第二話 キャス
竜虎という言葉がある。
読んで字のごとく、竜と虎のコトだ。
しかし、その虎はどんな虎だろうか。
どんな武器にも傷つく事のないウロコ。
どんな盾も貫く爪。
どんな鎧も噛み砕く牙。
街すら焼き尽くすブレス。
竜が地上最強と呼ばれる理由だ。
そんな竜と並び称される虎が、ただの虎である訳がない。
その竜に匹敵する『虎』が、アーマードタイガーだ。
前足の肩の上から伸びる戦闘用の腕は、鋼鉄のように逞しい。
その腕から伸びる長い爪は、鎧など紙のように切り裂く。
その毛皮は鋼鉄製の武器を楽々と跳ね返す。
時速300キロで山野を駆け抜け、50メートルの距離をジャンプする。
まさに脅威の魔獣だ。
しかし今。
その驚異の魔獣の毛皮は、自らの血で赤く染まっていた。
「しっかり!」
そう口にしたところでドラクルは、最強の魔獣が瀕死である事に気付く。
「これじゃあ、もう……」
ドラクルは言葉を失った。
回復魔法が使えたなら、このアーマードタイガーを救う事もできたのだろう。
しかしドラクルは、魔法が一切使えない。
できる事は、せいぜい馬車に積んでいる薬を塗ってホータイを巻くくらい。
そして、その程度の手当てでは、命を救えない事は明白だった。
「くそ……」
自分の無力さに唇を噛むドラクルだったが、そこで。
「まてよ」
さっきの蚊の事が頭をよぎった。
ヴァンパイアが血を吸って力を得る事が出来るのは人間のみ。
そして血を吸って眷属に出来るのも人間のみ。
しかしさっき、ドラクルは蚊を体液を口にして、蚊の能力を手に入れた。
なら、アーマードタイガーをドラクルの眷属に出来るかも。
「ひょっとしたら!?」
そう口に出すと同時に、ドラクルは確信する。
本能ができると告げていたから。
「アーマードタイガーさん、よく聞いて。このままじゃ、キミは助からない。でも俺の眷属になれば助かる……と思う。どうする、俺を受け入れて、ヴァンパイアになる?」
ドラクルの真摯な問いに、アーマードタイガーは小さく頷く。
どうやら喋る事もできないほど衰弱しているようだ。
急がねばならない。
「分かった。じゃあやるよ。汝、我を受け入れ、我が眷属となれ」
ドラクルは儀式の言葉を口にすると。
「いくよ」
アーマードタイガーの首に噛みついて血を吸った。
続いて、その血を媒介としてアーマードタイガーの身体を支配する。
そしてアーマードタイガーの能力と、ヴァンパイアの特性とを組み合わせて眷属へと作り変える。
ただしこれは、心と心を、魂と魂とを繫げた時のみ行える事。
なので、相手が眷属となる事を受け入れていないと変化しない。
相手が眷属となる事を望んでいない吸血は、ただ相手の力を奪うだけだ。
(どうだろ? 上手くいったのかな? どうか助かりますように)
ドラクルの祈りが点に通じたのか。
グルルル……。
アーマードタイガーが、ユックリ身を起こした。
「よかった、助かったんだね」
ホッとするドラクルだったが、どうもアーマードタイガーの様子がおかしい。
ブルブルと身体を震わせていたかと思うと、
グルゥ!
7メートルもある身体が小さくなっていき、そして少女の姿へと変わった。
「あれ!?」
少女は自分の体のアチコチを眺め、動かし、そして触りまくる。
と、その姿は一瞬でアーマードタイガーの姿へと変わった。
と思ったら次の瞬間には、また少女の姿へと変わる。
そして直後、半獣半人の姿になる。
そんなアーマードタイガーを目にして、ドラクルは考え込む。
何が起こっているのだろう?
この世界には様々な魔獣が存在するが、人間の姿に変化できる魔獣などドラクルは聞いた事もない。
目の前で起こっている事が、自分の目が信じられない。
信じられないが、思い当たる事は、1つしかない。
「眷属になったからか?」
そんなドラクルの呟きが聞こえたのだろう。
「へえ、アーマードタイガーの姿にも、人間の姿にも、半獣の姿にもなれるんだ」
アーマードタイガーは、もう一度少女の姿になって話しかけてきた。
「ヴァンパイアの眷属になったら、こんなコトも出来るようになるんだ。ヴァンパイアって凄いんだね、ヴァンパイアさん。ううん、マスター」
そう口にした少女の年はドラクルより2歳くらい下だろうか。
引き締まった筋肉質の体はスポーツ選手のよう。
胸は大きく、ウエストは引き締まり、お尻は可愛く、足は長くてビックリするほど綺麗。
ショートの髪がよく見合う、野生的な美しさに輝く顔。
思わず見とれてしまうドラクルだったが、ここは理性を振り絞る。
「ええと、できれば何か服を着てくれないかな」
そう。
神レベルの美少女が裸で立っているのは、ドラクルにとって刺激が強すぎた。
「え? ワタシ、生まれた時から裸だから、服なんて持ってないよ?」
考えてみれば当然の事。
「ご、ごめん! ちょっと待ってて!」
ドラクルは大慌てで馬車に駆け込むと服の入ったカバンを引っ掻き回す。
「ええと、体を隠せそうなモノは……」
ドラクルは、取り敢えずシャツとベルトを少女に渡す。
「これを着て」
だが少女は不思議そうな顔のままだ。
「どうやったらイイか分かんない」
「し、仕方ない……」
ドラクルは少女にシャツを着せて、その細い腰にベルトを巻き付けた。
「今はこれでガマンしてね」
そう言いながら微笑むドラクルに、少女が口を開く。
「アーマードタイガー族の戦士、キャスだよ! …………です。これから宜しく! ……宜しくお願いします」
本来、ヴァンパイアの眷属になるという事は、家来になるようなもの。
眷属になった瞬間、マスターへの忠誠を本能に刻み込まれる。
だから無理に、丁寧な話し方をしようとしているのだろう。
が、ドラクルは家来が欲しかったワケではない。
「普通に喋ったらイイよ。俺はドラクル。よろしくね、キャス」
「うん、マスター!」
差し出したドラクルの右手を、キャスが嬉しそうに握り返す。
「ところで、何でキャスは大怪我して倒れていたの?」
ドラクルの問いに、キャスは眉間にシワをよせながら答える。
「人間にやられたの。ワタシはまだ成人前だから防御力も弱い。だから人間の兵器ごときに怪我を負わされちゃったの」
アーマードタイガーの毛皮は、人間の武器で傷つけられるモノではない。
しかしまだ子供であるキャスの防御力では、剣や槍を跳ね返す事ができなかったのだろう。
……7メートルを超える巨体で、まだ子供である事の方が驚きなのだが。
「でも良かった。マスターのおかげで死ななくて済んだわ」
明るく言うキャスに、ドラクルはちょっと迷ってから聞いてみる。
「ヴァンパイアの眷属になったコト、後悔してない? 運命通りに、自然の死を迎えたくなかった?」
ドラクルの眷属になったという事はヴァンパイア化したという事。
つまりキャスは、桁違いに長い人生を送る事になる。
それは大事な人が、必ず先に死んでしまうという事だ。
しかしドラクルの質問に、キャスはキョトンとしてから笑い出した。
「きゃははは! そんなワケないじゃん!」
そんなキャスに、ドラクルは尋ねる。
「ほ、本当に?」
「もちろん! アーマードタイガー族は何よりも強さを尊ぶ種族だもん。マスターにヴァンパイア化してもらって、今までよりズッと強くなれたコトは、素直に嬉しいよ」
眷属となった者の強さはマスターヴァンパイアが込めた魔力に左右される。
そして魔法こそ使えないものの、ドラクルの魔力量は他のヴァンパイアとは桁違い。
だからキャスの肉体は、以前とは比べ物にならないほど強化されていた。
「よかった。じゃ、改めて宜しく」
「はい、マスター。って、こんな森の奥で何してんの?」
キャスの質問に、ドラクルは苦笑いを浮かべると。
「実はね……」
魔法が仕えなくてイジメられていた事。
そして友達の勧めで『森』に6か月ほど隠れ住む事を説明した。
「何、それ! そのソウディーとか言うヤツ、ワタシが引き裂いてやる!」
ドラクルの説明を聞くなり、キャスが怒り狂う。
自分の事で腹を立ててくれる人がいるのは、幸せな事だな。
しみじみとそう思うドラクルに、キャスが続ける。
「マスターに強くしてもらった今のワタシなら、高位ヴァンパイアなんか一撃よ!」
(今なら高位ヴァンパイアなんか一撃? そういやさっきも今までよりズッと強くなったって言ってたけど、俺の眷属になる事でそんなに強くなったのか?)
ドラクルは、そんなバカな、と思ったが。
「ええ!? 明らかに高位ヴァンパイアより上だぞ!」
キャスの『気』を確かめて、目を丸くした。
「何て『気』だよ……高位ヴァンパイアを瞬殺できるレベルじゃないか……」
ヴァンパイアが人間を眷属化した場合。
最低でも、元の10倍の強さを得る。
しかしキャスは、どうやら100倍以上に強化されたようだ。
「俺に魔法の才能はないけど、眷属を作り出す才能なら、あるのかもな」
そう呟いた瞬間。
ドラクルはとんでもない力が体の奥底からマグマのように力が湧き上がってきているのを感じた。
「何だ、このとんでもない力は!?」
自分で自分の気を見る事はできない。
しかし身体にみなぎるこの力は、多分キャスより上だ。
「よーし」
ドラクルは近くにあった、10メートルほどの大岩駆け寄ると。
ごん。
拳を叩き付けてみた。
それは本当に軽く叩いただけだったが。
バクン。
大岩は真っ二つになったのだった。
ドラクルは、拳を見つめて小さく呟く。
「そうか、眷属を得るという事は互いに高め合うコト。キャスはヴァンパイアの能力を得ると同時に100倍にパワーアップし、俺は100倍にパワーアップしたアーマードタイガーの力を得たってワケか」
最初は役立たずの能力と考えた事を、ドラクルは反省する。
蚊の力を手に入れた能力は、アーマードタイガー相手にもその力を発揮してくれたのだ。
ドラクルは自分の能力に感謝しつつ呟く。
「モーリアン、6か月後に再会した時は、驚かせてやるからな」
2020 オオネ サクヤⒸ