第六話 神化兵
眷属になる事により全回復したミウに、ドラクルはさっそく聞いてみる。
「ところでミウ、ここに高位ヴァンパイアは捕まってないかな?」
ドラクルの質問にミウは首を傾げた。
「高位ヴァンパイア? とんと見た覚えはござらんが」
「そうか、ガセネタかぁ。という事はミドラス軍の方か」
マズイ事になった。
おそらくミドラス軍が宿営している場所のどこかに捕まっているのだろう。
確かにドラクルは、闇に紛れて活動する高位ヴァンパイア。
それでも2000万人の軍隊の中に忍び込んでモーリアンを探すのは不可能だ。
「作戦を練り直さないとダメだね」
キャスの呟きに頷いてから、ドラクルは気になっていた事をミウに聞く。
「でも何でミウは捕まって拷問されてたの?」
「拷問ではござらん。生き血を抜かれていたのでござる」
ミウは顔を歪めながら話し出す。
「100年前に魔族との戦いに敗れたミドラス帝国が、魔族に勝つために常軌を逸した研究を重ねているのは知ってござろう? そして発見したのでござる。魔族や魔獣の生き血にステータスアップの効果がある事を」
その言葉にドラクルは、ミウが投げ捨てた釘を拾い上げる。
「これは……釘じゃなくて、鋭く尖ったパイプだ。そうか、これでミウの血を抜いていたのか」
怒りにまかせてパイプを握り潰したところで。
ドラクルは、ミウが吊り下げられていた場所に置かれたタライに気付く。
「なるほど。パイプを体に突き刺して、パイプから流れ出る血をタライに貯めるのか。酷い事しやがる」
ギリッと歯を食いしばるドラクルにミウが話を続ける。
「で、どうやらウェポン族の生き血を飲んだ場合、力、防御力、魔力、回復力などがアップするらしいのでござるが、特にスピードとスタミナがアップし、更に剣の腕前も上がるらしいのでござる」
「ウェポン族の生き血を飲んだ場合? 他の魔族の生き血だと別の効果ってコト?」
目を丸くするキャスに、ミウが頷く。
「左様でござる。人間が話しているのを少し聞いただけでござるが、ケルベロスなら特に力がアップし、ユニコーンなら特に生命力がアップするらしいでござる。そしてヴァンパイアの生き血を飲むと若返ると人間が話していたでござる」
ヴァンパイアの生き血、と聞いてドラクルが怒りに顔を染めた。
と、その時。
カツンカツンと階段を降りてくる足音と共に、話し声が聞こえてくる。
「ウェポン族の生き血を飲むってのは気持ち悪いが、何の努力もなしに一気に強くなれるんだから仕方ないか」
「おう。生き血じゃないと効果がないから、生きている間に出来るだけ多くの兵士に飲ませないとな」
どうやらミウの生き血を回収に来たらしい。
「外道め!」
ドラクルがメキッと拳を握り締める。
が、殺気を放つドラクルの前にミウが立つ。
「ここは拙者に任せてほしいでござる。全身から生き血を抜かれて、苦しみながら死んでいった仲間達の仇を、ぜひこの手で……」
目に涙を浮かべるミウに、ドラクルは静かに頷く。
「そうか、ミウが探していた仲間は人間の餌食に……うんミウ、思いっ切りやったらいい!」
「感謝いたす!」
ミウはドラクルに頭を下げると。
シャキン!
右手の甲から刀を伸ばして階段を降りてきた2人の兵士に襲いかかった。
元々ウェポン族は、力、防御力、スピード、スタミナ、生命力、回復力など全てにおいて人間を遥かに超えている。
その上、武器の腕は達人クラスで、その体からは鎧すら切り裂く武器を生やす事ができる。
人間など瞬殺だ。
……瞬殺のハズだったのだが。
キィン!
ミウの斬撃は、兵士が引き抜いた剣によって防がれてしまった。
「な!」
目を見開くミウを、兵士が嘲笑う。
「くくくく、この前捕まえたウェポン族か。知ってるか? ウェポン族10人分の血を飲むとお前等2人分に相当する力が得られるって事をよぉ。オレはウェポン族20人の生き血を飲んだから、オマエより4倍も強いんだよ!」
「キャス! ミウの援護だ!」
「うん!」
ドラクルは自分がもう1人の兵士を引きつけている間に、キャスをミウの援護に向かわせようとするが。
「ふむ。確かに捕まった時の拙者ならとても勝てなかったでござろうが、ドラクル殿の眷属となった今の拙者にとって、ウェポン族4人程度の強さなどネズミ以下でござる」
静かにそう言うと。
シャオン!
ミウは再び刀を振り抜いた。
今度の斬撃は先ほどとは比べ物にならないほど鋭い。
2人の兵士は反射的に剣を構えたが、ミウの斬撃は2人の兵士を剣ごと真っ二つに斬り裂いた。
圧倒的な強さだ。
「ふん」
鼻を鳴らしながらピウッ! と刀を一振りして血を振り払うと。
シャコン!
ミウは右手に刀を収めた。
「凄いな……」
「強いね……」
呆気にとられているドラクルとキャスに、ミウが微笑む。
「さすが高位ヴァンパイアの眷属として生まれ変わっただけあって、凄まじい力でござる。ドラクル殿、感謝いたす」
「なるほど、俺はキャスのアーマードタイガーの力を得て大幅にパワーアップしてる。その俺の影響でミウも大幅にパワーアップしたんだな」
感心するドラクルにミウが申し訳なさそうに口を開く。
「しかし、兵士が戻らぬ事に、すぐ気付かれてしまうでござる。ドラクル殿、これからどうするでござるか」
確かに敵に気付かれるのは時間の問題だ。
ここにモーリアンが捕まっていない事が判明した以上、サッサと脱出した方がイイだろう。
「キャス、ミウ、屋上から脱出するよ。行こう!」
「はい!」
「承知!」
ヴァンパイアの眷属となったミウは、ドラクルやキャスと同じレベルで闇を移動できるようになっている。
だからドラクル達は忍び込んだ時と同様、ザンパ領主城を楽々と脱出したのだった。
先ほどとは別の酒場へと飛び込み、席に座ると同時にキャスが聞いて来た。
「で、これからどうするの、マスター?」
「う~~ん、ミドラス軍の兵士を捕まえて、高位ヴァンパイアが捕まっている場所を喋らせるのも一つの手なんだけど……」
その方法をヴァンプ・スレイブという。
スレイブ、すなわち奴隷。
相手の同意を得た上で生き血を吸って眷属に変えるのと違って、吸った血を媒介として使い捨ての道具へと人間を変える方法だ。
ヴァンプ・スレイブは強制奴隷だから、弱点も多く設定されている。
戦闘力は人間10人分ほどしかない。
十字架に触れると火傷する。
ニンニクを匂いで体な麻痺する。
鏡に映らない。
聖水を浴びたら致命傷を負う。
そして凶暴性も増すため、放置すると人間を襲って血をむさぼり、結果的に人間に反撃されて殺される。
奴隷というより見せしめみたいなものだ。
「成る程、ヴァンプ・スレイブでござるか。良い手でござるな」
眷属になると同時に高位ヴァンパイアとしての知識を得たミウが頷く。
「そうだね、できるだけ階級の高いミドラス軍の兵士を捕まえて、ヴァンプ・スレイブにするのが楽だよね」
キャスも乗り気らしいが、ドラクルは首を横に振った。
「でも出来れば別の手を考えたいんだ」
ドラクルの答えが意外だったらしく、キャスが不思議そうな顔になる。
「どうしてなの、マスター?」
「例え相手がミドラスでも、人格を踏みにじるような真似はしたくないんだ。敵が汚い手を使うからといってコッチも汚い手を使ったら、ミドラスと同じクズになっちゃうだろ? それはイヤなんだ」
そんなドラクルにミウがうんうんと頷く。
「それがサムライというものでござる。さすが我が主でござるよ」
「ふうん、そんなモンかなぁ。ワタシには分からないなぁ」
キャスは不満そうだ。
「どうしようもなくなったら、そんなコト言ってられないと思う。けど、ミドラスの目的は高位ヴァンパイアの生き血を飲んで不老不死になるコトだから、モーリアンが今直ぐ殺されるコトはないと思う。だからチャンスを待つ。まず必要なのは情報だ。モーリアンが捕まっている場所や、警備状況などのね」
「でも、ミドラス軍の兵士に気付かれずに宿営地を探るのは不可能だよ」
キャスの言う通りだ。
今のミドラス軍は完全な戦闘態勢の陣を展開して宿営地としている。
ザンパ領主城と違って身を隠す影も少ないし、身を潜める天井もない。
「どうしたモンかなぁ。はぁぁ、俺に魔法が使えたらなぁ。そしたら飛行魔法で空から探せるのに……あ!」
いきなり大声を上げて立ち上がったドラクルに、キャスもミウも飛び上がる。
「ナ、ナニ!?」
「ど、どうしたでござる!?」
そんな二人に、ドラクルはニヤリと笑った。
「そうだよ、飛んで探せばイイんだ」
何を言っているのか分からず不思議そうな顔をするキャスとミウに、ドラクルは右手を見せる。
「こうするんだ」
ドラクルの右手の小指が、蚊の一群に姿を変える。
「この1匹1匹に俺の意識がある。コイツ等を放って様子を探ればイイんだ」
「凄い! マスター、こんなコトもできたんだ!」
「高位ヴァンパイアとは、これほどのモノでござるか」
目を丸くするキャスとミウに、ドラクルは得意そうに言う。
「さっそく……」
しかしドラクルは最後まで言葉を口にできなかった
ガッシャーン!
突然砕けた窓から、完全武装の兵士が飛び込んできたからだ。
「生け捕りにしろ!」
隊長らしき兵士が叫ぶと同時に20人ほどの兵士が襲いかかってくる。
「ち、後を付けられたか!」
ドラクルは悔しさを滲ませた声を上げた。
何しろ闇に紛れて誰にも気づかれる事なく行動する高位ヴァンパイアが、たかが人間に後を付けられて、不意打ちまでされたのだから。
しかし人間ごときに生け捕りにされる高位ヴァンパイアではない。
それはドラクルの眷属になって遥かにパワーアップしたキャスとミウも同じだ。
「えい!」
キャスの一撃で兵士が吹っ飛んで、店の壁にめり込む。
「せい!」
ミウも一撃で兵士を切り捨てた。
と思ったら。
ギャリン!
兵士は構えた剣でミウの斬撃を防いでいた。
「ミウ、敵を舐めてないで本気だして!」
ザンパ領主城の時と同じ展開に、ドラクルはミウに声をかけるが。
「今の一撃、完全に本気でござる。コヤツ、ザンパ領主城で戦った兵士とは桁違いに強いでござるぞ!」
ミウの緊張した声が返って来た。
「なんだって!」
驚くドラクルの目の前で、キャスがブッ飛ばした兵士が平気な顔で立ち上がる。
「ワタシの一撃を浴びたのに何で!?」
叫ぶキャスに、指揮官が自慢げに話す。
「魔族の生き血を飲むと、ステータスがアップするのは知っているな。しかし心臓を食った場合、生き血とは比べ物にならない程アップするのだ。いや強力な生き物に進化すると言って良いだろう。我々は神化と呼んでいるがな。残念ながら21匹しかウェポン族を捕らえる事が出来なかったから、神化を果たした者は、俺とここにいる20人だけだがな」
隊長の話にミウが絶叫する。
「我が同胞の生き血を搾り取っただけでなく、心臓まで食らったと申すか!」
そんなミウを平然と見つめて、隊長が静かに口を開く。
「見たら分かるだろう。これから我々の時代が始まる。魔族の血を飲み、心臓を食らって魔族を遥かに凌駕する力を得た、我々神化兵の時代がな」
その言葉と共に神化兵士達が一斉に襲ってきた。
「くっそぉ!」
キャスが神化兵士を片っ端から殴り倒している。
スピードもパワーもキャスの方が少し上のようだ。
残念ながら敵は直ぐに起き上がってくるが。
「とりゃぁぁぁ!」
ミウの戦闘力もキャスと同じく、神化兵士より少し上のようだ。
残念ながら致命傷を上手く躱されているが。
「これは驚いた。ウェポン族の心臓を食った、我々神化兵よりも強いとはな。しかしそれは1対1の話だ!」
隊長が叫ぶと同時に神化兵士達はドラクル達を取り囲む。
今度は隙がない。
これでは1人の神化兵を攻撃している間に3人から攻撃されてしまう。
「出来るだけ血を無駄にしたくない。大人しく捕まるが良い」
最終通告を口にする隊長にドラクルは怒鳴った。
「生き血を搾り取られた挙げ句、心臓を抉り出されると分かってて降参する筈ないだろ!」
「だろうな。では、かかれ」
隊長が命令を下し、神化兵士達が動き出す。
先ほどの攻撃と違い、ドラクル達を絡め取る為の連携した動きだ。
「ふ」
勝利を確信した笑みを浮かべる隊長にドラクルが怒鳴る。
「そうはいくか!」
最強の魔獣であるアーマードタイガーのキャスと、ウェポン族有数の戦士であるミウの力を得たドラクルは、ここで驚くべきパワーを発揮した。
バキバキバキ!
ドラクルは店の柱をへし折ると。
「やあ!」
気合いと共に、周りを取り囲んでいる神化兵士達を一気に薙ぎ倒した。
柱を失って崩れ落ちて来る天井の破片を躱しながら、ドラクルが怒鳴る。
「今だ、走れ!」
ドラクルはキャスとミウと共に、悲鳴を上げる事すらできずに打ち倒された神化兵士を踏ん付けて店の外へと逃げ出した。
「ええい、何をやっとるか! さっさとヤツ等を捕まえろ!」
隊長の怒鳴り声を背中で聞きながら、ドラクルは馬車を目指す。
「戦略的撤退だ。今は街の外に逃げる!」
「うん」
「無念でござる」
沈んだ顔のキャスとミウを馬車に押し込むと、ドラクルは大急ぎで発車させた。
「この身を蚊に変えればノーリスクでミドラス軍の偵察はできる。この後、チャンスは幾らでもあるさ!」
自分に言い聞かせるようにそう叫ぶと、ドラクルはザンパの街を後にする。
もう夜明けが近い。
急いで日光を避けられる場所を探さないと、馬車の中で日の出を迎える事になる。
追手がかかっている今、それでは圧倒的に不利になってしまう。
焦るドラクルの耳に。
「追いかけて来たよ!」
キャスの声が飛び込んできたのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ