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=02 追補 森での生活


 ダークエルフのリーダーことエークは《迷いの森》で狩りをしていた。


 もちろん、精鋭数名とパーティーを組んで慎重に行動している。そうしなければ、たとえ熟達した狩人であっても、ここでは生き延びることが出来ない。


 この《迷いの森》は大陸の中でも、南にある《竜の巣》と並んで最も危険とされる地域だ。


 なぜそんな場所にダークエルフが種族として住んでいるのかと言うと、かつて人族を巻き込んでエルフと敵対してしまったせいだ。


 その為、両種族から逃げるようにしてこの森に分け入った。


 土地神である土竜ゴライアスに事情を話して、その庇護を受けたわけだが、果たしてこの森に隠れ住むのと、両種族と戦い続けるのと、どちらの方が楽な生き方だったか……


 もっとも、それは今の王国が出来るよりも遥かいにしえの時代のことであって、当然のことながらエークはまだ生まれていないし、長老たちでさえも事実をろくに知らない。せいぜい最長老とされるドルイドが祖先から伝え聞いた話に過ぎない。


「まあ、あのドルイドは変人だが……嘘をつくタイプではないからな」


 エークは独りちながらも、得意の弓矢で足の速い獣を仕留めた。


 あと何匹か狩れば、しばらくは食料に不自由しないはずだ。もっとも、種族的に屈強とされるダークエルフの中でも、この森に狩りに出られる人材は限られている。


 たとえ精鋭に選ばれても、簡単に命を落としかねないのが《迷いの森》の恐ろしさだ。


 以前も、幼き双子に栄養を与えたい一心で、外に狩りに出た実力者の夫婦があっという間に命を失ったことがあった。


 それほどに過酷な場所なので、今となってはこの森に入ってくる人族はおろか、エルフすらろくにいない状況だ。そもそも、普段、ダークエルフは《迷いの森》にではなく、森の奥にある洞窟に拠点を作って暮らしていることを人族も、同族のエルフですらもろくに知らない。


 何にしても、この森は子供一人育てるにも、多くの犠牲を払わなくてはいけない場所なのだ。


 自然と子供たちからは笑みが消えていくし、五体満足に成長する者の方が少ない。というよりも、少しでも体を欠損したならば、それはすぐ死に直結する。エークからすれば、こんな場所に居を構えた祖先に会えるものなら、一生分の恨みつらみを伝えたいくらいだ。


 そうこう考えているうちに、仲間の精鋭が獣たちに止めを差したようだ。


「よし。これで今日の狩りは終わりだ。私は森外の砦にこの物品を売り払いに行く」


 エークはそう言って、森で拾った装備品をアイテム袋に詰め込んだ。


 人族やエルフはほとんど来なくなったが、たまに吸血鬼など魔族がここを通ることはある。そして、無駄に命を散らしていく。


 エークはパーティーを二つに分けて、樹の枝を伝って移動を始めた。実のところ、千年以上かけて作り上げた地下通路もあるのだが、それに頼ると地上の森の魔物モンスターたちの生息域の変化に気づかないことがある。


 こうやってあえて危険に身を晒すのもリーダーとしての職務だ――


 すると、しばらくして森が開けて、湿地帯が見えてきた。


 その湿地帯の前には大きな砦が築かれている。この百年ほどで立派になった砦には、呪人や人族から転じた魔族たちが住んでいる。


 もとはと言えば、迷いの森の入口になぜか転送されてきた者たちを拾って、湿地帯から湧き出てくる亡者対策としてここに住まわせたわけだが、いつの間にか、エークたちの住処よりもよほど良い建物が出来上がっていた。


 いっそのこと、ここを奪ってやろうかとも考えたこともあったが――


「久しぶりだな。何か良い拾い物でもあったのか?」


 砦内の小さな市場を見て回っていたら、ふいに背後から声を掛けられた。


 熟練の狩人たるエークの《探知》でも気づかせずに近寄ってくるのだから、並大抵の実力者ではない――この砦のリーダーを務めている元人族の男だ。


「ああ、幾つかな。これら装備品と……そうだ。物々交換でトマトをもらえないか?」

「トマトだと?」

「森の隣に立派なトマト畑があってだな。さすがに手は出せないが、見ているとどうしても食べたくなってくる」

「なるほど。構わんぞ。ここでもトマトは育てている。その手の専門家がいるからな」

「トマトの専門家?」

「ふふ。真祖トマトほどとは言わんが、それなりに美味しいぞ」

「ほう。では、それをいただくとしようか」


 エークはそう言って、元人族の男と別れた。


 遠くからその大きな背をじっと見つめて、実力の差を推し計ってみるが、やはり相手の方が数段上だ。もっとも、人柄は寛容かつ高潔なので、元人族だが信用は出来る。敵対しないうちは問題ない。


「さて、帰るとするか」


 エークはそう呟いて、「ふう」とため息をついた。


 いったい、いつまでこんな過酷な狩猟生活を続けなければいけないのだろうか。


 まるで贖罪のような生活だ。エークの先にリーダーを務めた者も。また後に務めるだろう者も――《迷いの森》の恐怖に怯えながらずっと生きていかなくてはならないのだ。


 子供たちの笑顔は見られず……


 真っ当な恋愛だって出来やしない……


「いっそ流浪の民にでもなった方がいいのではないか。あるいは、今さらエルフに頭を下げて――」


 そこでエークは言葉を飲み込んだ。


 ダークエルフとしての矜持がそれ以上を呟くことを許さなかった。


 エークは再度、ため息をつくと、砦まで付いてきた精鋭たちに、「行くか」と告げて、足早に森に分け入っていった。


 もっとも、セロとの出会いによって、ダークエルフたちの生活は劇的に向上していくわけだが――このときのエークはそんな未来をまだ知らずにいる。


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