第一話 モーリアン
「おい、能無し!」
ドス!
嘲るような声と共に、ドラクルの脚に一本の矢が刺さり激痛が走った。
しかし痛みなど大した事ではない。
心に渦巻く、この悔しさに比べれば。
「くそ」
ドラクルは小さく吐き捨てた。
矢を射かけてきたのはヤツの名はソウディーという。
ドラクルと同じ16歳だ。
いつも4人の手下を引き連れて、何かとドラクルに絡んでくるカスだ。
ドラクルは高位ヴァンパイア。
木の杭を心臓に打ち込まれでもしない限り、致命傷になりはしない。
それでも、矢を射かけるなんてイジメの範疇を超えている。
慌てて逃げ出すドラクルだったが。
ドス!
その背中にもう1本、矢がグサリと突き刺さった。
「なんで俺ばっかり狙うんだよ、チクショウ!」
ドラクルは全力で駆け出すと小道に飛び込む。
そして何度も道を曲がって、ソウディー達を振り切った。
彼の身体能力は高位ヴァンパイアの中でも高い方だ。
だから、ソウディー達を振り切る事は難しい事ではない。
しかしこうして物陰に隠れていると悔しくて、悲しくて、恨めしくて、やり切れなくて涙が溢れてくる。
ソウディーにイジメられるようになったのは、6歳の頃だったろうか。
ここ、ヴァンパイアシティーは巨大な岩をくり貫いて作られた城塞都市だ。
高位ヴァンパイア500人が暮らしている。
高位ヴァンパイアの1番の特徴は、世界一といわれる魔力の高さ。
そしてその魔力に支えられた、城さえ打ち砕くほど強力な攻撃魔法だ。
ちなみにヴァンパイア族の王は魔王軍のトップ、すなわち魔王でもある。
このヴァパイアシティーの生活レベルは高い。
子供達は6歳になったら学校に通う。
高位ヴァンパイアの特徴である魔力を伸ばす為だ。
その学校に入学した当時。
ドラクルは、大人の100倍もの魔力を持っている事が判明した。
最初は羨望の目で見られた。
が、それほどの魔力を持ちながら魔法が一切使えない事が判明すると、羨望の目は一気に蔑みへと変わる。
こうしてドラクルはイジメられるようになった。
その中心が、ガキ大将のソウディーとその子分だ。
子供の頃は悪口を言われるだけだった。
しかしやがて、石を投げつけられるようになる。
そして最近は、矢で撃たれるほど過激になってきていた。
「くそ! くそ! くそ! くそ! 俺に魔法が使えたら、ソウディーなんか灰にしてやるのに!」
そう。魔力だけは6歳の時よりも遥かにアップしているドラクルだ。
魔法さえ使えればソウディーが何万人いても蹴散らす事ができたはず。
そんな悔し涙をグイッとドラクルが拳で拭いた時。
「ドラクル、またやられたの⁉」
そう叫んで女の子が駆け寄ってきた。
ドラクルをバカにしない唯一の友達、幼馴染みのスモーリアンだ。
高位ヴァンパイアは、美形である事でも有名だ。
その中にあって別格の美少女であるモーリアンは皆の憧れでもある。
もちろんドラクルもその1人だ。
「ちょっと我慢してね」
モーリアンが、ドラクルの背中に刺さっていた矢を引き抜く。
そして急いで回復魔法を唱えようするが。
「大丈夫だよ、すぐに治る」
無理に笑顔を作るドラクルの背中から、スウッと傷が消えた。
「いつもながら、凄い治癒力ね。やっぱり魔力が桁違いだからかな」
感心するモーリアンが、真顔になる。
ヴァンパイアシティーどころか大陸一の美少女だなぁ。
などとドラクルが見とれていると。
「ねえドラクル。6か月ほど森に隠れてて。このままじゃ、どんどんイジメがエスカレートして、最後にはイジメ殺させちゃうよ」
確かに今日、ソウディー達が使った矢は戦用の本物だった。
このままではどこまでエスカレートするか分かったものではない。
何しろヴァンパイアは、殺されても生き血をかけるだけで蘇えるのだから、イジメにも手加減がない。
「でも隠れたって何も変わらないんじゃないかな……」
言い返すドラクルの手を、スモーリアンが両手で握り締めて力説する。
「大丈夫、私に考えがあるの。私を信じて6か月の間、『森』に隠れててくれない?」
こんなに真剣なモーリアンを見るのは初めてだった。
でもモーリアンは、ドラクルとの約束を破った事は1度もない。
だからドラクルは、モーリアンの言う通りにする事を即決した。
「分かったよ。スティレットを信じて6か月、『森』に隠れている」
そう答えたドラクルに、モーリアンが太陽のように眩しい笑顔になる。
まあ、見た時は灰になる時だから、1度も太陽を見たコトはないが。
「じゃあ明日の夜にでも出発するよ」
「うん、見送りに行くね」
こうしてドラクルは『森』に隠れ事が決定した。
実はドラクルの生まれた家はヴァンパイアシティーで1番の名家。
平たく言えば領主の家系だ。
つまり経済的にも豊か。
それが理由だろう。
『森』で生活したいと伝えたら、生活道具一式を積んだ立派な大型馬車を用意してくれた。
魔法が使えないドラクルは『一族の恥』扱いだ。
だから、厄介払いができたと喜んでいるのが見え見えだった。
しかし、それでも馬車は馬車。
ドラクルはありがたく馬車を貰う事にした。
こうして『森』へと向かおうとすると。
モーリアンが駆けつけてくれた。
「元気でね。必ず私が何とかするから、6か月、隠れていてね」
モーリアンが、目を潤ませながらドラクルに抱き付く。
「うん。6か月の間、俺だけの何かをさがしてみるモーリアンに胸をはって再会できる何かを探してみるよ」
ドラクルは華奢なモーリアンの背中を抱き締めかえしながら囁いた。
「うん。無理しないでね」
「ああ。じゃあ行くね」
ドラクルはもう1度モーリアンを抱き締めてから、馬車の手綱をとる。
「気をつけてね」
いつまでも手を振るモーリアンの姿に熱いものを胸に感じながら、ドラクルは『森』を目指したのだった。
ヴァンパイアの弱点は2つ。
日光を浴びたら灰になる事と、心臓に木の杭を突き刺されると死ぬ事だ。
しかし心臓に木の杭が刺さったらヴァンパイアじゃなくても死ぬだろう。
つまり、ヴァンパイアの弱点は日光だけと思っていい。
だからドラクルは、その日光を避けるため、昼間は物陰に隠れ夜にだけ移動する。
ちなみに実家が用意してくれた馬車の馬は普通の馬ではない。
普通の20倍もの能力を持つ知恵ある魔獣=スチールホースだ。
そのスチールホースのおかげで。
「これが『森」かぁ」
ドラクルは、たった10日で『森』へと到着したのだった。
「思っていたよりデカい樹だな」
ドラクルは巨大な木を見上げた。
こうして巨大な『森』の木を見上げていると、自分が小人になったような気がしてくる。
100年ほど前の大戦を最後に、人間は魔族への進攻を中断している。
その理由の1つが魔族の支配する地域と人間の支配する地域との間にある、この広大な森林地帯だ。
魔族でも人間でも『森』と言えばここをさす。
『森』には虎、熊、ライオン、サーベルタイガー、豹、など人間には脅威となる獣が多く生息している。
しかし高位ヴァンパイアであるドラクルの肉体は、人間よりも遥かに強力。
獣など素手でも簡単に倒せる。
ちなみに『森』には、魔獣と呼ばれる生物も存在する。
獣と比べて桁違い強く、言葉を喋る生物だ。
しかし魔獣は、高位ヴァンパイアと友好関係にある。
だから、『森』に棲みついている魔獣も脅威ではない。
そのうえ広大な『森』を構成する木々の高さは一00メートル以上。
その木々が、日光を遮ってくれている。
つまり『森』は、ドラクルにとって快適な生活環境と言える。
「つい勢いで、俺だけの能力を探してみる! なんて偉そうなコトをモーリアンに言っちゃったけど、見つかるかなぁ……はぁ、魔法が使えたらなぁ」
ドラクルはため息をつくと、大木の間をぬうようにして馬車を進めた。
ドラクルは今、6か月間の住処となる場所を探している。
水が手に入り易い場所が理想だが、川の近くは大雨で増水したら危険だ。
虫を避けるには、乾燥している土地がイイ。
地面が平らな方がテントを設置しやすい。
その条件を満たす場所が理想だ。
「ま、急ぐ必要もないし、ノンビリ探すか」
実家が用意してくれた馬車は12人乗り。
なので、生活必需品を満載しているが、寝るスペースくらいはある。
馬車の中で寝起きしたってかまわないので、焦る必要はない。
「でも腹減ったな」
そう呟くと同時にドラクルの腹がグウっと鳴った。
ちなみにヴァンパイアは人間と同じ物を食べて生活している。
人間が考えているように、人の生き血だけを吸って生きている訳ではない。
ヴァンパイアが人間の血を吸う目的は主に2つある。
1つは相手の力を手に入れる為だ。
10人から血を吸えば10人分。
100人から血を吸えば100人分、ヴァンパイアは強くなる。
これが歳を経たヴァンパイアほど強いと言われる理由だ。
ただし生き血を吸って強くなれるのは人間のみ。
人間以外の生き物の血を吸っても強くなる事はない。
もう1つは、血を吸った相手をヴァンパイアの眷属にする為。
分かり易く言えば、部下ヴァンパイアにする為だ。
しかしこれには、相手の同意が必要となる。
相手が望まない限り、血を吸ってもヴァンパイアとなる事はない。
もちろん眷属に出来るのは人間だけだ。
という訳で、馬車には食料も大量に積んでいる。
「取り敢えず、持ってきた食べ物を……」
ドラクルは馬車に積んだ食料を探す為に馬車を止めようとするが、その時。
ぷ~~~~ん。
耳元で聞こえた蚊の音に、ドラクルはパァンと反射的に手を打ち合わす。
「やったか!?」
開いた手には蚊の死体があった。
すでに誰かを刺していたらしく、血のシミが手に付いている。
腹が減っていたせいか、ドラクルは反射的に血を舐め取った。
舐め取ってから、ドラクルは蚊の死骸を飲み込んでしまった事に気がつく。
「ぺぺぺ! くそ、つい飲み込んじまったじゃねえか……え?」
と、そこで。
体に違和感を覚えたドラクルは、違和感に意識を集中させてみる。
口ではうまく説明できないその感覚を右手に集中させてみると。
プ~~ン!
手の平から無数の蚊が出現した。
と同時に、ドラクルの頭の中に無数の映像が流れ込んできた。
「これは!?」
どうやら蚊の1匹1匹が目にしている光景のようだ。
しかもドラクルと意識を共有しているらしく、全ての蚊を自在に操れる。
「体を蚊に変化させる能力?」
試してみると。
腕、肘、肩、背中、足首、膝、首……。
全身の、どの部分であろうとも蚊に変化させる事ができた。
「やったー! スゲェぜ! 俺だけの能力だぜ!」
ドラクルは飛び上がって喜ぶが、すぐに我に返る。
「って、よく考えたら、変身して今より弱くなってどうすんだよ!」
そう。
高位ヴァンパイアであるドラクルのパワーは、猛獣を簡単に引き裂く。
戦闘能力など無いに等しい蚊に変身して、何のメリットがあるというのか。
「はぁ~~、モーリアンに自慢できると思ったのになぁ」
ガックリと肩を落としたトコで、ドラクルは。
「ん?」
馬車の行く手を塞ぐ影に気付いた。
7メートルを超える巨体に、前足の肩の部分から生えた戦闘用の腕。
魔獣最強と言われるアーマードタイガーだ。
しかし、最強とまで言われた魔獣は血だらけで倒れていた。
何がアーマードタイガーの身の上に起こったのだろう。
「ど、どうしたんですか!?」
ドラクルは馬車から飛び降りると、アーマードタイガーに駆け寄ったのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ