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&62 外伝 王国の憂鬱(中盤)

王国の憂鬱というよりも、一人だけ孤軍奮闘しているシュペル卿の憂鬱みたいなエピソードですが……まあ、あの年頃のおっさんってキングメーカーに憧れるものですよね。


 英雄ヘーロスに振られて、シュペル・ヴァンディス侯爵は肩を落としながら浜辺を歩いていた。


「やれやれ。娘を王座に着けるか……」


 そのヘーロスから持ちかけられた話ではあったが……実のところ、シュペル卿も一度は考えたことだった。


 だが、娘の女聖騎士キャトルを王位に着かせて、父のシュペル卿が黒子に徹しようものならば、口さがない貴族たちから「王権の濫用だ」と、非難轟々になることは想像に難くなかった。


 そんな批判を回避する為にも、シュペル卿には協力者が必要だった――だからこそ、天然プールの浜辺で光の魔術を駆使している、とある人物に近づいたわけだ。


「精が出ますな。巴術士ジージ様」

「ふむん。シュペル卿か。また性懲りもなく激流に飛ばされにきたか?」


 いかにもつれない言葉だったが、シュペル卿はにこやかな表情を崩さなかった。


 そもそも、シュペル卿は小さな頃から巴術士ジージをよく知っていた。祖母の暗黒騎士キャスタがジージと一緒に百年前の勇者パーティーに所属していたので、それなりに付き合いがあったのだ。


 だから、ちらりと見ただけでジージの機嫌がよろしくないことにシュペル卿はすぐ気づいた。



 だが、それでもここぞとばかりにその懐に飛び込んだ。


「実は……ジージ様にご相談がありまして――」


 シュペル卿からすれば、巴術士ジージほどの人材を手放したくはなかった。


 ジージは先代や先々代の王の魔術指南役を務め上げ、「師父」とまで崇められたことから、老いて引退した旧門貴族のお歴々にいまだ絶大な影響力を持っている。


 さらには百年前の高潔の勇者ノーブル、また今回も聖女クリーンのパーティーに加わって戦ってきたので、武門貴族の実力者でも頭が上がらない存在だ。


 ただし、そんな巴術士ジージには明確なきずがあった――それは王国の裏切り者(・・・・)という立場だ。


 いや。最早、裏切り者などという生ぬるい言葉には収まらないかもしれない……


 実際に、王国の大神殿、いわば神権を司る聖職者たちからは仇敵とまでみなされているのだ。


 何しろ、第六魔王の愚者セロを新たな神とみなして、『究極至高完全合一聖魔絶対超越現人神教』なるものを布教しているくらいだ。


 あまり大事になっていないのは、現在の大神殿の最高権力者たる聖女クリーンや神殿の騎士(そのおっかけ)たちが糾弾していないからで、また神とみなされた当のセロにしても、もとは『光の司祭』と謳われていたこともあって、同僚だった聖職者たちにとって口撃しづらいという背景もある。


 それだけに聖女クリーンや魔王セロに文句を言えない分、巴術士ジージに批判が向くわけで……だったらいっそジージには徹底的に汚れ役をやってもらおうかと、シュペル卿は揉手までしてみせた。


「是非とも、祖母のキャスタに免じて、私の力になっていただければと……」

「ふん。王国には決して戻らんぞ」


 さすがは百戦練磨――


 かつて王国の中枢で権謀術数をめぐらせて泥竜ピュトンをあぶり出そうとしてきただけあって、巴術士ジージは容易にシュペル卿の思惑を看破してきた。


 それだけにシュペル卿は、やはりこの人材こそ今の王国には必要だ、と確信した。


「もちろん、祖国に戻っていただかなくとも構いません。何なら第六魔王国に永住していただいても問題ありません。しかしながら、せめてお力添えだけでもお願い出来ませんでしょうか?」


 要は、口さがない旧門貴族だけでもいいから巴術士の力で押さえ込んでほしいと頼み込んだわけだ。


 現状、娘のキャトルを玉座に着かせれば、とりあえず同門の武門貴族の協力は得られる。それにキャトルと聖女クリーンの関係から、大神殿とも良好に付き合えるはずだ。


 となると、あとはいちいち五月蠅い社交界、もとい旧門貴族たちからの防波堤になってくれるだけでいい……


 が。


 巴術士ジージはやはりしたたかだった。


「力添えするのは構わんぞ」

「ほ、本当ですか! ご協力、誠にありがとうござ――」

「待て。話は最後まで聞け」

「……はあ」

「早速、明日にでも大神殿の大広場にセロ様像を建立させるのじゃ。それが力を貸す為の条件じゃ」

「そ、そ、そんな馬鹿なあああ!」

「その程度のことが出来ぬようでは協力せんぞ」


 シュペル卿はガックリトホホと項垂れた。


 にべもなく断れたのだと考えた。もっとも、巴術士ジージほどの大人物が、果たしてそんなもってまわった断り方をするだろうか……


 直後、シュペル卿の目は何かを探るかのようにきらりと輝いた。そんなめげない様子に巴術士ジージは「ほほう」と長い顎ひげに手をやって感心してみせる。


「武門貴族のくせして聖騎士団長を辞めて、社交界をぶらつく蝙蝠こうもりにでも成り下がったかと思っておったが……さすがに暗黒騎士キャスタの孫といったところか。存外に思慮もあるようじゃな。気に入ったぞ」

「あ、ありがとうございます。しかしながら……さすがに大広場にセロ様像の建立は厳しいか、と」

「そうか? なんてことはない話じゃと思うがな」

「は、はあ」

「そもそも、王国の神権は十年も持たん」

「じゅ、十年も……持たない?」


 シュペル卿は飛び上がりそうになった。


 巴術士ジージはもともと魔術師協会の重鎮とあって、大神殿を毛嫌いしているとはいえ、さすがにそれは言い過ぎだ。


 が。


 ジージは滔々と語り出した――


「少し考えれば分かることじゃ。神にしか跪かないはずの教皇と女司祭アネストはすでにセロ様に片膝を突いた。聖女クリーンはセロ様をいっそ崇めてさえいる。よこしまな主教どももいなくなった。その主教に付いていた生臭坊主どもはヒュスタトン会戦で敗れた。何より、怪しげな天族はもうおらん」

「…………」


 そこまではっきりと言われて、シュペル卿はつい押し黙った。


 もっとも、巴術士ジージは「ふん」と鼻で笑うと、いかにも「しっし」と、どこかに行けといったふうに片手を払った。考えをしっかりとまとめてから、また話しかけてこいといったふうだ。


 シュペル卿も仕方なく、また「はあ」と息をついてからジージのもとから離れた。


 そして、浜辺をぶらぶらとしながら……そうはいってもエルフたちの自然な姿(すっぽんぽん)には目もくれずに、ついにぽつりと体育座りをすると、再度、思考に耽った。


「そうか。王権も……神権も……滅ぶかもしれないのか」


 何もかもがまるでこの砂粒のようだなと、シュペルは感じた。


 これまでは確固としてあったものが、手に取った瞬間、さらさらとあっという間にこぼれていく。


 先ほどヒトウスキー卿が諸行無常などと言っていたが、今のシュペルには何となくその気持ちが分かるような気がした……


 とはいえ、そんな感慨にちょうど浸っているときだ。


「おや? 何かお困りのようですね、シュペル卿?」


 すぐ横合いから声が掛かったのだ。


 話しかけてきたのは――第六魔王国の外交官こと夢魔サキュバスのリリンだった。


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