第三話 ミウ
ドラクルとキャスの『森』での生活が始まった。
まずは立地条件の良い場所を選び、長期滞在用の大型テントを設置。
次に、テントの近くに石でカマドを作って調理場を作り上げる。
テントの中で火を使うと、火事と酸欠が心配だからだ。
そして簡単な風呂も作った。
なにしろ、材料となる木はいくらでも生えている。
作業はあっという間に完了した。
ちなみに。
『人間の姿で入る風呂がこんなに気持ちいいモンとは知らなかった』
とは、初めて風呂に入った時のキャスの言葉だ。
森で捕まえた動物、川で捕まえた魚、森に生えている野生の野菜や果物。
それがメインの食料だ。
もっと長く森で生活するのなら畑を作ったり、魚を養殖したり、鹿やイノシシを飼ったりしただろう。
だが、たった6か月なのでソコまでやる必要はない。
もちろん、狩った動物の生き血を吸って、パワーアップする事も忘れない。
キャスから得た強さと比べると微々たるものだが『塵も積もれば山となる』だ。
当然ながら、ドラクルが強くなればキャスも強くなる。
こうしてドラクルとキャスは少しずつだが、しかし確実に、その強さを増していった。
そんなある日の夕食後。
ドラクルは無意識に呟く。
「でもキャスがいてくれて助かったよ」
そんなドラクルの呟きを聞きつけて、キャスが不思議そうな顔をする。
「ワタシなんか居なくても、マスターは平気でこの森で生きていけたハズだよ。血を吸うだけでドンドン強くなれるんだし」
「生きていくダケならね。でも6か月間たった1人きりで、ただメシ食って寝るだけの生活なんて、勘弁だ。孤独は痛みより辛い。森の生活でそれが1番の不安だったけど、キャスのおかげで楽しい毎日が送れている。ホント感謝だよ」
「私といると楽しい? ホント?」
キャスが輝くような笑顔を見せた。
何の屈託もない全開の笑顔は、元々神レベル美少女のキャスを、一段と可愛らしく感じさせる。
「ああ。こんな美少女と一緒で、楽しくない男なんているワケない」
「び、美少女!?」
なにげなく口にしたドラクルの一言に、キャスが硬直してしまう。
「どうしたんだ? 今までだって言われたコトあるだろ。キャスはアーマードタイガーの姿でも綺麗だから」
「あう、あう……」
真っ赤になって言葉に詰まっているトコが実に可愛らしい。
と、キャスがモジモジしながら真っ赤な顔で聞いてきた。
「マスター、ホントにワタシのコト、綺麗だと思う?」
そんなキャスの様子があまりにも可愛かったから、ついドラクルは冗談めかした言葉を口にしてしまう。
「ああ、抱き締めてキスしたいくらい綺麗だぞ」
それを聞いて、キャスは一段と赤くなりながら、ドラクルに抱き付いてきた。
「ワタシも!」
そう言うなり、キャスがドラクルに唇を重ねる。
(これがキス!体が痺れるみたいだキャスが凄く愛おしく感じる何て華奢な体だろ!贅肉なんか一つもなくてでも抱き心地が凄く良くてア!キャスが胸を押し付けてきた何て大きくて芸術的な胸なんだろコレは男にとって凶器のレベルだぞウエストがビックリするほど細いワァ何て可愛いお尻だろプリンと弾力があって形よく盛り上がってて……)
頭がスパークしているドラクルから、キャスがそっと唇を離して小さく囁く。
「マスター、これからもよろしくお願いします」
「あ、ああ」
ドラクルはカクカクと頷きながら、キャスのほっそりとした、でもしなやかな体を、もう一度キュッと抱きしめた。
「眷属となったら、身も心もマスターのモノになっちゃうんだね。ワタシ知らなかった」
「そ、そんなコト初めて聞いたぞ! 眷属にするコトにそんな効果、ないはずだけど……」
口ごもってしまうドラクルに、キャスが恥ずかしそうに呟く。
「じゃあ、ワタシの一目惚れかな」
そう言ってドラクルの胸に、顔を埋めるキャス。
「でもワタシの身も心もマスターのモノっていうのはホントだよ」
身も心も!? 身も!? 身……。
硬直してしまうドラクルにキャスが再び囁く。
「大好きだよ、マスター」
「ああ、俺も大好きだよ、キャス」
その言葉にキャスは、ゴロゴロと喉を鳴らす子猫のような幸せそうな顔で微笑んだのだった。
この日からキャスはドラクルにとって1番大切な存在へと変わった。
事あるごとに甘えてくるようになったキャスは、この上なく可愛い。
狩りも食事の準備も、毎日の全てが楽しくて仕方がない。
こうしてキャスは、ドラクルにとって一番大切な存在になったのだった。
キャスとの出会いから1か月ほど経った頃。
「マスター、あれ」
キャスが指差したのは1人の女の子だった。
ドラクルと同い年くらいで、神々しいほどの美少女だ。
キャスより細い身体つきをしているが、その歩き方から鋼のように鍛え上げられているのが分かる。
「ウェポン族だよな」
ドラクルの呟きにキャスが頷く。
「うん、ウェポン族だね。でもウェポン族の住む村は、ココからかなり離れた場所だったと思ったけど、どうしたんだろ?」
ウェポン族とは普段は人間の姿をしているが、戦闘時には体から武器を生やして戦う戦士の一族の事だ。
手から剣を生やす者もいれば、槍を生やす者もいる。
片手だけからしか武器を生やす事ができない者もいれば、両手から剣を生やせる者もいるし、身体中から刃を生やせる者もいたりと、そのタイプは様々だ。
今の彼女を見て、ウェポン族と分かる人間はいないだろう。
しかしドラクルのような魔族や、魔獣であるキャスならば一目でウェポン族と分かる。
まあ、話してみたなら独特の口調で、誰でもウェポン族と気付くのだが。
「こんにちは。俺はドラクル。ヴァンパイア族だよ」
高位ヴァンパイアは全ての魔族、魔獣と友好関係にある。
その中には、当然ながらウェポン族も含まれている。
だからドラクルは、気軽にウェポン族の少女に声をかけた。
キャスもドラクルと一緒にウェポン族の少女に笑顔で話しかける。
「こんちわ!」
そんなドラクル達の挨拶に、ウェポン族の美少女は笑顔で答えてくれた。
「これは挨拶、いたみいるでござる。拙者、ウェポン族のミウと申す。一か月ほど前にこの森へと出かけた仲間が行方不明でござってな、拙者以外にウェポン族の者を見かけなかったでござるか?」
ウェポン族は男女関係なく、この『ござる口調』で話すが、美少女のミウが話すと妙に可愛らしい。
しかし残念ながらドラクルがこの『森』にから来て初めて出会ったのがミウだ。
もちろんキャス以外では、だが。
だからそのコトを伝えると。
「左様でござるか」
ミウは少しガッカリした表情を、その宝石のように整った顔に浮かべたが。
「少なくともこの周辺には居ないようでござるな。時間の節約になりもうした。情報、かたじけない」
そう言って頭を下げた。
礼儀正しいのもウェポン族の特徴だ。
そんなミウにドラクルは質問してみる。
「そのウェポン族の人達は、何をしてて行方不明になったの?」
「狩りでござる。この森に生息するワイルドボアの肉は実に絶品でござってな。だいたい2か月の1度、20名ほどのチームを作ってワイルドボアを捕まえに来るのでござる」
完全武装した人間30人に匹敵する戦闘力を持つ野生の巨大イノシシ。
それがワイルドボアだ。
だからワイルドボアの味を知る人間は、殆どいない。
しかし、ドラクルとキャスにとって、単なる食材でしかない。
どんな料理にしても極上の味に仕上がるワイルドボアは、今やメインの食材だ。
そしてウェポン族にとってもワイルドボアは、簡単に倒せる食材でしかない。
ワイルドボア狩りで行方不明とは、不可解な話だ。
「なるほど、もし見かけたら知らせるよ。どこに連絡したらイイかな」
ドラクルの言葉にミウは顔を輝かす。
「それはかたじけない。もし見かけたら、この交信魔法の呪符を使って拙者の村に連絡願うでござる」
ミウは1枚の呪符を取り出した。
「分かった。早く見つかるとイイね」
魔法の呪符を受け取るドラクルに、ミウはペコリと頭を下げる。
「心遣い、感謝いたす」
「まあ、ウェポン族といったら魔王軍でも屈指の戦闘力を持ってる一族だし、心配はいらないと思うけどね」
キャスの呟きに、そうでござるな、と笑顔で答えると、ミウは『森』の奥へと向かっていった。
その姿が見えなくなったところでキャスが元気な声を上げる。
「ワイルドボアの話を聞いたからワイルドボアを食べたくなっちゃった。ねえマスター、ワイルドボアを捕まえに行こ」
抱き付いてドラクルを見上げながら甘えるキャスは、ゾクゾクするほど可愛い。
そんなキャスの頬にそっと触れてから、ドラクルは微笑みかける
「そうだな。じゃあ今日はワイルドボアのバーベキューといこうか」
こうしてドラクルとキャスは、捕まえたワイルドボアの血を吸って30人分の戦闘力を手に入れてから、バーベキューの準備に取りかかったのだった。
「ウェポン族の人達は1か月前から行方不明か。そういやキャスと出会ったのも1か月ほど前だったけど、よく考えたら何で人間ごときに死ぬほどの大怪我を負わされたの?」
串に刺して焼き上げたワイルドボアのバーベキューに噛みつきながら、ドラクルはキャスに聞いてみた。
良く考えてみたら。
キャスはまだ子供といえども最強の魔獣アーマードタイガーだ。
相手が1万人の軍隊だったとしても、たかが人間ごときに瀕死の重傷を負わされるなど、あり得ない。
「あのね、100年前の戦いに負けて大人しくしてたケド、人間は世界征服を諦めてなかったみたいなんだ。物凄い数の軍隊を派遣してきたの」
「軍隊?」
「うん。100万人や200万人なんて数じゃなかったわ。多分だけど、数千万人規模の大軍隊だよ」
数千万は大げさだとしても、キャスの話からすると、かなり大規模な軍隊が襲ってきたのだろう。
「この森の近くで狩りをしてたら、いきなり軍隊と鉢合わせしちゃって、物凄い数の人間に取り囲まれたの。剣や槍くらいなら平気だけど、城壁を破壊する為の兵器を何度も撃たれて大怪我しちゃって、必死でココまで逃げてきたの。でも、もう動く事すらできなかった。そこをマスターに助けられたの」
キャスは最強の魔獣アーマードタイガーだが、確かにまだ子供。
攻城兵器まで使用されたのでは瀕死の大怪我を負うもの当然だろう。
しかし。
「おかしいな」
「何が?」
「そんな大軍が魔界に進攻してきたのなら、ウェポン族のミウが知らないワケがない。何しろウェポン族は魔王軍の先頭で戦うのが役目なんだから」
そう、魔王軍の斬り込み隊。
それがウェポン族だ。
「じゃあ、人間の目的は魔界進攻じゃなかったって言うの? それにしては、凄い数だったけどなぁ」
そこでドラクルは思い出した。
確か旅を始めて7日目の事だったと思う。
昼間の日光を避ける為、街道を外れた場所に馬車を止めて眠っていた時に大地を揺るがす地鳴りを聞いた。
あの時は夢うつつだったから、地震か何かだろうと深く考えなかった。
が、今考えると地震にしては長過ぎたような気がする。
あれは想像を絶する数の軍隊が進攻する轟きだったのではないだろうか。
もしそうなら、軍隊が向かった先は。
「まさか、ヴァンパイアシティー!?」
「ビ、ビックリしたぁ!」
いきなり大声を上げたドラクルにキャスが飛び上がる。
「マスター?」
何事? と目で問いかけてくるキャスにドラクルは手短に説明する。
「キャスを襲った人間の軍隊の狙いはヴァンパイアシティーかもしれない。大急ぎでテントを片付けて馬車に収納して、夜になったら出発するよ」
テキパキとテントを片付け始めるドラクルをキャスが手伝う。
風呂やカマドなど、ここで作ったモノはこのままにしておくしかない。
片付けるのは長期滞在用のテントだけでいい。
だから作業は、あっという間に終了した。
「まだ時間があるから、食料庫から肉の燻製や野菜や果物も持っていこう」
食料庫には食べきれなかった肉を燻製にして非常食として保存してある。
『森』で見つけた、長期保存が可能な果物や食べられる植物もだ。
馬車の開いたスペース一杯に積み込んだが、かなりの量を残していく事になってしまう。
「ちょっと勿体ないけど、何もなかったら戻ってくるんだからイイか」
そう呟くドラクルにキャスが頷く。
「うん、早く戻ってこよ!」
「ああ、悪い予感が外れるコトを祈るだけだよ」
そして日没と共にドラクルとキャスは『森』を後にしたのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ