&20 外伝 世界三大美女 後半
「クライスさーん、やっぱり第六魔王国には行けませーん!」
編集助手の大声に、私はがっくりときた。
実は、私たちも王国最北にある山間の城塞都市までは何とかやって来られた。ただ、ここで完全に足止めを喰らってしまった。
そもそも、この城塞都市に限らず、王国北の各拠点では兵や騎士たちが詰めて、厳しい検問を行っていた。親しい冒険者に理由を聞くと、どうやら第六魔王国に新しい魔王が立ったそうだ。その為、吸血鬼の間諜が認識阻害で紛れ込んでいないか、厳重なチェックをしているとのこと。
「もしや、新しい魔王とは、真祖カミラの長女ルーシーだろうか?」
私がそう尋ねると、その冒険者は頭をぶんぶんと横に振った。
「分からん。緘口令が敷かれていてな」
「どういうことだ? よほど都合の悪い者が魔王になったのか?」
「おそらく、その可能性が高い。地下世界から強者がやって来たか、もしくは人族か亜人族の有名どころが呪われて魔族に転向したかだ」
私は「ふむん」と短く息をついた。
どうにも芳しくない状況だ。強い魔族は同じ領土に二人と並び立たない。となると、新たな魔王は必ずルーシーと衝突するはずだ。最悪、ルーシーがすでに倒された可能性もある。
その事実を確認する為にも、私たちは第六魔王国に急いで赴きたかったのだが――第二聖女クリーンが率いるパーティーが神殿の騎士団を引き連れて第六魔王国に入ると、北の街道は完全に封鎖されてしまった。
迂回するとしたら、西の魔族領こと亡者の湧き出る湿地帯を抜けていくか、さもなければ東の魔族領こと灼熱の砂漠を超えていくかのどちらかだ。
もちろん、亡者は怖いし、砂漠は虫だらけで行きたくもない。自慢ではないが、私はあくまでも『世界美女図鑑』を担当する審美眼を有した冒険者であって、魔族や魔物を倒すことも、あるいは過酷な旅をこなすのも、全くもって得意ではないのだ。
ああ、王都に引きこもって編集作業だけをしていたい……
……
…………
……………………
「んん、こほん」
さて、ここはいったいどうするべきか――
というところで、事態は急転した。しばらくして、最北の城塞都市にシュペル・ヴァンディス侯爵と共に聖騎士団が到着したのだ。
これはいよいよ王国が第六魔王国に本格的な戦争をふっかけるつもりかと、私は身震いしたわけだが、親しい冒険者は驚くべき情報を寄越してきた。
「どうやら、元勇者バーバルが王女プリムを誘拐して、第六魔王国に逃げたらしい」
まさに驚天動地の話だった。
というか、それは青春という名の駆け落ちと言うのではないか?
私はそう問いかけたかったが、たまたま近くを通りかかったシュペル卿に睨まれたので、さすがに言葉に詰まった。
そうこうするうちに聖女パーティーが帰還して、幾つか情報も入手出来た。どうやら新しい魔王には光の司祭として知られたセロ殿が就いたこと。また、ルーシーは生きていて、セロ殿の同伴者としてよく支えていることまで分かった。
「ということは、二人は結婚したのだろうか?」
私は顔見知りの神殿の騎士たちに質問をぶつけたが、結局、誰も明確には答えてくれなかった。
とはいえ、結婚したかどうかは、私にとって一大事だった。実際に、真祖カミラは人妻ではあったが、夫の存在は全く知られていなかった。だから、凛としたシングルマザーとして女性読者からも強い支持を受けた。
ただ、旦那持ちとなると、どうしても美女ランキングに影響が出てくるのは間違いない……
「何としてでも調べなくてはいけない」
私はそう決意を新たにしたわけだが、そんなタイミングで助け船があった。
最北の城塞都市にヒトウスキー伯爵一行がやって来たのだ。どうやら第六魔王国に存在する秘湯に行きたいらしい。
「ほう。其方はもしや、クライス殿ではないか?」
「お久しぶりです。ヒトウスキー卿。若かりし頃に『世界秘湯図鑑』で編集助手をやらせていただいたとき以来ですね」
「うむうむ。息災のようで何よりでおじゃる」
いやはや、持つべきものは知己である。
私はヒトウスキー卿にどうしても第六魔王国に行きたいのだと熱弁すると、
「ならば、麻呂の馬車に隠れて入国するがいいでおじゃる」
そんなふうに誘ってくれた。さすがは王国随一の奇人変人――いや、こういう懐の深さがあるからこそ、旧門七大貴族でも筆頭とされている所以なのだろうと、私はこの御仁に深く感じ入ったわけだが……何にせよ、こうして私と助手は第六魔王国に入ったのだった。
さて、第六魔王国に来てからというもの、すでに数週間が過ぎていた――
が。
「この『世界美女図鑑』の校正刷りゲラはいったいどういうことですか、クライスさん!」
私は温泉宿泊施設の一室で編集助手に詰め寄られていた。どうやら助手は反抗期らしい。あるいは一人前の編集者になる通過儀礼として、上司である私に盾突く時期がやって来たということだろうか……
そういえば、私も昔は美女に求められるお尻の大きさについて、上司である編集長と喧々諤々の議論となって殴りかかったことがあったなあと、懐かしい思い出に浸っていると、
「ほら、この美女ランキングをきちんと見てください。一位がセクシー(源氏名)、二位がボイン(源氏名)、三位がダイナマイト(源氏名)って――」
何にせよ、助手はそこで言葉を切ると、私が刷新したランキングの頁をまざまざと私の眼前に持ってきてから、
「全員、隣の魔性の酒場の夢魔嬢たちじゃないですか!」
と、怒り心頭、私に図鑑を丸ごと投げつけてきたのだ。
「あ、痛っ!」
そうなのだ。第六魔王国にやって来てからというもの、私は魔性の酒場に入り浸りになっていた。
もちろん、真祖カミラの長女ルーシーは美しかった。絶世の美女という言葉はこの女性の為に存在するのだなと実感したほどだ。間違いなく、確実に、かつ掛け値なしにランキング一位になる――当時、私はそう信じて疑わなかった。
それに『世界美少女図鑑』の方のランキングで二位に入っていたリリンもまた美しかった。
恥ずかしながら、美女ランキングなるものをやっている私に美の多様性を教えてくれた人物こそリリンだった。こういう男装令嬢のような美しさもあるものかと、新たな価値観を示してくれたほどだ。
というか、そもそもからして第六魔王国は美女の宝庫だった。
亜人族のエルフ種と比肩されるほどに魔族の吸血鬼はもともと美しい種族だし、しかもこの国にはそんなエルフと双肩をなすダークエルフまでたくさんいた。さらにケモ好きにはたまらない珍種の人狼までメイド姿になって存在した。
あと、どこで『世界美女図鑑』のことを聞きつけたのかは知らないが、長身で、痩せぎすで、なぜか頭に釘の刺さった魔族の女性がぶらりと私のもとにやって来て、
「ほう。美女ランキングですか。くだらない」
「あ、はは……すいません」
「ですが、これに載るとセロ様が注目するかもしれませんね。終了」
と、ランキング上位に入れないと拷問すると脅しつけてきたのだ……
当然、ここに至って、私の心は折れた。
以前にも語ったが、美女とは必ずしも美しいだけの存在ではない。そもそも、美の基準がたった一つだけならば、人々は皆、ただ一人の人物を愛してしまうことになるはずだ。
だが、人それぞれに好きな者が出来るのは、美の基準が人の数だけあるからに違いない。
つまり、私にとって美とは、強さでもあるのだ――
「ということでいいんですよね?」
「問題ありません。その趣旨で記事を作りなさい。終了」
そんなわけで、露骨に一位だと脅迫を受けたとバレるので、上位には私のお気に入りの嬢をぶち込んで、さりげなく四位に人造人間エメス様を入れて、こうして私の仕事は一段落したのだった。ちゃんちゃん。
「やあ。本当に大変だったなあ」
と、ため息混じりに温泉宿泊施設の一室で落ち着いていたら、冒頭の通り、助手からカチコミを受けたわけだ。
もっとも、やはりこの仕事は一筋縄ではいかないらしい。というのも、第六魔王国に宣戦布告をする勢力が出てきたからだ。
何にしても、こうして『世界美女図鑑』の新装版はいったん白紙に戻ることになるのだが、事の顛末は追々語ることにしようか――それでは皆様、しばらくの間、宣戦布告からの魔王同士の真剣勝負をご賞味あれ。