第八話 レオミア
伝説に残る獣王の戦闘力は、想像を絶するモノだった。
その獣王がドラクルの眷属になる。
それは心強い味方が出来ると同時に、獣王の凄まじい戦闘力をドラクルが手に入れる、という事だ。
勿論その結果、キャスとミウも更なるパワーアップを果たすだろう。
「いいんですか、獣王?」
遠慮がちに尋ねるドラクルに獣王が豪快に笑う。
「ふはははははは! ドラクルよ、其方の力に儂も賭ける事にしたのだ。さあ、我が力、存分に役立てるが良い」
「わかりました、ありがとうございます」
ドラクルは、いわゆる『伏せ」の姿勢になる獣王の首筋に駆け寄ると。
「では……獣王よ、汝、我を…」
いつものように眷属にする儀式の言葉を口にした。
のだが。
「待つが良い」
獣王が途中でドラクルを止めた。
「獣王とは、他の者が勝手に名付けたモノだ。儂の事はレオミアと呼ぶが良い。いや、レオミアと呼んでくれ」
急に砕けた口調になった獣王に、ドラクルは戸惑った顔を向ける。
「え~~と、獣王?」
「だからレオミアだって。今までは威厳を保つ為に気取ってたケド、仲間になる以上、そんな堅苦しいコトやってられるか」
「は、はぁ。じゃ、じゃあレオミア。汝、我を受け入れ、我が眷属となれ」
ドラクルは再び儀式の言葉を再び口にしてから、レオミアの首すじに牙を突き立てた。
そして血を媒介としてレオミアの身体を支配し、眷属へと作り変える。
これでドラクルとレオミアはキャスやミウと同様、魂が繋がった。
と同時に。
「おおおおお!?」
キャスやミウの時とは比べ物にならないくらい巨大な力がドラクルの身体を駆け巡る。
まるで1000の稲妻が身体中で暴れているようで、身体が爆発しそうだ。
「凄い! これが獣王とまで呼ばれたレオミアの力か!」
「そんなに凄い力なの、マスター?」
興味津々で尋ねてくるキャスに、ドラクルはニヤリと笑う。
「すぐにキャスにも分かるさ」
ドラクルが言い終わる前に、キャスは叫んでいた。
「凄い! ワタシのアーマードタイガーの力とは桁違いの力だよ!」
キャスとドラクルは魂で繋がり、互いを高め合っている。
そこに、レオミアを眷属にしてケタ違いの力を得たドラクルの力も加わった。
結果、キャスもケタ違いの力を手に入れたらしい。
そしてそれはミウも同じだった。
「まるで体の奥底で火山が噴火しているみたいでござる!」
歓声を上げるミウ。
一方、レオミアも歓声を上げていた。
「これが高位ヴァンパイアの眷属となるコトによって手に入る力か! 極限まで強くなったと思ってたけど、今までの3倍は強くなったぞ!」
「今までの3倍!?」
神化兵を瞬殺したレオミアが、3倍も強くなったのか!?
と目を丸くしているキャスとミウに、レオミアが話しかける。
「アンタ等も、一部だけどアタシの力を得たってのに、ナニ驚いてんだ?」
その言葉にキャスがブン! と手足を振り回すと。
ドン!
音速を超えたときに発生する衝撃波が、近くの大木をなぎ倒した。
「うわぁ、ワタシ、アーマードタイガー一族の中で1番強くなったんだ……」
自分の手を見つめるキャスの隣では。
ピピュン!
キャスの衝撃波を斬り裂いたミウが、小さく呟く。
「拙者もウェポン族で最強でござろう」
「キャス、ミウ。ここまでパワーアップした以上、もう神化兵を恐れる必要はないと思う。だから、ミドラス軍の宿営地に戻ろうと思うんだけど、どうかな?」
ドラクルの言葉に、キャスとミウが自信に溢れた顔で答える。
「うん、そうだね。これなら神化兵が相手でも平気だもんね」
「そうでござるな。戦っても負ける事などないでござろう」
頼もしい笑顔を浮かべるキャスとミウに頷いてから。
「あ、そうだ」
ドラクルは、ふと思いついてレオミアを見上げる。
「レオミアも人間の姿になれるようになったのかな?」
「ん? いや、最初から変わるれるぞ」
ドラクルの問いにそう答えると、レオミアは一気に小さくなり、女性の姿へと変わった。
筋肉質だが身長が190センチもあるためだろうか。
スラリとして見える身体は逞しいというよりカッコイイ。
見た目の年齢は20歳くらいだろうか。
野生的な美しさに輝く顔。
キャスなど足元にも及ばないほど大きな、でも綺麗な形の胸。
腹筋で引き締まったウエスト。
芸術的なラインを描くお尻。
ものすごく長い脚。
タイプこそキャスやミウと異なるが、掛け値なしの超絶美女だった。
「レオミアって女だったのか!?」
思わず大声を上げたドラクルの横では。
「!!!!」
「………………!」
キャスとミウが驚きのあまり声を出す事もできずに口をパクパクさせていた。
「そうだ。今まで気が付かなかったのか?」
やれやれと溜め息をつくレオミアに、ドラクルは答えた。
「い、い、いやだって獣王の姿と声、迫力ありすぎ! 人間になったらこんな美人だなんて、想像できるワケないって!」
ドラクルが発した『美人』の一言に、レオミアが妖艶な笑みを浮かべる。
「へえ、アタシのコト、美人って言ってくれるんだ。良く見るとドラクル、アンタなかなかイイ男じゃん。アタシのモンにならないか?」
ユックリとドラクルの首に手を回すレオミア。
「レ、レ、レオミアさん?」
オタオタしているドラクルに、レオミアがソッと囁く。
「なに今更『さん』をつけてんだよ。まあイイか。ドラクル、覚悟はイイか?」
「か、覚悟って、な、何の?」
焦りまくっているドラクルに、レオミアが微笑む。
「今からアタシに押し倒される覚悟さ」
そう言うとレオミアはトン、とドラクルの胸を手で突いた。
それほどの力が込められていたとも思えないのに、それだけでドラクルは仰向けに倒れてしまう。
「さて、もう覚悟はできたよな」
妖しい微笑みを浮かべたレオミアがドラクルに馬乗りになる。
なぜか体に力が入らなくなり、ドラクルは身動きできない。
「今更だけど、これから宜しくな、ドラクル」
ドラクルの唇にレオミアが自分の唇を重ね……と思った次の瞬間。
「ダメ――――!」
「ダメでござる!」
キャスとミウが、レオミアを突き飛ばした。
「マ、マ、マ、マスターに何すんのよ!」
「そ、そ、そ、それは互いの合意の上で行うコトでござる!」
まくし立てるキャスとミウに、レオミアがフッ笑う。
「ふうん、アンタ等もドラクルのコト、好きなんだ」
「アンタじゃないわ、キャスよ!」
「そうでござる! 拙者にはミウという名があるでござる!」
「でも好きってトコは否定しないんだ」
ニタリと笑うレオミアに、真っ赤になって言葉を探すキャスとミウ。
が、すぐにキャスが開き直って大声を出す。
「そうよ、ワタシはマスターが好きよ! マスターのためなら、どんなコトだってするんだから!」
こうなったらミウも負けていない。
「拙者だってドラクル殿をお慕い申してござる! ドラクル殿が望むならば、この身を捧げる覚悟はとっくに出来ているでござる!」
両手を握って力説するキャスとミウに、レオミアが右手を差し出す。
「そうか。じゃあアタシ達は、ドラクルの心を射止めるライバルってワケだな。宜しくな、キャス、ミウ」
いきなりのレオミアの宣言に、キョトンとするキャスだったが。
「マスターと結婚するのはワタシだよ!」
堂々とそう言い返してレオミアの右手をガシっと握った。
「それは拙者も同じでござる。ドラクル殿の妻になってみせるでござる!」
ミウもハッキリと言い切ると、キャスと交代にレオミアの右手を握る。
「よし。じゃあドラクルに良いトコ見せて、惚れさせようぜ」
『おう!』
いつの間にかレオミアの仕切りで声を揃えるキャスとミウ。
よく分からんが、仲良くやってくれるのなら、それでイイや。
と胸をなで下ろすドラクルだったが、これだけは言っておかねばならない。
「レオミア、とにかく服を着てよ」
ドラクルは顔を赤くしながら、そうレオミアに頼んだ。
キャスの時と同様レオミアは、その戦いの女神のように美しい体を惜しげもなく晒していた。
素晴らしい眺めだが、目のやり場に困る。
しかしレオミアからは、キャスの時と同じ答えが。
「ん? アタシは生まれた時から裸だぞ。服なんて持ってるワケないだろ」
「そ、そう言えばそうだった……」
ドラクルは一瞬、キャスの予備の服を着せようと思ったが。
「サイズがキャスと違い過ぎるか……」
仕方なくドラクルは、キャスにしたのと同じ事をする。
「取り敢えずコレを着てよ」
馬車から自分のシャツを持ってくるとレオミアに着せて、その引き締まったウエストにベルトを巻き付けた。
「ふむ。ドラクルからのプレゼントか。どうだ、似合うか?」
上機嫌のレオミアがドラクルの前でクルリと回って見せる。
キャスと違ってシャツがピッタリと身体に張り付いている為、身体の微妙なラインまでがハッキリと浮き出してしまい、裸の時よりもエロい。
「に、似合うけど、出来るだけ早く、ちゃんとした服を買うよ」
ドキドキしながらドラクルがそう答えた時。
「ミウ! ミウ! 聞こえるでござるか!?」
ドラクルがポケットに仕舞い込んでいた、ミウから貰った魔法の呪符から声が流れ出した。
「ミウ、コレ、どうしたらイイんだ!?」
ドラクルが慌てて呪符を渡すと、ミウは符に向かって問いかける。
「その声は父上でござるか。どうしたでござる」
「おお、ミウか。戦士達は見つかったでござるか?」
「それが……父上、心して聞いてほしいでござる。ミドラス帝国軍のヤツ等は、魔族の生き血を飲んだり心臓を食らうとステータスが大幅に上がるコトを発見したのでござる。21名の戦士達はその犠牲となって果て申した」
「そうか、戦士達はもう……しかし、それで合点がいったでござる。今ミドラスの大軍がウェポン族の村へと向かって来ているのでござる」
「ええ! ミドラス軍が!?」
驚くミウとドラクルは視線を交わす。
「積極的に魔族狩りを始めたってコトかな? ミウ、状況を聞いてくれないか」
ドラクルにそう言われ、ミウはさっそく呪符に問いかける。
「父上、村は今、どんな状況なのでござる?」
「あと2日ほどでミドラス軍は村に進攻してくるでござろう。このままでは勝ち目はないので村を捨てざるを得ない状況でござってな、それでミウに連絡したのでござる。危険ゆえ当分の間、村に帰って来てはならぬぞ」
父親の連絡にミウは厳しい顔で頷いた。
「了解したでござる。父上には報告せねばならぬ事が一杯あるのでござるが、それは再会したおりに。どうかご無事で」
「うむ、ミウも達者でな」
通信が切れた呪符を握り締めて黙り込むミウだったが。
「ああ! アーマードタイガーの里も危ない!」
キャスが上げた大声に、ミウが更に顔を曇らせる。
ミドラス帝国が大軍を派遣してきた。
という事は、その目的がウェポン族の村一つという事はないだろう。
おそらく魔界中の魔族の生き血と心臓を狙っているに違いない。
それにより神化兵をより強力に進化させて、最終的には魔界全土を支配する計画なのだろう。
「そ、そう言えばアーマードタイガーの里は、ウェポン族の村から旅して7日ほどの距離でござるな」
もしミドラス帝国の目的が魔界進攻なら。
その進路上にあるアーマードタイガー族の里も襲われるに違いない。
「ううう……」
唇を噛むキャス。
本当は一刻も早くアーマードタイガーの里に向かいたい。
しかしドラクルは、ミドラスに捕らえられたモーリアンを救出する為に必死だ。
そんな状況で、眷属である自分が勝手な事を言えるワケない。
と、キャスは自分を押し殺す。
それはミウも一緒だった。
神化兵の強さは身に染みて分かっている。
父親は避難すると言っていたが、神化兵の手強さをウェポン族は知らない。
このままではウェポン族は生き血を搾り取られた挙げ句、心臓を抉り取られる事になるだろう。
そんなキャスとミウを見つめながらドラクルは、頭をフル回転させて考え込んだ後、結論を下した。
「キャス、ミウ。ウェポン族の村を経由してアーマードタイガーの里に向おう」
『ええ!?』
驚くキャスとミウにドラクルは説明する。
「今、モーリアンを取り戻そうにも、2000万ものミドラス軍が相手じゃ奪還するのは至難の技だ。そして生き血を必要としているのは、ミドラス本国に住んでる皇帝や貴族。という事はミドラス帝国に到着するまでは、命に危険はないハズ」
「そ、それはそうかもしれないケド……」
言いかけるキャスの唇に、ドラクルはそっと人差し指を当てる。
「モーリアンを奪還するのはミドラス本国に到着して、どこかに収監されてからでも遅くない。その方が2000万の軍隊によって護られている今よりも、確実に奪い返せるから。でもその為にはもっと多くの味方が必要だ。だから俺はキャスとミウの仲間に、モーリアン奪還の手助けを頼みに行くんだよ」
ウインクするドラクルにキャスがキュッと抱き付く。
「うん、ありがとうマスター。絶対ミンナを説得して、マスターに協力させてみせるね」
そんなキャスを押しのけてミウも抱き付いてきた。
「ドラクル殿、かたじけない。拙者もウェポン族全員を説得してみせるでござる」
「ミウもやるようになったわね」
キャスがミウを押しのけようとするが、ミウも譲らない。
「拙者も己の心に正直に生きる事にしたでござる」
ドラクルに抱き付いたまま言い返すミウを、キャスが今度こそ押し退けた。
「ふっふ~~ん、力じゃ、まだワタシの方が上だも~~ん」
「じゃあアタシも力ずくで……」
レオミアが参加しようとするトコをキャスが押し止める。
「レオミアは力ずく禁止よ! パワーが違い過ぎるモン」
「それはズルいだろ」
「それはキャス殿もでござる」
キャイキャイと騒ぎ始めるキャスとミウとレオミアだったが、そこにドラクルが割って入った。
「待った! 今は急いでミウの村に向かわなきゃ。そうだろ?」
ドラクルの一言で騒ぎがピタリと治まる。
「よし。じゃあミウ、村まで案内を頼むよ」
ホッとしながら頼むドラクルに、ミウが真剣な顔で答える。
「承知でござる。スチールホースの脚なら10日ほどで到着するハズでござる」
「10日もかかるのか」
ミウの返事にドラクルは考え込む。
ミドラス軍がウェポン族の村を襲っていたら、撃退しなければならない。
そして更にアーマードタイガーの里まで旅する事になる。
最悪の場合、そこでもミドラス軍と戦わなければならない。
一方。
モーリアンを運んでいるミドラス軍が本国に到着するまで、1か月といったトコだろう。
ミドラス到着と同時に行動を起こさないと、モーリアンが危険だ。
ウェポン族の村まで片道10日。
そこからアーマードタイガーの里まで七日程と言っていた。
スチールホースの脚なら、もっと早く到着するだろう。
しかし、かなり厳しい日程になる。
でもウェポン族の村もアーマードタイガーの里も見捨てる事などできない。
ドラクルが悩んでいると。
「アタシに乗んな。ウェポン族の村までなんか、あっという間だぞ」
レオミアはそう口にすると、獣王の姿に戻り。
ばさり!
背中から羽を生やしたのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ