第一章 partー2
しばらく母娘の抱擁が続いて、やがて静かに母が弘美から離れた。
涙を拭いながら、
「もっと良く見せてごらん」
と、じっと見つめる母。
「いやだ。恥ずかしいよ」
「ふふ……恥ずかしいのは、女の子の証拠よ」
「あたりまえだよ。こんな裸見られたら、誰でも恥ずかしいよ」
「声もすっかり女の子ね。とっても可愛い声よ」
「え? 声?」
「気づいてなかったの?」
「だ、だって、驚いてばかりで言葉を失ってたという感じだったし……」
「いい声だわ。やっぱり女の子はいいわねえ」
もう……。
母さんは、女の子が欲しくてたまらかったから、嬉しくてしようがないだろうけどさあ……。こっちはそれどころじゃない気分。
「さあて、これから買い物に行かなくちゃ」
ふと弘美から離れて、独り言のように呟く母。
「買い物って?」
「決まっているじゃない。弘美が着る服よ。女の子になったんだから、女の子の服を買わなくちゃね。今ある服はもう着れないでしょ」
「い、いいよ。今あるやつを着るよ」
「気づいていないの?」
「気づくって?」
「あなたの身体よ。以前より身体が小さく細くなって華奢になってるのよ」
「え? そうなの……?」
「以前の服はだぶだぶでとても着れないわよ。その証拠じゃないけど、サイズを計らなきゃね。今メジャーを持ってくるわ」
と言って部屋の外に出ていった。
ドアの外から家族の会話が聞こえてくる。
「母さん。ずいぶん遅かったじゃないか」
「な、なあ。ほんとに女の子だっただろ?」
「ええ。正真正銘の女の子だったわ。間違いなく弘美は女の子。しかもとびきり可愛い女の子になっているわよ」
「だ、だろう。俺は嘘は言わないよ」
「で、どうするんだよ。これから」
「どうするもないよ。弘美はわたしの娘だし、あなた達の妹ということよ」
「妹か……そうだな。妹もいいかも知れないな」
「信一郎兄さんは、肯定するんだね」
「もちろんさ。母さんじゃないけど、俺も妹が欲しかったからな。正直言って、弟ばかりでうんざりしてたんだ」
「そりゃ、ひどい言い方だよ」
「まあ、そういうわけよ。弘美は年頃の女の子なんだから、これからは許可なく弘美の部屋に入っちゃだめよ」
「入っちゃだめって、弘美と一緒の部屋の俺はどうするんだよ」
「部屋替えするわ。弘美は女の子だからもちろん一人部屋、武司は信一郎と一緒にする。いいわね」
「俺は構わんよ。まだ見てないけど、とびきり可愛いというんだし、妹のためなら一歩でも二歩でも譲るよ」
「武司も構わないわね。いえ、これは母の命令です」
「ちぇっ、しようがないな……」
「じゃあ、みんなも納得したところで、これから弘美の着る服の買い物に付き合ってもらうわよ。女の子は衣装持ち、取り敢えずは一週間分だけど、かなりの量になるはずだから、荷物持ちお願いね」
「いいよ。みんなもいいな」
「とにかく弘美の事はしばらくそっとしておいてあげてね。いきなり女の子に生まれ変わって一番動揺しているんだから」
「わかった」
「さあ、みんなそういうわけだから、下へ降りた降りた」
やがて階段を降りていく家族達の足音。
どうやら家族は、弘美を女の子として肯定し、妹として位置付けしてくれたようだ。
が、その本人の弘美は、一人蚊帳の外。
一体なぜ女の子になってしまったのか、その理由も解き明かされないまま事が進んでいく。
やがて母がメジャーを持って戻ってきた。
そういえばまだ裸のままだった。すっかり動転していて、そこまで気が回らなかったのだ。もっとも身体測定だから、結局脱ぐことになったのだろうが……。
早速、身体測定がはじまる。
「アンダーバストは65、トップが74か……ウエストが55、ヒップが80。うん、中学生としては、なかなかいいプロポーションしてるじゃない。5号サイズってところかな。伸長はっと、計りになあ……。ちょっとそこの柱に背をつけるように立ってみて。そうそう、印をつけて……152ね。弘美ちゃんの年齢だと、もうしばらくは背が伸びるわね」
というように、ぶつぶつと独り言を口にしながら測定していく。
母が、以前の服を着れないという意味が今更に理解できた。
以前の弘美は、全国中学柔道大会柔道でも66kg以下級で戦う筋骨隆々の骨格をしていたのだ。それが……言わずもがなであろう。はっきりいって今の弘美の体重も40kgあるかないかだった。
「もうしばらくってどういうこと?」
「ああ、女の子はね。思春期に入るころから、縦方向の身長があまり伸びなくなるのよ。女性ホルモンのせいでね」
「じゃあ、一生このくらいの身長なの?」
「そうね。伸びても後10センチくらいかな。せいぜい160前後止まりね。その分横方向へ成長するわ。胸とか骨盤とかが発達するのよ。子供を産むための身体造りがはじまるの」
「子供を産む?」
「何を驚いてるのよ。女の子なんだから、当然でしょ。ああ、そうだ。生理の手当の仕方も教えなければいけないわ」
「せ、生理って、女の子が毎月なる、あれ?」
「そういうこと。年頃の女の子なんだから、あって当然でしょ。買い物リストに生理ショーツとナプキンも追加しなくちゃ」
測定が終わり、母はいそいそと買い物に出かけるべく、部屋を後にした。
やがて外から、信一郎兄の車のエンジンが聞こえてきて、それは遠ざかっていった。
いったいどうなってしまうのだろうか?
ひとり部屋に残り、将来に一抹の不安に脅える弘美だった。
それにしても……。
どうしてこうなってしまったのだろう?
と改めて考え直してみるが、突然女の子になってしまった原因が判らなかった。
ドアがノックされる。
「お母さんよ。入るわよ、弘美ちゃん」
母親と兄達が大きな紙袋、そして姿見の鏡を抱えて入ってきた。
「弘美ちゃん、あなたの服を買ってきてあげたわ」
母親は部屋の隅を指さして、
「その姿見は、そこに置いてちょうだい」
「あいよ」
「そしたら、あなたたちは出ていきなさい」
「え?」
「わかるでしょ」
「あ、ああ……そうだね」
「さあて……と、早速着替えをしましょうか、弘美ちゃん」
「着替えって?」
母親は紙袋の一つを開けて、テーブルの上にそれを広げた。
ブラジャー、ショーツ、スカート、ブラウスといった女物の衣類が並べられた。
「な、なんだよ。それ……」
「決まってるじゃない。あなたの着替えよ」
「じょ、じょうだんじゃないよ。全部女物じゃないか」
「当り前でしょ。あなたは女の子なんだから」
「それを着るのか?」
「さ、はじめましょう」
「い、いやだよ」
「強情を張らないの。どうしても着ないというのなら、武司達を呼んで強引にでも着せるわよ。見られたくないでしょ、自分の裸を」
「わ、わかったよ……着ればいいんだろ……」
「そうよ。何事もあきらめが肝心」
「…………」
「じゃあ、まずはブラジャーからね。ブラは正しく身につけないとバストがくずれちゃうから、しっかり覚えるのよ」
と梓を鏡の前に立たせ、その背後から手取り足取りで着付けを教える母。