11 勘違い奇術師、それでもお前は
この話で第一章は完結です!
ここまでお読みいただきありがとうございます!
これからも、引き続きよろしくお願いします!
皆、攻撃体制をとる。やられる前にやらなければ……。
ぼく達を突き動かしたのは本能だった。
『ククク……我に刃を向けるとはな。その根性の深さ見定めてやろうぞ…ッ!』
そう言うと犬神はみるみるうちに人間の姿へと変わっていく。
「アンタの相手は私一人で十分よっ」
まず先陣をきったのはフブキだった。得意の体術を生かし、犬神と死闘を繰り広げる。
肉と肉が、骨と骨とがぶつかる音は響くが、その速さは目で追うのがやっとだった。
ぼくはフブキが一旦引いた隙を見て、手を組み叩いた。
土が隆起し砂埃が舞い、地面から大魚が口を開け、犬神を喰らった。
この3ヶ月で監督官から学んだ術の一つーー『土魚』だ。
しかし、土魚は犬神を口に含んだまま破裂し元の土に戻ってしまう。
当の犬神はというと涼しい顔でこちらを睨みつけていた。
初めての実戦なんだし、そのまま食われててほしかったな……
ってそんな上手い事行くはずないか……。
「え……」
そんな事を考えていると、フブキの腑抜けた声が耳に入った。
さっきまで目の前にいた犬神は、体制を整えているフブキの後ろに回り込んでいた。
『フブキリンゼ……。貴様は何に縛られている?
それほどの力を有しているのにも関わらず、半分も出せていないではないか』
そう言ってゆっくりとフブキの周りをグルグル歩く。
フブキが人質に取られている状況と言っても過言ではなく、ぼく達はその場に立ち尽くす事しか出来ない。
犬神は「のぉ? フブキ」と言って肩に手を置いた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
森全体に響くフブキの痛々しい叫び。
肩に手を置く。それ以外に犬神は何もしていない。
『力の枷を弾いただけなのだが、記憶をも縛っていたか……』
そう言って手刀をかますと、先までの叫びは嘘の様に静かになった。
恐らく眠らされただけだ。
しかし、隣にいるエルの堪忍袋の尾は音を立てて切れていた。
『もう我慢ならねぇ……。お前の森もろとも消し炭みにしてやるよ……』
冷静沈着な声色とは裏腹にエルの形相は怒り一色だった。
一歩、また一歩とゆっくり犬神に向かって直進する。
丸腰でただ歩いているだけなのに一切の隙がない。
防戦一方だった犬神すらも、身の危険を察知したのか、戦闘態勢に入る。
ここで負ける訳にはいかない……。
僕もラルクも同じ心情だった。
まずラルクが動いた。木を軸に四方八方を飛び回る姿はさながらモモンガだ。
『気でもとち狂ったか。それとも、我の目をエルベルトから逸らしているのか』
『後者か……。面白い! あえてその策に乗ってやろうぞ!』
動き回るラルクの衝撃で葉がヒラヒラと宙を舞う。
犬神はラルクへと一直線に向かっていた。
そうか……。
もし、ぼくの予想が正しいのであれば少し、ほんの5秒で良い。
時間を稼がなければ……。
『土魚』!!!
強さで無理ならば数で押せばいい。
学園長の言っていた事を思い出した。
「術をいくら使っても休息を必要としない」
なら、それを利用し何体もの土魚で視界を防ごう。
そして喰らってダメならリゼ・ロゼ先輩の鎖の様に、押し叩けばいいんだ……。
ぼくは術を使った。
犬神の周囲に何体もの土魚が現れ、一斉に犬神に襲いかかる。
森全体が嵐の中の海のようになり波が猛けったが、
『小ざかしい……ッ』
そう言い放った途端に森はいつもの静寂を取り戻してしまった。
破術ーー相手が使ってる術を壊す術。
そこら辺の術師に使えるような簡単な物ではない。
しかしその分、かなりの力を消費するためしばらくは使えない。
気づくと、西日に照らされたラルクは、耳当てを外し、ゆっくりと腕を前に突き出していた。
土魚は良い時間稼ぎになったようだ。
どこかでピチャリと水の滴る音がすると、宙を舞っていた葉は時を失くした様に止まり、犬神を中心に円形になる。
そして一枚一枚が強靭な刃となって襲いかかった。
風を切る音と共に、犬神の体にいくつもの傷を作る。
『やるなっ!それでこそ王家だっ!』
だが、犬神の方もそれを黙って防御に徹するほど優しくはない。
今にもラルクに届いてしまう!そう思った時だった。
『久しいな犬神〜! 元気してたか〜?』
エルの声がした。しかし、いつものエルとは声のトーンも表情もかけ離れている。
もう一つの人格。いや、狐神という方が正しいのかもしれない。
先の憤怒の表情は微塵も無く、狐神は親しげに犬神の方へと近づいた。
まさかエルの奴、強制的に解除したのか……。
『だけどな俺のお友達に手を出すのはダメだわっ』
そう言いながら、狐神は目にも止まらぬ速さで犬神の間合いに入り、一発お見舞いした。
犬神は殴られた事に驚きながら、いくつもの杉の木をその体で突き破った。
『久方ぶりに我と遊びたいのか? 仕方のない奴だな……』
そうつぶやきながら体を起こす犬神も、狐神に優れずとも劣らないスピードで間合いを詰める。
これがこいつらの遊びなのか……?
ぼく達と戦った時よりもはるかに強い。
俺が手を出したら間違いなく死ぬだろうな……。
ぼく達との死闘は犬神からすればただの戯れに過ぎなかったのだろう。
2人はしばらく死闘を繰り広げた後、お互いに間合いをとった。
『グリード。こいつの攻略必須アイテムはこれだ』
そういうと狐神はおもむろに骨を取り出し振った。
『こうすると犬神は自制が効かなくなる』
途端に犬神は尻尾を振り、骨を目で追う。
さっきまでの屈強さはどこに消えたのやら。
これだけ隙だらけなら、今のぼくでも倒せる……かも?
『貴様も昔からそのせこさは健在だなっ! 土龍!!!』
犬神は鋭い目付きに変わり叫んだ。
土龍ーー土魚のもう一段階上の術。
これはぼくへの皮肉なのか……
それに、しっかり骨耐性ついてるじゃん!
地が唸り砂埃がたつと、龍が出てきては潜ったりを繰り返した。
犬神が『喰らえ』というと土龍は狐神めがけて突っ込んでいった。
『土龍ってそこまで強くないんじゃねーか?』と言って狐神は笑う。
土魚より強いからといって犬神と同等の狐神に致命的な傷を負わせられるとは思えない。
なら何故、土龍を出したのか……。
待てよ……。犬神はどこに行ったんだ?
『抜かったな!狐神よっ』
犬神の声が聞こえてきたのは土龍の中からだった。
自ら土龍の中に隠れて移動することで狐神の不意をつこうという算段だったらしい。
そしてその作戦は見事に成功した。
狐神は殴られた衝撃でグハッと吐くように、杉の木に叩きつけられた。
勝負が着いたようだ。
『お前も俺に負けず劣らずでせこいじゃねーか……』
狐神はそう言いながら重苦しそうに体を起そうとする。
『フッ……戯けが』
犬神もそう言いながら手を差し伸べ、狐神はそれを掴みゆっくりと体を起こした。
そんな状況をはたから見ていて少し羨ましくなっているぼくがいる。
友とは時にぶつかり、時に支え合うものなんだろう。
2人が昔からの仲なんだという事がシミシミと伝わってくる。
『久しぶりだし、一杯やろーぜ』
『あぁ、そうだな』
そこからぼくらは話をして色々分かったことがあった。
まず、視覚共有でいつもぼく達を見ていたのは犬神だ。
そこに他の者が干渉して、クラウスさんがおかしくなったらしい……。
他にも、犬神も狐神も昔は神に使えた『眷属』だったということ。
さらに、犬神と狐神は神域生物の中でも一・二を争う強さだという。
犬神はさらに続けた。
『そして、貴様ら一同を嗅ぎ回っている者も沢山存在する。その者達とどの様な関係を築こうと貴様の勝手だが、恐らくその中にはエルベルトと狐神の関係を知っている者がいるであろう。
グリードよーー』
『ーー生半可な覚悟でいると、死ぬぞ』
犬神の目つきがその真剣さを物語っていた。
「生半可な覚悟ではありません。
仲間を守るためだったら、ぼく自身どうなってもいい……」
『なぁグリード。お前はそこから勘違いしてるんだよ。
エルやフブキやラルクがお前のために死んだら、お前はそれでもこんなくだらねぇ世界で生きたいと思えるのか?』
「それは……」
言い訳すらもできないほど正論だった。
『つまりそういう事だ。其方はまず仲間の前に自分を大切にしろ。
それが一番、仲間のためだ』
「は……い……」
返事をしようとするがうまく舌が回らない。
と、同時に気が遠くなる。
薬でも盛られたか……。
『先に帰って寝てろ。久々に二人だけでつのる話もあるからな』
気が遠くなる中でエル……いや狐神の声が聞こえた。