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&65 外伝 第一回渓流杯(中盤)

 いつの間にやら第一回渓流杯に強制参加させられていたシュペル・ヴァンディス侯爵だったが、渓流露天風呂の入口付近から上がったモタの絶叫を耳にして、ギョっと顔色を変えた。


「セロ様が一回だけ……願いをかなえてくれるだと?」


 その瞬間、シュペル卿の心音がドクン、ドクン、と怒号のように高鳴った。


 これは好機だ。紛う方なく、人生で最大の幸運が舞い降りてきた――シュペル卿は即座にそう捉えた。というのも、これにてシュペル卿の懸念が解消されるかもしれないのだ。


 もちろん、セロに願うとしたら人材だ。たとえば、巴術士ジージ。シュペル卿自身が頼み込んでも、早々には首を縦に振らないだろうが、神と崇めているセロが頼めば、けろっと態度を変えて尽力してくれるはずだ。


 それに猫の手ではないが魔女モタの手だって借りたい。さすがにジージが王位につくことは考えられないから、玉座には当面のマスコットが必要だ。ジージの弟子のモタならば、師匠の言うことぐらいは大人しく聞いてくれるに違いない。


 さらに人材というならば第六魔王国はその宝庫だ。何なら無理を言って、一時的でもいいので近衛長のエークや外交官の夢魔サキュバスリリンだって貸し出してもらいたい。


「ついでに若い人材の交流なんかもして……この千手先には千年王国が……見える、見えるぞおおお!」


 直後、シュペル卿はアイテム袋から短剣を取り出した。


 そして、こうなったら後退戦術など不要とばかりに、その美しい金髪をばっさりと切り捨てたのだ。そう。全てを断ってさっぱりして不退転の覚悟を示すことで、頭頂部の抵抗を少しでも失くそうと試みたわけだ。


「私は――己と、このレースに、克つ!」






「おんやあ。シュペルさんのスピードが心なしか上がったように見えますよー。どうっすかあ、解説のモタさん?」

「ほいなー。事実、上がってますよー。あとは最終コーナーを乗り切れば優勝ですねー」


 と、一人二役を健気にやっていたモタのもとに、ついさっきまで号泣していた人狼の執事アジーンが戻ってきた。


「大変失礼しました、解説のモタさん。さて、実況を再開いたしましょう」

「おおっ。よしよし。お帰りなのですよー」

「ええ、ただいまです。どうやら順調に独走しているシュペル卿とは違って、後続は乱戦になっているようですね」

「ほいな。そうですねー。第二集団は妖精ラナンシーと海竜ラハブがばちばちにやり合っている中で、モンクのパーンチが上手く距離を取って、ギアを上げて抜き去るタイミングを見計らっているってとこっすかね」

「おや? 存外に第三集団も一気に押し寄せてきましたよ」

「ほいほい。エルフとダークエルフの皆さんが数を頼りにやって来ましたねー。ここから抜け出たドゥとディンが今となってはほぼリタイアとなっちゃいましたから、『セロが一回だけお願いをかなえてくれる券』を求めてしのぎを削っている感じですねー」


 すると、そのタイミングでアジーンが「おおっと!」と第二集団を指差した。どうやら大きな動きがあったようだ――






 正直なところ、モンクのパーンチには勝つつもりがあまりなかった。


 そもそも、相手が悪い。いや、いっそ競技が悪いというべきか。肉弾戦を得意とするパーンチではあるが、泳ぎはそこまで上手くはない……


 たまたま渓流杯が勝手に始まったタイミングでわりと先頭に位置していたからここまで何とかこぎつけたものの、さすがに長らく海賊をやっていた妖精ラナンシーや水を司る四竜の一角ラハブに勝てるとは到底思っていなかった。


 それでも、ここまで泳いでこられたのは間違いなく――子供たちの後押しがあったからだ。


「シュペルのおっさんもずいぶんと先だし……無理に勝つことはせず、子供ちびどもにせめて格好良いとこくらいは見せてやらないとな」


 いつもは勝つことや戦うことばかり考えているモンクのパーンチにしては殊勝な心掛けだったが、そのおかげでかえって頭が冴えて、渓流露天風呂のコースがよく見えていた。


 最終コーナーまでの難所は残り二つ――


 螺旋を描いて下っていく箇所と、まるで発射台のような上り坂でその先で途切れているところだ。


 パーンチの前を進む二人はさっきから泳いでいるというよりむしろ戦い合っている。手も出ているし、足も出ているし、何なら魔術まで放っている。


 いったん休戦してまずはシュペル卿に追いつくことだけ考えれば、今頃は先頭に立っていただろうに……島嶼国時代からいがみ合っていた関係とあって、容易には協力出来ないようだ。


 そんな二人が螺旋のコースに入った。


 直後、パーンチは「ふう」と小さく息をついた。


 単純に考えれば、螺旋の流れに身を任せずに、その中心を「えいや」と落ちていけば、ショートカットが出来る。実際に、ラナンシーも、ラハブも、やり合いながら器用に下りていった。


 が。


 パーンチにはさらなる秘策があった。


 螺旋の最初のカーブで角度を調整して外へと飛んでいけば、次の発射台までたどり着ける。いわゆる◯リカーでいうところの変態ショートカットだ。


「いくぜ、子供ちびどもよ! 兄ちゃんの雄姿を見ておけよおおおおお!」


 こうしてパーンチは乾坤一擲――


「アイ・キャン・フラーイいいいいい!」


 と、螺旋で飛び上がろうとした。


 だが、パーンチはこのとき冷静に前方の二人だけを観察していて、後方にまで注意を払っていなかった。


 結果、第二集団に追いつこうとしていたエルフとダークエルフたちによって押し寄せてきた波に乗る格好となって、パーンチは予想以上にフラーイ・ハーイしてしまった。


「え? ……あれ?」


 というわけで、すぽーん、と。


 本来のコースからは完全に外れてしまったパーンチはというと、ダークエルフの双子のドゥやディンとは違って、別のコースのセーフティネットにはかからずに、


「うわあああああ!」


 と、地面に直撃する――その刹那、


 これまた、すぽーん、と。何だかぬるぬるしたものにすっぽりと嵌った。巨大蛸クラーケンの触手だ。落ちる寸前でクラーケンが受け止めたわけだ。


「あーら、あんた。またこんなに飛んでしまって」


 以前も『女豹大戦』で似たような感じで飛ばされて、クラーケンと出会っただけに、これにはモンクのパーンチも苦笑するしかなかったわけだが……


「へへ。しゃーねえ。オレは結局……女房に抱き止められる運命なのかな」


 クラーケンに受け止めてもらって、意外とまんざらでもないパーンチには、子供たちから盛大な拍手が送られたのだった。



「女豹大戦 お蔵出し」のエピソードですね。ここでウォータースライダーを経験していたから、モンクのパーンチは渓流露天風呂でも上手く泳ぐことが出来たとも言えます。

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