愛しきキミは、もう(2)
上級生の卒業が迫ってきた、二月の月末。校内からはますます人の気配が消えている。雪も降らない肌寒いだけの季節も、そろそろ猛威が収まってきているけど、白みがかった吐息が色をなくすには、もうすこし温かさが必要そうだった。
私たちドレソ部は、第二の未来のせいで相変わらずの空気。だけど下がった気分に反して練習だけは連日続けていた。というより、毎日練習していた。
JDS全国優勝だけがすべての願いを叶えるチケットだと思い込んでいるように、曖昧な指針のまま身体を動かす。2vs2のローテーションも具体性のない立ち合いになっているけど、なんとなく、今のうちから“練習貯め”をしておきたかった。
「リッコちゃん。瀬里奈たちが来週末、また黒須に行くんだってぇ」
「へー、みんな活発だね。電車賃どうしてんだろ」
交通費って、とりわけ懐をスラッシュしてくるのに。
「でね、今回も同行するー? って……どうするぅ?」
「んー……辞退かなあ。花はどう」
「興味はあるけど……りっちゃんと同じかな。邪魔するのも悪い気がしちゃう」
「だよねえ」
前回は(つら)楽しかったし、申し出もありがたいし、花や氷空のレベルアップにつながるのも間違いないけど。そろそろお邪魔になりそうとも思う。
私たちに声をかけてくれるのは、霞さんの純粋な厚意なのが分かるけど。その場は彼女たちプロ見習いが、次の未来のために切磋琢磨する場所だから。
「氷空と左はどう。行きたい?」
「私はあまり」
「ソラと同じく。私ってば一番足手まといになっちゃうんで」
それだよね。左の言うとおりだし、そういう気負いは左にさせたくない。
私にしたってカカシになるだけだ。もっと言えば、手を煩わせるお荷物になりかねない。やや、なる。海音さんはそんなこと気にしないで、むしろ後進の育成を買って出てくれている節があるけど、そこにつけ込むのもね。
海音さん自身の向上の機会も奪いかねない。素直に辞退するのが礼儀に思う。
なによりも。今の朝女のおもーい空気を伝染させるのが忍びない。
それよりも。この目にキラキラした憧れの粉末がつくのがつらい。
「だねー。今回は私もそうかなって。じゃ、瀬里奈には断っとくねぇ」
「ありがと。ごめんね恋子ちゃん」
恋子ちゃん、霞さん、白峰さんが一緒にドレソをできる場を足蹴にするのも本当ならしたくないんだけど。彼女ら三人娘さんは四月から同じ大学で、また同じ時間をすごせるようだから。今しばらくはご勘弁をってことで許してほしい。
いつものようにドレスソードプラットフォームをストーブ代わりにし、体が温まってきたころ、五人で一斉に着替えて、またストーブに集まる。冬場の猫と言えば聞こえはいいが、どちらかと言うと夜中の自販機に集まるアレっぽい。
今日の第二はとくに冷えているのか、温まりが悪かった。
残念ながらドレスソードプラットフォームには「温度:高」なんて設定もない。
その代わり、新たな人型ホッカイロがタイミングよく到着してくれた。
「律子。きたよ」
「あれ、早いね葉月」
今日来るって連絡をもらってた、成瀬姉妹のご到着だ。
「こんにちはー。あれ、花ちゃんへばってる? 元気ないねー」
「そんなことは……ちょっとあるかもですが」
「例の第二のこと? 考えるだけ無駄でしょ。今日をがんばって生きなよねー」
「もう、姿さんったら」
もう、幼なじみの前でイチャコラしよってからに。
二人は私たち二年生への挨拶もそぞろに、恋子ちゃんに近寄った。
「恋子さん、お久しぶりです。望さんたちから大学に合格したと聞きました」
「剣龍と剣虎と一緒なんですよね? 剣道出身者からしたら垂涎ものですよ」
「ありがとー。瀬里奈も翼も有名人だもんねぇ」
「そうですね。悔しいですが、あの二人に剣道で勝つ見込みは今もないです」
「ドレソなら薄紙一枚は上手でしたけど。あの人ら、ウチに殴り込みにきて」
「みたいだねぇ。ごめんねー、迷惑かけちゃってー」
葉月が積極的に世間話を振りにいく様子は、最近は珍しくなくなった。
私の目の届く範囲でも、葉月と花のいろんな成長っぷりは大したもんだ。
そこに「私も負けられん!」と奮起できればいいんだけど。そのあたりのパラメータはすでに平均値かつ上限。0から50まで持っていった二人に比べると見せ場がない。しかも「ドレソでは勝てん!」と完敗だし。へへへ、泣ける。
なお、今日は流星館ドレソ部の練習がお休みということで、葉月と姿が朝女に遊びにくる予定だった。なんでも、彼女たちの体育館から卒業式用の椅子を運び出さないといけないとのことで邪魔だったらしい。ただし、ドレソ部の一年生は現地住民の徴集ということで、そのお手伝いに駆り出されているんだとか。
一方で遊んでる二年生の成瀬ご姉妹よ。さすが体育会系の上級生特権は強い。
「練習、今からだよね」
「そう。葉月たちも最初から入る?」
「それで構わないなら」
そんなこと言って、最初からやる気満々だろうに。ドレソ大好きっ子め。
「姿はどうする? 花いるけど」
「対面NGでよろしくー。なんで頑なに嫌がってたかは理解したでしょ」
「……あの節は、ウチの邪悪娘がご苦労かけました」
「うむ、分かってればよろし」
「んんん……」
みんな思わず笑う。こうして笑いあえる関係なのも助かる。
去年と違い、二人は年明けに流星館ドレソ部の部長(妹)、副部長(姉)を襲名したから。母校を放ってこっちに来るのが難しくなり、ご無沙汰だった。
それでも合間を見て、足を運んでくれるから。それだけでありがたい。
花もそうだけど、とくに氷空が全力を出せる相手が少ないのだ。左にせよ身内以外の強敵が事足りないから、自分の立ち位置を捉えあぐねている。
新生邪悪の誕生により、外交関係がまたマイナスまで冷え込んだうえ、部員増加すら見込めなくなった現状、成瀬姉妹はウチの極上のお客さまなのである。
「葉月は2vs2のローテーション入る?」
「うん」
「姿は? 誰か貸す?」
「じゃあ氷空ちゃん。ちょっくら対面してよ」
「はい」
もはや朝女の面子と同じで、細かい説明のいらない二人は楽でいい。
「ってか、次の部長は花ちゃんなんじゃないの? 仕切りはリッコちゃん任せ?」
「りっちゃんは、ああしているほうがりっちゃんらしいので」
「甘えてんねー。なめてんの?」
「長所は潰すなと、世の中が言っています」
ぐぬぬ。横耳で聞こえてきた花と姿の刺激的な会話に、ぐぬぬる。
いつの間にかズケズケと言い合ってる間柄なのが、なんか嫉妬る。
七人でのスペシャルな練習は、体をならすように温めつつ、ほどほどにソードを交わし合って、徐々にヒートアップしていった。
成瀬姉妹は両者ともに腕を上げたというか、私には最初から計り知れないにせよ、連休合宿のときとは比べられないくらい力強くなっていた。もはや高みに足をかけてしまったかのようだ。私だってそれなりの日々を積み重ねてきたはずだけど、戦ってきた場の違いか。打たれた盾から伝わってくる重みがまるで違う。
それをひしひしと感じているのも、私だけじゃないようで。
葉月と対面する花も、姿と対面する氷空も、明確に上を行かれた。
さすが世界第三位の葉月に、個人日本一の姿。あっぱれ姉妹だ。
彼女らの力は、それが一方的でも朝女の助けになる。
同じ地区の敵同士だってのに、すばらしい姉妹だ。
私じゃ、部員たちの助けにはなりづらいからさ。
(ああ、だめだ。最近、自己嫌悪ばっかしだ)
正対する葉月から目をそらして、軽く頭を振った。嫌気を飛ばすために。
私は、ドレソ入門者にはぴったりのサンドバッグにはなれるが、選手の競争心を煽れるライバルにはなれない。盾で守ってチームを勝たせるという役割はあるけど、だったら剣で倒せよって。自分でケチつけちゃう。最近とくにそう。
人は人、私は私。それが大体の答えだから納得しなよって発破かけてもだ。
すごい人たちとか、すごい目標とか、どうしようもない現状とかがさ。
そういうのに積もり積もられしているうちに、弱気の塊と化してきた。
たぶん私は口だけなのだ。私自身、誰よりも私のことを信じていない。
部活をどうにかするだの、試合をどうにかするだの、全国優勝だのと。
最初に口を出している私が一番、小枝律子のドレソを信じていない。
私は最初も、途中も、今も、きっとドレスソードを間違えたんだ。
(私と比べて、この葉月の美しさよ。生まれながらのドレスソードって感じ)
気の抜けた防御を、葉月にやすやすと抜かれながら思った。
小枝律子さんはこの先、オモシロ選手を気取ったまま最後のJDSに出る。
その結果とそのあとの結末は、ちゃんと受け止める覚悟をしておこう。
なあに。大言壮語で恥ずかしい思いをするだけで、茶化して終わり。
私のドレソは大きく膨らました夢ごと、朝女らしく破裂するのだ。
なんて思っている。
成瀬姉妹をフル回転させつつ、一息もつかずに練習していると、気づけば陽が暮れていた。ステージの外、第二の二階の窓ガラスが透明な夜を映している。
姿は甲斐甲斐しく、氷空、左、恋子ちゃん、私と順に対面してくれて、それぞれに助言も与えた。私に関しては「理想はもう知ってるでしょ」とツレないものだったけど、ウィンブレで見せてくれた彼女のカウンター戦術はできることなら身に着けたいものだ。JDSまでに間に合うか、これが分かんないところだけど。
葉月のほうもバリバリで、洗練された大太刀を朝女メンバーの身体にバッサバッサと振り下ろした。斬撃と連打の傾向こそ海音さんに近いけど、この子のヒットアンドアウェイと大太刀のリーチを生かした戦術は唯一無二なのかもしれない。
といっても、葉月のスタミナを余すところなく活用させてもらった結果、最後の最後に恋子ちゃんが恐怖のラッキー大処刑を叩き込むことに成功してしまい、彼女の気力がプツリと断たれた。それが練習おしまいの合図になったわけだ。
ステージの電源を落として、更衣室に向かう。併設されたシャワー室を同時に利用できる人数は五人まで。七人の少女侍によるバトルロイヤルである。
といっても、私がみんなに「お先どうぞどうぞ」すると、葉月も「じゃあ私も」と居残った。今は汗ばんだ練習着姿のままで、二人してだべっている。
汚くもないし匂いもないけど、流星館と比べるとグレードの落ちる更衣室内には、中型の蛍光灯のジーッと鳴る音と、隣部屋から届く水の弾ける音がかすかに聞こえている。すでに愛着があるから不快じゃない。親しんだ雑音のノイズ。
「そういえば前に言ってた黒須、どうだったの」
「スター感謝祭みたいだった。場違いよ、場違い」
「狂犬に紫御前、剣龍・剣虎にウチの先輩たち、それに丘町ゆゆさんか」
「おまけに白鳴大帝国の鉄面妃さまと泉姉妹ちゃんも。みんな次元が違ったよ」
「鉄面妃に泉姉妹か……律子は運いいね」
「悪いのよ。私の実力じゃーさ」
「私も、最初のJDSで泉真奈さんにやられたから。いつか仕返ししたいな」
そっか。葉月も全国で白鳴と戦ったことあるんだったっけ。
「なら、私はダガープリンセスと対面してみたかったなあ」
「律子の憧れだもんね」
「葉月は? ダガプリはいいの?」
「七咲さんなら、1vs1なら勝負になるかな。鉄面妃や紫御前よりかは、だけど」
「やっぱ、葉月にとっての最強もその二人なんだ」
「七咲さんの本領は集団戦だから。あの面子で、あれは、さすがに今も勝てない」
「ふーん」
彼女が素直に負けを認めるのは、わりと珍しい気がする。
「全世代のドレソ選手で選抜しても、あのころの白鳴と張るチームは作れないと思う。それこそ天剣衆しかね。それも昨年の無双剣で白鳴が勝っちゃったから、戦績上だと七咲さんが率いた白鳴が、白鳴のままでドレソ界におけるベストチーム。WLDも当時打診を蹴ったって話だけど、あの四人なら昔の天剣衆に続いて、世界一位も取れたと思う。ほんと、ふざけた話だよ。存在が代表選抜を否定してるもの。今はそのふざけた事実を覆すために、私たちの世代ががんばらないと」
葉月ちゃん、なんつー貫禄だ。すでにお歴々を射程圏内に収めた口ぶりである。まあ、実際そうなんだろう。なんてったって流星館のシューティングスターさま。先ほどの練習でも思った。葉月はもう、そのステージにいるんだろうなって。
やっぱり私たちとは、私とは。違う舞台に立っている子なんだ。
彼女は大切な友だちだけど、最近はそうやって線引きを強めてしまう。そうじゃないと私の今後が報われないから。いや、報われることを望んでがんばったところで、自分が期待するほどには報われない、ってのが現実かな。
だからここのところ、自分と他者のライン際をハッキリと描くようにして、自分事ながら「小枝律子はこんなもん」って自覚できるようにしはじめた。そうしておけば、そのときになって、心のダメージを極力減らせるはずだから。弱い人なりの処世術と笑いたくなるけど、備えていないと絶対に傷つくから。
「葉月も、プロの道を目指すの?」
「かも。どうなるかは今後のプロシーン次第ではあるけど、やってみたい」
「葉月ならいけるよ」
「その前に最後のJDSだよ。借りを返さないといけない子がいる」
怒りか、決意か。ぱっちり目を開いて宣言した。
「来年は絶対、優勝する」
「……すごっ」
すごい。ほんとに。私たちが管巻いて出した「JDS全国優勝」の結論とは迫力が違う。葉月の優勝宣言には馬鹿にできるところがない。もし私が今ここで同じことを重ねて言ったものなら、それこそ馬鹿にしてしまう気がした。
それでもこの子ならきっと、律子もがんばってって。純粋に応援してくれるはず。はずだけど、自分が信じていないことを口に出す度量はなかった。
菖蒲先輩と交わした、あの日の復讐の約束だってそうだ。
言える人には言えるけど、この子には言えない。ふざけてる気がして。
口にしても受け入れてくれる気はするけど、気恥ずかしくて言えなかった。
葉月の目には、私が、ひたむきにがんばる子に映っていてほしかった。
「ただ、望さんと明日香さんがいなくなった穴は正直……大きすぎるかな」
「ほかの学校だって、似たようなもんじゃない」
「それを願うのも情けないけど、そうじゃないところもあるんだ。桜花とかね」
「桜花が最大の敵なのに?」
「うん。あそこの神童コンビは今年の時点で主力、それが次で二先生だから」
「……そりゃ、きついね」
「ムカつくけど、次の二年間、稀代の剣士が現れなかったら三連覇されると思う」
そこまでかい。もはや異世界の貴族のお話だ。
「綾辻さんと、えっと、黒鉄さんだっけ? 殴りたかったの」
「そう、黒鉄千草。あいつは絶対ぶん殴る」
WLDの会期中も散々言ってたから、葉月の黒鉄殴る話は慣れたもんだ。
あのときはメンタル面のフォローのためになだめつつ、電話で聞きに徹していたけど、その子が悪いってより、葉月との相性が悪いだけに感じた。
「黒鉄はドレソなめてる。自分の実力に自信満々なのはいい。私も自信はあるし、実際あの子も最高クラスの戦績を出しているから。それ自体は構わない。でも黒鉄からは競技への敬意を感じない。相手を見下しているわけじゃないんだろうけど、遊び気分でやってる。人それぞれだから大きなお世話なのは分かってる。でも私は好かない。あんなふざけた態度。ダガープリンセスも試合以外では声すら聞いたことないから人となりは知らないけどさ。彼女も黒鉄みたいだったって言われれば納得する。似たもの同士だったのなら、私は七咲鈴子さんも軽蔑すると思う」
どこまで嫌いなんだか。無関係なダガプリまで引き合いに出しちゃってさ。
黒鉄さんのことは知らないけど、私も一枚剥がせばふざけたもんなのに。
昨年は素人で、選手の前に友だちだったから許されてるだけだろうに。
予想どおり、ドレソ大好きっ子の葉月は、ドレスソードに対して潔癖なんだ。
だから言えないんだ。復讐だなんてふざけた動機を、彼女には今も。
「まあまあ、そんなに嫌わなくても」
笑顔で返した裏側に、葉月の言葉が全部ぶっ刺さって痛い。痛い。痛い。
口が達者で、遊び気分で、競技への敬意を感じない。おまけに他人任せ。
葉月の嫌いな子って、黒鉄さんとそう変わらない「私」ってことじゃん。
ほらね、やっぱり葉月には言わないでよかった。自暴自棄があふれてくる。
「無理。ドレソでぶった斬って、リアルでぶん殴る。そう決めたから」
だよね。私はぶった斬られまくってるから、あとは殴られるだけ。
盾でドレソって、バッカじゃないの? ってぶん殴られるだけ。
はー、萎えるね。もうやめよっか。小技のリッコってのもさ。
「こわー。葉月ちゃん、ステイステイ」
「律子には悪いけど、黒鉄がああな以上、私はダガープリンセスを尊敬できない」
「えー、そんなとばっちりなあ」
「とばっちりじゃない。七咲さんが黒鉄の師匠なら、それが責任ってものだよ」
「えー」
「ふー! 二人ともー、シャワー空いたよぉ!」
「りっちゃん。いつもの二番目の扉、カタカタするから気をつけてね」
「姿さんの髪、すごいキレイです。真っすぐです」
「うわっ、マジだ。羨ましい」
「ふふーん、いいでしょ? 触ってもいいよー」
「えっ、じゃあ遠慮なく。げへへ」
「……私も」
「あーいいなー。姿ちゃん、私も触らせてぇ。うわっ超ストレートっ」
「氷空ちゃん、左ちゃん、恋子さん。迷惑だよ」
「いやいや花ちゃん。私が触らせてあげてんだからいいんだって」
「私が迷惑なんです」
「は? なんでさ」
「その髪、目障りです」
「あっはは、なにその自分勝手。あー、そう。負けた日を思いだしちゃうとか?」
「違います。もういいです」
「ごめんごめん、ちょっと意地悪しただけじゃーん」
「……二人とも、さっきから仲悪くありません?」
「ソラも思った? 私も思った。やけにバチってるよね」
「そーお? 仲良しって思うけどなぁ。瀬里奈と翼もこんな感じだしー」
「剣龍と剣虎、まぁ、たしかに」
「いやー、それとも違う感じすんですけどねー」
「ううん似てるよぉ。あっほらリッコちゃんも葉月ちゃんも。シャワーシャワー」
「ねえ、葉月」
「律子もシャワーいこう」
「葉月」
「うん」
「さっきさ。なんて言ったの」
「さっきって、黒鉄のこと?」
「そう」
「黒鉄はドレソで斬って、リアルで殴る」
「その次」
「怒んないでってば花ちゃん。あ、そうだ。花ちゃんも私の髪触る?」
「結構です」
「ほら遠慮しないで。さあさあ、いまならタダで触らしちゃる」
「くっ……結構です」
「えっと、ダガプリは尊敬できないって」
「もう一声」
「本音で言い合える仲の良さ、ってやつですかね」
「えー! どっちかってと、私と花先輩のほうが仲良さげじゃない?」
「それは、むー、ノーコメントかなぁ。もうリッコちゃんたちも早く早くぅ」
「ああ、七咲鈴子さんが黒鉄千草の師匠って話? 自分でそう言ってたよ」
「っしゃああぁぁっっっ!!!!!!」
ガタンッ! ベンチから立ち上がると、乱暴で大きな音が鳴った。
一瞬にして、みんなも驚いて固まった。驚かせてしまった。けど。
見つけた。こんなところで。ここまできて。ようやく。見つけた。
「見つけた、ようやく」
小枝律子と笹倉菖蒲をつなげる、たった一本の細い糸。
「り、律子? ど、どうしたの急に?」
小枝律子とドレスソードを結ぶ、たった一本の赤い紐。
「葉月ごめん。悪いけどその、桜花の、神童の、黒鉄千草ちゃんだっけ?」
「う、うん……」
脳みそが熱い。血がいっちゃってる。目もイっちゃってるかもね。でも。
見つけた。見つけた。見つけた。見つけた見つけた見つけた見つけた!!!
一年前に抱いて、夏に諦めさせられて、宝箱に埋葬していた私の目標。
七咲鈴子さん、ないし彼女の母校、じゃなくてもその意志を継いだ誰か。
小さくて大きな先輩の無念を雪ぐ、私怨と私欲のためだけの復讐の仇敵。
桜花の黒鉄千草。まもなく二年生。神童。JDS全国優勝。WLD第三位の主力。
葉月ですら手を焼く、次世代最強のドレソ選手。とても歯が立ちそうにない。
それなのに、あの日かきたてられた衝動のように、根拠なき絶対が湧いてくる。
「その子さ、私のものだから。葉月にはあげらんない。絶対、私が、ぶっ飛ばす」
「え……律子が、黒鉄を? え、なんで? どうして?」
小技のリッコやめるって? バカ言わないで。
ようやく、はじまった。明確にはじまった。
私はやっと見つけた。スタートラインを。
さっきまでの弱気は全部なくなった。理由なんてない。
変なところの臆病さも、根拠なき絶対も、ぜんぶ私だ。
目に映る更衣室は昨年のままじゃないけれど。今この頭に渦巻いている衝動は、昨年のあの瞬間のままだった。それが自分事ながら、うれしかった。
ふと、あの日の儀式を思い出す。縁起をかつぎたくて花を巻き込んだ。
「花、気合いれたいの。悪いけど三つ編みやって」
「うん。それはいいんだけど、りっちゃん……」
先にシャワー浴びてきたら?
次回「愛しきキミは、もう」(3)。




