&15 外伝 ルーシーは恋をする(中盤)
その夜、ルーシーは魔王城の寝室に戻ってから棺に腰かけて、恋愛についてずっと考えた。
「人を知り、己を知るか――一朝一夕で出来るものではないな」
ヒトウスキー伯爵やシュペル・ヴァンディス侯爵のように場数を踏むというのはたしかに大事なのかもしれないが、今すぐに出来ることでもない。
そもそも、ルーシーにはセロ以外に気になる異性もいない。馬の骨なら何でもいいのかもしれないが、それでも真祖直系で由緒正しい吸血鬼のルーシーからすると、そこにはやはりこだわりたい。
せめてルーシーに匹敵する力を持っていなければ、『魔眼』でもって相手を調べる気も起きない。
「何にしても、場数を踏むのはいったん置いておこう。すぐに出来るものとしては……まずプレゼントだろうか」
そうはいっても、実のところ、ルーシーはセロに色々とプレゼントはしてきた。
真祖トマトもそうだし、寝る為の大きな棺もそうだし、最近だと人造人間エメスたちと一緒ではあったが浮遊城も記念として献上したばかりだ。
「だが、果たしてそれらは……セロが本当に望むものだっただろうか」
魔族になってからセロが欲したものを考えてみると、すぐに思い浮かぶのは食事だ。実際に、屍喰鬼の料理長フィーアが来るまで、セロはずっと「物足りない」とぼやいていた。
これまでルーシーは採れたてトマトや新鮮な野菜をそのままかじったり、もしくはせいぜい素揚げしたものを食べたりして満足してきた。魔族なので食事を取る必要がなかったし、その上調味料を使って料理するなど、鮮度の落ちた食材しか得られない人族による苦肉の策だと考えていたほどだ。
ところが、フィーアの料理を食べてみて目から鱗が落ちた。
複雑な味のハーモニーはさながら芸術のようだったし、またその美味しさは万人に受けるエンターテイメント以外の何物でもなかった。なるほど食わず嫌いはいけないものだなと、ルーシーとて納得したものだ。
「そういう意味では、衣、食、住などとよく言うが、食と住はすでにあって後は……衣だけか。そういえば最近、セロは衣服をよく気にしていたな」
ルーシーと出会った頃からずっと着ている神官服だ。
どうやらセロはそればかり何着も持っているらしい。アイテムボックスにも下着以外の私服はほとんど収めていないようだ。
それにここ数日は人狼メイドのトリーも余裕が出来たのか、魔王に相応しい衣装を次々とセロのもとに持っていくのだが、それらのどれもセロはお気に召さないらしい。
先日も玉座の間の半分ほどを占めるほどの壮大な衣装で、それはセロとルーシーとの出会いから始まって、第五魔王アバドンを討伐するまでのストーリーを壁画にして縫い込んだもので、ルーシーもつい圧倒されてしまったわけだが、
「もっと日常的に動きやすい、シンプルなものにしてほしい」
と、セロは困り果てていた。
ここらへんは大きくて、すごくて、ドガーンとなっていればいいとする魔族と、元人族との価値観の違いかなと、トリーも「とほほ」と肩を落としていたが……
何にせよ、衣服にしてもルーシーは専門外だ。人族の料理と同様に、ルーシーは全く知識を持たないので、セロを喜ばせるものが手渡せるとは到底思えない……
「まいったな。プレゼントは難しいかもしれん。結局、妾はセロのことをよく知っていないということか」
ルーシーはつい、しょぼんとした。
これからはダークエルフの付き人ことドゥや近衛長のエークに探りを入れてもらったり、何なら高潔の元勇者ノーブルや巴術士ジージなどに協力してもらったりして、情報を集めないといけないなと痛感した。
ちなみに余談だが、こうしてセロにまつわる機密情報を手掛ける諜報部が翌日に出来上がって、それがセロだけにとどまらずに、人族の趣味嗜好などを調べる都合上、王国にスパイを仕掛ける冒険者パーティーこと『新・調査猟団』が結成されることになるのだが、それはもう少し後の話である。
今回、拙作では珍しい二千字以下のエピソードです。どちらかと言うと、『新・調査猟団』の伏線がメインなのですが……それはともかくとして、本筋の終盤は六千字ほどになります。よろしくお願いいたします。