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&73 外伝 原生林調査(前半)

 モタたち一行はおやつ研から出て、岩山のふもとから原生林の入口までやって来た。


 もっとも、入口とはいっても低木だったのが高木に変わり始めただけだ。そういう意味では、もしかしたらこの岩山もかつては『火の国』の山々のように活発な火山活動をしていたのかもしれない……


 ともあれ、こちらの原生林は『迷いの森』とは違って、針葉樹林で構成されている。おそらく夜や冬になると相当に寒くなるのだろう。低木や草花で視界が遮られているわけではないので、昼のうちは意外と奥までよく見える。


 その分、踏破された獣道がなく、魔獣などが残した足跡を追って調査するしかないわけだが……


「なーんか、寂しい場所だねー」


 モタは唇をツンと立ててこぼした。


 実際に、この原生林を支配しているのは生物の息遣いではなく、むしろ静けさだ。


 これが迷いの森ならば、魔虫や魔花などが潜んで、ちょっとした風でもかさかさと不気味な音を奏でる。


 もちろん、幾重にも封印がかかっているので、虫や花の音が聞こえたと思った瞬間、擬態した魔獣が背後で口を開いていたりもする。


 ところが、この森ではモタたちの足音――特に落ちた木の枝などを踏む、パキッという響きがよく広がる。


「やだなー。不気味だなー。わたし、こういうとこ嫌いなんだよなあ」

「ししょー。だいじょうぶです。あやしいけはいはありません。ね? ストー?」

「くん、くん。はい。今のところ、周囲には何もいませんね」


 モタのぼやきに対して、弟子のチャル、それに人狼メイドのストーが応じる。


 今、モタのパーティーはまずモンクのパーンチが先頭に立ち、中衛に夢魔サキュバスのリリン、後衛にモタ、弟子のチャル、そして人狼メイドのストーといった構成となっていた。


 実のところ、チャルは幼いのでおやつ研でお留守番となるはずだったが、


「わたし、これでも『森のたみ』だもん!」


 と強弁して、子供らしく駄々をこねた結果、今回は人狼メイドのストーにおんぶしてもらって、こうして皆に付いてきている。


 とはいえ、そんなおんぶ姿に対して、夢魔のリリンはどこか懐かしそうに目を細めた――


「まるであのとき(・・・・)みたいだな」


 リリンが懐古したように、かつて迷いの森を抜けたときも、モタがチャルをおんぶしてあげていた。


 あれからまだ一年も経っていないのに、ずいぶん昔のことのように感じるのだから本当に不思議なものだ。


「それでも、チャルがついてきてくれて、本当に良かった」


 リリンはそう独りちた。


 事実、このパーティーには『斥候スカウト』系のスキルを持った者がいない。


 人狼のストーの嗅覚は優れているが、初めて訪れる森ではさすがに臭いの識別が上手くは出来ない……


 その点では、さすがにエルフ種は『森の民』だけあって、さっきからチャルは敏感に危険を察知しては、


「ねえ、ストー。はっぱのしゅるいが変わったよ。あっちに何だかあやしい植物がいそうなんだけど」

「くん、くん……たしかに血の臭いがしますね。この森に棲む魔獣などを狩っている魔樹かもしれません」

「ししょー。あっちに進むのはきけんです!」


 と、こんなふうに的確なアドバイスをしてくれる。


 もしチャルが同行していなかったら、今頃は肉壁たてやくのパーンチも幾度となく魔樹に頭からかじられていただろうことを考えると、チャルはこのパーティーで一番の即戦力になっていた。


 すると、モタは顔をしかめて、ちょっとした疑問をリリンにぶつける。


「ねえねえ、リリンさんや」

「どうした、モタ?」

「セロってば……魔王になったときに土竜ゴライアス様の加護をもらったんだよね?」

「ふむ。牙のアミュレットのことだな」

「そう。それそれー。だったらさあ、この原生林の魔物モンスターだってセロの配下になって、襲ってこなくなるんじゃないの?」


 当然の疑問だろう。セロだけでなく、『救い手(オーリオール)』の効果を得た者は基本的に北の魔族領に生息する魔物から敵視されないはずだ。


 だが、何事にも例外は存在する――


「ふむん。実は我々に襲ってこないのは、ある程度の知能を持った魔物に限られるんだ」

「ええと……つまり、ヤモリさんたちみたいな?」

「そうだ。事実、ジョーズグリズリーは今でも生息領域テリトリーに入ると襲いかかってくる」

「うへえ。なるほどねー」

「そういった北の魔族領の生態については、今も人造人間フランケンシュタインエメス様が研究中なのだが……結局のところ、何を持って知能を有しているとするか、はっきりと分からないのが現状だ。少なくとも、ヤモリたちは発声器官の都合で話せはしなくとも、私たちの言葉を理解しているふしがある」

「ふむふむ」


 モタは顎に片手をやりながら肯いた。


 たしかにヤモリたちはいつも挨拶を返してくれる。鳴き声の意味までは分からないものの、色々な相談にジェスチャーなどで応えてくれるくらいなので、やはり相当の知性を有した魔物なのだろう。


 ちなみに、おやつ研にも建設当初から幾匹かのヤモリ、イモリやコウモリたちが住み着いてくれたが、今回はチャルが調査に同行したとあって、現在は代わりに館内でお留守番をしてくれている。


 もしかしたらこの森にも同種のヤモリたちが生息しているかもと、モタが事前に聞いてみたら――


「キュイ? (いたっけ?)」

「キュキュ…… (多分いないよ……)」

「キイキーイ (今度探そー)」


 といったふうに、小首を傾げたりのジェスチャー含めて返してきた。


 もっとも、こんなに静けさだけが際立つ不気味な原生林だと分かっていたなら、一匹か二匹くらい、付いてきてもらえばよかったかなと、モタはため息をついた。


 すると、そんなタイミングで突然、モンクのパーンチが声を荒げる――


「おい! 変な魔虫がいるぞ!」


 モタたち一行の前にパタパタと現れたのは――魔蝶の群れだった。急に視界を覆うように出てきたのだ。


 それは『迷いの森』にいる笑い蝶によく似ていた。羽を広げると、人の口が裂けて笑っているように見える魔虫だ。


 もちろん、まともな知性は持ち合わせいない上に、見る者に精神異常を誘発する危険な魔物だ。


 だから、モタはとっさに火魔術の範囲攻撃を無詠唱で放とうとしたが……


「モタ! 森で火は使うな!」


 リリンから叱責を受けて、モタは「そうだった」と、ちらりと舌を出した。


 最近のぐーたらした生活のせいで完全に平和ボケしてしまっていたようだ。危うく駆け出し冒険者でもしない初歩的なミスをやらかすところだった……


「とにかく、ここは私に任せろ!」


 何にしても、精神異常持ちが相手というならば、夢魔リリンの敵ではなかった。


 リリンは群れの前に果敢に進むと、右手首を掻き切って、『血の多形術』で魔鎌を作ってから、それをぶるんと振るって、滴った血の弾丸を無数に放った。


 その攻撃で魔蝶の群れは魔核を貫かれてあっという間に消失していく。


「やたー!」

「さすがリリン様です」

「へへん。リリン。よくやったぞよ」


 弟子のチャル、人狼メイドのストーやモタが順にリリンを褒めるも、一人だけ大地に倒れ込んで、「ひひひ」と笑っている者がいた。


「ひーひひひ。うひゃひゃひゃ。あははは!」


 モンクのパーンチだ。ものの見事に魔蝶の精神攻撃を喰らったらしい。


 しかも、静かな森だけにパーンチの不気味な笑い声はよく響いた。このままではかえって他の虫や樹々の標的にされかねない……


「ねえ、リリン。これ(・・)、どうする? ここに放っておく?」

「いや、治してやれ。大切な肉壁たてやくだ。パーンチが木陰に潜んでいた魔蝶に気づいていなかったら、私たちに被害が出ていたかもしれない」

「まあ、そだねー。じゃあ、チャル。お願い。法術で治してあげて」

「はーい」


 そんなこんなで早速、原生林の洗礼を受けたモタたち一行だったが……


 ここでパーンチを治してあげたチャルがいかにも訝しげにちょこんと首を傾げながら顎に手をやった。


「ししょー。おかしいです」

「パーンチの頭が?」

「それは……たぶんもとからだと思います……」

「だよねー。じゃあ、何もおかしくないんじゃね? とりあえず治ったの?」

「はい。治しはしました。というか、このおっさん(・・・・)のおつむの話じゃなくて、この森自体がおかしいんです」

「てか、テメエら……師弟二人して言いたい放題だな。こんちくしょう」


 モンクのパーンチは子供好きなので、さすがにチャルをどつくことはしなかったものの……それはさておきチャルは言葉を続けた。


「この地面についている足あと……さっきからずっとこちら向きなんです」


 たしかにチャルの指摘通りだった。


 普通は前後左右に行き来して、踏みならされいるものだが――なぜかモタたちの進行方向とは逆向きの足跡が増えてきていた。しかも、その具合からして最近出来たものに違いない。


 だから、モタも眉をひそめていったん歩を止めてからリリンに尋ねた。


「どうする、リリン?」

「進んでみよう。どのみち目立つ箇所を中心に地道に調査をしていくしかないんだ。この先に湖や洞窟などがあって、魔獣たちの巣になっているのかもしれない。せめて今日はそんな目印を見つけておきたい」


 というわけで、モタたち一行はその足跡を逆行して進むことにした。


 が。


 さほど歩く必要もなく、モタたちは意外なものを見つけた。


「ほへー。これって……」

「ああ。まさか……こんなものが遺っているとはな」


 モタとリリンが共に驚きを口にすると、


「ししょー、大はっけんなのです!」

「ただ、血の臭いがこの周辺からやたらとしますよ。かなり危険なのでは?」

「おもしれえ! 冒険者時代を思い出すぜ。どうする、モタ? さっさと突入すんのか?」


 弟子のチャルや人狼メイドのストーも言葉を続けてから、最後にモンクのパーンチが右拳を左掌にぱんっと叩いてみせた。


 というのも、モタたち一行の眼前には古びた祠――地下洞窟ダンジョンへの入口が見えてきたのだ。


8月30日に第二巻発売とあって、くどいくらいに宣伝となりますが……モタ、リリン、チャルに、高潔の元勇者ノーブルの旅路でかつて『迷いの森』を訪れていて、今回の話でははそのときの回想が含まれています。


第二巻でより詳しく書いていますので、どうかお楽しみください!

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