共感性女子高生(3)
ギスギスのお昼休みをこなし、ステージのある体育館に戻ってみると、ありゃ。明らかに観客の数が激減していた。大会が終わり、ちょうどお昼だしと、少なくない数の保護者さんらは役目を終え、それぞれの休日に帰っていったようだ。
その行いを責めたくなるような、かといって非難するには自意識がすぎるような。なんとも大人たちらしい絶妙な駆け引きである。
館内にはまだポツポツと人はいるが、全体的にもっとガランとした結果、五人組の私たちが相対的に大所帯になっている。試合じゃないとはいえ、真剣さを欠いて見ていると誰かの目につきそうでいやだなあ。背筋を伸ばしとこ。
現在、ステージ内には午前の試合に出場していた子たちが二十名ほどと、四人の大人たちがいる。たぶん、あれがドレスソード運営競技会の人だろう。
運営競技会のスタッフは、ドレソの権利・運用元のDress Sword開発機構 彦星ならびに須磨研究所主催 共同開発委員会の本部人材に加え、大会運営・普及活動に関しては彦星の下部組織にあたる、スポーツ教育学方面の有識者で構成されている、らしい(氷空談)。つまりは剣道会の協力者とかなのかな。
ちなみにドレスコードの運用元は「Dress Code開発機構 織姫」と言うみたい。 シャレの利いた名前だけど、ドレソのほうが男子っぽさが強いね。
「へー。ちゃんと剣の振り方とかから教えるんだ」
ステージで今まさに行われている指導は、ちゃんと武道に見えた。
歳のいった、かつ精悍さのあるどこかの師範っぽい男性が、健気な女子たちに(レイピアばっかだけど)剣の振り方、身の動かし方、対面した相手への構え方などをレクチャーしている。二十名もの人数相手に声を張るのは大変だからか、ヘッドセットマイクで音声を増幅してくれているおかげで、外野でも聞こえる。
「私、盾の使い方、菖蒲先輩にも恋子ちゃんにも教えてもらってなかった」
「菖蒲ちゃんも私も分かんないもーん。でも、リッコちゃんは合気道だしね!」
「答えになってないし。まあ、そのおかげでどうにかってのはあるけど」
「菖蒲ちゃんも言ってたじゃん。染みついた合気道は崩すなって」
体さばきは今も合気道のまんまだ。でも三角盾の扱いはいろんな人にぶたれて、ぶたれて、ぶたれたフィードバックで自己修正を繰り返してきた。
盾を叩いてくれた人たちのおかげで、今くらいの形にできたのは我ながら幸運だと思うけど。目の前で繰り広げられているようなアカデミックな教えも、すこしくらい受けてみたかったものだ。一番の教師ですら、流星館の面子なくらいだし。
「私のエストックは、菖蒲さんや恋子さん、氷空ちゃんの影響も大きいかも」
「なして?」
「直接指導ってわけじゃなくて、みんなをどう倒すかで整えてきたから」
花との成長の開きは、そこの気づきとスピード感の違いだったか。
つっても、倒すために整えること自体、できない私だけど。
「むー、私は菖蒲ちゃんに、おまえは技より力でいけって言われたしなぁ」
「的確な指導じゃん」
「それが通用しない花ちゃん、氷空ちゃんにはもう勝てないけどねぇ」
恋子ちゃんにも先生がいたら、霞さんのようになっていた未来もあったのかも。
「あのおじさん、ソラと大体おんなじこと言ってるね」
「まぁ」
「つーことは、ソラ先生に教えてもらってる私がドレソ部で一番優等生?」
「その理屈だと、私自身は?」
「だから先生。先生だから別枠」
「はぁ」
たしかに。左は誰よりも基礎からドレソできてるっぽい。
私、花、恋子ちゃんにしても、氷空先生から教えてもらったことは多い。
それは戦法や必殺技とかじゃくて、小さな所作や試合の機微とか、ドレソの知性を育ててもらったところが大いにある。マジでデキる後輩である。
対して菖蒲先輩もアレで意外と丁寧に教えてくれるタイプだったけど、基本的にはルールだけで、あとは「気合でどうにかしろ」ってなもんだった。
それ以外については「目を突け、目を」「音でビビらせろ、音で」とかの邪悪な殺法ばかりだったし、ほとんと話半分で聞き流していたもんだ。先輩も出自の天河剣術会ってのもクセ者な香りするし、正道とは縁遠かったせいだろう。
視線の先では、ソードを数合かわしたときの駆け引きや、大多数派だったレイピア自体の得意不得意、周囲との連携などのレッスンもはじまっていた。
集団戦は結局のところ、ひとりが崩れたら立て直しが難しい。人数不利は敗戦確定につながりがちだ。私たちも現時点での対処法は、強豪校のセオリーと呼ばれる「誰かが抜かれた次の瞬間、対面に鎧袖一触を仕掛ける」としている。やるのは花か氷空。もし賭けに勝ったら人数が保てる。負けたら、負けるからいい。
熱中しているわけでもないが、ちょっと興味がある授業を聞いているような感覚で目と耳をステージに向ける。当事者じゃないからダラダラと眺めているだけでも勉強している気分になれる、都合のいい心地のよさ。
そうやって女子中学生たちを見てると、ふと思い出話が口からこぼれた。
「そういえば昔、恋子ちゃんに盾叩かれて、勢い殺せなくて、頭痛かったなあ」
「あー、盾で自分の頭叩いちゃったときだぁ」
「恋子ちゃん遠慮ないんだもん。たんこぶできたし」
「だけど最近はないよねー。リッコちゃんも上手になったもん」
そう言ってほめてくれるが、残念なことに撃腕の処刑人には逸話が多いのだ。
「私も入部初日に対面させてもらったとき、恋子さんの偃月刀が怖かったです」
「あれほどの大型ソード、世界で見ても珍しいですからね」
「私もだ。律子先輩に誘拐された初日、死んじゃうかと思いましたよ。あれ」
「もー! みんなひどーい!」
恋子ちゃんがかわいく怒る。
「でもみんなのおかげで、JDSで二年連続地方だよー。すごいねぇ、朝女」
「うん、すごいすごい。花と氷空さまさま」
「そんなことないよ。りっちゃんや恋子さんがいたから」
「ううん、みんながいてくれたからだよぉ。瀬里奈と翼とも試合できたしねぇ」
「まぁ……流星館での合宿はよかったと思います」
「たしかにー。流星館に行ったのも楽しかったねぇ」
「流星館マジ神ですよね。ほんと、あそこに住みてーです」
「左には似合わないよ」
「は? ソラそれどゆ意味よ」
「左には朝女のほうが似合ってる」
「バカにしてんの? ソラのくせになめやがって!」
「はぁ……べつにそういう意味じゃないんだけど」
左は器用だし、氷空は不器用だし。
「恋子ちゃんもそろそろ卒業だし、もっとどっか行きたいね」
「じゃー、ウィンブレの残念会で行ったケーキ屋さんはどーお?」
「あのお店、冬限定とちおとめのドゥーブルフロマージュがすごくてですね」
「はいはい、早口やめな。それよりやっぱ遊園地ですよ!」
「お高くないとこなら、まあ、ありかな」
「ジェットコースターのないところなら……」
「ん? 花先輩、やっぱ絶叫系ダメなんじゃないですか」
「そんなことありません。まだまだ寒いから嫌なだけです」
「私はミラーハウスが好きかなあ。恋子ちゃんは?」
「ヒューって垂直に落下するやつー。ヒュンってして好きぃ。氷空ちゃんは?」
「乗り物式でアドベンチャー系のアトラクションが好きです」
「ああ、分かる。なんとか迷宮系とかは絶対無理だけど」
「りっちゃん、気絶しちゃうもんね」
「そえば律子先輩、流星館文化祭でもぶっ倒れたらしいですね」
「うっさい。二人とも曲げるよ」
「あははっ。受験生じゃなかったら、年末ももっと遊べたのにねぇ」
「遊べてたらどこ行ってたかな。またプール? それとも旅行?」
「どうだろー。んー……たぶん時間があったらあったで、ドレソしてたかもねぇ」
思い出話も、これからの展望も、楽しい話題はいっぱいあったのに。
ドレソしてたかもねぇ、って。なによそれ。もう恋子ちゃんっぽいんだから。
率直に言って、彼女は珍しいタイプのドレソ選手ではあるけれど、私と同じく、なにかを成して、なにかを誇れる、そういう選手にはなれなかった。
強さならもう花や氷空のほうが上にいる。栄光ならお隣さんが大体持っている。因縁の旧友との対決だって負けた。ドン引きの処刑刀を振るう処刑人のインパクトで、印象深い人の口からはすこしだけ語られるけど、二人ぼっちからはじまったドレソ部で、恋子ちゃんが成し遂げられた三年間なんてそれくらいのもの。
なのにドレソしてたかもねぇ、って。なによそれ。そんな幸せそうな顔しちゃってさ。遊園地よりケーキ屋さんよりプールより旅行より、ドレソを選べるなんて。どんだけ朝女やドレソ部が好きなんだか。どんだけ大好きなんだか。
ほんと恋子ちゃんってば、恋子ちゃんっぽいんだから。恋子ちゃんっぽすぎて、うれしくて、寂しくて、リアクションするふりして念のために目元を拭った。
「あっ、ほら見てー。さっきの刀の子だぁ」
「本当だ。しかもお相手は……先ほどの三島山中のレイピアさんですね」
ひとり母のような心持ちになっていたせいで、ステージを見ていなかったら。
舞台では今、二十数名のなかでたったひとり、刀をもっていたあの中学生女子が、午前の試合でいいようにやられたレイピアの子と対峙していた。
運営競技会の人の出身も“そっち”だからか。ほんのりだけど刀の子に肩入れしているような立ち位置。レイピアが盛んになったらご飯食べられないもんね。
「ぜんぜん見てなかった。勝てるのかな」
「勝ってほしいねぇ」
正式な試合ではないから、黒い壁もないステージで、こちらの視線も声も届く。なにを言うわけでもないけど一同、黙って見守っている。
先に動いたのはレイピアのほうだった。相変わらず押しては攻める波のような戦法だけど、心なしかレクチャーを受ける前より足取りがしっかりしている。雰囲気からしてドレソ選手っぽくなった。運営競技会の人たち、やるじゃん。
それを受ける刀の子も好き放題に突かれてはいるけれど、花の相手をする成瀬姿のように、どこか落ち着きを感じる。表情はジッと険しいままだが、静かに相手の出方をうかがい、刀で受けて、流して、じっくりと間を見極めている。
「あの子のことねー。最初見たとき、私みたいって思ったんだぁ」
顔の向きは変えずに、恋子ちゃんが口にした。
「ひとりだけ珍しいソードだからってこと?」
私も横目で答えた。顔を向けるのは無粋な気がして。
「うん。だけどすぐ、リッコちゃんっぽいなぁって思ったの」
「まあ、分からんでもないけど。意味合いは似てるしね」
「私にとっての菖蒲ちゃんにも似てるんだけどねぇ」
「ごちゃまぜだね」
「うん、全員似てないんだけど、そう思って。だから勝ってほしいなぁって」
レイピアの子が横合いからの指導の声を受け、体ではなく腕と手首だけのコンパクトな刺突に変わっていく。攻めの感覚が早まり、刀の子が劣勢になる。
「私さ、本当は、私が菖蒲ちゃんを勝たせるぞーって気持ちだったの。でも無理なのは分かってた。私こんなだし、二人しかいなかったし。だからリッコちゃんが菖蒲ちゃんの仇討ちするぞーって意気込んだとき、うれしかったんだぁ。私以外にも想ってくれる子がいるって知って。結局、七咲鈴子さんはもういないみたいだし、白鳴もJDSに出てこないし、先週のプロの人たちもみんな強いし、全然まったく相手にならないかもって分かってるんだけど。菖蒲ちゃんが果たせなかったことも、私じゃやっぱりダメだったことも、リッコちゃんたちならどうにかするんじゃないかって。重いだけかもしれないけどさ、そう思ってるんだ。それが私の願い」
急に重い。ほんと重い。ちょうど一年前に抱いて、それからすぐに忘れたふりして軽々と扱っていた、私の復讐のための安易なドレスソードには、すっごく重い。気分も実力も立場も現状も、なにひとつ追いついていないのだから。
現実的な妥協案で「すいません無理でした。へへへ」と笑って済ませたい。
「一方的な願望だから。全国優勝してってわけでもないし、気にしないでねぇ」
「と言われましても……」
「ただぁ、そうだなぁ……うんっ。もし、あの刀の子が勝ったらさぁ」
「ん」
「私の願いも、リッコちゃんの復讐に便乗させてよー」
「もはや相手もいないのに?」
「ならJDS全国優勝。それで決まりー。来年はみんなで優勝してー」
「無茶がすぎる。さすが撃腕部長、命令も力づくだね」
「だーかーらー、撃腕って言わないでよぉ!」
そうやって笑いあった直後、レイピアの子の強引な胴突きを、刀の子が一太刀で叩き落とした。予想外だったのか、三島山中のレイピア女子がその手からソードの持ち手を取りこぼす。晒した無手の無防備、そこにすかさず。
「おんどりゃここがおのれの死に場所じゃ!」とばかりに刀の子が報復の一閃。今日一日やられてばかりだった怨念がこもっていたのか、振り下ろした光刃は相手の身体をとおり抜けて、ステージの床をバキンッと叩いてしまった。
フェイタルコールの代わりに、近くの師範が「一本!」と和風に締める。
一瞬、その顔がひと喜びしたように見えたのは、ここだけの内緒だ。
「やったぁ!」
「勝っちゃった」
「勝っちゃったね」
「良い筋です」
「ひゅー、刀かっけえ」
朝女一同。小さく小さく、音のしない拍手を勝者に送った。
それが済んでの、部長からの一言。
「ってことでリッコちゃん。これからも復讐、よろしくねぇ!」
んなこと言われたって。今後はもはや口だけピエロとなって大言壮語を吐く以外の進路がなくなっちゃうんだけど。どうしてくれんのよ、もう。
大人っぽいターコイズ色のロングコートを脱いでかけている椅子の背もたれに、毛立ちのいい純白なチュニックの背中をあずけている。
落ち着きを感じさせるグレーイエロー色のミモレ丈プリーツスカートの出口から、温かそうなフワフワ付きの灰褐色のムートンブーツを子供のようにパタパタと振りつつ、こちらを温かな笑みで見つめてくる彼女、恋子ちゃん。
そんな極上にかわいく言われたら、どうしてくれんのよ、もう。
いっちばんかわいい恋子ちゃんの頼みだけは、どうしても断れない。
次回「愛しきキミは、もう」(1)。




