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&19 外伝 世界三大美女 前半

これまでの外伝と時間軸が異なります。作中にも出てきますが、拙作の「第1話」前後にいったん遡っています。ご了承ください。


 私の名はクライス・ハザード。一介の冒険者だ。


 所属しているのは、『調査猟団』――王国の王都における最高峰のパーティーの一つで、主な任務は……まあ、多岐に渡る。


 もともとこの調査猟団は、私の高祖父のさらに祖父が冒険者をやっていた頃に、大陸にいる魔族や魔物モンスターをリサーチする為に結成されたものらしく、実際に『魔族図鑑』や『魔物図鑑』などは幾度も改正されながら現在でも多くの冒険者に愛用されている。


 とはいえ、幾世代も時代が下ってパーティーがまだ存続していると、所属する人数も増えて、さすがにパーティー内にも色気というか、違ったことに手を出したくなるらしく、私が主に担当しているのはとある(・・・)格付けに当たる――そう。世界美女ランキングだ。


 ……

 …………

 ……………………


 そんな白々とした目で見ないでほしい。


 私だって高祖父のさらに祖父の頃から代々名の通った冒険者一族としてやってきた者だ。本来なら強い魔族や魔物と戦ったり、地上世界の果てまで冒険したり、あるいは最近話題の勇者パーティーにゲストで呼ばれたりといったふうに、この片手剣一本で実力のままに活躍したかったさ……


「クライスさーん、どこか遠い目をしていないで、早くこっちに来てくださーい!」

「せっかく感傷に浸っていたというのに……編集助手よ。いったい何だというのだね?」

「ジャバザハット子爵夫人から賄賂が届いていまーす。美女ランキングの格付けを上げろだそうでーす」

「くっ! 先日、ジャミラ男爵夫人の袖の下を受け取ったばかりだぞ」

「とりあえず、お願いしまーす」


 こうして私は泣く泣く、スキル『明鏡止水』でもって努めて冷静に、ジャバザハット子爵夫人の世にもおぞましい姿絵を何とか細心の注意を払って美しく加工しつつ、『世界美女図鑑』の最新版の編集を手掛けていたわけだが――


 そんなときに急報が入った。


「勇者パーティーが魔王を討伐! 繰り返す、熱血の勇者バーバルのパーティーが第六魔王こと真祖カミラを討伐!」


 その報に私は思わず、「何だと!」と呻った。


 まるで大神殿の鐘が鳴り渡って、世界が一気に崩れていくかのような気分だった。


 というのも、真祖カミラは『世界美女図鑑』の第一頁にて実施されている世界美女ランキングで堂々の一位にずっと鎮座ましましていた存在だったからだ。


 実のところ、私は怖くて一度も会ったことがなかったが、祖父によると、「本物の真祖カミラと比べると、うちのかーちゃんなんて足の裏の皺に過ぎん」などとのたまって離婚届を突き付けられたほどだそうだ。


「クライスさん! どうしますか?」

「最新版の出版まで、まだ数か月ほどもある。とりあえず、暫定的にランクを繰り上げて対応するぞ」

「ということは、二位の海竜ラハブ、三位の有翼ハーピー族の女王オキュペテーがそれぞれ一位、二位となるわけですね?」

「うむ。だが、そうなると――」

「ああ、そうでした……第三位が……」

「先日、ついつい裏金を受け取って人族最高の位置につけてしまったヒデブ伯爵令嬢のハート様になってしまう」


 そう言って、私は絶望的な表情を浮かべた。


 もちろん、ハート様は可愛い。というか、可愛いと念じてスキル『心眼』で見れば、ゴブリンだってオークだって可愛く見えるようにと、私は心を鬼にして精神鍛練を積んできた。伊達に長らく『美女図鑑』を担当してきたわけではないのだ。


 すると、編集助手の若手冒険者がこう言ってきた。ちなみに冒険者なのか編集者なのか、いったいどっちだというツッコミは不用にしてほしい――


「今からランキングを不正操作してハート様を四位にすればいいのでは?」

「出来るはずがない。ヒデブ伯爵家は旧門七大貴族の一つだぞ。それに私はこれまで一度たりとも不正操作などしたことはない!」

「お金を貰って、姿絵を加工しまくっておいて、よくもまあそんな台詞をいけしゃあしゃあと言えますね」

「いいか。よく聞け。美女というのは外見が美しいだけの人物を言うのではない。その立ち居振る舞い、仕草、あるいは性格、品格、家格、もしくは強さ(・・)といったものから複合的に判断されるべきなのだ」


「まあ、たしかにハート様は強そうですよね」

「うむ。多分、私では勝てない!」


 そんなふうに最高峰パーティーに所属する冒険者としてはあるまじき発言をしつつも、私はふと思いついた。


「そういえば……真祖カミラには娘が三人いたよな?」


 直後、編集助手がどこからか、『世界美少女(・・・)図鑑』を持ってきて、その第一頁を開いてみせる。


「ランキング一位のルーシー、二位のリリン、三位のラナンシーですね」

「娘三人が揃ってトップスリーを独占って……美少女担当の編集者はろくに仕事をしていないのか?」

「ふふ。褒めないでください。何せ、人族だけでなく、亜人族や魔族も含めると、長寿や不死性のせいでどこまでが美少女で、どこからが美女なのか、年齢的かつ外見的にはなかなか判断しづらいんですよねー」

「なるほど。この適当な仕事はお前のせいだったのか」


 私は苦虫でも噛み潰したかのように口の端を歪めたが、何にしても肝心の要点を尋ねてみた。


「まあ、いい。で、ルーシーは美女なのか?」


 何せ、真祖カミラの娘だ。美しくないわけがない。


 少なくとも、『世界美少女図鑑』に載っている姿絵を見る限りでは、いかにも大人になりきれていない無垢さを有しつつも、それでいてとても蠱惑的な少女だ。


 スキルの『心眼』や『明鏡止水』を持っている私でさえも、その姿絵だけで危うく、『魅了』にかかってしまうほどの美しさだった。


 とはいえ、魔族は不死性をもって、一定の年齢で外見的な成長を止めるので、このままの容姿だと美女と言い切るには難しいかもしれない。だが、もしさらに成長していたとしたら……間違いなく真祖カミラに匹敵する美女になっているはずだ。


 が。


 編集助手はこう断言した――


「分かりません!」


 ……

 …………

 ……………………


「一応、どういうことかと聞いてもいいか?」

「だって、北の魔族領に行って、魔王城を訪ねるなんて怖くて出来やしませんよ」

「…………」


 私は天を仰ぐしかなかった。


 もっとも、その気持ちは痛いほどによく分かった。私だってそうなのだ。


 北の魔族領はともかく、海竜ラハブに会う為に南の魔族領の『天峰』に上るとか、有翼族の女王オキュペテーに謁見を求めてエルフの森林群のさらに奥地に行くとか、まさに死地に赴くようなものだ。魔王退治よりもよほど困難なミッションじゃないか。


「ところで、クライスさん。魔族とは言わずに人族から選んだらどうなのです?」

「ん? どういうことだ?」

「たとえば、聖女クリーン。あるいは聖女レースからは脱落しましたが、女司祭アネストあたりは三位に入ってきてもおかしくないのでは?」

「無理だ」

「どうしてですか?」

「二人が聖職者だからだ。ランキングに入れると、大神殿からクレームが来る。俗世の美女ランキングなぞに神官を入れてくれるなということだそうだ」

「はあ。なるほど。では、王女プリムは?」

「それも無理だ」

「これまたなぜですか?」

「王族は特別枠だ。他の貴族や、魔族なぞと一緒にするなとお達しが来たことがある」


 編集助手は「ふむん」と短く息をついた。


「まさに八方塞がりですね」

「まあな。実際に、人族で美しい者はたいてい王侯貴族の夫人や愛人になっている。しかも、そんなふうに家庭に収まると、人気も落ち着いてしまう。そういう意味では、三人の娘を持ちつつも頂点に居座り続けた真祖カミラは別格だったのだ」

「見たことがない者ばかりなのに、なぜそんなふうに神格化されたんです?」

「ここ数百年で言えば、王国内で邪竜ファフニールとよく争っていたからな。その目撃談が多数あった」

「そういえば、ある貴族領の領民全員が『魅了』にかかった事件とかあったようですね」

「ふむ。それにもともと、世界三大美女という概念はエルフの現王ドスが言い出したことでもあるのだ」

「へえ。エルフがまだ人族と積極的に交流していた頃の話ですか?」

「おそらくな。何にせよ、最も美しい男性と目されるエルフの現王が言うぐらいだから間違いないということで、現在のランキングのトップスリーが成立した」


 そこまで言って、私は「ふんす」と鼻息を荒くした。


 そうなのだ。このランキングは結局のところ、高祖父の祖父の代からエルフの現王の言そのままに不動のものだった。


「これはもしかしたら、今こそ改めよという天の啓示なのかもしれないな……」


 私はそうこぼした。


 これでも王国最高峰パーティーの一員なのだ。天峰や有翼族の巣は無理だとしても、北の街道ぐらいなら比較的安全だから行けるんじゃね、などと思ったのはご愛敬だ。


 どのみち、このままハート様を三位に入れたら、それを読んでお見合いを申し込んでしまった貴族たちからめちゃくちゃクレームを受けるに決まっている。これまでの慣習上、四位までならまだ大人の事情ということで察してくれるだろうが、さすがにトップスリーだけは明け渡しては駄目だ。


「やむをえん。確かめに行くか。いざ、第六魔王国の魔王城へ!」


 こうして私は編集助手を引き連れて、北の街道へと進むことになったのだ。


 後年、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』、『セロ様に首ったけ』や『世界の中心でセロと叫ぶ』など、多数の著作を出して文豪の名をほしいままにしたこの私、クライス・ハザードの第一歩がついに刻まれたのである。



拙作では珍しい一人称のエピソードになります。第三部への橋渡し、かつ王国への諜報戦で活躍するクライスの登場です。長らくお待たせしましたが、第三部へはこの外伝をやってから突入します。どうかよろしくお願いいたします。

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