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&63 外伝 王国の憂鬱(終盤)

「何かお困りのようですね、シュペル卿?」


 天然プールの砂浜でしょんぼりと体育座りをしていたシュペル・ヴァンディス侯爵に話しかけてきたのは、第六魔王国の外交官こと夢魔サキュバスのリリンだった。


 実のところ、この第六魔王国でシュペル卿が一番仲良くしているのはリリンだ。


 同じ外交官ということで、本音を言えずに腹の探り合いばかりする関係性ではあるものの……何だかんだ王国を立て直す為の手助けをしてもらった。


 そもそも、魔王セロは元聖職者らしい堅物でとっつきづらいところがあるし、その同伴者パートナーのルーシーは人族を歯牙にもかけていないし、さらに顧問の人造人間フランケンシュタインエメスに至っては何を考えているのかさっぱり分からない上にやはり怖い……


 そんな第六魔王国の重要人物の中でも、リリンは料理の為に王国に留学・・していたほどだから、人族に偏見を持っておらず、シュペル卿としては最も頼りになる魔族だった。


「いやあ、これは……見苦しい姿をお見せしてしまいましたな」

「一人きりで砂浜でぽつんとしていましたからね。さすがに目立ちましたよ」

「ちょっとばかし考え事をしていたのです。ともあれ、せっかくの休日ですから、しっかりと休まなくてはいけないとは思っているのですがね。これが……いやはや、なかなかに難しい」


 シュペル卿がそう言って、「やれやれ」と肩をすくめたときだ。


「リリンんんんんん!」


 そんなふうに夢魔のリリンの背中に抱き着いてきた者がいた――魔女のモタだ。


 どうやら天然プールで遊んで、小腹でも減ったのか、モタは海の家のバーベキューで幾つか串肉をもらってきたようだ。指の間いっぱいに串肉を幾本も挟んでいるので、おそらくリリンの分も持ってきたのだろう。


 すると、シュペル卿は頭上に稲妻が落ちたかのように天啓でも閃いたのか、がばっと急に立ち上がると――


「モタ殿!」

「んー。なーに?」

「王位に興味はございませんか?」


 そう。よりにもよってモタに玉座に着かせようと考えついたのだ。


 もちろん、これは単なる思いつきには留まらない。そもそも、魔女のモタは勇者パーティーに所属していた希代の魔術師だ。それだけで武門貴族には高く評価される。


 しかも、魔王セロとは兄妹とも、姉弟とでもいうような関係で、現在の第六魔王国に相対出来る唯一の亜人族ハーフリングといっても過言ではない。


 さらには巴術士ジージの弟子ということもあって、旧門貴族のお歴々にも目を掛けられている。実際に、貴族たちが温泉宿泊施設に招かれたときには女将として獅子奮迅の活躍を見せたほどだ。


 聖女クリーンとの関係性こそいまいちよく分からないが……大神殿については娘の女聖騎士キャトルを通じてクリーンと足並みを揃えていけばいいから、さほどの問題にはならないはずだ。


「うむ。これならいける」


 実に良い考えを閃いたものだと、シュペル卿も「ふんす」と鼻を鳴らしたわけだが、はてさて、当のモタはというと――


「興味ないもぐ」


 それこそ、にべもなかった。お肉を頬張るのに精いっぱいといったところだ。


「そ、そんなあ……王の地位ですぞ?」

「えーもぐ? 何それーもぐ? このお肉より美味しいのーもぐもぐ?」

「お、美味しいかどうかはさておき……立場的には非常に美味しいはずです」

「へえ。ごっくん。おやつは出るー?」

「も、もちろんです。望めば、望むほどに、出てくることでしょう」


 すると、モタの目が爛々と輝いた。


 これにはシュペル卿も好機だと捉えた。もっとも、モタのすぐ隣では夢魔のリリンが「あちゃー」と額に片手をやって、いかにも「それは完全に悪手だぞ」と、視線だけでシュペル卿に伝えようとしてくる。


 とはいえ、シュペル卿は藁にもすがる思いでモタに喰いついた。


「何でしたら、魔術の一層の研磨の為に――」

「それはどうでもいいー」

「……は、はあ」

「それより、王様って三食昼寝付きー?」

「当然です。望めば三食どころか、四食も、五食も、何なら幾食でも出せます。また、昼寝だってし放題です」

「おおおー。じゃあじゃあ、週休七日もー?」

「さ、さすがに一日に一回、玉座には着いていただきたいですが……それさえやっていただければ、細かいことは全て下々の者がいたします」

「しゅごいじゃん!」


 モタは万歳をして飛び上がった。


「やるやるー! 王様やっちゃうー!」

「本当ですか!」

「まっかせなよ。モタ王国、ここに爆誕だぜい」


 シュペル卿もモタと一緒にはしゃいだ。これで懸念も吹っ飛んだというものだ。


 もっとも、さすがに夢魔のリリンだけはまともだった。子供みたいに砂浜で飛び合っている二人に対して「はあ」と息をつくと、「いいか、モタ。よく聞くんだ」と声を掛ける。


「モタは王様の仕事は何だと思っている?」

「三食昼寝付きに、おやつたらふく食べて、しかも週休七日でしょー?」

「…………」


 夢魔のリリンはこれみよがしに「はああ」と、深いため息をついてみせた。


「なあ、モタよ。セロ様が毎日そんなことをしていると本気で考えているのか?」

「えー。違うのー?」

「毎朝早く起きて配下の者たちの生活や仕事を見て回って、午前中は会議や謁見、午後は畑仕事や建築仕事の視察だ。その合間に書類仕事も片付けて、問題が発生したら率先して現場に赴かなくてはいけない。決して遊んでおられるわけではないのだ。温泉宿泊施設の女将よりもよほど働いていらっしゃるんだぞ」

「うへえ。じゃあ、やっぱ王様になるの止めるー」


 モタがそう呟くと、シュペル卿はドンと胸を叩いて、「大丈夫です」と断言した。


「先ほども言った通り、細かいことは全て下々の者がやります。モタ殿はどどんと玉座にいてくださればいいのです」


 貧すれば窮するというが、まさにシュペル卿はそんな状態だった。最早、勢いだけで乗り切ろうとしている。


 いつものシュペル卿とは明らかに違うので、夢魔のリリンも一瞬だけ、何か精神異常の攻撃でも受けたのかと疑ったものだが……


 さっきから、はらり、はらりとシュペル卿の抜け毛が風に乗って流れてきたので、こにれはさすがにリリンも同じ外交官として同情せざるを得なかった。よほど追いつめられているということだろう。


 ともあれ、そんなシュペル卿の悲壮さも、リリンの思いやりも、どこ吹く風といったふうにモタは腕を組むと、


「うーん。じゃあさあ――」


 そこで言葉を切って、ちょこんと可愛らしく首を傾げてからシュペル卿に尋ねる。


「王国をぶっ潰してもいいー?」

「……は?」


 何だかさっきもどこぞの麻呂眉の貴族が言っていた台詞だなと思ったわけだが、シュペル卿はとりあえずモタに「いったい、それは……どういう意味なのですか?」と聞いた。


「だって、魔王国の属国にすればいいじゃん」

「い、いいじゃん……とは?」

「細かいことはセロに丸投げして、わたしはお城でぐーたらしていればいいって言ってるの」

「…………」


 要は、属国にしてしまえば細かいことは全て魔王セロがやってくれて、モタは隷属するふりをして楽すればいいと考えているようだ。


 このいかにも斜め上の答えにはさすがにシュペル卿も目が覚めた。これではただの売国奴だ。まあ、第六魔王国の観光スポットたる天然プールで王を探しているシュペル卿だって大概なわけだが……


 何にせよ、唖然とするシュペル卿の肩をぽんと叩いてから、夢魔のリリンは言った。


「最悪……王国民に革命でも起こさせたいときに、モタを玉座に置けばいいのでは? 逃げ足だけは保証しますよ」


 その言葉はシュペル卿の心にすとんと落ちた。なるほど、最終手段の劇薬か……


「それより、王制を止めて、いっそ貴族制にでもすればいいんじゃないですか?」

「残念ながら、それはそれで揉めるだけなのです。まあ、仕方がありません。そろそろ、私が腹を括るときが来たのかもしれません。亡国の王となって、後事は王国民に託すしかないかもですね」


 シュペル卿は項垂れるしかなかった。何にせよ、こうしてシュペル卿の王探しの旅路はいったん幕を閉じたのだった。


 もっとも、その日の夜にもう一波乱あるとは、このときシュペル卿でもさすがに読めなかったわけだが……

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