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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
亡き月のクライムレディ編(Act 13)
99/205

凛と激しく(1)

「――“贖え叛徒よ、その血は 月を照らす”」


 薄汚れた茶色いボロきれをまとう少女が――左手の甲を口元にあげ、顔の下半分を覆い隠す。その手に握られし真月剣パニッシュメント・ルナの剣先は地を向き、光輝く刃に月の王座を簒奪した偽王と神判騎士のキラびやかな甲冑姿が映る。


「戯れ言を! 叛徒なるは貴様よ、ルナシール家の残り火め!」

「月はすでにメクシオン家のものだ! 不当な血脈は月から去れ!」

「この反逆姫が! 月の法たる神判騎士たちよ、やってしまうのだ!」


 次々と襲いかかる神判騎士。少女は華麗な身のこなしで男たちをかわすと、左手のパニッシュメント・ルナを一振りし、甲冑ごと造作もなく切り伏せる。

 大の男たちがくずおれる。あまりの一瞬の出来事に、騎士長はうろたえた。


「ぐ、ぐぬぬ! おのれ反逆姫! 覚えておれ!」


 そうして場に残ったのは、焼け崩れた元王族の隠れ家と、その風体には似つかわしくない高貴な真月剣を持つ、ボロぎれをまとった少女だけだった。

 彼女が頭のローブを脱ぐと、首元から純白の王族衣装がのぞく。ボロ布の奥に隠された金髪を月風で揺らしながら、ポツリと。少女は復讐を決意した。


「待っていてください、父上、母上。サキは必ず、月の代償を支払わせます」


 少女の決意の言葉に続き、画面からはおおよそ物語とは関連がなさそうな激しいロックサウンドが流れてきて、次々とスタッフロールが映りはじめると――。



――――――――――――――――――――――――――



「ふおお! かっこいい! サキかっこいい! 私も復讐したい!」

「リン、なにに復讐するつもりなのですか」

「えーっと、月とか、地球とか」

「まったく。リン、復讐というのは嫌なことをされないとできませんよ」

「いーの! 復讐のために復讐するんだから! ひひひ」


 二〇二八年。秋分の季節。

 味わい深い木と畳に包まれた、掘りごたつのある和室の居間にて。


 小学六年生も半ばをすぎた二人の女の子が、今も画面に流されているTVアニメ「亡き月のクライムレディ」を前に、かたや想いを発散し、かたやそれを押しとどめている。最近では毎週恒例となった、七咲鈴子と京町紫織の様子だ。


 年齢相応の幼い顔つきにはお似合いの、鈴のようにコロコロとした両目。大好きなアニメを前にゆるんだ口元は「にへらあ」ととろけている。

 隣に座る少女のビシッと切りそろえた真一文字の後ろ髪と比べると、肩口の毛先はふぞろい。それがそのまま彼女の乙女戦闘力の低さを表しているかのようだが、後ろ髪をとめる三式菫を象ったバレッタタイプの和風の髪留めが、女子力の崩壊をせき止めている。形見というほどでもないが、亡くなった祖母の愛用品だ。


「さあリン。アニメも終わりました。約束です、剣の稽古に向かいましょう」

「えー、めんどー」

「面倒じゃありません。見終わったら稽古をする約束だったはずです」

「えー」

「えー、じゃありません。まったくリンは……うふふ」


 リン、リン、リン。まるで小うるさい鈴虫のようだと、鈴子は友人の呼び声に飽き飽きしながらも立ち上がる。小学一年生のころ、紫織が鈴子の実家にして、ここ母屋と隣接する剣術道場「七咲一刀流」に入門したあの日、鈴子は「鈴のスズで、子供のコ」と自己紹介をしたのだが、幼き相手には理解が及ばずで。


 あれだよあれ、リンって音がなるスズのこと!

 リン? じゃあリンコちゃんですか?

 ちがうよ! スズコ! みんなスズってよぶの!

 じゃあ、わたしはリンってよびます。

 ちがうよ! だからスズだよ!


 という一幕があってから現在に至るまで。鈴子を“リン”と呼ぶのは紫織だけだ。愛称として聞き慣れたのもあるが、年ごろになると逆に「鈴って古臭いよ!」と名前のジェネレーションギャップを感じはじめたことで、今ではリンと呼ばれるのも心地よくなってきた。ただし、紫織はほかの子にそう呼ばせるのを嫌った。


 だから鈴子は、あだ名の命名権を持つ紫織にだけ、リンと呼ばれている。


「来年の昇級試験まで残すところわずかなのですから。リンもがんばりましょう」

「いいってのべつにー。私ならぶっちゃけ余裕だしー」

「なりません。リンはただでさえ七咲流の教えから外れているのですから」

「でもわたしー、最強だしー。抜刀術だってカンペキだしー」

「……七咲流に抜刀術はありません。まったく、愛娘がこれでは師範も大変です」

「お父さんは頭が固いんだよ。今は柔軟性の時代だってのに。ひひひ」


 ああ言えばこう言う。親友ののらりくらりに紫織は頭を抱えつつも、好き好んでお姉さんぶり鈴子を引っ張っていく。稽古が面倒なのは本心だろうが、それでいて剣の稽古が嫌いではないことを知っているだけに、変な遠慮はしない。


 二人の少女は六年間、小学生にしては大人顔負けの高いレベルで剣術を学んできた。腕前はほぼ互角。しかし七咲一刀流の師範、もとい鈴子の父の教えを真っすぐに受け継いでいる紫織に対し、当の愛娘の剣は右に左に蛇行気味。


 練習中は表向き、師範や師範代らに叱られないように背をただしつつも、気のゆるんだ場では「二刀流かっこいい!」「居合いかっこいい!」とそのときどきの好奇心を剣に反映させ、好き勝手に木剣を振り回す。それで意外と形にしてしまえるからなおさら性質が悪いと、目上の大人剣士たちからは評判である。


「ちょっとリン。本当に稽古着に着替えないでいくつもりですか」

「洗濯ちゅー、洗濯ちゅー。仕方ないじゃんねー」


 和式旅亭のような縁側を沿って歩き、白石が敷き詰められた風流な庭を横目に、すでに練習がはじまっているだろう、ドタドタと騒がしい道場に向かう。


 道場および母屋の家屋は、高さ二十段ほどの石階段の上に建っているため、観光で賑わう京都の町並みからはすこし外れた場所にあるものの、それとない名所風の看板を掲げるだけでも「風流ねえ」と観光客を誘えなくもない。

 カコン。カコン。池の水流の循環を利用したししおどしも、硬質な音を一定間隔で鳴らす。池に住まうヌシの鯉は昨年末から弱り気味だが、いまだ健在。夏に茂った青葉が一枚、二枚と水面に浮いているさまも年長者には風情なものだ。


 といっても、当の落ち葉をすくって捨てる仕事を任されがちな愛娘には、ヌシの鯉と透きとおった池自体が、にっくき怨敵以外の何物でもないが。


「鈴っ! 稽古はじまってるよ! ちゃっちゃときなっ!」

 道場に近づくと、入口で仁王立ちしている女子に怒鳴られた。


「うへえ。一菜ちゃん、なんで今日もいるんー」

 春から近場の女子高に通っている、姉弟子の皆木一菜だ。


「今日は創立記念日。ほら、あんたも早う着替えな」

「胴着も袴も洗濯中だから、これでー」

 そういって、色落ちしたヨレヨレのTシャツとジャージを誇らしげに見せると。


「バカ鈴。あんたほんま師範にシバかれるよ」

 剣術には真摯に向き合う姉弟子が、やれやれといった表情を返した。


 彼女の体には白い胴着と群青の袴、さらに打ち身を防ぐための防具が身につけられている。頭部のプロテクターからはみ出す、耳にかかるくらいのショートカットヘアは、スポーティな少女の雰囲気とスリムな体形によく似合っている。

 目尻の上がった眼は鈴子のせいなだけで、普段はもうすこし穏やかである。


 一菜は他人ながら“鈴子が小さいころからの姉役”だ。それだけに怒った姿勢を見せながら、不真面目な妹分が稽古に遅刻してきた原因も言い当てる。


「またあの、なんとかのなんとかっての見てたんでしょ」

「亡き月のクライムレディ! “な”しかあってないじゃん!」

「それだけ合ってりゃ上等。あんま舐めてると、昇級試験も受からないよ」

「一菜ちゃーん。級だろうが段だろうが、私が強いのに変わりないって」

 へらへらと笑いながら、鈴子が先に道場へと入っていく。


「はー、バカ鈴が。紫織もよ。つられてダラけてると足元すくわれるよ」

「……すみません。肝に銘じておきます」

「あの子の剣、最近また崩れてんだから。ひっぱられちゃダメだからね」


 古流でもなく名門でもない。それでいて剣道の文脈を踏襲しつつ、現代に則した教えで身心を鍛える街角の剣術。そんな七咲一刀流は幸いなことに、昔からご近所を中心に門下生には恵まれていて、色深い堅木で建てられた道場には平日昼間の今も、十名を超える大人子供が集まっているほどだ。

 商売というには細い縁だが、いずれも一菜や紫織のように質も数も立派な剣士たち。男女問わず、成年剣術家の実力もよそに自慢できるほどである。


 唯一の不幸は……跡取りたる肝心かなめの愛娘が、不出来ということだけで。


 二人の姉役があとを追って道場に入ると、鈴子はだらしのない格好ではあるが、小憎たらしいことに見かけだけは静粛に、いち剣士としての佇まいでいた。

 それでも、道場の主たる師範こと、彼女の父親の目からは逃れられず。


「鈴子、なぜ稽古に遅れた」

「ごめんなさい。体調が優れず」

「言い訳はいい。理由もとうに知っている。そこに直れ」

「もう直ってます」

「そこに直れ」

「……はーい」

 精いっぱいのわざとらしく直った姿勢で、全身で不満を表現する。


 男の歳は四十半ばすぎ。中肉中背だが体格はよく、白髪の混じった短髪に年齢を感じるが、もとが温和な顔つきとあってロマンスグレーがよく似合う。

 けれど今はお叱りの最中とあり、師範らしくなかなかの迫力を感じさせる。


 一菜をはじめ、周囲の門下生らは娘さんが説教される様子を「またか」といった心境でチラ見すると、苦笑いを浮かべつつ、各々の稽古を再開する。

 同じ道場に通う身として、鈴子の存在は憎たらしい怠け者ではあるが、悪く思うほどの者はいない。持ち前の愛嬌がそう思わせるのもあるが、一年、また一年と変わらぬ不真面目さを毎日のように目撃していると、愛嬌のカバー範囲を飛び越え、「あの子はずっとああだしな……」と諦めるほうにいってしまうから。


 それでなお求心力を失わないのは、彼女が七咲一刀流の一人娘であること以上に、優れた才能を持っているとみなが知っているからだ。

 それは突然の奇襲殺法であったり、奇抜な二刀流であったり、窮地での返し技であったりと。彼女が生み出す剣技の意外性がもたらすものところにある。


「昨日、やめろと言ったはずの飛び斬りをしたそうだな」

「ベルウォールブレイカーです。疾走剣ナギルくんの壁の宝剣技です」

「師範代からは、禁止と言ったはずの二刀流の目撃も報告されている」

「アサシネーションクロスです。海賊バンゴの第三の奥の手です」


 七咲流は実力派と評されるが、決して実戦的な剣術ではない。成り立ちは現師範の鈴子の父、さらにその父が開業したもので、明治をさかのぼるほどの歴史はないが、看板には色合い以上の年季があり、時代に即した剣術を培ってきた。

 言ってしまえば地元住民のお稽古事に近い役割だが、剣の型と心身の鍛錬、礼節を重んじることを第一とし、長年排出され続けていった門下生たちの各方面での活躍もあり、人々への社会貢献をしながら一家が食べていくのにも苦労はない。看板のちょうどいい格と同様、道場経営の理想的なモデルとも言われている。


 そんななかで鈴子の存在は、動物園にいるパンダのような愛らしさと、顔なじみのおてんば看板娘としてのほほ笑ましさと――背筋をゾクッとさせる小型肉食獣の獰猛さとを思い起こさせる。ある日突然なにかに影響されたかのように見せつけてくる、子供の児戯と一蹴しづらい高度な剣技。ふざけたことをとたしなめるのは簡単だが、その刺激は大人であっても思わず目を見張る。それが例えば。


「何本もの木剣を投げて遊んでいると、母さんも怒っていた」

「二段牙翔です。こう、投げた剣の真後ろに二本目の剣を投げる影牙さまの技で」

「最近は庭で居合いに腐心していると、紫織からの耳打ちもある」

「隠し抜刀はねっ! 亡き月のクライムレディに出てくる暗殺者ミオの――」

「もうよい。説明は求めていない。鈴子、七咲一刀流とはそもそも――」

「……うべえ」


 週三回。十分程度。毎回聞かされるおなじみの説教を前に、うべえといった気持ちが顔に出る。それでも佇まいを直せないのが、七咲流の愛娘さんだが。


「もうよい。端で禅を組んでいろ。ほかの生徒にも示しがつかない」

「……はーい」


 いつもと変わらぬ光景。禅の姿は道場でも一丁前。しかし三十分もしたら態度にサボりの色が見えはじめることで、逆に稽古にひっぱりだされるのも定め。


 ついでのお叱りを受けている、紫織からの非難の視線も受けながら、どこ吹く風とでもいうように、鈴子は稽古場の賑々しさをボーっと見つめた。

 小学一年生のころから六年間。代わり映えのしない、いつもの毎日。


(ひひひ。私もいつかサキみたいになってやる)

 真面目な顔つきのままで、己が空想に浸る時間。


 べつに、稽古は嫌いではない。不真面目になりたいわけでもない。怒らせたり、怒られたりもしたくない。目立ちたい、ほめられたい気持ちもない。

 ただ、周りとは違う自分になりたい。TVの先に映る、亡き月のクライムレディの主人公サキのように。強い自分のまま、悲劇的なヒロイズムを味わいたい。


 それは、ひとりの幼い女の子が抱くには、とても自然な妄想だった。



 隙のない不真面目のあとの稽古も終わり、門下生の一礼が済むと時刻は夕方。

 紫織や一菜のような練習熱心な剣士以外は、彼女らのがんばりが目の毒にならないよう、そそくさと道場から退散する。先陣をきるのは当然、鈴子である。


 ほかの生徒が隣接する更衣室で身支度をするなか、家の娘である彼女は防具だけしまうとすぐさま出ていき、剣を振って汗ばんだ色落ちTシャツとジャージ姿のままで道場の縁側を抜け、母屋へとつながる渡り廊下を越えた。

 和式の住居のサイズは道場の半分にも満たないが、父、母、娘の三人住まいであれば十分な広さ。白石の庭に囲まれた建物の雰囲気は、京の町にあればこそ風光明媚な評判をいただきやすいが、東の京の下町にあれば「昭和」と苦笑いされるやもしれない。良く言えば趣きのある、悪く言えば古臭い作りだ。


 稽古前にアニメを見ていた居間、その隣の台所からコトコト、トントン、夕餉の準備をしている母の音がする。居残り剣士に軽く宿題を課している父は、道場の事務を片づけ、風呂でサッパリしたあとに夕食を取るのが通例だ。

 稽古場から離れた鈴子の父は、師範の面が外れると、ごく一般的な父親に戻る。娘に小言を言いつけることも少ない、至って優しい男親のそれだ。けれど小学六年生なりの人格が形成されてきた鈴子には、逆にそれがむず痒い。叱られるのは面倒だが、不真面目を叱られないのも、それはそれで居心地が悪いこともある。


(汗きもちわるー。お風呂して着替えして、ごはんごはーん)

 幸い、当の娘さんの肝は太いが。


 自室に戻り、布団に放っていた群青色のダサいスウェットを引っつかむ。

 窓際で干された胴着と袴はお昼ごろにはすっかり乾き、パリッとしていたのが、アニメを見るほうが優先で、稽古の遅刻も目に見えていたので、「洗濯ちゅー」という設定をあてがった。残念なことに、七咲鈴子とはそういう子なのだ。


「おかーさーん。お風呂はいるねー」

 自室の先。台所には踏み入れず、壁越しに声をかける。


「はーい。お父さんもすぐ戻ってくるから、鈴ちゃんもテキパキねー」

 包丁を動かす音とともに、母の朗らかな声だけが返ってきた。


 台所の隙間から漏れてくる、熱をとおした醤油の深い香り。育ち盛りの体は生半可な稽古では疲れなかったが、幸せの匂いに鼻孔と腹の虫が刺激された。


 ああ、そういえば冷蔵庫に食べかけのプリンを隠していたんだった。

 お風呂後に食べるべきか、食後に食べるべきか。うーん、悩ましい。

 まあいいや。ポカポカになった自分に委ねよう。


 剣を嗜む小学六年生。七咲鈴子。七咲一刀流剣術が道場の一人娘。

 エンタメ好きな彼女の最近好きなアニメは「亡き月のクライムレディ」。


 周囲を驚かせるほどの剣才を備えながらも、風鈴のように慎ましい親友と比べ、その音色は熊よけの鈴のようにやかましく、周囲を困らせることも多々あり。

 座右の銘は、徹頭徹尾唯我独尊大胆不敵の絶対無敵。そんな少女の目下の悩みは、冷蔵庫のプリンをいつ胃のなかに落としてやるか、くらいのものだ。

次回「凛と激しく」(2)。

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