第五話 思わぬ再会
「凄い数だな」
ドラクルは数れた声で呟いた。
ザンパの街に入り切れず、街の外で野営しているミドラス軍の人数は2000万を遥かに超えていた。
キャスが言っていた事は本当だったらしい。
少し大げさに言っているのだと思っていたが……。
が、いつまでも驚いていられない。
コリアノスの時と同様、馬車を宿屋に預けると。
「さっそく情報を集めにいくよ、キャス」
「うん、マスター」
ドラクルはキャスを連れてさっそく酒場へと向かった。
とりあえず目に付いた中で1番大きな酒場に入ってみると。
「うわあ、これひょっとして全部、ミドラス兵?」
酒場を埋め尽くしている兵士に、キャスが呆れた声を漏らした。
まあ、街の外でもあれ程の兵士が野宿しているのだ。
街中がミドラス兵で溢れていても不思議ではない。
「あ、カウンターが2つだけ空いてる」
「さすがキャス、目が良いな」
「へへ……」
目を細めるキャスと一緒にカウンターに座ると、ドラクルは酒を注文する。
そして。
「大繁盛だね」
酒を差し出したバーテンダーにドラクルは気さくに話しかけた。
口を軽くさせる為にキャスがバーテンダーに微笑む。
自分の美貌の使い方が分かってきたらしい。
「大きな声じゃ言えないが、大迷惑だよ。態度はデカいし、女の子には絡むし、ヘタに逆らおうモンなら剣を抜きやがる。それでも金払いだけはイイから我慢してるが、さっさと出て行ってもらいたいね」
キャスの笑顔が効果を発揮したらしい。
バーテンダーが砕けた口調で返してきた。
「へぇ。でも何でアイツ等ここに居座ってるんだい?」
ドラクルの質問にバーテンダーは声を潜める。
「何でも500人ものヴァンパイアを生け捕りにする為、ヴァンパイアの街を襲ったらしいんだ。その帰り道に、普段は贅沢な暮らしをしてる将校達が文句を言いだしたらしい。美味いモン食わせろ、風呂に入らせろ、ってな」
軍隊で重要な事の1つが食料と水だ。
特に水がなければ兵士は3日で戦闘不可能となる。
そして戦いが長いほど、多くの食料と水が必要だ。
そしてそれを運ぶ為の人員も莫大な数が必要となる。
だから出来るだけ量を減らす為に食料は乾燥させて量と重さを減らす。
同時に、1日に飲める水も厳しく管理される。
戦場で美味い物など口にできる筈がない。
ましてや貴重な水を大量に失う風呂になど入れる訳がないのだ。
「で、ヴァンパイアも捕まえた事だし、3日だけって事で、将校達はこのザンパの街で大騒ぎしてるってワケよ。一般兵を放っておいて、な」
「部下はよく我慢してるな」
ドラクルの感想に、バーテンダーが吐き出すように言う。
「ちょっとでも不平を口にしようモンなら処刑されちまう。だから我慢するしかないのさ。ミドラス帝国ってぇのはそういう国さ。王と貴族は神。人民は家畜以下だ」
怒りを隠そうともしないバーテンダーにドラクルは聞いてみる。
「で、この街もミドラスに支配されているって事かい?」
「そうさ。辺境の街なんでミドラス帝国はザンパ自治区なんて耳ざわりのイイ言葉で誤魔化していやがるが、実際はミドラスに侵略された植民地さ。ザンパの領主一族だけが裕福に暮らしてやがる。それでもミドラス本国よりはマシだがな。あそこは平民にとっては地獄だ」
どうやらミドラス帝国というのは想像以上に酷い国らしい。
「でもミドラスは生け捕りにしたヴァンパイアをどうしてるんだろ。死なせるワケにはいかないだろうに」
「さぁなあ。領主の城じゃねえか」
「領主の城? 500人も城に入るモンなのかい?」
領主の城とはその国の政治の中心だ。
500人もの捕虜を監禁できる場所があるとは思えないが……。
「言ったろ、ミドラスの属国だって。反抗的な民をぶち込むデカい牢屋があるのさ」
「本当にイヤな国だな」
そう言って立ち上げるドラクルにバーテンダーが声をかける。
「ああ、イヤな国さ。用がないなら、さっさとこの街を出て行くコトを勧めるぜ」
その声にドラクルは小さく呟いた。
「残念ながら、大事な用があるんだ。とても大事な、ね」
「ここか」
夜の闇の中、ドラクルはザンパ領主の城を見上げて呟いた。
「これが城? まるで要塞みたい」
キャスが口にしたように、領主の城というモノは普通、もっと優雅な造りになっている。
しかしザンパ領主城は、1辺が100メートル、高さ40メートルある石の箱の上に、1辺が70メートル、高さ30メートルの石の箱を乗せただけ、という外見の建物だった。
「監獄と要塞、これが役目だからだろうな」
ドラクルの言葉にキャスが頷く。
「うん、すっごくイヤな臭いがしてる。沢山の死にかけた生き物の臭い……人間の他に魔族の臭いもするよ」
魔族、の1言でドラクルの目が鋭くなる。
「そうか。じゃあ忍び込むよ、キャス」
「うん、マスター」
高位ヴァンパイアのドラクルと最強の魔獣アーマードタイガーのキャスにとって、石壁を登るくらい朝飯前。
あっという間に高さ40メートルの石壁の上に到着した。
「へえ。石垣の上は、回廊になっているんだね」
そう呟いたドラクルの耳元でキャスが囁く。
「マスター、見張りが巡回している」
確かに2人1組の見張りが4組、回廊を歩き回っている。
「でも、この程度じゃ、ヴァンパイアが闇に紛れて行動する事を防げやしないぜ」
というコトで。
ドラクルとキャスは余裕で城の屋上へと移動したのだった。
しかし用心は忘れない。
闇に身を隠して屋上の様子を伺ってみる。
「へえ、屋上には塔が立っているんだ」
キャスが漏らしたように、屋上には高さ20メートルの塔が建っていた。
その1番上に設置された足場では4人の兵士が四方を見張っている。
しかし、油断しているのが1目で分かる。
「さすがに屋上から侵入されるとは考えていないようだな」
ドラクルは素早く階下へと続く階段に辿り着くと中に飛び込む。
もちろんキャスも物音1つ立てずにドラクルの後に続く。
「キャス。魔族の臭いを辿れる?」
高位ヴァンパイアといえども、嗅覚はアーマードタイガーには及ばない。
ドラクルはキャスの鼻に頼る事にした。
「任して。こっちだよ」
キャスが闇の中を風のように駆け抜けていく。
ドラクルがその後を闇と化して追う。
並みの人間では、この2人を視界に捉える事すらできないだろう。
闇に紛れ、物陰に隠れ、天井に張り付き、時には窓の外にぶら下がって兵士をやり過ごし……。
ドラクルとキャスはザンパ領主城の最下層に辿り着いた。
最下層の第一印象は、石造りの長いトンネル。
幅も高さも5メートルほど。
左右には鉄の扉が等間隔で並び、トンネルの先は広場になっているようだ。
しかし空気は淀み、吐き気がする程の悪臭が立ち込めている。
こんな酷い場所にモーリアンは閉じ込められているのだろうか。
もしそうなら、一刻も早く助け出さねばならない!
しかしこんな時だからこそ慎重に行動しなければならない。
だからドラクルは動揺している自分を叱りながらキャスに指示を出す。
「俺は右側の扉を確認するから、キャスは左側の扉を」
「了解!」
即答するキャスに頷いてから、ドラクルは鉄扉の小窓から中を覗き込む。
と、そこには両手を鎖で縛られた人間が天井からぶら下がっていた。
数えてみると13人もいる。
全員が痣だらけだ。
その上、人相が分からないほど顔が腫れ上がっている。
「ヒドイな。このまま放っておいたら死んでしまうぞ」
ドラクルは鋼鉄のような厳しい顔で小さく呟くと、次の部屋を覗く。
が、そこにはもっと酷い光景が広がっていた。
全員が両手両足に打ち込まれた釘によって、壁に貼り付けられている。
「本当に殺す気かよ」
吐き捨てるドラクルに、キャスが慌てた声を上げる。
「マスター、大変!」
「どうしたんだ」
「ミウだよ!」
「なんだって!?」
覗き込んでみると、そこには確かにウェポン族のミウの姿があった。
両手に巻き付けられた鎖によって宙吊りにされている。
そして裸にされた体のアチコチには、大きな釘を打ち込まれていた。
「なんて惨い事しやがるんだ。ミウ、今助けるからな」
ドラクルは鉄扉に手を掛けると、メリメリと壁から引き剥がしてミウに駆け寄る。
ヴァンパイアシティーを逃げ出した時のドラクルだったら不可能な芸当だ。
しかしアーマードタイガーの力、そして『森』で獲物の生き血を吸って力を得たドラクルにとって、この程度の鉄扉など紙と変わらない。
「しっかりしろミウ」
両手を拘束している鎖も引き千切って、ドラクルはミウを床にそっと降ろす。
「さ、さすが……高位ヴァン……パイアで……ござる……な……」
どうやら体に刺さった釘は内蔵まで達しているらしい。
ミウは弱々しくそう言うと、ゴポリと大量の血を吐いた。
「拙者……もう……ここまで……のようで……ござる」
ミウの言う通り、このままではミウの命は朝までもたないだろう。
「仲間を人質にされ……捕まって……悔しい……でござる……このままでは……死んでも……死にきれな……」
悔し涙を流すミウに、ドラクルは囁いた。
「ミウ。俺の眷属になって命を永らえるか、このまま死ぬか決めてくれ」
その言葉にミウはカッと目を見開く。
ヴァンパイアが眷属に出来るのは人間だけ。
それはこの世界に生きる者なら誰でも知っている事だ。
当然ミウだって知っている。
「そ、そんな事が……可能なので……ござるか……?」
「他のヴァンパイアには無理だけど、俺ならできる」
キッパリと言い切るドラクルに、ミウは覚悟を決める。
「お願い……致す」
「分かった。ミウ。汝、我を受け入れ、我が眷属となれ」
ドラクルは儀式の言葉を口にすると、ミウの首すじに牙をそっと差し込む。
そして血を吸うと同時に、その血を媒介にしてミウの身体を支配し、肉体を作り変える。
「こ、これが……眷属化?」
瀕死の体に新しい力が駆け巡り、凄まじい勢いで別の何かへと生まれ変わる感覚に、ミウは言葉を失う。
が、イヤな感じはしない。
心の奥が暖かいモノに包まれ、大いなる存在と繋がるのを感じる。
そんなミウに、ドラクルがそっと囁く。
「ミウ、これでキミは俺の眷属だ」
「おお、これが高位ヴァンパイアの眷属になるという事でござるか! 身体の奥底から物凄い力が湧き上がってくるでござる!」
ミウは立ち上がると、体に刺さっていた釘を片っ端から引き抜いて捨てていく。
「おお、これがヴァンパイアの回復力でござるか!」
ミウが、見る見るうちに傷が塞がっていくのを目にして歓声を上げる。
が、そこでドラクルはオズオズと声をかける。
「ミウ、え~~と、言いにくいんだけど、取り敢えず服を着ない?」
「え? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ミウは慌てて身体を隠そうとするがもう遅い。
キャスには負けているものの、形のいい胸に贅肉一つないウエスト、プリンと盛り上がった小さなお尻に芸術的な脚まで、キッチリと見えてしまった後だ。
「キャス、服を1着、ミウに分けてやってくれないかな」
「うう……仕方ないなぁ」
ドラクルに頼まれて、キャスは渋々といった顔で背負っているリュックに手を突っ込む。
コリアノスに到着した時、ドラクルはキャスに服を数着、買って渡していた。
アーマードタイガーの姿に戻る事があった場合、服が破れてしまいからだ。
喜んだキャスは、予備の服を小さなリュックに仕舞い込んで背負っていたのだ。
キャスはミウに、その予備の服を1着、手渡した。
「か、かたじけない」
服を着こんでホッとしたところで我に返ったのだろう。
ミウはドラクルに向かって片膝を突いて誓いの言葉を口にする。
「ドラクル殿。拙者、命懸けで貴殿に仕える事を、ここに誓うでござる」
「もっと楽に考えない? 俺が困った時は助けてよ。俺もミウが困った時は、全力で助けるから」
かしこまるミウの両手を握って立たせながら、ドラクルはニコッと笑いかける。
「つまり友達になってくれたらイイ」
そんなドラクルにミウは。
「承知いたした!」
頬を染めて答えたのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ