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&67 外伝 第一回渓流杯表彰式

 モタが勝者の名前を高々と告げると、渓流露天風呂の入口付近では大きな歓声が上がった。


「やたー! かったどー!」


 優勝したダークエルフの子供チャルは大はしゃぎだ。


 かつてモタ、夢魔サキュバスのリリン、それに高潔の元勇者ノーブルに『迷いの森』の地下を案内したダークエルフの母親に向かってチャルは勢いよく抱きついて、


「おかあさん、かったー! どうだ、すごいだろー!」


 と、喜びの謎ダンスまで披露している。


 これにはダークエルフの双子のドゥとディンも渓流露天風呂のコースから下りてきて、


「すごいじゃない、チャル!」

「すごごっ」


 と、一緒になってはしゃぎ始めた。どうやら世代も近いこともあって、二人はチャルのことをよく知っているようだ。


 そもそも、ダークエルフの集落は閉鎖的で、しかも少子化が進んでいたので、小さな子供同士は兄弟姉妹のように親しいらしい。


 もちろん、セロが第六魔王になって以降は地下洞窟でカナリアをやらされて亡くなることもなくなったから、子供同士の関係性はより深まったようだ。


 何にせよ、この勝利にはダークエルフの近衛長エークも鼻高々で、女豹杯ではドルイドのヌフや双子のディンが後れを取った分、今回ばかりは満面の笑みを浮かべていた。


 一方で、ひどく落胆していたのは――言うまでもなく、シュペル・ヴァンディス侯爵で、十一周目どころか十二・・周目に突入しそうな勢い……


 というか、最早その身が温水の中にぶくぶくと浸かっていて、ほとんど入水自殺に近い。


 自ら剃髪して神々しく輝いていた頭部も、どこかしょぼんと干からびている。


 そんな敗者はさておき――


「さて、解説のモタさん。そろそろ表彰式に段取りを移しましょうか」

「ほいほい。そうですねー。ええと、まずはこの優勝杯を渡せばいいのかな?」


 解説をやっていたモタと人狼の執事アジーンの二人がが優勝杯に手をかけようとしたものの、


おもっ!」


 モタは持ち上げることが出来ずに後退あとずさった。


 というのも、それは優勝杯というよりも新たな巨大セロ様像であって、以前人狼メイドのトリーによって作成されたピラミッド風衣装からきんを流用していたので、あまりに重くなってしまっていたのだ。


 当然、まだ小さな子供のチャルにそんなものは持てないので、代わりにアジーンが左手でその杯を掴み、また右掌にチャルを乗せて、一緒に高く掲げてあげた。


 同時に、モタがマイクを通して声を上げる。


「第一回の優勝者――チャルでええええええええす!」


 直後、渓流露天風呂の入口付近では盛大な拍手と歓声が轟いた。


 すると、そこにセロがルーシーを伴って進み出てきた。優勝賞品である『セロが一回だけお願いをかなえてくれる券』を贈呈する為だ。こちらは優勝杯とは違って、セロの手作りなのか、シンプルな羊皮紙だ。


「ええと……チャルだっけ?」

「はいっ!」

「優勝おめでとう。最後のラストスパートはすごかったね。僕も思わず手に汗握ったよ」

「ありがとうございますっ!」

「この券をあげるから、何か欲しくなったり、してほしいことが出来たりしたら、気軽に声をかけていいからね。僕がいないときには、何ならエークにでも用件を――」


 と、セロの言葉の最中だったものの、チャルは声をあげた。


「セロしゃま……よろしいでしょうか?」

「ん? どうしたの?」

「おねがいがあります」


 早速か、と。セロは驚いたが、近衛長エークやチャルの母親に視線をやるも、二人ともチャルのお願いは分からないようだ。


 まさかとは思うが、いつかの双子のディンみたいに「セロの子供がほしい」とか言わないよなと、セロは一応の警戒をしつつも、「いいよ。僕に出来ることなら、なるべく叶えてあげるからね」と伝えたら、チャルはにぱあっと笑みを浮かべた。


「じゃあ、セロしゃま! わたし、弟子になりたいんです!」

「……え? 弟子?」


 さすがに魔王の弟子を志願するとは思っていなかっただけに、セロは戸惑うしかなかった。


「僕の弟子って言っても……特に教えてあげられることなんて――」


 すると、セロの話の途中でチャルは「ちっがーうもん!」と声を荒げた。


「わたしは、モタおねーちゃんの弟子になりたいの!」

「…………」


 セロは眉をひそめつつも、そばにいたモタに視線をやった。


 もっとも、セロはまた驚いた。というのも、モタが「チャルうううう」と、なぜか涙を流して喜んでいたからだ。


「わたしの弟子なんかでいいの?」

「うん! おねーちゃんがいい!」

「わたしってば基礎がなってないらしいから、きちんと教えてあげられないかもしれないよ?」

「だいじょーぶい。わたしはてんさいだから!」


 チャルが「えへん」と片手で胸を叩くと、モタはチャルをギューッと抱きしめた。


 この光景にはセロも、「あ、ははは」と微笑を浮かべるしかなかった。


 ちなみに、いまいちセロが諸手を振って喜んであげられなかったのは――


 果たしてモタにきちんと師匠が務まるかどうか不安だったこともあるし……モタ二世を生みだしたら大変なことになりそうだということもあったし……何より、優勝賞品の『セロが一回だけお願いをかなえてくる券』が浮いてしまったせいだ。


 そんなわけで、セロが「じゃあ、優勝賞品はどうしようか」と呟くと、チャルがすぐさま反応した。


「二位のおじちゃんにあげていいよ!」


 こうして十三・・周目に突入していたシュペル・ヴァンディス侯爵は巨大蛸クラーケンの触手にすぽんと捕まって、「あーれー」という間もなく、渓流露天風呂の入口付近に飛ばされて、急遽そこで表彰されることになった。


「わ、私に……賞品ですか?」

「はい。優勝者のチャルがシュペル卿に譲渡を申し出ましたので、どうか受け取ってください」


 セロから羊皮紙の券を受け取ったシュペル卿が号泣したのは言うまでもない。


 もっとも、その羊皮紙は一度も使われることなく、ヴァンディス侯爵家――もといヴァンディス王家・・の国宝として王城の玉座の間に飾れることになった。


 なぜ使われなかったかというと、後日シュペル卿がセロにその券を使って、人材派遣を申し出たところ、セロが「種族の垣根を取っ払う為にも、人的交流は積極的に行いましょうよ」ということで、第六魔王国がシュペル政権の後押しをしてくれたからだ。


 結局のところ、玉座にはシュペルが着いて、その脇を幾人かの魔王・・たちがわざわざ務めたわけだが……常に凶悪なプレッシャーに晒されたとあって、シュペルの毛根は絶滅したらしい。


 その代わりに王国は永遠の繁栄を手に入れたのだから、中興の祖シュペル王も本望と言うべきか。


ずいぶんと長かったエピソードもこれにて終了ですね。まさかシュペル卿の話が『女豹大戦』と同じくらいの長さになるとは……


さて、作中ではこんなにあどけないチャルですが、『おっさん』ではああなってしまうのですから……人は分からないものですね。というわけで、大人になったチャルを読みたい方は是非とも『おっさん』もどうぞ。

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