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敗北のドレスソード  作者: 手遊花
朝倉女子 二年生編(冬)
96/205

手なら伸ばせる(1)

 ドタン、バタン。きゃっ。

 土曜の朝。小枝合気道道場では転倒音が鳴り響く。


「ほいっ」

「きゃっ」

 三度目になるだろうか。花がお尻からすっころんだ。


 ウィンブレが終わってからというもの、悲しいことにかなり回数が控えめになったけど。それでも花は隔週に一回程度、道場にきてくれるようになった。


 今はもう姿対策のような専門的は練習はしていない。けど、花はやっぱり飲み込みが早くて、技の覚えもいい感じだ。するすると上達している。


 といっても、合気道はドレソとは比較にならないほど体でぶつかる立ち合いだから。私のほうが技術も体格も上手だった。フィジカルの差が比較的ない、むしろその差を埋める武道なんだけど、理念と実情が伴わないのは初心者あるあるだ。

 体力や筋力こそついたが、こうして道場で相対する花は、普通に柔らかい体のいたいけな少女。エストックを持ったときほどのプレッシャーはない。


「ほいっ」

「あわわ」

 手首を極められた花が慌ててる。


「あっはっは! 小枝ちゃんすげー!」

 そして今日は、ううん最近は、奇妙な珍客がいることもある。


「徳永親分もやります? 合気道」

「ぜったいイヤー。シャムシールの仕返しにボコられそうだし」


 なぜかいるのは、流星館も卒業間近な三年生。私の親分こと徳永明日香さん。

 葉月でも姿でもなく、それでいて相方の真田望さんもいない。

 親分ひとりで道場に殴り込み、もとい面白そうだから時間つぶしに見学中だ。


「手加減はしますって」

「それでもぜーったいイヤー。みーちゃんのカテキョできなくなっちゃうよ」


 このひょんな事態は話せば長くなるけど、私の妹のみーちゃんが元凶だ。


 みーちゃんは来年度の流星館受験に向けて、二月に学校見学に行った。そこで部活系の案内役だった徳永親分に「ふわぁっ」となり、迷惑をかけたのであろう突撃をかましたところ、どうも姉がここ一年で世話になっていることを知ったらしく、お礼するでもなく「ついでに私も!」の精神でつけこんだのか(ずうずうしいったらない!)、なんやかんやで三月中は家庭教師をやってもらうことになった。


 しかも、なんと、無償なのよ。それも親分のほうからの言い値で。

 未来の後輩のために、一肌脱ぎますよって。

 もはや姐肌の女神、姐神かよ。


 ……という一連の話を聞いたのは、平日の部活から帰ってきて、シャワーは浴びたけど物足りないから「疲れたー! お母さんお風呂ー!」と家に駆けこんだところ、食卓でご飯を食べ終わり、家族と歓談していた親分の口から直々にだ。

 徳永さんが家にいることも衝撃だったし、家で見せる素顔を目撃されたのも恥ずいし、とにかくその予想外の衝撃たるや。今でも見慣れないほどである。


「ぜー、ぜー、りっちゃん。もう一本、お願い」

「どーんとこい」

「あっはっは、日影ちゃんも根性すごーい」

 冷やかし気味だけど、観客がいるほうが花の気は長くなるみたい。


 今日はあとちょっとしたら、徳永親分がみーちゃんに勉強を教えに母屋に行ってしまう。それにあわせて練習もしまいにし、私は花と別れて黒須第一大学に向かう。氷空が教えてくれた、紫織さんがドレソの練習をしている日だから。

 霞さんらプロ見習いの人たちが来るのは来週末で、今日は紫織さんの自主練習に海音さんが付き合っているだけらしいので、人数は最低限。付き添いも氷空だけ。大学側に怪訝に思われないよう「親類の私が」と役を買って出てくれた。


 最初は花や恋子ちゃん、左すらも「一緒に行く?」と提案してくれたけど、断った。休日を使わせるのもそうだし、電車賃もね。もったいないし。

 それに私が話を聞きに行くのに、ぞろぞろと仲間を連れて行ったものなら、あの紫御前さまが嫌な顔をするに違いない。初対面の“リンちゃん呼び”をそこまで引きずっていたら、さすがに大人げないのでは? と思うけど……おかげで紫織さんが嫌いそうなやり方というのは、なんとなしに予想できてしまっている。


 バタン、ドタン、きゃっ。花がすっころぶ。

 立つまでの時間がすこしかかったので、そろそろ潮時かな。

 私も準備しなくちゃだし、今日はお開きということにした。


「そういえば、徳永さんはどちらの大学に行かれるのですか?」

 一休み中の花が親分に話しかけた。なんともない世間話だけど、がんばってる。


「あっちの私立大学。教育学専攻だよ。山のほうだから下り電車通いでさー」

 親分が指さした方角は、たしかに都会とは反対側だった。


「ってことは、親分は先生になるんですか」

「今のところの目標はね。教育課程を専攻して、そうしよっかなって」

「はえー、親分先生だ」

「みーちゃんのこと見てるのも、実はその一環。すこし自信がほしくてさ」

 そのための意気込みか、ご自慢だった青メッシュも今は黒く染まっている。


 親分が先生か。ふむ。生徒たちに実にモテそうだ。

 先生としてもさ、私も対戦校の選手のひとりに違いないのに、合宿時はソードのことまで面倒を見てもらったしね。小枝家はみーちゃんのこれから先の奮闘っぷり次第で、この人に一生頭が上がらなくなるかもしれない。


「あ、そっか。ウチの大学って、小枝ちゃんたちの笹倉先輩いたもんね」

「ん? ああ、菖蒲先輩のとこでしたか」

 大学名や学部まで尋ねると、そこはたしかに菖蒲先輩がいるところだった。


「あそこドレソないはずだけど、笹倉さんはどっかでドレソやってんの?」

「いえ、私の知る限りではとくには……そもそも一年間、顔も合わせておらずで」

「私も。連絡はできていません」

「そうなんだ。まあ、私も葉月たちとそうなるかもだし、どうこう言えないかな」

 個人的にだけど。高校生と大学生の間は、中学生と高校生よりも距離がある。


 べつに、ふらっと連絡するのだって構わないはずなんだけど。なんか菖蒲先輩って、そういうことしそうで、そういうことしなさそうというか。

 私の肌感では「しないだろう」って思ったから、私もそうしてる、みたいな。


「親分は菖蒲先輩のこと覚えてるんですね」

「前の前のJDSだし。最後の4vs1になったとき、気迫が半端なかったもん」

「へえ」

「望も印象深いんじゃないかな。現実的じゃないけどさ、私もやられる気したし」

「私たちは後ろから見てたので、そこまでは分かんなかったです」

「あはは。そういうの見せそうにない人っぽいしね、笹倉さん」

「まあ、たしかに」

 だよね。意外とかっこつけたがりな感じあるし。


「でも笹倉さんって、いい先生になりそうだよね。今度話しにいってみよっかな」


 そうこうしていると時間がすぎていき、話が弾んでいたところに「ちょっと! 明日香さん! りつ姉とお喋りしてないでっ! 私っ私っ!」と、みーちゃんが閻魔さま顔で乱入してきた。求められてる愛の量の違いに、お姉ちゃん悲しい。


(んじゃ、そろそろ私もだ。決戦に向かわねば)


 やけに腰が重いのは、たぶんさっきまでの合気道のせい。

 そういうことにしておいて、ヤワな心にビンタする。


「はいはーい。ではではお姫さまのカテキョやってきますか。見学楽しかったよ」

「いえ、こちらこそみーちゃんの儚い学力で苦労させてしまい、すみません」

「いいーって。つーかさ、ずっと気になってたんだけど。なんで私、親分なの?」

「んー、なんででしょ」

「あっはっは! なにそれ!」


 思い返しても理由は覚えてないが、ひと目見たときから親分と決めてました。

 それに姉妹ぐるみでお世話になってる現状を踏まえると。

 私の目、あながち間違いじゃなかったでしょ?



 道場の門前で「がんばってね、りっちゃん」とエールをかけられ、花と別れた。稽古でかいた汗をシャワーで軽く流したあと、私服に着替えて駅に向かう。

 近所の風景が目に入ってこないのは、見飽きたからじゃないかも。受験というか面接というか、むしろ告白というか。緊張感の高まりを自覚する。


 やっぱり、紫織さんが憂鬱。ぶっ叩かれはしないだろうけど気まずい。

 怯えるとかじゃないんだけど、前のときに苦手意識が染みついた。

 ほら見てよ。後頭部のポニーテールだってプラプラ震えてる。


 これから聞こうとしている質問にもすんなりと答えてくれるだけならよしだが、「それを聞いてどうするのです?」なんて追及されようものなら、理由を話すしかない。そして、それを話せばどうなるか。目に浮かぶようである。


 あの品行方正な大和撫子のことだ。大好きなリンちゃん絡みときて、しかもダガープリンセスの栄光を勝手にスプレー缶で汚すような所業のためと言えば、怒髪天を突きかねない。できるだけ穏便な想像をしても、最低限、冷たい目で激昂されて「私と今すぐ試合なさい。いえ、死合です」とか言われかねない。


(なんにせよ、爆弾をつつくに違いない……)

 プシュー。眼前のステップに足をかけ、路面電車に乗り込んだ。


 黒須第一大学には駅の電車より、駅前のLRT(次世代型路面電車)のほうが四分ほど早い。しかも大学前着。今朝、花に教えてもらったライフハックだ。

 ただ電車のほうが数十円安く、バスのほうがもっと安くだから、値段重視なら路面電車じゃなくてもよかった。たまたま時間ぴったしにピカピカの車両がきていたから、考えるよりも先についつい選んでしまった。久々だし、いいけどね。


 見た目よりも広々とした車両内。誰も座っていない六人がけの椅子の右端っこに座った。お客さんは数人程度しかいないみたいで快適快適。ああ、そうだ。氷空にも連絡連絡。昨日の時点で「駅前ね」って言っちゃってたし。

 彼女からの返信はすぐにきた。「分かりました」。装飾のかけらもない一言が氷空っぽい。逆にゴテゴテに飾られたメッセージを送られたら、対処に困るが。


 透明な窓の向こうには休日のお出かけだろうか。たくさんのEV車が静かな音でせっせと走っている。そこに紛れて、路面電車も進む。コトコトともガタンゴトンとも言わないし揺れもない、いたって静かな走行だけど。目的地に近づくにつれ、私の心模様はデコボコになっていく。ああ、気まずい! 気だるい!

 ここにきて、氷空が付き添ってくれることに安心した。提案されたときは「ううん、私ひとりでも行ってみせるよ」みたいな雰囲気を出してたけど、バカしないでよかった。小心者の小枝律子さんはいつもそうやって後悔するのだから。

次回「手なら伸ばせる」(2)。

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