023 国防会議(前編)
「それでは今から、北の魔族領こと第六魔王国の国防会議を開催します!」
魔王城二階の食堂こと広間にて、セロがそう宣言すると――
ぱち、ぱち、とまばらな拍手が上がった。
皆が「ん?」といったふうに首を傾げている。どうやら国防という概念が魔族たちにはあまりないらしい。
敵を見つけたらとりあえず殴る。性懲りもなくまた来るなら徹底的に叩き潰す――シンプルで潔いとは言えるが、戦術も戦略もへったくれもない。
ただし、ルーシー曰く、それこそが強い魔族のあり方らしい。
いやはや、人族の世界から離れて初めて気づかされる事実だ……そうと知っていたなら勇者パーティー時代にもう少し楽が出来たのになあと、セロはため息をつくしかなかった。
たしかに人族より魔族の方が不死性を持って長く生きている分、素のステータスはずっと高い。そのせいか、人族がパーティーや騎士団など集団で戦う傾向が強いのに対して、魔族は個人で相手をすることが多い。
「その方が格好良いじゃないですか」
人狼の執事ことアジーンがモンクのパーンチみたいなことを平然と言ってくる。
弓矢を主体に中・後衛で戦う、亜人族のダークエルフたちでさえも「全くその通りです」と肯いてみせる。
魔族ではないが、北の魔族領に住んでいるというだけでこうなるわけだから、これはよほど深刻だぞとセロは腹を括るしかなかった……
「では、最初の議題です」
セロはそう言って、広間を見渡した。
夕方になって魔王城の改修も一段落がついたので、皆にはずいぶんときれいになった広間でロングテーブルを囲むように座ってもらっている。セロ配下の人数はまだ少ないので、全員が余裕を持って座り切れる状況だ。
ただし、コウモリとヤモリだけは圧倒的に数が多いから、それぞれ十匹ずつほどに絞ってもらって、居心地の良さそうなところに留まっている。イモリも同数ほどテーブル上の桶の水の中だ。
「さて、皆さんに紹介したい人がいます。新たに仲間に加わった、人造人間のエメスさんです」
セロがそう紹介して、エメスを前に立たせると、
「よろしくお願いします。終了」
とても短い挨拶だけで済ませた。
何だかとっつきにくい転校生みたいだ。いかにも話しかけてくるなオーラが漂っている。
セロとしては先生のような気分で、もう少しだけ自己紹介なんかを加えてもらいたかったわけだが、エメスも慣れていないだろうし、最初のうちはまあいいかと思い直した。口数の少ない仲間はエルフの狙撃手トゥレスでも慣れていた。これから馴染んでいけばいいだけだ。
が。
「…………」
エークをはじめとしたダークエルフの精鋭たちはぽかんと口を開けて呆然としている。
そういえば、ダークエルフは長寿だから、もしかしたらエメスのことを何か知っているのかなと思ったら、種族を代表してエークが片頬を引きつらせつつも質問をしてきた。
「す、すいません……エメス様とは、もしかすると……先々代の魔王のエメス様で間違いございませんか?」
「間違いありません。終了」
「ええと、たしか……人族の領地を半分ほど滅ぼしたとかいう伝承を残されていましたよね?」
エークが再度、震える声音でエメスに尋ねた。
セロは「ん?」と首を捻った。少なくとも人族の歴史書にはそんな記述はなかったはずだ。
「はい。そうです。正確には人族の国土の五分の四が消失しています。終了」
それを聞いて、セロはつい遠い目をした。
そうか。理想の兵器として魔族を倒す為に造ったら、逆に魔王になって滅ぼしにかかって来たわけだから、そんな失態を史書に残すはずもないか……
しかも、人族ほぼ滅びかけているし……
セロが「うーん」と腕を組むと、エークはまた恐る恐ると質問を続けた。
「それに……歴代の魔王の中でも……バリバリの武闘派でしたよね?」
「はい。当時は目が合った者や肩がぶつかった者は全て敵と認識していました。盗んだ駆動兵器で走り出すことも多々ありました。同族でも一切の容赦はしません。駆逐して破壊し尽くすことこそ小生の使命でした。終了」
凶悪な魔族ここに極まれりじゃないか……
と、セロは頭を抱えそうになった。もしかして今でもそうなのだろうか。少なくともこの魔王城は改修中なので、出来ることならどこか別の場所で戦ってほしいんだけど……
とはいえ、ダークエルフも、人狼も、ルーシーまでもがむしろ「素晴らしい」と肯いている始末だ。
たしかにここには戦って死ぬことこそ本望といった古い価値観の人物ばかりなので、言ってしまえばこの会議は国防を謳いつつも勝手に飛んでいきそうな集団核弾頭の集会みたいなものではあるけど……セロとしてはもう少し穏やかな魔族ライフを過ごしたい……
だが、皆の顔はやけに晴れやかだ。
「さすがはエメス様」
「これで第六魔王国も安泰だな」
「というか、魔王級が三人もいる時点で反則ですよね」
「こうなったらセロ様には世界の半分ぐらいを支配してもらいたいものだ」
魔王城の改修すらまだ終わっていないのに、まるでこれから一国で世界中を敵に回すみたいな雰囲気になっていた。急に心配になったセロが、「もしかしてまだ武闘派路線でいくの?」とエメスに尋ねると、
「いえ。セロ様の配下となってさすがに改心しました。これからはせいぜい同族であっても、駆逐はせずに、拷問するぐらいで許してやるつもりです。終了」
そんないかにも怪しげな言葉に、エークとアジーンがぴくりと反応するのをセロは見逃さなかった。性癖がおかしい人がどんどん増えていく気がする。正直、勘弁してほしい……
何はともあれ、セロはやれやれと頭を横に振って、話をもとに戻すことにした。
「ええと、皆さんにきちんと知ってほしいことがあります。防衛で大事なのは拠点です。街、砦や城と、他にも色々ありますが、残念ながら、今、この第六魔王国には裏山の洞窟と魔王城しかありません。しかも、魔王城は現在まだ改修中です。だから、どこかに新しく作るというより、まずはもとからある二つの拠点をより充実したものにしたいと思っています」
セロがそこまで言うと、現場監督でもあるエークがまた質問してきた。
「つまり、洞窟や魔王城に何か防衛向きの罠や陣地などを構築するということでしょうか?」
「はい。その通りです」
セロはビシっとサムズアップした。
エークは嬉しそうに「へへ」と、皆に笑みを浮かべている。
全員が「おおー」と、今度はパチパチと一斉に拍手した。セロはそれが収まる頃合いを見計らってから、
「それでは皆さん、何か案はありますか?」
そう聞くと、しーんと皆が黙ってしまった。
もしかして、初手からいきなり難しい質問だったかな、とセロはまた首を捻った。皆もセロと同様にどこか釈然としない顔つきだ。
セロはちらりとエークに視線をやった。
ダークエルフなら陣地構築など得意だろうと踏んだからだ。実際に、セロとルーシーが裏山の洞窟から出たときに見事な陣地を作っていた。
すると、そんなセロの意図を組んだのか、エークが再度、「はい!」と手を挙げてくれた。
「では、エーク。お願いします」
「セロ様が最前線に立たれる。それこそが敵にとって最大の罠だと考えます」
「ん?」
「この中で一番強いのはセロ様です。もしセロ様が負けるようでしたら誰が出ても勝てません。セロ様が戦いやすいスペースを構築するのが何より優先すべきかと愚考いたします」
エークが自信満々にそう答えると、今日一番の大きな拍手が上がった。なぜかコウモリたちが羽ばたいて喜んでいるし、ヤモリはテーブル上で踊っているし、イモリは桶を噴水みたいにしている。
「全会一致のようですね、セロ様」
エークが鼻の下をこすりながらキラキラした目を向けてくる……
ええと、その案には同意したくないんだけど――とはセロも中々言い出せず、第六魔王国の国防会議は何の収穫もなく、幕を閉じようとしていたのだった。