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&72 外伝 おやつ研(終盤)

「内容は、まあ、何てことはない――北の魔族領(ここ)の探索だ」


 夢魔サキュバスのリリンはそう言って、じろりと魔女のモタ、弟子のチャル、そして人狼メイドのストーを見回してからさらに言葉を続けた。


「より正確には、このおやつ研のふもとに広がっている原生林についての調査となる。岩山が連なっているおかげで、森は南北に分断されている。南は『迷いの森』としてダークエルフが管轄してきたが、北についてはほぼ手つかずで残っている」


 すると、まずモタがちょこんと首を傾げた。


「そんなとこを調査してどうすんのさ?」

「どうもこうもない。正確な地図を作るのだ」


 リリンの答えにモタはますます眉間に皺を寄せた。


 そうれもそうだろう。強襲機動特装艦こと『かかしエターナル』に乗って上空からカメラ撮影すれば済む話だ。


 それに出不精となっていたモタの小耳に挟んだところでは、今後の第六魔王国は『火の国』に通じる街道を拡幅舗装をして、より交易しやすくする一方で、東領となった『砂漠』に通じるトンネル工事にも着工し始めたはずだ。


 つまり、手つかずの原生林の調査よりもそちらに人手を回した方がいいわけで、モタとしては「むー」と、眉をひそめるしかなかった。


「いったいぜんたい、なあにを企んでいるの? リリン?」

「何も企んではいないさ」

「じゃあ、一つだけ聞くけどさ。ルーシーの配下になった百人ほどの吸血鬼がいたよね?」

「うむ」

「その吸血鬼たちの中に、ふもとの森に棺を置いて眠ってた人っていないの?」


 吸血鬼は基本的に公爵級以上でないと居城などを持たない。これまでそうした住まいを有してきたのは真祖カミラと、第二真祖と謳われるモルモ、それに消失してしまったブランだけだ。


 それ以外の吸血鬼はたとえ純血種で、爵位持ちだったとしても、木陰や洞穴などに棺を隠して永眠・・してきた。


 逆に言うと、たとえ居城を有しても、寝ている間は塵芥が溜まる一方なので、結果として一畳半ほどのミニマム生活に至ったのが吸血鬼という種族だ。ある意味ではモタの目指すべき生活とも言える。


 むしろ、毎朝しっかりと起きて生活しているルーシー、リリンやラナンシーがおかしいのであって、これはもともと人族だった真祖カミラの教育の賜物だろう……


 ともあれ、モタはそんなぐーたらな生活に憧れて、吸血鬼の生態もよく聞きかじっていたので、そんなのが百人ほどもいればふもとの森で寝ていた吸血鬼だっているはずだと当て推量して、リリンに質問してみたわけだ。


 当然、リリンは「ちっ」と舌打ちして、すぐさま渋い顔つきになった。図星だったからだ。


「本当にこういうときに限って……モタの勘は鋭くなるよなあ」

「ほーら、やっぱ何かあるんだ?」

「ふむん。今となっては北の魔族領とされているこの地域だが、いにしえの時代より以前にはここに人族の国家があったことはモタも知っているよな?」

人造人間フランケンシュタインエメスを造った人たちでしょー?」

「そうだ。この浮遊城を造った者たちでもある。古の技術を受け継いできた人族たちだな」

「まあ、エメスに滅ぼされちったけど……」


 モタの言う通り、古の大戦時にエメスを造った人々は、逆にそのエメスが魔族に転じたことによって滅亡した。


 当時の人族の国家は北の魔族領から中央の王国にかけて広がっていたというから、かつての帝国よりもその版図は大きかったことになる。何にせよ、そのことを踏まえてリリンは説明を始めた――


「実は、ふもとの森は決して人跡未踏というわけでもないのだ」

「やっぱ吸血鬼たちが寝ていたってこと?」

「それだけではない。ダークエルフたちもずいぶんと昔に調べたことがあったらしい」

「ありゃりゃ……何となく、だいたい話の先が見えてきちゃったぞ」

「うむ。結果的に、森に入った吸血鬼も、ダークエルフも、一人として帰って来なかった。つまり、森の奥には危険な生物が存在している可能性が高いということだ」


 リリンがそこまで言うと、弟子のチャルも、人狼メイドのストーも、「ごくり」と唾を飲み込んだ。


 純血種で爵位持ちの吸血鬼たちや『森の民』とも謳われるダークエルフが帰らぬ人になったのだから、これは相当に危険な案件に違いない。普段のモタならば、この時点で「いやー」と断ったはずだ。


 ただ、その点、リリンはさすがにモタの扱いをよく知っていた――


「危険は承知の上で……もし今回の調査に参加してくれるのならば、おやつ一年分は約束しよう」


 その瞬間、モタは「マジで!」と目の色を変えた。


 当然、弟子のチャルはそんなモタのマントの裾を引っ張って、おやつに釣られちゃいけないと現実に戻させようとした。また、人狼メイドのストーも、モタの心配をしてくれる。


「ししょー! あきらかにきけんです!」

「そうですよ、モタ様。おやつは命あっての物種です」


 そんな二人の言葉に、モタも「むう」と、一度は唇をツンと突き出すも、


「もちろん、モタにだけ行かせるわけにはいかないさ。さっき調査に参加と言っただろう? つまり、今回は調査隊が結成されている」

「じゃあ、もしかして……リリンも?」

「そうだ。言い出しっぺだからな。私も参加する」


 直後、本来ならばよろこぶべきところなのにモタはさらに「うー」と、唇を突き出した。


 何せ、モタとリリンが一緒となると、いつも逃げてばかりの珍道中だからだ。王国でごろつきに狙われ、西の魔族領こと湿地帯では亡者たちに散々追いかけられた……


 これはまた同じパターンかなと、モタも「はあ」とため息をついたものだが――


「安心しろ、モタよ。今回ばかりは私たちに逃げの選択肢などない」


 意外なことにリリンはそう言い切った。


 モタも、弟子のチャルも、人狼メイドのストーも、「ん?」と、一斉に首を傾げてみせると――リリンは胸を張ってとある(・・・)人物を紹介したのだ。


「それでは、今回の探索パーティーに参加して、私たちの盾役にくかべとなってくれる冒険者こと、モンクのパーンチだ」


 リリンがぱちぱちと一人で拍手すると、パーンチがおずおずと室内に入ってきた。


「子供が五千人に増えちまったからな。何にしても……稼がなくちゃいけねえ」


 パーンチは悲壮な覚悟でもってそう言い切った。


 一方でモタはというと、白々とした目つきになりつつも、おやつ研を存続させる為にはパーンチ同様に身を粉にして働かなくてはいけないのだと、よくよく自覚したのだった。


次話はそんな嫌な予感しかしない冒険編を前後半の二編でお伝えします。

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