第十一話 タイラント
レオミアはあっという間にアーマードタイガーの里の上空に到着したが。
「もう取り囲まれちゃってる!」
キャスが声を上げたように、アーマードタイガー族の里は既に、ミドラス軍によって包囲されていた。
どうやらウェポン族を襲った部隊とは別の部隊を展開していたようだ。
これでは、いつ攻め込まれてもおかしくない。
「でも、今度は1000人程度しかいないな」
呟くドラクルに、ミウが厳しい顔で答える。
「でも、間違いなく全員が神化兵でござる」
「しかもザンパで戦った神化兵よりもズッと強いよ」
そう口にしたキャスの顔が青い。
仲間が心配なのだろう。
「じゃあミドラスに気付かれないように、今度はコッソリ着陸するぞ」
そう口にすると同時にレオミアは、背中から3対の翼を生やした6本腕の人間へと身を変えた。
当然ながら、いきなり足場を失ったドラクル達は空中に投げ出されてしまう。
『!』
ドラクル達3人が、声を上げてミドラス軍に気付かれるとマズイ!
と必死に悲鳴を押し殺した、その次の瞬間。
「そんなにビックリすんなよ。アタシを信頼しな」
レオミアが3組の腕でドラクル達をキャッチした。
そんなレオミアに、よほど怖かったらしくキャスが半泣きで抗議する。
「先に言えよ、心臓が口から飛び出ると思っただろ!」
それはドラクルも同感だった。
が、そのかいあって誰にも気づかれる事なくアーマードタイガーの里に着陸できたのだった。
アーマードタイガーの里は中心部が広場になっていた。
そこに300頭ほどのアーマードタイガーの姿が見える。
20メートルを超える巨体で、鋼の様な筋肉の鎧を纏った最強の魔獣達だ。
キャスはアーマードタイガーの群れに駆け寄ると。
「ミドラス軍に包囲されてる事に気付いてる!?」
一際大きなアーマードタイガーに大声で尋ねた。
「もちろんだ。というよりお前は何者だ?」
30メートル近いアーマードタイガーが、キャスをうさん臭そうに見下ろす。
「妹も分かんなくなったの、バカ兄貴!」
この一際巨大なアーマードタイガーがキャスの兄らしい。
そんな兄に向かってキャスは、アーマードタイガーの姿に戻ってみせる。
「キャス!?」
「ミドラスは魔族や魔獣の生き血を飲んだり、心臓を食らったら凄まじくパワーアップする事を発見したの。今ここを取り囲んでいるヤツ等は、そうやって強さを手に入れた神化兵よ。ミドラス軍と戦うのは危険だよ。逃げて魔王軍にこの事を知らせて!」
しかしキャスの兄は、聞き入れる気などなさそうだ。
「キャス、オレ達は竜とも互角に戦える、最強の魔獣だぞ。人間が少し強い力を手に入れたくらいで逃げ出す事なんか出来るワケないだろ」
キャスの兄の言葉に1頭のアーマードタイガーが頷く。
「キャス、タイラントの言う通りだ。おれ達が人間ごときに負ける筈がない」
キャスの兄はタイラントという名なのか。
などと場違いな感想を漏らすドラクルの横で、キャスは必死に説得を試みる。
「戦ったら負けるわ。殺されてから後悔しても遅いんだよ!」
しかしタイラントは耳を貸さない。
「お前はいつからアーマードタイガーの誇りを忘れた? 人間ごときを恐れてどうする?」
「死んだら誇りもクソもないよ!」
「アーマードタイガー族はミドラス軍と戦う。もうこれは決定事項だ」
話を打ち切るタイラントに、キャスは怒鳴る。
「じゃあせめてワタシの眷属になれ! 今より強くなるんだから文句ないだろ!」
その言葉にアーマードタイガー族全体に動揺が走った。
そんな中、タイラントが震える声でキャスに尋ねる。
「け、眷属!? 今眷属と言ったのか?」
そんな兄の問いに、もう1度人間の姿になるキャス。
「そうよ。ミドラスと戦って瀕死の重傷を負ったワタシをマスターが助けてくれたの」
少し顔を赤らめて、キャスはドラクルの腕に抱き付いた。
いかにドラクルを信用しているかを示す為の行為だったが、これはマズかったようだ。
「眷属……キャスがヴァンパイアの眷属に? ………………………………き、きっさまァ、オレの大事な妹に何をしやがったァ!!!」
タイラントは暫く立ち尽くした後。
急に怒りを露わにしてドラクルに飛び掛かった。
だが。
「わ! こ、このバカ兄貴!」
キャスはドラクルの前に立ち塞がると、見事なジャンピングアッパーを放った。
ボッコォン!
「どわぐらげらばぁぁぁぁ……ぶげ!」
キャスの一撃を食らって、タイラントは100メートル以上も吹っ飛んでから岩に激突した。
実の兄だというのに気持ちイイくらい手加減がない。
「な、何が起こったんだ!?」
フラフラと立ち上がるタイラントにキャスが大声を上げる。
「これがマスターの眷属になってワタシが得た力よ!」
「何だと!」
タイラントが目を見開いた、その時。
ヒュン!
「ごあぁぁぁぁぁぁぁ!」
高速で飛来した槍が後ろ足に突き刺さり、タイラントは怒りの咆哮を上げた。
刺さった槍をよく見てみると、柄から鎖が伸びている。
「何だ、これは!」
タイラントが叫ぶと同時に1000人の神化兵が姿を現し。
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅ!
一斉に槍を投げつけて来た。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
「ごぉぉぉぉぉぉ!」
「ぐおぉぉぉぉぉ!」
「ぎゃおおおおん!」
「がるるるるるる!」
あちこちでアーマードタイガーが悲鳴を上げ、そして槍から伸びた鎖がギリギリと巻き取られていく。
「く、くそ!」
「何だ、この力は!」
「アーマードタイガーより力が強い!?」
槍が突き刺さったアーマードタイガー達がズルズルと引きずられていく中。
「ふざけるな!」
タイラントが必死に抵抗する。
「これしき!」
タイラントは力任せに槍を引っこ抜こうとした。
が、槍の穂先は特殊な形状をしているらしく肉に食い込んで抜く事ができない。
「なら!」
今度は鎖を食い千切ろうとする。
しかし鎖の強度はとんでもないレベルで、これも失敗に終わった。
「うおぉぉぉぉぉぉ」
そして全力で踏ん張っているのに、タイラントはズルズルと引きずられていく。
「このオレ様が力で人間に負けるだと!? そんな馬鹿な……」
唖然とするタイラントに、更に1本の槍が刺さった。
「ぐがぁぁぁぁぁぁ!」
怒り狂うタイラントの姿に、指揮官らしき神化兵が怒鳴る。
「最強の魔獣と言われたアーマードタイガーの力、必ず我らのモノにするぞ!」
指揮官が叫ぶと同時に。
ドスドスドスドス!
更に数本の槍が飛んで来てタイラントの体に突き刺さった。
「痛ってえぇぇ! くっそぉぉぉぉぉ!」
転げまわるタイラント。
「だから言ったろ、このバカ兄貴!」
キャスはそう叫ぶとアーマードタイガーに姿を変え。
「ごるるるるるるる!」
タイラントに刺さった槍から伸びる鎖を握っている神化兵に襲いかかった。
一瞬で神化兵20名を倒したキャスの強さに、アーマードタイガー達が一斉にどよめく。
「何という強さだ!」
「一瞬だったぞ!」
「動きが見えなかった……」
「本当にあれはキャスか?」
「タイラントよりも遥かに強いじゃないか!」
「あれがヴァンパイアの眷属……」
しかし敵も手強い。
キャスはあっという間に30人を超える神化兵に包囲されてしまう。
「これは逸材だ! 絶対に捕らえて我らの力とするぞ!」
指揮官が叫ぶと、幾つもの金属製の網がキャスに向かって投げつけられた。
敵の動きを奪うという一点に置いて、網とは最高レベルの道具だ。
幾つもの網に絡み取られては、どんなに力のある者でも動けなくなってしまう。
しかしキャスは1人で戦っている訳ではない。
「きえぇぇぇ!」
ミウが裂ぱくの気合いと共に刀を振るって、全ての網を斬り裂くと同時に。
「おっりゃあ!」
半獣の姿となったレオミアが、キャスを網で絡め取ろうとしていた神化兵を一瞬で蹴散らした。
獣王の名に恥じぬ凄まじい強さだ。
『どうだ!』
声を揃えるミウとレオミアに、司令官が怒鳴る。
「ふん、まだ兵は900名以上残っている。全員、戦闘隊形をとれ!」
その命令に神化兵が整列して武器を構えた。
殺す事もいとわない、という考えがヒシヒシと伝わってくる。
おそらく生き血を飲んで強くなる事は諦め、心臓を食って強くなる事に目的を絞ったのだろう。
それでもドラクル達は生き残れる。
いや、神化兵を全滅させる事すら可能だ。
しかしアーマードタイガー達全員を守るコトはできない。
900の神化兵を全滅させるまでには、多くのアーマードタイガーが犠牲になってしまう。
そんな状況を、タイラントも十分に理解していた。
悔しさに牙を噛み鳴らしながら、タイラントはアーマードタイガー一同に向けて詫びる。
「すまない。オレの考えが甘かった為、オマエ達を危険に晒してしまった。オレが時間を稼ぐから、1人でも多く逃げてくれ」
そしてタイラントは神化兵を睨み付けながら、ドラクルに頼み込む。
「今までの事、すまなかった。今更と思うだろうが、アーマードタイガー族には女も子供もいる。女子供の為、オレに力を貸してくれないか」
そしてタイラントはミドラス軍の前に立つ。
「オレの命、ここで捨てる」
毅然とそう言い放つと、タイラントはただ1人、ミドラス軍へと突っ込んだ。
いや突っ込もうとしたのだが……。
その後ろ足は、ドラクルにガシッと捕まれてしまう。
「な、何を……」
戸惑った声を上げるタイラントに、ドラクルは神化兵の背後を指差す。
「救援部隊の到着だ」
ドラクルが言うと同時に。
『ちぇいすとぉ!!』
神化兵の隊列の後ろから、マサムネ率いるウェポン族100人が襲いかかった。
確かに襲撃してきた神化兵は、かなりのレベルだった。
だが、ドラクルの眷属になって強化されたウェポン族の敵ではない。
ウェポン族は面白いくらい簡単に神化兵を斬り倒していく。
そして、最後の神化兵が地面に転がったところで。
「ドラクル様!」
全ての神化兵に止めを刺した事を確認したマサムネが、ドラクルの元へやって来た。
「1番いいトコロを横取りしてしまったでござろうか?」
笑みを浮かべるマサムネに、ドラクルよりも早く、タイラントが口を開く。
「ウェポン族が勇猛なのは知っていたが、これほど強いとは! ハッキリ言ってオレはウェポン族などアーマードタイガー族と比べたら、取るに足らぬ戦闘力しか持っていないと思っていた。今までの思い上がりを謝罪する」
頭を下げるタイラントにマサムネが首を横に振る。
「いや、其方の言う通り、アーマードタイガー族はウェポン族より遥かに強いでござるよ。我らはヴァンパイアの眷属となったゆえ戦闘力がアップしただけでござる」
マサムネの言葉にアーマードタイガー族全体がさわめく。
「眷属になったらあれほど強くなれるのか……」
「ならキャスの言う通りにしておいたら良かった……」
などとヒソヒソ交わされる言葉を聞くまでもなく、それはタイラントが一番感じている事だった。
素直にキャスの眷属になっていれば、こんな危険な状態に陥ることなどなかったのだ。
と、うなだれるタイラントだったが、そこにキャスの声。
「だからワタシが言ったでしょ、バカ兄貴!」
『その通り だから余計に 腹が立ち』
とはどこの言葉だったか。
本当の事だから。
そして指摘したのが妹だから。
余計にイラっとなるタイラント。
しかも大事にしていた妹が見知らぬ男の隣に寄り添っていたモンだから、タイラントはキレてしまう。
「やかましい! 俺は自分より弱いヤツになんか従わない! おい、お前!」
ドラクルをビシッと指差すタイラントに、キャスがものすごい剣幕で怒鳴り返す。
「お前じゃないやい! マスターにはドラクルって名前があるんだ!」
本気で怒るキャスに、少し気圧されながらもタイラントは続ける。
「お、おう……おいドラクル、オレと勝負しろ!」
「は?」
意外な申し出にドラクルは目を丸くした。
「オレが負けたら何でも言うコトを聞いてやるが、オレが勝ったら妹を返してもらう。1対1の勝負だ!」
言いがかり以外の何でもない。
が、妹を大事に思っている事だけは伝わってきた。
だからドラクルは仕方なく前に出る……が。
それより早くレオミアが獣王の姿となり、タイラントに重々しい声で告げた。
「このドラクルはヴァンパイアの真祖の力を持っているから、人間以外も眷属に出来る。そしてアタシもキャスもミウもドラクルの眷属だ。つまりドラクルはキャスのアーマードタイガーを遥かの超える戦闘力、ミウのウェポン族400人分の力をその身に宿している。もちろんアタシの力もな」
その言葉にタイラントはレオミアの巨体を見上げる。
アーマードタイガー族ではズバ抜けた体躯を誇るタイラントの10倍以上の質量の巨体だ。
そして体格差以上に絶望的なほど戦闘能力に差がある事がヒシヒシと伝わって来る。
レオミアを怒らせたら、その瞬間にミンチになるのは明白だ。
そしてドラクル、この獣王の力を得ている。
キャスの力も。
加えて、タイラントが手も足も出なかった神化兵を瞬殺した全ウェポン族の力まで合わせ持つ。
その事実に、タイラントの頭に上っていた血が氷よりも冷たくなる。
と同時に自分が喧嘩を売ったドラクルの桁外れの戦闘力に、今更ながら気がついた。
このままでは骨さえこの世に残らない。
その事に気づいたタイラントは反射的に腹を見せて降参のポーズをとる。
「ごろごろごろ……」
そんなタイラントに、キャスは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「まったくもう恥ずかしいわね! 兄貴には愛想が尽きたわ!」
プンプンと怒るキャスをミウがつつく。
「でもキャス殿、アーマードタイガー族全員も降参のポーズをとってござるぞ」
「え!?」
見回してみると、ミウの言った通り全てのアーマードタイガーが腹を上にしてひっくり返っていた。
その光景に赤くなったり、顔をしかめたりした後で。
「ミンナ立て―――――――!」
キャスはありったけの声で怒鳴る。
「フギャァ!」
飛び起きるアーマードタイガー達にキャスは大声で言い渡す。
「アンタ等全員、ワタシの眷属になるのよ! いいわね!」
『は、はい!!』
こうしてアーマードタイガー達は、自ら進んでキャスの眷属となったのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ




