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&61 外伝 王国の憂鬱(序盤)

こちらも天然プールを舞台にしたお蔵出しエピソードなのですが、書いていたら意外と長くなってしまったので三編に分けています。


 今や、王国の最高権力者にほど近い地位を得たシュペル・ヴァンディス侯爵だが……


 残念ながらその足もとは盤石とは言い難かったし、また頭部もかなり後退気味で撤退戦を余儀なくされていた。


「せっかくここから転進出来ると思っていたのに……ままならないものよな」


 シュペル卿はギュッと下唇を噛みしめた。


 現王や王女プリムはついに泥竜ピュトンや天使モノゲネースによる『魅了』や『洗脳』から解けた。


 とはいえ、多くの王国民の命を危険に晒したということで、これまでのような支持を得られるはずもなく、現在は離宮にて蟄居となっている。


 また、旧門七大貴族筆頭の宰相ゴーガンも泥竜ピュトンによって殺められていた上に、そんな旧門を束ねるべき肝心の人物はというと、


「何? 麻呂・・に王になれじゃと?」

「はい。たとえ私が王になっても、旧門貴族と武門貴族との間にどうしてもしこりが残ってしまいます」

「そうはいっても、王家とて、もとをたどれば初代勇者に従っていた騎士の末裔じゃろ? 元聖騎士団長の其方そちが王になるのは、いわば原点回帰ではおじゃらぬか?」


 当の人物ことヒトウスキー卿に正論で問い返されるも、シュペル卿は「いやはや」と頭を横に振った。


「その王家ですら、波風立たせぬように扱っていた旧門の名家を前にしては、残念ながら我がヴァンディス侯爵家では釣り合わないかと。そもそも、付き合いのない旧家も多いわけですし……」

「今さら家格や閨閥けいばつを気にする必要はないでおじゃろ。所詮、麻呂ら旧門なぞ、趣味に溺れるか、社交界でだべっているかのどちらかでおじゃるぞ」

「そのお喋りが怖いのですよ。しかしながら、ヒトウスキー卿ならば、旧門だけでなく、武門貴族からも文句は出ますまい。過日の華麗な剣技を見た者からは、旧門や武門といった垣根を超えて、ヒトウスキー卿にこそ将軍と現王を兼ねてもらっては如何かといった声も出ているほどです」


 シュペル卿がそうおだてると、ヒトウスキー卿は「ふむん」と息をついた。そして、まんざらでもなさそうな顔つきになったので、シュペル卿も「おや、もう一押しかな」と思っていたら、


「では、秘湯国・・・誕生ということでいいのでおじゃるな?」

「は?」

「以前から不満に思っていたのでおじゃる。魔王国には第一から第七まで番号が付いておるし、他にも火の国、島嶼国などと、それぞれに特徴が付与されているでおじゃろ?」

「はあ」

「それに比して、我が国はどうか? ――王国。ただそれだけでおじゃる」

「かえってシンプルでよろしいのでは?」


 すると、ヒトウスキー卿は「ちっち」と、指を横に振ってみせた。


「やはり、其方には諸行無常が分かっておらぬようでおじゃるな」

「ほう。諸行無常……ときましたか」

「麻呂は一度、王国をぶっ潰そうかと思っておる」

「……は?」

「たしかに其方が言うように、長い歴史の中で旧門やら武門やらといった、つまらぬしがらみが出来てしまった。それではよろしくない。そもそも温泉では皆、裸の付き合いでおじゃる。身分なぞ関係ない。だからこそ、王国を潰して、麻呂は国そのものを秘湯にすべきと考えているのでおじゃるよ」

「ええと……仰っていることがいささか革新的に過ぎて、いまいちよく分からないのですが……もしかして第六魔王国の赤湯に対抗したいとのお考えですか?」

「まあ、そんなところでおじゃる」


 全然そんな話ではなかったが……


 何はともあれ、ヒトウスキー卿は「ふんす」と鼻を鳴らすと、シュペル卿の肩をぽんと叩いて歩き出した。


「それでは、秘湯王たる麻呂は秘湯を探す旅に出るので――あとは託したでおじゃるぞ」


 シュペル卿はぼんやりしながらその後ろ姿を見送ったわけだが、すぐに「あーっ!」と声を上げた。


「しまった! 見事に逃げられた。くそ。どこだ? さすがはヒトウスキー卿か……剣技もそうだったが、逃げ足も凄まじい。秘湯探しでいつも雲隠れしているのは伊達ではないということか……」


 こうしてヒトウスキー卿にあっさりと振られて、はてさてどうすべきかと悩んでいるうちに、シュペル卿は第六魔王国の天然プールに招待された。


 そこで、「ええい、ままよ」と、見事に思考停止して激流に身を任せていたわけだが……どぼーんと湖に落下した後に、浜辺で英雄ヘーロスと鉢合わせした。


 観光スポットには興味を持たなそうな生真面目な英雄だと思っていたが、どうやらモンクのパーンチや魔性の酒場(ガールズバー)の出張所を当てにした冒険者たちから誘われて来たようだ。とはいえ、ここでシュペル卿は一計をめぐらせた――


「久しぶりだな。ヘーロス殿よ」

「おお! シュペル卿ではないですか。ずっとこの第六魔王国に外交官として留まっていたと聞きましたよ。ご苦労様でした」

「いやはや、本当に気苦労ばかりだったよ。これならば昔みたいに武働きしていた方が気疲れせずに済んだというものさ。何なら、今からモーレツに譲った聖騎士団長の役職に戻りたいくらいだ」

「はは。そうはいっても、今では現王候補の筆頭ではないですか。どうなのです? やはり、自ら御立ちになりますか?」


 シュペル卿はいかにも「よくぞ聞いてくれた」といった表情を作った。


 このまま話の流れで、ヘーロスに王位に着いてもらおうと考えたのだ。英雄ヘーロスほどの傑物ならば武門貴族から文句は出まい。王国民の指示も容易に得られるだろう。


 あとはシュペル自身が宰相にでも就いて、旧門貴族や社交界への対策を講じて、そうやって二人三脚でもって新生した王国を切り盛りしていけば何とかなるかもしれないと――シュペル卿は一縷の望みを持った。


「よく聞かれるのだが……実のところ、私自らが玉座に着くことは全く考えていないのだよ」

「なるほど。そうでしたか。つまり、シュペル卿自らはあくまで黒子に徹するというわけですね?」

「ふふ。その通りだ。さすがはヘーロス殿。英雄と謳われるだけあって、政治の機微をよく分かっている。それに私としてはすでに本命を決めていてね」

「ほう。となると――やはり?」

「そう。そのやはりだ」


 シュペル卿と英雄ヘーロスはにやりと笑った。


 いかにも二人で悪だくみでもしていそうな顔つきだったが、「せーの」で渦中の名前を言うタイミングで、またどぼーんと、湖に落ちる音が上がって、娘の女聖騎士キャトルが「待ってー」と声を上げたこともあって、シュペル卿は機先を制される格好になってしまった。


「やはり――ご息女のキャトル嬢を王位に着かせるおつもりなのですな?」

「…………は?」


 当然、シュペル卿は鳩が豆鉄砲でも喰ったかのような顔つきになった。一方で、英雄ヘーロスはしたり顔で湖中にいた女聖騎士キャトルに指をくいっと差す。


「あははは。今さら隠し立てしなくてもいいのですよ。ほら、今もご息女は聖女クリーン様の身を案じて……いや、あれは脱げてしまった水着を探しているのかな?」

「そ、そのようですな。いかんいかん。つい聖女様の汚れなき裸体ナイスバディを見てしまった」

「うむ。赤湯と同様に、この天然プールもなかなかに良いところですな」

「私が見たことは誰にも言わないでほしい。特に、妻と娘にはな。頼むぞ、ヘーロス殿よ」


 シュペル卿は慌てて釘を刺してから、英雄ヘーロスに改めて尋ねることにした。


「ところで、どうして娘のキャトルが王になると考えたのだ?」

「難しい話ではないでしょう? そもそも、ご息女のキャトル嬢は聖女クリーン様の付き人をしています。今後の王国は大神殿と足並みを揃えてやっていく必要があると考えれば、この関係性は大いに意味を持ちます」

「ふむ。たしかに道理だな」

「それにキャトル嬢にはヤモリのドゥーズミーユが懐いています。土竜ゴライアス様の眷属で、神獣とも謳われるヤモリが一緒にいれば、第六魔王国も邪険には扱わないでしょう。何せ、魔王セロ殿はヤモリたちを家族のようにみなしています」

「ふ、ふむ。それもまた……道理だな」


 英雄ヘーロスに指摘されて、シュペル卿は「意外に悪くないアイデアだな」と目を細めた。


 とはいえ、それでも英雄ヘーロスを王に立てるという考えは捨てがたく、とりあえずシュペル卿はかまをかけてみることにした。


「ところで、ヘーロス殿はどうするつもりなのだ?」

「どう……とは?」

「これまでの第六魔王国への遠征、聖女パーティーでの活躍、それらに加えてヒュスタトン会戦での功績も考慮すれば――今ならば望めばたいていのものは手に入るぞ」


 そう言って、シュペル卿はきらりと目を輝かせた。


 ここで英雄ヘーロスが少しでも色気を出して、地位や栄誉でも求めるならば、そこで言質を取って王位まで一気に話を詰めていく算段だった。


 が。


「望めば手に入るものには、興味が持てませんな。所詮、俺は一介の冒険者に過ぎませんから」

「ほ、ほう……では、いったい何に興味を持っているというのだね?」


 シュペル卿が追撃すると、英雄ヘーロスもきらりと、まるで子供みたいに目を輝かせた。


「もちろん、冒険ですよ。冒険そのものです。巨大蛸クラーケンや魚系の魔族が仲間になったことで、『最果ての海域』の脅威が取り除かれて渡航可能になりました」

「ま、まさかとは思うが……まだ見ぬ別の大陸に渡るつもりなのか?」

「はい。そのまさかですよ。俺は――今こそ冒険がしたい!」


 その力強い言葉に対して、シュペル卿は呆れを通り越して、いっそ羨ましさを感じた。


 うじうじと玉座に着くかどうかで悩んでいる自分が馬鹿みたいに思えたわけだ。何なら、その航海にシュペル卿も付いていきたかったくらいだ。


「英雄と謳われた貴殿のことだ。新しい大陸での冒険も、新たな英雄譚の一つに数えられることだろうよ」

「いえいえ。玉座について一国を盛り立てていくのも、これまた困難な旅路ですよ。俺が安心して帰って来られるように、どうか故国をよろしくお願いします」


 英雄ヘーロスに頭を下げられて、シュペル卿も「やれやれ」と負けを認めざるを得なかった。


 何にしても、こうしてシュペル卿は遠ざかっていく英雄ヘーロスの背中を見つめて、「はあ」と小さくため息をついたのだった。


『おっさん』を読んでくださっている方ならもうご存知かと思いますが、これがあの大陸発見の伏線となります。いわば、『おっさん』の始点となるエピソードというわけです。


あと、英雄ヘーロスは聖女クリーンの裸体を見るのが二回目になります。記念すべき一回目は第86話の「069 赤湯の奇跡」で、モンクのパーンチや神殿の騎士たちと女湯で目撃して、宴会場で正座して怒られるエピソードに当たります。


8月30日(水)発売予定の『トマト畑 二巻』(GCノベルズ)にも掲載される話になります。よろしくお願いいたします(宣伝)。

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