&59 外伝 温泉パークへようこそ!(お蔵出し01)
「ほら。子供ども、こっちだ! 行くぞー!」
「「「はーい」」」
モンクのパーンチはもっこりビキニパンツを履いて、孤児院の子供たちを引率していた。
温泉宿泊施設から天然プールまではやや距離があって、女聖騎士キャトルたちが案じたように魔物が出てくる可能性もあるが、空にはコウモリたちが飛んでいて、城下街周辺にいるときはヤモリ、天然プールとなっている湖に近づくにつれてイモリたちもいるので危険は全くない。
そもそも、今回の引率にはパーンチだけでなく、高潔の元勇者ノーブルに加えてドワーフ代表のオッタもわざわざ付いて来てくれたから、それこそジョーズグリズリーが群れで襲いかかってきても何ら問題ない。かえってパーンチたちの雄姿に子供たちが湧き立つぐらいだろう……
ヒュスタトン会戦からこっち、体制派を一掃して、王国と第六魔王国とが正式に同盟関係になったことを祝して、パーンチは故郷の村から子供たちを連れてきた。
小さいうちから魔族と接していれば、子供たちも偏見も持たなくなるだろうと考えたわけだ。
「もっこり~♪」
「ちんこしっこうんこ♪」
「筋肉が~何もかも~解決する~♪ 鍛えよー! 鍛えよー! 僧帽筋♪」
「「「いえい!」」」
とはいっても、小さい男の子たちが多いせいか、ちんこやしっこやうんこがなぜか大好きで合唱しているし、パーンチたちの筋肉を見て感心したのが運の尽き――ノーブルが可笑しな歌を教え始めた。
しかも、パーンチが勇者バーバルのパーティーに所属していたこともあってか、子供たちにとって元勇者という肩書は相当に影響力があったらしく、あっという間に洗脳されて、今では筋肉教の小さな構成員になりかけている始末だ。
どうやら魔族に偏見を持つより先に、筋肉に対してかなり偏った危険思想を植え付けられてしまったようではあるが……
何にせよパーンチからしてみれば、会戦時に人族の騎士たちに孤児院が狙われたこと、それに加えてパーンチ自身がその決戦場で巨大蛸クラーケンと公開結婚してしまったこともあって、子供たちに第六魔王国を少しでも知ってもらいたかった。
いや、実のところ、子供たちに――というよりも教会の女神官に、だろうか。
「パーンチさん……その、あまり……子供たちに刺激的な歌を広めるのは……」
そう指摘した女神官のキックは、実のところ、パーンチとは幼馴染だ。
教会付きの孤児院で共に育って、体力自慢だったパーンチは冒険者に、そして真面目で学力自慢だったキックは神学校に進んだ。
ただ、キックは大神殿で出世して聖女レースに加わるよりも、故郷に尽くそうと教会に戻ってきた。それがよりにもよってまさか身内だと思っていた神聖騎士団につけ狙われて、一方で敵だと思い込んでいた第六魔王国に助けられたことで、いかにも聖職者らしく、そのお礼はきちんとすべきだと考えて、こうして子供たちを連れてやって来た。
ちなみに、キックはどこぞの性癖的に解放された聖女よりも、よほどしっかり者で、これから湖に泳ぎにいくというのに神官服をきちんと纏っている上に、水着の類は一切持って来ていない。いやはや、まさに聖職者の鏡というべきか。
瓶底メガネをかけて、長い黒髪は三つ編みにして、いかにも生真面目な学級委員長タイプということもあって、どちらかと言うと、パーンチよりもよほどセロと気が合いそうな雰囲気だが――
女神官キックは湖畔に着くとすぐに、子供たちが休めるようにとテントを設営して、シートも敷いてと、これまた本当にさすがとしか言いようがない。どこぞの聖女に爪の垢を煎じて飲せたいくらいだ。
そんなキックだからこそ、敬愛する女司祭アネストを見かけてすぐに声をかけたし……エロ下着を大胆に纏ったクリーンを見つけて卒倒しかけたし……これまた尊敬していた光の司祭セロがすっかり魔族になっていてさすがに仰天したものの、
「セロ様、このたびは子供たちを救っていただき、誠にありがとうございました」
「ああ。パーンチの知り合いの女神官の方ですか。たしか……キックさんでしたっけ?」
「はい。実は、神学校時代にセロ様とは幾度か回廊などですれ違っておりまして……」
「へえ。同期だったんですか。じゃあ、法術の授業を担当されていたあの師父のことはご存知ですか?」
と、そんなふうに神学生時代の昔話で花を咲かせながら、キックもやっと「ほっ」と息をつくことが出来た。
さらに、セロのすぐ横をてくてくと歩いているダークエルフの双子ことドゥを見つけて、「あら、ドゥちゃん」と声をかけてから、
「あのときは助けてくれて、本当にありがとうね」
「うん」
「今日は子供たちも一緒に来ているから、また遊んでくれるとうれしいわ」
「ほんと?」
「お願いできるかしら?」
「えへん。いいですよ」
巨大ゴーレムで神聖騎士団を蹴散らして、孤児院を救ってからというもの、同世代の友人が一気に増えたドゥは相当にうれしかったらしく、「えへへ」と珍しくはにかんでいた。
同じくそばにいたディンはというと、一瞬だけ羨ましそうにしたものの、今はどうやらセロに水着などをアピールする女豹タイムに突入しているらしく、そんな子供っぽい表情はすぐに掻き消して、野性の飢えたパンサーへと変貌した……
ついでに言うと、野性といったら、人狼の執事アジーンももっこりビキニパンツを履いていたせいか、子供たちに「筋肉~♪」と声をかけられたが、
「おや、君は……?」
「あ! あのとき、助けてくれたにーちゃん!」
「ほほう。覚えていたか。まさかこんなところで再会するとはな……そうか。たしかパーンチ兄ちゃんとどっちが強いか云々と言っていたが……もしやそういうことだったのか」
「で、どっちが強いの?」
「手前に決まっているだろう」
「「「えー!」」」
子供たちによってたかってぽこぽこと筋肉を叩かれたわけだが、びくともしない野獣の筋肉に、「すげー!」と子供たちも納得したようだ。
そんな奇跡的な邂逅はともかく、キックが一通り挨拶を終えて、湖畔に敷いたシートの上でゆっくりとしていると、パーンチが戻ってきた。
「おーい、キック!」
その声で振り向くと、キックはパーンチのすぐ隣にいる人物を認めた。
噂の結婚相手こと、巨大蛸のクラーケンだ――てっきり触手がうようよとした蛸そのものの魚人かと思いきや、意外にも美人で、たしかに局部などがつるっつるなので人族とは明らかに違うものの、これならパーンチが惚れるのも道理かなと、キックはしゅんとなった。
もちろん、パーンチが惚れたわけでは決してなく、外堀を埋められまくった上に、今もまだ強引かつ物理的に惚れさせられ続けている最中なわけだが……
「キックに紹介したいやつがいるんだ」
パーンチがそう言うと、隣のクラーケンは丁寧にお辞儀をしてみせた。
「はじめまして。貴女がパーンチのお姉さんのキックね?」
どうやらパーンチはクラーケンにキックのことを姉だと説明したようだ……
もっとも、これは間違った話ではない。同じ孤児院で育ったので家族のように接してきたし、年の近い者たちは兄弟姉妹と互いに呼び合うし、小さな子供たちだってよく顔を出してくれるパーンチのことを「パーンチ兄ちゃん」などと親しげに呼ぶ。
だから、キックもそう紹介されることには慣れていたつもりだったが……このときばかりは少しだけ寂しくなった。
「我はクラーケンよ。これからよろしくね」
とはいえ、クラーケンの方から手を差し出してきたので、キックは「あ、はい」と握手を交わした。
聞いた話だと、最果ての海域というところでかなり暴れていた魔族だというから、この場でとって喰われやしないかと戦々恐々だったのだが……とっつきにくそうなところはあるものの、姉さん女房のようだ。
なるほど。パーンチはこういうタイプが好きだったのかと、キックは改めてしゅんとなった。
「それで、これからという話だけど、いつ頃に出発するの?」
「……え?」
キックは首を傾げた。
この湖畔にはさっき着いたばかりで、第六魔王国にもセロの計らいで一週間ほど滞在させてもらう予定だ。
もしかしたら、すぐに出て行けというつもりなのだろうか。やはりここらへんは人族と魔族とで分かり合えない部分なのかと、キックが心配していると――
「この後すぐ、子供たちを放流してくれるんでしょ?」
「はい?」
「ええと、パーンチからは子供たちを北海に流してくれるのを手伝ってくれると聞いているわ。我は天然プールや温泉パークの管理をセロ様から任されている都合、今の時季は簡単には動けないけど……まあ、貴女だったら人族でも信用出来そうだし助かるわ」
「…………」
いやいや、子供を放流とはいったいどういうことだと、キックはパーンチに視線をやった。
その間にクラーケンは「じゃあ、よろしくね」と、颯爽と離れていった。パーンチはというと、頬をぽりぽりと掻いて、「あー、そのだな」と説明を始めた。
「実は、オレには子供が千人ほどいるんだ」
「千人!」
「まあ、正確にはオレの実子ではないんだが……いわゆるクラーケンの連れ子だな」
「連れ子が千人?」
「もうすぐで五千人ぐらいになる」
「はいーっ?」
「ともかく、蛸の子供たちは放流しないといけないらしく、ここからだと一番近いのがルーシーさんの遠戚がいるとかいう北海らしいんだ」
「え、ええと……理解がまだいまいち覚束無いんだけど……つまり、そこに全員連れて行って、どこかに流すと?」
「ああ。どうせなら孤児院の子供たちも一緒に連れて行こうかなと」
「まさかと思うけど……あの子たちまでついでに流すとか言い出さないわよね?」
「言わんよ! てか、クラーケンの子供はまだ孵化してないし、そういう意味じゃ情操教育にちょうどいいかなーと思ったんだが?」
「…………」
そもそも、子供を流すという考え方にキックは頭痛がしたわけだが……まあ、これはこれで魔族の習性かもしれないので、あまりツッコミは入れないことにした……
とはいえ、キックが湖に視線を戻すと、クリーンのエロ下着は脱げかけているし……そもそもエルフ種らしい魔族は全員がすっぽんぽんだし……さっきから紐なのか帯なのか分からない水着を着ているナイスバディな魔族の女性が二人もいるし……
本当にここに滞在していて大丈夫なのかしら……と、キックは子供たちのことを考えて暗澹とした気分になったのだった。
ちなみに、後日、セロたっての希望で魔王城に併設された修道院の長にキックがついて、子供たちもついでに皆で引っ越ししてきて、第六魔王国でドゥやディンも含めて、子供全員で仲良くやっていくことになるのはもう少し後の話である。
アジーンと孤児院の男の子、それにキックとの出会いについては『=03(追補) 暇』のエピソードになります。