第四話 生き血
ヴァンパイアシティーは、巨大な一枚岩をくりぬいて造られている。
日光を浴びると灰になってしまうヴァンパイアが、安心して暮らす為に作り上げた城塞都市だ。
その直径3キロもある岩は、錬金術で鋼鉄以上の強度を与えられている。
だから、どんな攻城兵器にも傷一つ付かないというのが自慢だった。
そう……『自慢だった』のだ。
「こ、こんな……」
ドラクルはヴァンパイアシティーへの入り口が、無残に砕けているのを目の当たりにして絶句した。
かつて難攻不落と讃えられた巨大門だったというのに。
しかし、今はそんな場合じゃない。
「モーリアン!」
ドラクルはたった1人の親友の名を叫ぶと、かつて要塞都市の門だった瓦礫からヴァンパイアシティーの中へと馬車を急がせる。
この門から出発した時。
モーリアンは見えなくなるまで手を振ってくれていた。
そんなモーリアンの無事を、ただひたすらにドラクルは祈る。
が、ヴァンパイアシティーの有り様は、そんな想いを叩き潰すものだった。
全ての建物は真っ2つに引き裂かれていて、街のアチコチに血が飛び散っている。
物音1つしない。
生きている気配が何1つない。
完全に死の街だ。
しかし。
「ヴァンパイアが死んだら灰になるハズ。なのに、その灰がない?」
そう。
高位ヴァンパイアだろうが普通のヴァンパイアだろうが、死ねば灰と化す。
風に舞ったヴァンパイアの灰を感じ取る事は、人間には不可能だろう。
しかし同じヴァンパイアならば、誰でも感じとるが可能。
だから死んで灰になったとしても、その灰は眷属によって集められる。
そして生き血を捧げられる事により何度でも蘇える。
ヴァンパイアが眷属を持つ理由の1つだ。
なのに、そのヴァンパイアが死んだ時に発生するハズの灰を、ドラクルには全く感知できなかった。
つまりヴァンパイアは1人も死んでないという事になる。
ならばヴァンパイアはどこに行ったのか。
考えられるのは2つ。
ヴァンパイアシティーから逃げ出したか、連れ去られたかだ。
そしてここまでヴァンパイアシティーを破壊した敵が、逃走を許すハズもない。
だから、ヴァンパイアシティーのヴァンパイア達は拉致されてしまった。
そう考えるのが妥当だろう。
ヴァンパイアシティーには良い思い出などない。
恨みしかないと言ってもいいくらいだ。
他のヴァンパイアがどうなろうが知った事ではない。
でも。
「モーリアンだけは、絶対に助けなきゃ。キャス、人間の後を追うけど、手伝ってくれるかい?」
「もちろん!」
キャスは、モーリアンが唯1人の味方だった事をドラクルから聞いていた。
だから即答すると、馬車に飛び乗る。
「マスター、一番近い人間の街に行ってみよ! きっと何か情報を聞けるハズだよ」
キャスの言葉にドラクルは馬車に飛び乗って荷物を引っ掻き回すと、地図を取り出して覗き込む。
「そうなるとコリアノスの街かな。普通の馬なら三0日の距離だけど……」
馬というと、1日中走らせても平気なイメージを持つ者もいるだろう。
しかし全力疾走できる時間は意外と短い。
無理をさせ過ぎると倒れてしまう。
しかしドラクルの実家が用意してくれたスチールホースは違う。
全力で数日間も走り続ける事が可能だ。
しかも馬の20倍近い猛スピードで。
だから。
「急げば3日で到着できるな」
ドラクルはそう呟いて地図をしまうと、日没と共に馬車を発車させた。
少しでも早くコリアノスへ!
と焦るドラクルだったが、太陽が昇る時間がやってきてしまう。
「くそ、今日はここまでか。仕方ない、馬車の中に入って遮光カーテンを下ろそう」
ドラクルは街道から外れた場所に馬車を止めた。
もしも昼間に襲われて馬車を破壊でもされようものなら灰になるしかない。
だから念入りに馬車を隠しているドラクルに、キャスが聞いてくる。
「ねえマスター。ワタシも日光を浴びたら灰になるのかな」
「当然。ヴァンパイアの眷属となった人間はヴァンパイアと同じ弱点を持つんだから」
そう言ってドラクルはキャスの言いたいコトに気がついた。
「そうか! 人間以外だったら日光に当たっても平気かも」
ドラクルが口にしたように、ヴァンパイアの真祖の眷属=ワーウルフは日光を浴びても平気だったと伝説にある。
その伝説が本当なら、キャスは日光に当たっても平気かもしれない。
「もしそうなら、危険な昼間でもワタシがマスターを守るコトができるし、休まずに馬車を走らせる事もできるね」
昼間でもマスターを守れる。
その言葉に、ドラクルの胸は熱くなった。
「キャス……」
そっとキャスを抱き締めてから、ドラクルは尋ねてみる。
「でもどうやって確かめるの?」
「そりゃ日光に当たって」
「灰になったらどうするんだ!」
思わず怒鳴ってしまうドラクルに、キャスは微笑む。
「その時は、マスターがワタシを甦らせてくれるでしょ?」
信頼しきった眼差しを向けてくるキャスに、ドラクルは力強く頷いた。
「ああ、世界を滅ぼす事になろうとも、必ずキャスを甦らせてみせる」
本気だ。
キャスの為なら、世界中の生き物を皆殺しにしてでも甦らせる。
そんなドラクルの決意が伝わったのだろう。
キャスは幸せそうな笑みを浮かべると、馬車の外に1人残った。
「じゃあ見ててね、マスター」
朝焼けの空を見つめながらキャスが呟く。
しかしその声は僅かに震えていた。
もし失敗したら灰になってしまうのだから怖くて当然だ。
それでもキャスはドラクルの為に命懸けの実験を躊躇なく決めた。
健気に日の出を待つキャスの姿に、ドラクルは涙が零れそうになる。
「お願いだ、成功して……キャスが灰になりませんように……」
祈るドラクルの前で、朝日が顔を出した。
影となっている馬車の中から、ドラクルは胸が潰れるような思いでキャスの様子を伺っていると。
「やったよ、マスター! 灰にならない!」
キャスの元気な声が響き、ドラクルは胸をなで下ろした。
「は、は、はは、良かった、灰にならなくて本当に良かった……」
身体中から力が抜けてしまい、薄ら笑いを漏らす事しかできない。
そんなドラクルの元に、キャスが駆けこんで来る。
「マスター、ワタシやったよ! これで昼間でもマスターを守れるよ!」
「キャス、よかった!」
ドラクルはキャスをシッカリと抱き締めた。
「よかった、よかった……本当によかった」
何度も繰り返すドラクルの腕の中で、キャスは幸せそうに微笑んでいたが……。
暫くしてから身を起こすと真剣な顔になる。
「じゃあマスター、コリアノス目指して馬車を走らせるね。スティレットさんを一刻も早く助ける為に」
「ああ、宜しく頼む」
「うん、任して!」
こうして休みなく馬車を走らるコトが可能となった結果。
ヴァンパイアシティーを後にしてから僅か2日でコリアノスの街に到着したのだった。
コリアノスの街は、その周囲を堅牢な城壁に囲まれている。
『森』に近いから、猛獣の襲撃が多いからだろう。
東西南北の4ヶ所に設置されているのは、象でも潜れるサイズの門だ。
その巨大な門を潜ると、街の中心に見える城まで続く大通りになっている。
その大通りの左右に様々な店が並んでいた。
一刻も早くモーリアンの情報を探りに街中へと向かいたい。
しかし馬車を道端に放り出しておく訳にはいかない。
だからドラクルは、1番立派な宿屋に駆け込んだ。
立派な宿屋ほど、裕福な者が宿泊する。
そして裕福な者は大抵、自前の馬車で旅をする。
その馬車を安全に預かる事ができないと、宿屋の経営は成り立たない。
だからドラクルは、1番立派な宿屋を選んだのだ。
「取り敢えず一泊したいんだけど、馬を預かってもらえるかな?」
ドラクルは手続きをすると、馬番に馬車を預ける。
普通の馬だったら休みなしの強行軍で倒れていただろう。
しかし名前の通り、鋼鉄のように頑健なスチールホースはケロリとしている。
いや、疲れていないわけはない。
だが、この知恵ある魔獣はドラクルの心中を察して疲れた様子を見せなかった。
「ありがとう、無理をしてくれて。ゆっくり休んでね」
ドラクルはスチールホースに礼を言うと、馬番に多めのチップを渡す。
「馬の世話を頼むよ」
「任してくだせぇ」
相場以上のチップを受け取って満面の笑顔で答える馬番に頷くと、ドラクルはキャスと共に情報収集の為に宿を後にしたのだった。
宿屋でもある程度の情報は得られただろう。
しかし情報を集めるのは、酒場が1番だ。
というコトで。
ドラクルはコリアノスで1番大きな酒場へと足を運んだ。
この国では酒を飲むのに年齢制限などない。
自分で稼いだ金で飲むなら誰も文句は言わないのだ。
だから、まだ16歳のドラクルも変な目で見られずに済む。
「まずは当たり障りのない話から始めた方がイイだろうな」
そう考えたドラクルは、カウンターに座るとバーテンダーに酒を注文してから探りを入れてみる。
「この前、物凄い数の軍隊を見かけたけど、あれは何だったんだろ?」
ドラクルが何気なく話しかけると、バーテンダーはペラペラと喋り出しす。
「ああ、ミドラス帝国の軍隊さ。何でもヴァンパイアを生け捕りにしたらしいぜ」
ミドラス帝国とは、100年前に魔族の治める土地に侵略してきた国だ。
39億人という世界最大の人口を誇っている。
(モーリアンはミドラス帝国に生け捕りにされたのか!?)
ドラクルは体の血が熱くなるのを必死に押さえながら、何とか冷静な声を出す事に成功する。
「何でそんなコトを? 生け捕りにするより殺す方がズット楽なのに」
「兄ちゃん、何も知らないんだな。ヴァンパイアの生き血を飲むと、寿命が延びるんだぜ」
「え!?」
ドラクルは、生まれて初めて聞く話に目を見開く。
そんなドラクルが面白かったのか、バーテンダーは上機嫌で話を続ける。
「知っての通り、ミドラス帝国は世界征服を諦めちゃいない。その為に色んな研究をしてきたらしいが、その中にはかなり非道な研究もあったらしい。何しろ自国民の命すらどうでもイイ国だからな、あそこは」
非道な研究、という言葉にドラクルの顔が青ざめる。
「そしてミドラスのヤツ等、ヴァンパイアの生き血を飲むと若返る事を発見したらしいんだ」
「アンタもヴァンパイアの生き血を飲んだのかい?」
殺気を押し殺しながらドラクルはバーテンダーに聞いてみた。
もしヴァンパイアの生き血を飲んだのなら絶対に許さない。
が、バーテンダーはヘラッと笑った。
「ばか言え。そんな事出来るワケないだろ。ミドラスの皇帝や貴族が血眼になって永遠の命を得ようと、全ミドラス軍の半分もの戦力を投入して捕まえたヴァンパイアの生き血だぞ。オレみたいな一般人が口にできるモンか」
その答えにドラクルは胸をなで下ろす。
そういう事ならばミドラス帝国に到着するまではモーリアンに危害を加えたりしないだろう。
「で、そのミドラス軍は、もう本国に戻ったのかい?」
心の中では焦りながらも、ドラクルはワザとノンキな声で尋ねてみた。
「いや、魔族最強の魔法使い集団であるヴァンパイアを捕まえる為に、攻城兵器まで同行させてるんだ、
そんなに早く移動できないって。せいぜいザンパの街に辿り着いた程度だろうよ」
「ふうん」
焦る気持ちを悟られて怪しまれないように気を付けながら、ドラクルは酒場を後にする。
キャスが日光を浴びても平気な今、ザンパの街ならここから2日で到着するだろう。
「すまない。もう少し頑張ってくれないかな」
ドラクルはスチールホースに頭を下げた。
『森』で過ごした1か月の間に、ドラクルはスチールホースと友達と言ってもいい関係となっていた。
スチールホースが何を考えているかドラクルには分かるし、スチールホースはドラクルを信用できる主人と認めてくれている。
だからドラクルはスチールホースに躊躇なく頭を下げたし、スチールホースはドラクルの想いに答えた。
そのおかげで馬車は、2日後の夕方にはザンパの街に到着したのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ