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&17 外伝 クリーンはあれをひた隠す(前半)

 王国の第二聖女クリーンは言うまでもなく聖人・・だ。


 いつも微笑みを絶やさず、老若男女問わずにやさしく語りかけ、代々伝えらえてきた『聖防御陣』を駆使して神殿騎士団と共に魔物モンスターや魔族などから王国を守護する――


 第七魔王討伐や新第六魔王討伐でケチがついてしまったが、本来ならば、クリーンは若くしてすでに偉人として語られるような大人物であって、王国民からすれば、聖母のような後光が差している第一聖女アネストよりも、民草に近い距離感でフレンドリーなクリーンの方がよほど人気も高い。


 もちろん、ほとんどの王国民は全くもって気づいていない。


 そんなクリーンの微笑はただの作り笑いであって、クリーン自身はきわめて上昇志向の強いキャリアウーマンだということに――その行動は全て打算の上に成立していて、いつも外面そとづらを気にしているばかりか、アネストのような純粋さなどは毛ほども持ち合わせていないことにも。


「仕方がありません。王国で伸し上がる為には王女になるか、聖女になるかしかないのですから」


 もっとも、クリーンは悪びれずにそう呟いてから、浮遊城・・・のバルコニーで青空を眺めながら、「はあ」とため息をついた。


 そんな順風万般なキャリアを築いてきたクリーンではあったが、大きな欠点が三つほどあった。


 まず、そんな合理的で狡猾な性格がよりにもよって主教イービルにバレてしまったことだ。


 ただ、これは自業自得な部分もあるから仕方がないと、クリーンも割り切るしかなかった。


「まさかセロ様がこれほどの強者になっているなんて……主神たる『深淵ビュトス』だって考えが及ばないはずでしょう?」


 神を疑うなど、他の聖職者が聞いたら卒倒しそうなことをクリーンはさらっと言いつつも、遠くに視線をやって肩をすくめてみせる。


 愚者セロがこんなに圧倒的に、かつ第六魔王国自体も代替わりの隙に強固になったと知っていたなら、あんな大博打には出なかった。つまり、セロ絡みの失敗はクリーンにとってキャリアで最初にして最大の汚点だと言っていい。


「とりあえず、主教イービルとはなるべく距離を置かなくては駄目ね。むしろ、このまま第六魔王国に亡命でもしようかしら」


 クリーンはそう言って、「はあ」とまた大きな息をついた。


 最近、どうにもため息をつく癖がついている。どうかしなくてはとクリーンも反省しきりだ。


 次に、反省と言えば、どうやらクリーンには駄目男に惚れてしまうがあることだ。


 とはいえ、こればかりはクリーンも自分を強くは責められない。そもそも神学や法術の勉強に明け暮れて、恋愛を全く知らずに生きてきた。


「それに勇者バーバルがあんなに愚かな男だったなんて、普通は思いませんし……」


 直近の勇者と言えば、すぐに挙がるのが高潔の勇者ノーブルだ。だから、クリーンもバーバルがそんな清廉潔白な系譜に連なる人物だと考えていた。


 だが、現実のバーバルは単なる俺様至上主義で、傲慢な男でしかなかった……


 全てにおいて駄目な男のサンプル集みたいなもので、恋愛の教科書があるなら多くの頁を割いて解き明かすべき問題児のように思えた。とはいえ、恋愛という名の方程式があるとしたら、惚れてしまった方の負けなのだととうに証明されている。


「あの頃に戻って、私自身を平手打ちでもしたい気分だわ……」


 最後に、そんな平手打ちをしたいクリーンの性質・・にも大いに関連するのだが――


「あれ? こんなところで風に当たっていたら寒くはないですか?」


 というところで、ふいに背後から声がした。第六魔王こと愚者セロだ。


「え……ええ、大丈夫です。少しだけ一人で考え事をしたかったので」

「そうですか。では、僕はお邪魔だったかな。それでは失礼いたします」

「あっ、お待ちください、セロ様」

「はい、何でしょうか?」

「今回は本当にありがとうございました」


 クリーンはそう言って深々と頭を下げた。


 主神にしか跪かず、王に対しても頭を下げないとされる聖女がこのような態度を取ったことに対して、セロは驚愕の表情を浮かべる。


 ただ、クリーンからすれば、セロは最早、魔神と同等の人物としてみなしていた。


 それに今はちょうど王国と第六魔王国が共に第五魔王国を打倒して、皆で浮遊城に乗って北の魔族領に帰還している最中だ。


 もちろん、共闘したからと言って、すぐに仲良くなったわけではない――そもそも聖女パーティーも、神殿の騎士団も、携帯していた糧食が切れかけていたので、敵に勝ったはいいものの、広大な砂漠で取り残されるよりも、セロからの「祝勝会も兼ねて、乗って戻りますか?」という好意に甘えるしかなかったわけだ。


 オアシスもなく、気温の変動も激しく、見渡す限り砂ばかりで足取りも重くなる上に、どこに第五魔王国の残党が潜んでいるかも分からないような状況で王国に無理やり帰るよりも、北の魔族領を経由して整備された北の街道を戻った方がよほど安全だ。


 クリーンに限らず、多くの騎士たちからしてみても、まさか魔王城に乗って帰った方が安心出来るなどと考える日がやって来るとは――


 そういう意味では、クリーンにとっては打算でも何でもなく、新たな価値観を与えてくれたセロに感謝するしかなかった。これから王国は大きく変動するに違いない。国内で跋扈していた泥竜ピュトンが捕まって、その背後にいた第五魔王国が打倒されたのだ。


 しかも、王族は傀儡になっていたから、国内政治、いては社交界も荒れる一方だろう。王権を転覆クーデターする動きが出てきたとしてもおかしくはない……


 そこまで考えて、クリーンはまたまた「はあ」と息をつくと、不思議なことにどこかむず痒くといったふうにセロにおずおずと尋ねた。


「ところでセロ様……今後、泥竜ピュトンは、いったいどうなるのでしょうか?」


 当然、ピュトンは王国を傾かせた大罪人だ。


 出来ることなら王国内で裁いて、その罪を明らかにして魔核を潰したいところだ。


 だが、ピュトンを捕らえたのは聖女パーティーに所属している巴術士ジージではない。第六魔王国の外交官こと夢魔サキュバスのリリンだった。


 ちなみに、ジージにしてみても、すでに第六魔王国に所属する気満々だったので、王国に搬送されないようにと、意図的にリリンに手柄を譲ったわけなのだが――さすがにクリーンでもそこまでの真意は見抜けなかった。


 何にしても、ピュトンの処遇は王国にとっても重要な関心事だということをセロにもしっかりと伝えておきたかった。まさかとは思うが、同じ魔族同士でなあなあで済まされたら堪ったものではない……


 すると、そのタイミングで近衛長のエークがバルコニーにやって来た。


「王国の聖女殿が心配するようなことは何一つとしてありませんよ」


 エークはそう言って、クリーンを牽制してみせた。


 どうやらクリーンはまだ信用されていないらしい。セロに悪い虫が付かないようにということもあるだろうし、またセロから他愛のない言葉を引き出して外交のカードに使われたら堪らないのか、わざわざ近衛長がお出ましになったのかと、クリーンも苦笑を浮かべるしかなかった。


「では一応、関係国・・・として、罪人ピュトンの処遇について伺ってもよろしいでしょうか?」


 同盟国ではなく、あくまでもまだ協力的な関係国だという点をクリーンは強調した。


 この点についてはいずれシュペル・ヴァンディス侯爵が上手く調整してくれることだろうと、クリーンも心配していなかった。


 そもそも人族と魔族との禍根は深い。とはいっても、クリーンとてこれほどに凶悪な第六魔王国を敵に回すといった愚を再度犯す気にもならない。


 それに現王と主神と魔王セロのいずれにこうべを垂れるのかと問われたなら、現王の背信、それに大神殿の胡乱さに気づかされた現在となっては、クリーンはいっそセロに跪くことだろう。純粋無垢なアネストだったら話は違ったかもしれないが、その点、クリーンは現実主義者だ。


 だからこそ、明確にすべきことは合理的に線引きせずにはいられない――


 そんな毅然としたクリーンを前にして、エークはいったんセロに視線をやって、その首肯を確認してから、こちらも毅然と宣言した。


「そうですね。まずはピュトンを徹底的に拷問にかけます」


 そのとたん、クリーンはというと、胸を締め付けられるような痛みを感じた。


「ご、拷問ですか……」

「ええ。そうですが……何か?」

「い、いえ。普通は拘留して、まずは聞き取り調査をして、かつ丼なんかを差し入れしつつ、口を割らないようなら厳しく処すると聞いていたものですから」

「かつ丼の差し入れなるものが何かは私には分かりませんが、当国ではそんな生温いことはしません。徹底的に、かつ死んだ方がマシだと思わせるほどに痛めつけてやりますよ」


 クリーンは思わず、「ああん」と嬌声を上げてしまった。


 セロとエークは咄嗟に目を合わせた。


 もしかしたら聖女には刺激の強い話だったかなと、セロはやや心配した。一方で、エークは少しだけ嫌な予感がした。まさしく同族嫌悪・・・・というやつだ。


 そう。クリーンの最大の欠点とでも言うべき最後の項なのだが――


「あの……もし、よろしければ……私もその拷問とやらを見学してもよろしいでしょうか?」


 実のところ、クリーンもあれ(・・)な聖人もとい性人・・だったのだ。


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