表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/22

 第七話  獣王




「追いかけて来たよ!」


 キャスの声に、ドラクルが振り向いてみると。


「マジかよ!」


 走って追いかけて来る神化兵の姿が目に飛び込んできた。


「馬車を引いているとはいえ、スチールホースに追いつくなんて! 本当に凄まじくステータスアップしてる!」


 ドラクルはクソっと一声叫ぶと、手綱を操り街道を外れる。

 少しでも日光が当たらない場所を探すためだ。

『森』みたいに高い木が密集している場所があったら最高なのだが、そんな都合の良い場所は見当たらない。

 ドラクルの眷属になったミウは、日光を浴びたら灰になる。

 もしかしたらキャスみたいに平気かもしれないが、実験する余裕がない。

 ドラクルとミウは、日光を避ける為に馬車に隠れざるを得ないだろう。

 そうなると戦えるのはキャスだけになってしまう。

 1対1ならともかく、20人の神化兵を相手に勝てるワケがない。

 

 もうすぐ夜明けだ。

 日が昇る前に戦闘可能、かつ日陰の場所を見つける必要がある。

 が、そんな都合の良い場所など、そう簡単に見つかる筈もない。


「くそ、どうすりゃイイんだよ」


 ドラクルが必死にスチールホースを操っていると。


「追いつかれるでござる!」


 ミウの叫び声が聞こえてきた。


「くそ。こうなったら戦うしかない……問題は日の出までの僅かな時間で神化兵を倒し切る事が出来るかだな」


 絶体絶命。

 この言葉が頭を過るドラクルに、いつの間にか御者台にやってきたキャスが大声で叫ぶ。


「マスター、あそこ!」


 キャスが指差したのは断崖絶壁に挟まれた細い道だった。

 さすがアーマードタイガーの動体視力。

 ドラクル1人だったなら見落としているところだ。

 一方ミウはというと、馬車の天井で仁王立ちになり。


「やぁあああああ!」


 左手から伸ばした槍で、神化兵を片っ端から叩き落としている。


「よし!」


 ドラクルは断崖の隙間を目指す事に決め、馬車の進行方向を変えた。


「じゃあワタシ、ミウを手伝って来る!」


 キャスはドラクルにそう叫ぶと、ミウの援護に駆け付ける。


「キャス、ミウ、大丈夫かい!?」


 大声でそう尋ねるドラクルに。


「余裕だよ!」

「追い払うダケなら、まだまだいけるでござる!」


 キャスとミウが馬車に飛び移ろうとする神化兵を叩き落としながら答えた。

 もう暫くはもちそうだ。

 しかしこのままではマズイ。

 防御しているだけでは、いつかやられてしまう。


 キャスもミウも、ヴァンパイアの力によって受けた傷はすぐに治る。

 だが無限に回復するワケではない。

 何回も神化兵の攻撃を浴びてしまう現状では、いつか限界を迎えてしまう。

 何とか上手く逃げ切る方法を考えなくてはならない。


 幸いな事に、断崖の隙間はドンドン広く、そして深くなっていき、最後には渓谷へと変化していった。

 これほど深い渓谷なら、日光が差し込む事もない。

 最悪の場合、3人で戦う事も可能だ。

 ドラクルが、そう考えた時。


「あう!」


 神化兵が投げた槍を脇腹に食らって、ミウが膝を突く。


「なんの!」


 ミウが槍をへし折って引き抜く。

 傷は直ぐに塞がっていくが、体力をゴッソリと持っていかれたらしい。

 ミウの動きが、目に見えて悪くなった。

 キャスも動きにキレがなくなってきている。

 もう限界だ。

 ここは腹を括るしかない。


「キャス、ミウ! 戦いに有利な場所を見つけて戦うよ!」


 覚悟を決めてドラクルがそう怒鳴った、次の瞬間。


 いきなり何かが馬車の進行方向を塞いだ。

 とんでもなく大きい。

 慌てて見上げてみると、それは山と見間違えるほど巨大なライオンだった。

 いや、ライオンに似ているが、もっと危険なナニかだ。

 鋭い爪が生えた前脚は6本もある。

 頭からはクワガタムシの大アゴのような角が3対も生えている。

 ユラユラと揺れる5本ある長い尻尾の先は槍の穂先のように尖っていて、まるで敵の急所を狙っているようだ。

 この体長100メートルを超える巨獣が吼えた。


「貴様等、我が住処を荒らした罪、万死に値するぞ!」


 怒りの声を上げる巨獣を目の当たりにしたキャスが呆然と声を上げる。


「まさか、獣主……?」


 獣王。

 ドラクルもお伽話でしか聞いた事がない。

 しかし目の前に出現した巨獣の姿は、伝説で語られている獣王そのものだった。

 そんな獣王を見上げながら、ミウも震える声で呟く。


「こんな渓谷が獣王の住処だったとは、驚きでござる」


 ドラクルも驚きを隠せない。


「これが獣主……ただの伝説だと思ってた」


 4000年前。

 獣王はヴァンパイアの真祖と共に人間の国を幾つも滅ぼしたという。

 しかしその後、ヴァンパイアの真祖は歴史から姿を消した。

 同時に獣王も、何処へともなく立ち去って行ったと伝説に残る。

 その獣主が、まさかこんなに人間の街に近い所にいたとは。


 しかし、かつて真祖と共に人間と戦ったのなら、話が通じるかもしれない。


 そう判断したドラクルは、馬車を止めて獣王の前に走り出る。


「俺は高位ヴァンパイア族のドラクル! 非礼はお詫びします! どうか話を聞いてもらえませんか?」

「お願いします!」

「お願い申す!」


 ドラクルと一緒に馬車から飛び降りたキャスとミウも声を揃えた。

 が、そこに神化兵が襲いかかって来る。


(今、大変なとこなんだから空気を読めよ!) 


 ドラクルは心の中で罵りながらも覚悟を決めて戦闘態勢をとった。

 キャスもミウも素早く身構える。

 3対21という圧倒的に不利な戦いだが、生き抜く為には勝利するしかない。

 人生で初めての殺し合いに、身を震わせるドラクルだったが……。

 神化兵達はドラクル達を素通りしていった。


「あ、あれ?」


 拍子抜けして思わず声を上げるドラクル達を無視して、神化兵の隊長が大声で部下に命令を下す。


「伝説の化け物と遭遇するとは、我らも運が良い。コイツの血なら、数万人が神化兵になれるだろう。ウェポン族など後回しだ、そいつを生け捕りにせよ!」


 同時に神化兵が獣王を取り囲んだ。

 

 こうして改めて見てみると。

 神化兵達は個人で戦っても強い事は強かった。

 が、集団戦でこそ彼らの本来の強さが発揮される事が良く分かる。

 それを1番理解しているのは当然ながら彼らの隊長だ。

 だからだろう。

 隊長は伝説の巨獣を前にしているというのに、自信満々で声を張り上げた。


「おい、化け物。我らはウェポン族の心臓を食って、魔族など足元にも及ばない力を手に入れた。痛い目に遭う前に降参した方が身の為だぞ!」


 そんな神化兵の隊長を、獣王が嘲笑う。


「人間ごときが儂に何が出来ると言うのだ。やれるものならやってみろ」

「やれ」


 バヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!


 隊長の言葉と同時に神化兵が一斉に槍を投げつけた。

 放たれた槍の速度は『森』の大木ですら貫通するほどのスピードだったが。


「ふん、何かしたか?」


 獣王に突き刺さる事もなくパラパラと地面に落ちてしまった。


「なに!?」


 隊長が目を見開いた瞬間。


 ドン!


 凄まじい衝撃音と共に20のクレーターが出現した。

 それはさっきまで、神化兵が立っていた場所だ。

 つまり20人の神化兵は一瞬で叩き潰されてしまったのだろう。


 クレーターの中心には、獣王の前足の形がクッキリと見て取れた。

 それは20回も前足を叩き付けた事を意味する。

 しかし地面を撃つ音が1回しかしなかった。

 想像を絶するスピードだ。


「こ、こんな馬鹿な……」


 20個のクレーターを唖然と眺める隊長に、獣王が最後の言葉をかける。


「ヴァンパイアの真祖と共に人間を蹂躙した儂が、こんなチンケな力でどうにか出来るとでも思ったか」


 獣王は言い終わると。


「避けるなり、逃げるなり、好きにするがいい」


 青い顔をして震えている隊長の頭上に、ユックリと前足を振り上げた。


「ひ!」


 獣王の言葉に弾けるように逃げ出す隊長だったが。


 バヒュン!


 ほんの3センチ動いたところで獣王の一撃が炸裂し。


 ビチャ!


 神化兵の隊長はミンチと化したのだった。

 余りにも凄まじい獣王の戦闘力に、ドラクルがゴクリとノドを鳴らすと。


「さて、次はキサマ等だ」


 その音が聞こえたように、獣王がドラクル達へと向き直った。

 隣でキャスとミウがゴクリとノドを鳴らす音がドラクルにも聞こえる。

 

「覚悟するがよい」


 前足を振り上げる獣王。

 神化兵を葬ったのと同じ一撃を繰り出されたとしたら、絶対に助からない。

 だからドラクルは必至に獣王に向かって叫んだ。


「俺は高位ヴァンパイアの一族です! 勝手に侵入した事は謝ります。どうか話を聞いてください!」


 しかしドラクルの言葉を耳にした獣王の目が、今まで以上に鋭くなる。


「高位ヴァンパイアの一族ならば、余計に生かして返すワケにはいかん。……もう日が昇っておるな。灰と化すがよい」


 獣王の言葉に、ドラクル達は思わず身を寄せ合う。

 が、獣王の前足は振り下ろされなかった。


『?』


 そっと見上げると、獣王は渓谷の上で前足を振り上げていた。


「ナニしてるんだろ?」


 キャスがボソリと呟くと同時に、獣王は前足を振り下ろし。


 ドッカァン!


 渓谷の上部が崩れ落ちた。

 そして。


『え?』


 何が起きたのか理解する前に、ドラクル達の頭上に朝日が降り注いだ。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴を上げるドラクルにキャスが覆いかぶさる。


「マスター、ワタシが護るからね!」


 そんなドラクルとキャスを獣王が嘲笑う。


「無駄だ。さっさと灰になるが良い……ん?」


 

 キャスの下で、ドラクルはミウをかばうように抱きしめる。

 だが、それくらいで日光から逃れられるわけがない。 

 なのにドラクルもミウも、灰になっていなかった。


 そんなドラクル達の姿に、獣王は目を見開く。


「ば、馬鹿な! 日光を浴びて灰にならぬ訳が……」


 そこで獣王は口を閉ざした。


「何で俺、灰になってないんだ?」


 信じられない、といった表情でそう呟くドラクル。

 ミウも固く閉じていた目をオズオズと開くと。


「ヴァンパイアの眷属になったのに、灰になっていないでござる」


 不思議そうに太陽に照らされた自分の体を眺めた。

 そんなドラクル達を、獣王は暫くの間見つめていたが。


「ふはははは! そうか、そういうコトか!」


 突然、笑い出したのだった。


「じゅ、獣王?」


 戸惑うドラクルに、獣王は別人のように穏やかに話を始める。


「日光を浴びても灰にならない、という事は貴様、デイウォカーか。ドラクルと申したな、其方の力は真祖と同じ種類のものだ。いや、アーマードタイガーとウェポン族を眷属にしているところを見るに、真祖の力を超えておる」

「ええ!? 俺が……?」


 目を見開くドラクルに、キャスとミウが寄り添って獣王を見上げた。


「じゃあワタシが日光を浴びても平気なのは……」

「拙者が日の光に灰となっていないのは……」

「その通り。ドラクルの力によるモノだ」


 キャスとミウの問いに、獣王は意外なことを申し出る。


「しかし驚いたぞ。真祖の力を超える者が出現するとはな。そうか、アイツ等あの時の約束を守ったのか……ふははは、面白い! よし、覚悟を決める時が来たようだ。ドラクルといったな、儂も其方の眷属になってやろう」

『ええ!?』


 これには、ドラクルもキャスもミウも大声を上げたのだった。







2020 オオネ サクヤⒸ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ