第十三話 ワラキア
キャスの眷属となった事により、アーマードタイガー族の走行速度は、とんでもなくアップしている。
だから半日後にはミドラス帝国の首都に到着した。
直ぐにでも皇帝の居城に乗り込みたい!
これがドラクルの本音だ。
しかし。
このままアーマードタイガーと共に突入したら、全面戦争になってしまう。
しかしアーマードタイガーは人間の姿になっても、身長は2メートル超。
市民に紛れて皇帝の居城に向かおうにも、目立ち過ぎる。
だから。
「仕方ない。夜の闇に紛れて忍び込もう」
ドラクルは砂を噛むような思いで日没を待つと、全員を引き連れて皇帝の居城を目指したのだった。
皇帝の居城は巨大だった。
皇帝城前の広場は100万人の兵士が整列できるほど広い。
そして城の入り口は獣王姿のレオミアでさえ楽々と通れるほど大きかった。
入り口から続く通路も獣王がそのまま通れるサイズだ。
その巨大通路を、ズラリと壁に並んだ魔法の照明装置が昼間のように隅々まで照らしている。
「これじゃ、闇にまぎれて忍び込むワケにはいかないね、マスター」
キャスの言う通りだが、どれほど明るくても今は深夜。
気配を伺ってみると、少数の見回り兵が巡回しているだけだ。
「巡回のタイミングの隙をついて、うまく忍び込もう」
ウェポン族100人と、人間に姿を変えたアーマードタイガー100人
計200人をを引き連れて、ドラクルは皇帝の居城に突入する。
「で、これからどうするの、マスター」
巡回兵の気配を探りながら先頭を走るキャスが、ドラクルに聞いてきた。
「出来るだけ奥に進んで、スモーリアン達がドコにいるかを知ってる人間を捕まえたい」
ドラクルの答えにミウが呟く。
「となると、警備兵の隊長あたりでござるかな。皇帝城を警備する必要上、人や物の出入りに詳しいハズでござるから」
確かに何時、何処から何が皇帝の居城に入ってくるか知っていないと、万全の警備はできないだろう。
ドラクルはキャス、ミウ、レオミアだけに聞こえる程度の声を上げる。
「そうだな。じゃあミウの言った通り、警備兵の隊長に聞く事にしよう。巡回兵でも何でもイイから、ミドラス兵を発見したら捕まえて、警備隊長の居場所を聞き出そう」
「了解」
「承知」
「まかしときな」
3人が返事をしたところでドラクル達は、10万人の兵士が整列できるほど巨大な広間に到着した。
一際高く作られた場所に荘厳な玉座が据えられている。
おそらくここは、謁見の間なのだろう。
「何て広さなの……」
高さ300メートルを超える天井を見上げてアングリと口を開けているキャス。
「誰もいないというのに、魔法の明かりで真昼のようでござるな」
ミウも、真夜中なのに眩しく巨大広間を照らす照明を見上げている。
「ホント、すげぇ無駄だよな」
レオミアが呆れた声を上げたその時、いきなり声が響いた。
「そうでもないぞ。お前達のような珍客が稀に参る故な」
『!』
声のした方向に目をやると、いつの間にか1人の男が玉座に座っていた。
ほっそりとした、というよりひ弱は印象の若い男だ。
が、見た事がないほど豪華絢爛な服を着ている。
その豪華な服の男が、意外なほど威厳のある声を出した。
「我がミドラス帝国皇帝である!」
世界最大の国であるミドラス帝国の皇帝がこんな若造だったとは!
と驚くドラクル達だったが、そこにレオミアがただならぬ気配を漂わせて前へと進み出る。
「わざわざ名乗らなくても知ってるよ、ワラキア。4000年ぶりだな」
ミドラス帝国皇帝の名はワラキアというらしい。
そのワラキアを睨み付けるレオミアに、キャス思わず口を挟む。
「4000年!? アイツ4000歳なの!?」
目を丸くしているキャスにレオミアは苦笑する。
「お前等全員、知っているハズだぞ。アイツこそがヴァンパイアの真祖だ」
『えええええええええええええええええええええええ!!』
ドラクルもキャスもミウも、そしてウェポン族もアーマードタイガー族も、この場にいる全ての者が大声を上げた。
そんな中、レオミアが話を続ける。
「かつてアタシは魔族を人間から守ろうと、アイツと共に人間の国を幾つも滅ぼしたモンさ。4000年前、アイツが魔族の被害を防ぐ為、ミドラス帝国を建国して人間を同士討ちにさせる、と言いだす時まではな」
「ミドラス帝国を作ったのはヴァンパイアの真祖だったの!?」
驚くキャスにレオミアは顔を歪める。
「ああ。最初はアタシもミドラス帝国を建国して、人間を同士討ちさせるというワラキアの計画に協力したさ。でもアイツの本当の目的は違った。アタシは騙されてたんだ」
「本当の目的?」
キャスの問いに、レオミアは声を張り上げた。
「アイツの目的は、自分が強くなる事さ! ミドラス建国前、アタシと一緒に人間と戦っていたのは魔族の為じゃない! 人間の力を手に入れて、もっともっと強くなる為だったのさ!」
「でもそれは、どのヴァンパイアもやってる事じゃん」
キャスの声に、レオミアは暗い笑みを浮かべる。
「その通りだ。しかし17の国を滅ぼしたところでアイツの進歩は止まってしまった。おそらくだが、種としての成長の限界を迎えたんだと思う。でもより強くなる事を諦められないアイツはミドラス帝国を建国し、魔族と戦ってより強くなったミドラス兵の血を吸う事により、もっと強くなろうとしたのさ」
「それでミドラスは何度も魔界に侵略してきたんだ……」
頷くキャスを見てから、レオミアはドラクルに視線を移す。
「アタシはミドラス帝国の裏にアイツがいる事を皆に知らせた。しかし魔王をはじめとしてヴァンパイア族は『真祖様がそんな事をするワケがない』の一点張りだった。高位ヴァンパイアである魔王の言葉を他の魔族達も信じ、誰もアタシの言うコトを信じなかった。そこでアタシは魔族を見限って、魔界を出たのさ」
レオミアの怒りの籠った言葉に、ドラクルは思い出した。
「それで初めて会った時、俺達を灰にしようとしたんだね? レオミアを信じなかった、愚かなヴァンパイア族だったから」
ドラクルの言葉にレオミアは頷く。
「そうだ。アタシは愚かな魔族が滅びるのを高笑いしながら見ているつもりだったからな。しかしドラクルがデイウォカーだったのが分かって気が変わったのさ」
「どうして?」
レオミアの雰囲気が変わったのに気づいて、ドラクルは緊張しつつも尋ねてみた。
「高位ヴァンパイアの、ある一族がアタシと約束したのさ。もしアタシの話が本当なら大変な事になる。だから真祖と戦える子孫を生み出す努力をする、とな。アタシは口先だけだと思っていたが、ドラクルの力を見るかぎり、ツェペシュ一族は本気だったようだ」
「そ、それが……俺?」
レオミアの思いもしなかった説明に、ドラクルは呆然と呟く。
なぜなら彼のフルネームはドラクル=ヴラド=ツェペシュだったから。
「俺は真祖と戦う為に……その為だけに生み出されたのか……? 散々能無しとバカにされてた俺が……?」
頭が混乱して何も考えられなくなるドラクルの肩を、キャスが懸命に揺さぶる。
「マスター! マスター、しっかりして! ここに何しに来たの!モーリアンさんを助ける為でしょ!!」
キャスの叫びに、ドラクルはハッと自分を取り戻した。
「そ、そうだったな。考え込むのはモーリアンを取り戻してからだ。キャス、ありがとう」
ドラクルはキャスの頬にそっと触れてから、ワラキアを問いただす。
「モーリアンをどうした!」
ドラクルの叫びにワラキアは平然と答える。
「もちろん大切に保護している。大事な神化の鍵だからな」
「神化の鍵?」
聞き返すドラクルにワラキアは邪悪な笑みを浮かべた。
「獣王も誤解しているようだが、我の目標は神となる事だ」
平然とそう答えるワラキアにレオミアが殺気の籠った声を上げる。
「神だと?」
「さよう、神の力を得る事だ。しかし、いくら魔族と戦って強くなった人間の血を吸っても神には届かなかった。塵も積もれば山となるというが、いくら積もっても塵は塵なのだ」
遠い目をするワラキアに、レオミアが冷たい声を上げる。
「当たり前だ。無駄な努力だったな」
「しかしレオミア、オマエも知っていよう。竜族の中には神の力を持つ存在、つまり『龍神』へと神化する者がいる事を」
ワラキアの言葉にレオミアは目を見開く。
「キサマ、まさか……」
「そうだ。我は竜と同じように、神へと至る方法を探し求めた。そして発見したのだ。魔族の心臓を人間に食わせると、人という種のレベルを遥かに超える存在に進化する事を!」
大声を張り上げるワラキアに、レオミアも大声で言い返した。
「人間を強くしてどうすんだよ!」
そんなレオミアに、ワラキアはバカにしたように言う。
「話は最後まで聞くものだ。いいか、良く聞け。魔族の心臓を魔族が食べても強くはならない。しかし、魔族の心臓を食って強くなった神化兵の心臓を食べると、魔族は食らった神化兵の10倍の強さを得る事が出来るのだ。神化兵の心臓を食らって、我は神の力を手に入れてみせる!」
「そ、それが目的だったのか……しかし人間が、自分の心臓を喜んで差し出すとは思えない。自分が強くした人間との戦いになるだけだろ」
レオミアが冷や汗を流しながら発した言葉に、ワラキアがニヤリと笑った。
「そこが1番苦労したトコロだ。皇帝は神の化身で、その神の化身に心臓を捧げれば、天国に行けると洗脳するのに4000年を費やしたよ。おかげで今、安心して我が兵士を神化兵に変える事が出来る様になったのだ」
そしてワラキアがパチンと指を鳴らすと。
ザザザザザザザザ!
ワラキアの背後に、1000人を超える人影が整列した。
「この者達がA級進化兵だ。ケルベロス、グリフィン、キメラ、ユニコーン、マンティコア、フェンリル、ペガサス、スレイプニル……多くの魔獣の心臓を何世代も人間に食わせ続けて作り上げた、獣王を超える力を持った戦士達だ。まあ、コイツ等の力は魔族の方が良く知っていると思うがな」
「どういう意味だ?」
鋭い目で聞き返すレオミアを、ワラキアが嘲笑う。
「まだ分からぬか? 100年に1度生まれ、魔族に大被害を与えてきた勇者こそが、A級神化兵の試作品なのだ」
『な!』
これにはドラクル達全員が声を上げた。
「丁度100年ごとに、人間とは思えないほどの戦闘力を持つ勇者と呼ばれる者が生まれる事を不思議と思わなかったのか? 勇者に軍隊を同行させれば魔界征服すら可能なのに、勇者がたった1人か、せいぜい数名のパーティーでしか魔界を攻めなかった事を、不思議に思わなかったのか?」
「くぅ……」
言葉にならないレオミアに、ワラキアが芝居かかった仕草で両手を掲げる。
「全てはA級神化兵完成の為の実験だったのだ! 獣王に匹敵する強さを備えた兵士を生み出す為のな!」
大魔王の配下には、10人の魔王が率いる魔王軍がある。
100年ごとに勇者が現れ、魔王軍を全滅させ、魔王を打ち取ってきた。
しかし不思議な事に勇者は魔王を1人倒したら、そこで戦いを止め、人間の国に帰っていくのだ。
大魔王の存在を人間は知らないから魔王を倒せば戦いは終わりと思い込むのだろう。
という認識がいつの間にか魔界の常識になっていた。
しかし、その全てはワラキアの実験に過ぎなかったのだ。
ドラクルはこの新事実を耳にして、気が遠くなるような感覚に襲われる。
スケールが違い過ぎる、と。
しかし、レオミアは違った。
「へぇ、アタシに匹敵する、ねぇ。本当にそうか試してみないか?」
口元から牙をむいてワラキアを挑発する。
「くくく、よかろう。A級神化兵の力、しっかりと味わうが良い」
ワラキアが言うと同時に、1人の神化兵が前に出た。
「A級神化兵の中でも10本の指に入る戦士、ショウキだ」
ワラキアがショウキと呼んだ兵士が身構える。
全身を装甲板が覆うタイプの鎧を着こんでいるが、武器を何も持っていない。
「10本の指に入るだぁ? 1番を出しときゃ良かったと後悔させてやるよ! まあ1番でも結果は同じだがな!」
雄叫びを上げながらレオミアはショウキに襲いかかった。
バヒュ! ゴヒュ! ブォン!
音速を超えるレオミアの拳が、何発もショウキへと撃ち込まれる。
が、そのことごとくをショウキは叩き落とした。
しかも片手で。
「こ、こんのぉ!」
レオミアはすかさず次の攻撃を繰り出そうとするが。
どん!
「ぐお!」
寸前で、ショウキの蹴りを腹に食らってしまった。
「ぐお! こ、こんな……」
腹を押さえてうずくまるレオミアに、ワラキアが語りかける。
「獣王が最大の障害となる事は4000年前から分かっていた。だから獣王を超える力を持つ神化兵を作り上げる事を目標としてきたのだ。その力を我が吸収するのだから一石二鳥の計画でもあるがな」
勝ち誇るワラキアの前に、今度はドラクルが歩み出た。
「で、モーリアンはどこだ」
そんなドラクルにワラキアが楽しそうに口を開く。
「ここにおる」
そう言うと同時にワラキアの後ろに控えていたA級神化兵が音もなく左右に別れ、10個の檻が広間に運び込まれた。
その中の1つに。
「モーリアン!」
モーリアンの姿を発見して、ドラクルは唇を噛んだのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ




