモタに声を掛けるも、
「うーん……わたしたちだけなら何とか逃げられるかもしんないけど……」
モタはつい言葉を濁した。
たしかにリリンとは幾度となく逃げるばかりの珍道中をやってきた。だから、退却戦はむしろ十八番とするところだ。
ただ、今回に限っては弟子のチャルがいる。人狼メイドのストーが付いているとはいえ、さすがにおんぶをしていてはまともに動けないだろう……
前衛のモンクのパーンチについては……まあ、わりとどうでもいいとはいえ……モタも「うー」と、即断しかねた。
そもそも、今、眼前にいる機械たちだけとは限らないのだ。
リリンにしか見破られない高度な認識阻害を駆使する相手だ。他にも擬態して待ち構えていたら、それこそ窮地に陥る……
「ねえ、リリン? いっそ全部、燃やしちゃっていい?」
そこでモタはお得意の火魔術による暴走を提案した。
機械相手ならば水よりも火の方が、即効性が高いからだ。山火事になりかねないが、派手に煙が上がればかえって魔王城にいるセロやエメスたちが気づいてくれるかもしれない……
が。
「ダメだ、モタ。やはり……即時撤退するぞ」
リリンはそう言って、頭を横に振った。
そもそも、今回はあくまでも調査の為に来たのだ。討伐が目的ではない。
むしろ、この機械の群れが古の時代からあるのだとしたら、これらだって十分に調査する対象になりうる。
もっとも、そんなタイミングで悲鳴が上がった――
「きゃ、ストー!」
「うぐっ……大丈夫です。掠っただけに過ぎません」
どうやらモタたちの後方で囲まれている人狼メイドのストーが足に怪我を負ったらしい。やはりチャルをおんぶしていては動きに制限がありそうだ……
「リリン! わたし、火を放つよ!」
「やめろ、モタ! このままずるずると後退してストーとチャルを拾うぞ! パーンチは後だ!」
「それじゃあ、逃げ切れずにジリ貧になっちゃうよ! パーンチなんかどうでもいいけどさ!」
「どのみちジリ貧なんだ! 皆でバラけているよりまとまって行動した方がいい! それに私もパーンチはどうでもいい!」
「だからあ! だったら火の壁でかかしを遮った方がいいじゃん! パーンチは壁の向こうでいっそ囮ね!」
「何度言わせるつもりだ。森で火は使うな! パーンチはまあ壁どころか一緒に燃やしても構わん!」
「リリンの分からず屋! 頭でっかち! あと、パーンチの馬鹿!」
「モタのド阿呆! パーンチは……そろそろ言い過ぎじゃないか?」
こうして二人で仲良く口喧嘩している間に、今度は頼みのモンクのパーンチがついに押され始めた。
巨大ゴーレムとのタイマンならば上等だったようだが、周囲にわらわらと湧いてきたかかしたちが邪魔をし始めたようだ。これでは最悪、全滅しかねない……
「何でリリンは分かってくんないのさ!」
「モタこそ冷静になれ! ここは大局を俯瞰すべきだ!」
そもそも、モタと夢魔リリンの意見の不一致は――弟子のチャルに対する二人の考え方の相違にあった。
モタからすればチャルは可愛くて仕方のない一番弟子だ。怪我一つとて負わせたくはない。
一方で、リリンはチャルが同行を申し出た時点で一人前の魔術師とみなしていた。魔族からすれば怪我の一つくらい、かえって箔がつくというものだ。
結局のところ、二人は「いーっ」といがみあうと、「ふん!」と顔を背けた。
何にせよ、モタは真剣な表情で告げる。
「もうこうなったら時間が惜しい。チャルとストーを囲んでいるかかしに限定して火を放つよ」
「ふう。やれやれだ。分かった。上手くやれよ、モタ。フォローはしてやる」
「じゃあ、わたしが暴走しないようにきちんと呪詞を謡うから、その間だけ、わたしを守って」
「言われるまでもない」
リリンはそうこぼして、にやりと笑みを浮かべた。もちろん、モタも微笑で返す。
何だかんだで、すぐに妥協点を探れるほどにやはり二人は仲が良いのだ――
「爆ぜよ、荒ぶれ、迦具やいて、仄かに走って人々を守れ! ――いっけえええ! 『灼熱地帯!』
直後、チャルをおんぶしながらも、蹲っていた人狼メイドのストーの周囲に次々と炎の柱が駆けていった。
その様子を見て、夢魔のリリンはモタを守りながら、二人に声を掛ける。
「ストー! チャルを連れて、こちらに合流出来るか?」
「大丈夫です。リリン様、すぐに行きます!」
ストーは片足しか使えなかったものの、人狼の脚力でもって宙を駆け上がって炎柱を超えて、モタとリリンに合流した。
あとは前衛で巨大ゴーレムと相対しているモンクのパーンチだけだ。樹々に火が燃え移らないうちにパーンチを拾って脱出するしかない。
もっとも、それが一番困難ではあったが……
すると、そんなタイミングで上空から淡々とした声が下りてきた――
「よろしい。全員、一か所にまとまったようですね。それでは援護いたします、終了」
もちろん、パーンチは取り残されていたものの……
人造人間エメスはロケットのバックパックを背負って降りてくると、片手を宙に掲げてみせた。
その瞬間、上空で認識阻害によって隠れて待機していた強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』から幾筋もの『電撃』が放たれた。
この攻撃にてモタたちの周囲にいた機械は一気に殲滅されていった。
残されたのは『電撃』だけでは削り切れなかった巨大ゴーレムだったが、上空からエメスが長柄武器でもって串刺しにしてみせる。これにて一気に制圧完了だ。
とはいえ、エメスがこっそりと隠れて、モタたち一行を上から見ていたとは露知らず……
さすがにモタも、リリンも、ぷうと頬を膨らませて、仲良くエメスに抗議した。
「ひどいよ、エメス。せめているって、事前に教えてくれてもいいじゃん」
「そうですよ、エメス様。まるで私たちを試しているみたいじゃないですか」
「何か勘違いしているようですが、小生は貴女たちのお守りをしていたわけではありません。あくまでもこの地域の地図を上空から作成していただけです、終了」
実のところ、人造人間エメスは言い出しっぺとして、モタたち一行を見守っていたのだが……何はともあれ、そんなことはおくびにも出さなかった。
ともあれ、エメスは周囲を見回してから言った。
「さて、これで全員、無事ですね」
巨大ゴーレムのそばには炭化しかけたパーンチが倒れていたものの……
「し、死ぬかと……思ったぜ」
「ほう。さすがです。タフになったと報告を受けていましたが、想定値通りですね。よくぞ耐え抜いてみせました。なでなでしてあげましょう。終了」
「オレはドゥじゃねえんだから……撫でられてもうれしくねえよ」
モンクのパーンチは真っ黒になりながら悪態をついた。
こうしてモタはチャルの無事を喜びながらも、人狼のストーが怪我をしていたのでアイテムボックスからポーションを取り出して治してあげた。
一方で、夢魔のリリンは人造人間エメスにとりあえず感謝を伝えた。
「エメス様、ありがとうございます。それよりも……本当によろしかったのですか?」
「何がですか?」
「こんなふうにかかしやゴーレムを壊してしまって……調査の為に幾体かは残してもよかったのでは?」
「問題ありません。すでに型式も、認識コードも、上空から確認済みです」
「では、これらは……いったい?」
リリンがそう尋ねると、エメスは崩れた巨大ゴーレムの背後の地面に手を触れた。
そのとたん、封印らしき術式が解かれて、いかにも機械的な入口らしき跳ね上げ式の扉が現れ出てきた――
「いやはや、懐かしいですね。これはかつて、この地に千年王国を築いた人族の核シェルターの跡地です。さて、中はどうなっていることやら」