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&14 外伝 ルーシーは恋をする(序盤)

 ルーシーはいったん自室に戻ると、外套のフードを被って宵闇の中に出た。


 地下通路をあえて使わなかったのは、対象自動読取装置セロシステムにあまり映りたくなかったからで、もちろん自身にもまた認識阻害をかけている。


 ちなみにルーシーは最近知ったばかりなのだが――ルーシーの認識阻害はドルイドのヌフに次いで高度なものらしく、その後は人造人間フランケンシュタインエメス、巴術士ジージ、魔女モタ、ダークエルフの双子ディンと続く。だから、人狼のメイドたちの鋭い嗅覚でも、同族の吸血鬼たちの魔眼でもなかなか引っ掛からない。


 そんなルーシーはというと、魔王城裏手の岩山の坂を下りて、トマト畑の中に入っていった。


 そのとたん、ヤモリたちが「キュイ」と一斉に挨拶してくる。


「うむ。夜分休んでいるところ、すまんな。通させてもらうぞ」


 野生の勘なのか、それとも超越種直系だからなのか、魔物モンスターたちはヌフの封印さえも容易く看破する。当然、ルーシーの認識阻害など意味をなさないものだから、以前、セロと一緒に驚いたことがある。


 そんなトマト畑を抜けると、温泉宿泊施設が見えてきた。


 ただし、今回の目的地はそこではない。すぐ隣に立っている魔性の酒場(ガールズバー)の方だ。


 ヒトウスキー伯爵に限らず、王国の人々が赤湯につかるのはだいたい夜更けを過ぎてからなので、この時間だとおそらく宴会場での食事を終えて、酒場で飲んでいる頃合いだろうと踏んだのだ。


 実際にルーシーが酒場に入ると、ヒトウスキー伯爵はカウンターで座って飲んでいた。


「ほう。意外に繁盛しているな」


 ルーシーはまずその点に感心した。


 ルーシー自身はトマトジュース派なので、酒場にはあまり関心がなかったのだが、軽く見渡してもテーブル席のほとんどが埋まっている。


 その大抵が人族かドワーフで、人族はシュペル・ヴァンディス侯爵の護衛の為に残った聖騎士たちか、最近王国でも話題になったことでわざわざ駆けつけて来た命知らずの冒険者たちといったところだ。


 もちろん、彼らは全員、夢魔サキュバス嬢たちの色気に鼻の下を伸ばして、ぐでんぐでんに酔っ払って、高級麦酒に散財しているわけだが……その一方でカウンターだけは雰囲気が異なって、いかにもクラシカルなハードボイルド空間が出来上がっていた。


 実際に、ヒトウスキーのそばには夢魔嬢は一人もおらず、シュペルが並んで座って、何やら二人だけで渋く酒を嗜んでいるようだ。


 ルーシーはいったん認識阻害を解くと、外套のフードは被ったままで店の中へと進んだ。


「あら、ルーシー様。こんなところにお越し下さるとは……」


 すぐに夢魔嬢の一人がルーシーに跪こうとしたので、ルーシーは片手で制した。


 当然のことながら、真祖直系の長女がわざわざ足を運ぶような場所ではないので、その夢魔嬢は首を傾げつつも丁寧に対応した。


「如何いたしましたか? まさか、何か厄介な事件でも起きているのでしょうか?」


 そんなふうに小難しく捉えられるのも仕方がない……


 そもそもルーシーはお酒をあまり口にしないし、夢魔嬢を求めに店に来るはずもない。となると、厄介ごとを処理しにきたのではないかと勘ぐるのは道理だろう。


 だが、ルーシーはそんな思案顔の夢魔嬢に対して頭を横に振ってみせてから、


「些末なことだ。案ずるな。少しだけヒトウスキー卿と話がしたいだけだ」

「畏まりました。カウンター付近に認識阻害はおかけいたしますか?」

「必要ない。わらわが自らかける」


 それだけ言って、ルーシーは認識阻害をかけ直してカウンターの方に歩んでいった。


 店内で外套のフードを被ったままだと逆に悪目立ちしそうなものだが、ドワーフたちも、冒険者たちも、あるいは聖騎士たちでさえも、ルーシーの存在には全く気がつかない。


 が。


「ほう。これは意外なお客人でおじゃるな」


 ルーシーが一席離れて座ったとたんに、ヒトウスキーは声をかけてきた。


 むしろ、慌てたのはシュペルの方である。「え? え? おや……?」と目を細めつつも、やっとルーシーを認識出来たといったふうだ。


 ルーシーは「ふっ」と含み笑いを浮かべてから、


「なるほど。話には聞いていたが、ヒトウスキー殿が相当な腕利きという噂は本当のようだな」

「恥ずかしい話でおじゃる。旧門貴族にとって武芸の嗜みは野蛮とみなされがちですからな。それに麻呂の腕ではルーシー殿には勝てますまい」

「謙遜するな。やってみなくては分からぬだろう?」


 その瞬間、二人の視線がばちばちとぶつかった。


 シュペルがあわあわとしながら、二人の様子をじっと見つめる。哀しいかな、最近やっと生えてきた髪の毛がはらりと床に落ちていった……


 ちなみに、セロの『救い手オーリオール)がなければ、たしかにルーシーとヒトウスキーは良い勝負をするに違いない。それほどにヒトウスキーの武芸の腕は卓越している。一種の天稟てんぴんである。


「まあ、それはさておき、実のところ、ここには別件で相談に来たのだ」

「はてさて、麻呂に応じられるものならいいのでおじゃるが……」

「それなら問題ない。ヒトウスキー殿のの話はとある筋から聞き及んでいる」

「いやはや、とは……まさかルーシー殿からそんな相談を受けるとは思ってもおりませんでしたぞ」


 そこでヒトウスキーはぐいっと麦酒を呷った。


「たしかに秘湯に及ばず、鯉の飼育に関しても、麻呂は王国でも、一、二を争うほどと自負しているでおじゃる」

「ほう。秘湯と同様に、今もまだ恋を探索(シーク)し続けるとは、ヒトウスキー殿も隅には置けぬ御仁だな」


 二人は「ふふ」と小さく笑みを浮かべた。


 もっとも、シュペルだけはすでに二人の勘違いに気づいていて、それを指摘すべきかどうか悩んでいた。髪がまた少しずつ散っていく……


「何にしても、妾はどうしても大物を手に入れたいのだ」

「これまでの経験は?」

「恥ずかしながら……ない」

「ふむん。それではまず小さな物から始めるべきでおじゃるな」


 そのアドバイスにルーシーはショックを受けた。大物セロではなく、どこぞの馬の骨とも知らない小物で経験を積めというのだ……


「そもそも鯉とは成長を楽しむものでおじゃる」

「ほう……つまり恋を着実に育んでいくべきということだな?」

「ふむん。だからまずは五、六匹ほどから始めて――」

「いきなり五、六も?」


 単位が匹だったことよりも、その数の方に驚いてしまったので、ルーシーはさして違和感を覚えなかった。


 それより初心うぶなルーシーからすると、恋愛の場数を踏めというヒトウスキーの言葉にはかえって畏敬の念さえ感じた――たしかにその通りだ。戦いとていきなり強者に挑戦する馬鹿はいない。経験をたくさん積んで強くなることこそ肝要だ。


「なあに、五、六程度は普通でおじゃるよ」

「そ、そういうものなのか……」

「こちらにいるシュペル卿もそのぐらい飼っていたはずでおじゃるよな?」


 その言葉にルーシーはつい眉をひそめた。


 五、六人の女性をっていた――といったふうに聞こえたからだ。最低な男だなとルーシーはシュペルに冷たい視線をやった。


 しかも、ヒトウスキーはさらに付け加える。


「たしかつい先日も、餌付けが大変だと嘆いていたでおじゃったか?」


 その瞬間、ルーシーはシュペルを軽蔑した。


 シュペルはというと、これだからヒトウスキー卿と一緒にいるのは嫌なのだと「とほほ」と嘆きつつも、すれ違い続けている会話の修正に努めることにした。この点はさすがに根っからの調整役である。


「ええと、餌付けというか……まず女性には何かにつけてプレゼントを渡すようにしています」

「それは財力を見せびらかしたいということか?」

「いえ、そうではなく、むしろその時々によって相手の欲しい物をきちんと調べて渡すことに意義があるのです」

「なるほど。相手のことをよく見ているぞとアピールしたいわけだな」

「はい。まあ……そうです。それにプレゼントはいつまでも残ります。そこからいつか思い出話などにも広がっていきます」

「ふむふむ。共通の話題が出来るわけか。物といえども、意外に侮れないな」

「それとデートをするときも、なるべく私は聞き役に徹していました」

「それはいったいなぜだ?」

「話を熱心に聞くことによって、相手のことをもっと知りたい、あるいはよく理解したいという態度を示せるからです」


 ルーシーは舌を巻いた。人族とは本当にまめなことをよくするものだ……


 魔族の恋愛は結局のところ、力関係に過ぎない。強いか、弱いか。従わせるか否か――だからこそ、元人族であるセロとの関係についてルーシーは思い悩んでいた。セロがルーシーを屈服させてくれるなら簡単なのだが、魔族になったばかりのセロは絶対にそんなことはしない。


 そういう意味では、ルーシーの方から攻めるしかないわけだが、力勝負では当然勝てないから、こうして人族の恋愛観について色々と調べて回っている。


 何にしても、ルーシーはやっと理解した。


 要は、敵を知り、己を知れば、百戦危うからずということだ。


 恋愛の場数はともかくとして、果たして何を渡せばセロは一番喜んでくれるだろうか。まずはセロから情報を仕入れなくてはいけない。こうしてルーシーは初めて戦略を立てた。


「世話になったな」


 ルーシーは席を立とうとした。そのタイミングで、ヒトウスキーが話しかけてくる。


「麻呂からも一つだけアドバイスするでおじゃる」


 どうやらヒトウスキーも鯉の話ではなかったのだと、やっと気づいたらしい。空になった麦酒のグラスを手で弄びながら言葉を続けた。


「普段と違うことをするでおじゃるよ」

「ほう。違うこととは……?」

「何でもいいのでおじゃる。ルーシー殿がいつもはやらないことをすれば、セロ殿はなぜだろうと興味を持つはず――それを話の種にすればいいでおじゃる」

「うむ。参考にさせてもらおう」


 ルーシーは二人に頭を下げて、それから自室に帰っていった。


 人族とは短い生の間に様々なことを考えて、実践する種族なのだなと思い至った。何にしても、不死性(ゆえ)に何事にも淡泊になりがちだったルーシーの生活に、こうして転機が訪れようとしていたのだった。



飼育に掛けて、探索に「シーク」とルビを振っていますが、これはseekの意です。恋と鯉とか、もうちょっと掛詞で言葉遊びをしたかったです。

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