青紺のフォーリングスター(4)
ステージに入り、ソードを着装し、顔を上げる。対面はやはり榎本さんだ。
もうゼエゼエしていないけど、リラックスというより、疲れで力が抜けてしまった姿勢に見える。26メートル先だから、本当にそうかはわからないけどさ。
【Lady to Ready……Round 2…………On Stage.】
焦るな、転ぶな。私はラウンド1と同じくセンターラインまでゆっくり歩いた。ラウンド2も落としたら朝女のJDSは終わる。私と花、恋子ちゃんには来年があるけど、菖蒲先輩に次はない……なんでこんなときにそんなこと思うかなあ、私。JDSに思い入れなんてない。でも、三年連続初戦敗退は歓迎できない。
今はそれしか理由がないけど、それだけでいいから負けるわけにはいかない。
「忍法……アヤメ裂きっ!!!」
でたっ! と思ったらアヤメ砕きじゃないっ!
声の出どころに視線をチラリと向けると、菖蒲先輩が例のポーズから駆け出し、瞬く間に対面のクイーンへ迫っていった。相手の長剣の間合いに入る直前、両足を宙に投げ出し、スライディングの要領でクイーンと花の対面相手の間を抜けつつ、左手の忍者刀を器用に振るう。それは花の対面相手の左足を斬り裂いた。
【ピロッ――Damage Slash.】
斬られた左足にそれ相応の重量が加算されたのか、相手が一瞬ガクッと崩れる。そこに風が吹いた。花だ。花は目の前にある隙を絶対に見逃さないとばかりに、両手で握ったエストックをなりふり構わず押し出し、対面相手の胸を貫いた。
その突撃に短剣の榎本さんが反応し、花が対面を貫いているエストックを抜く前にお腹に二本の短剣をぶっ刺す、のを見ていたら菖蒲先輩が弧を描くように回り込んで榎本さんの背中を斬りつけた、のを見ていたら南千里のクイーンが菖蒲先輩に引導を渡そうと接近して――ズバアァァン! 恋子ちゃんが頭上から地面まで力いっぱい振りきった偃月刀が、南千里のクイーンを一刀両断で処刑した。
【ピロッ――Damage Fatal.Fatal.Fatal.Fatal.】
【Queen Defeat……Round 2「朝倉女子」……Make Over.】
攻防に参加した人たちは喜び、沈み、六人の少女たちがメイクオーバーエリアに戻っていく。ものすごいスピーディなドタバタ劇に置いていかれた私と恋子ちゃんの対面相手は、ポカーンとしたあと、慌てて仲間たちの背中を追いかけた。
「え、いや。なんです今の。花も打ち合わせしてたの」
「ううん、私は無我夢中だっただけ。先輩たちが動いてくれたの」
それでも初フェイタルの達成感があるのか、花の顔は紅潮していた。
幼なじみの快挙に誇らしいと同時に、少し羨ましい。顔に出たかも。
「よかったー! 私のほうも対面が動いてたらもうダメだったもん!」
「考える前に動く。結果はどうあれ、ドレソじゃよくある光景だ」
「気づいたら終わっちゃってた感が」
「十分もかかるほうがおかしいんだよ、普通は」
強豪校同士でもなければ、一般的な女子高ドレソはあれくらいごっちゃで白黒つけるほうが多いとか。ああいうときにうまく連携に参加するには、思考よりも直感が求められるそうで。私には適性がなさそうだって。失礼しちゃうっての!
「てゆうか菖蒲先輩、まともな必殺技あるんじゃないですか」
「必殺でもなんでもねーけどな」
「声を出す必要はあるんですかね」
「ないと一人突っ込んで終わるし、声でびびらせりゃいいし、カッコいいじゃん」
「うーん、全然理解できない」
必殺技を叫ぶのはさすがに恥ずかしくてたまらん。これは適性がなくてもいい。てか花すごかったね。初試合で相手を倒しちゃうなんて、超カッコいい。
二本先取の最終戦となるラストラウンドがはじまるまでに、花をほめまくった。そのうちアナウンスが流れてきて、両校どちらかの今年最後の戦いが訪れた。
榎本さんをどうにかできるかはわからないけど、勢いや流れは大切だ。精神を集中するがごとくのスタンスは、私たち朝女には不向きに思えるしね。
「さあて、大一番だ。朝女史上初の勝利が間近だぞ」
「うう、言葉にされると緊張してくる」
「りっちゃん、がんばろっ。大丈夫だよ」
「うん、勝ちたい。私たちで勝ちたいよね」
一番遠くにいる恋子ちゃんから聞こえてきた言葉に、いかんいかんと表情を切り替えた。せめてシャキッとした私で応えたい。気合を入れろ、小枝律子。
さっきも結果はよかったが、榎本さんになし崩し的に動かれてしまったことには変わりない。そうだ。菖蒲先輩がなにをしようとも、私は彼女から目を離さない。そうすれば絶対、菖蒲先輩がなんとかしてくれるはず。信じろ、小枝律子。
【Lady to Ready……Last Round…………On Stage.】
ステージ入場からソード着装まで、私は榎本さんを睨み続けた。こんなに遠くからでもわかる。今のあの子に不適な笑みはない。険しい顔をしている。南千里だってギリギリなんだ。負けたくないはずなんだ。それはこっちだって同じだ。
このステージに立つまで、私は勝つも負けるもどっちでもよかったはずなのに、いつからだ。いつの間にか朝女ドレソ部としての矜持が芽生えていた。ここにいる誰よりも気づくのが遅かったけど、私ってドレソが嫌いじゃないみたい。
私の右手側。花とその対面相手が剣を交えはじめた。ソードとソードがぶつかる暴力的な金属音がやまない。それでも視線はそらさない。目の前の相手だけをじっと見つめる。榎本さんは動かない、動かない、動かない、動く。動いた。
榎本さんがラウンド1でやったように花に仕掛けようとした矢先、私は盾を押し出したまま体ごと進路に割り込む。彼女は急停止し、距離を離す。仕切り直しだ。なにもできていないけど構うものか。やられず倒せずが私の役割だ。
呼吸が軽い。身体も動く。これを続けていればいい。そうすればきっと。
「忍法……アヤメ砕きっ!!!」
花の旗色が悪くなってきたナイスタイミングで、地面に左足アーマーが力いっぱい叩きつけられる、強烈な打撃音が轟いた。南千里の人たちはビックリしたのか、みんな一斉に動きを止めて菖蒲先輩に意識を割く。はは、これがアヤメ砕きっ!
【ピロッ――Damage Slash.Slash.】
いち早く動いた恋子ちゃんと対面相手が、大物ソード同士でスラッシュを取り合ったみたい。アヤメ砕きの宣言からすでに三秒。なにも起きていないし、菖蒲先輩も動いていない。選手の発声は不正行為ではないようだけど、なんて性格が悪く意地汚い必殺技なのだろう。スポーツマンシップの欠片もない。
思わずにやけた顔でも、榎本さんの再突撃は食い止めた。行かせるもんか。
菖蒲先輩が言うように、榎本さんに本物のダガープリンセスのような突破力はない。とはいえ、私だって思いついていたら彼女と同じことをしていたかもしれないし、彼女もきっと流行りものだなんだと言われながら、こうやって成果を出した。 榎本さんはダメでもなんでもない。ちゃんとダガープリンセスだ。
「忍法……アヤメ砕きっ!!!」
「くっ……うわぁぁぁあ!」
得体の知れぬアヤメ砕きが、榎本さんの判断力に事故を与えたか。
彼女はしびれを切らしたように、これまでにないラッシュを仕掛けてきた。
「この! この! このー!」
「うっ! ほっ! っと!」
前面は盾で受け止める! 回り込みは足でいなす! 自前の直剣を抜く余裕はないけどこれで十分! 防御を続けていればいい! 短剣なんかに私を害させない。そのわずかな光刃をねじ込もうとしてきても許さない。体の動きはしっかりと見極められているんだから――急に思い出した。今この瞬間ってなによもう。
昔さあ、暴漢相手の短刀取りの型を練習してたじゃん。ほんっとバカリッコ。
【ピロッ――Damage Fatal.】
菖蒲先輩の忍者刀の光刃が、南千里のクイーンのお腹に突き刺さった。
【Queen Defeat……Winner「朝倉女子」End of Stage.】
勝者のコールとともに黒壁が取り払われると、ステージ内に大きな歓声と拍手が舞い込んできた。うわっ、こんなに観客がいたのか。普通に満員気味じゃん。
てかすごい! 菖蒲先輩すごい! やる人だった! って思っていると。
「あなた……選手としてのプライドはないのっ!!!」
南千里のクイーンが怒りの表情で、菖蒲先輩に突っかかっていた。
いや、それに関しては、ほんとすみません……。たぶん、アヤメ砕き以外にもあくどいこととかやったんでしょうね。うちの先輩、そのあたりの性根が腐りきっているので。罵られて、可愛らしくもキョトンとしていた菖蒲先輩が言い返す。
「あるよ。それ言ったやつにはぜってぇ負けえねえって意地がよ」
菖蒲先輩はそれだけ言うと、一礼もせずメイクオーバーエリアに帰っていった。私と花と恋子ちゃんは、反抗期の娘の母の面持ちで、会場内にお辞儀をしてから戻った。ほんとすみません、うちのロリ眼鏡(は今はかけてない)先輩が。
口調と素行と性格と性根の悪いところさえ直れば、たぶんモテるのに……。
ステージから退場し、私たちはE部屋へと戻る。大会は二ステージ同時進行でサクサク進むけど、一試合平均は約三十分らしいから、一回戦が残り六試合、二回戦が四試合(と調整枠の一試合)で二時間かからないくらいの次戦待ちかな。
E部屋に入り、同室の大洲高校さんがいないことを確認すると、菖蒲先輩がさっそく次の試合のことを話そうとし、恋子ちゃんが大喜びでバンザーイし、花が歓喜なのか安心なのかウルウルし、私は力が抜けて椅子にドカッともたれた。
「ボケども。まだ次あんだからな」
「もうなんか疲れました」
「す、すみません……」
「いいじゃーん! 花ちゃんなんか一人倒しちゃったよ! よしよし」
「エストックがよかったです。通常の長剣よりも長いから、けん制しやすくて」
「花はソードが正解だな。遠間で突いてるだけでプレッシャーあるしさ」
「はいはい! 私は私はー!」
「リッコは相手が最高だった。あんな絶好の相手がくるなんてな」
「榎本さん強かったですし、私だって盾がんばりましたよっ!」
「知ってるって。まあよくやった」
「菖蒲ちゃーん! 私たち勝ったんだよー! 初勝利だよぉ!」
「はいはい、だからよーやったって。リッコと花は出来すぎるほどやってくれた。恋子は昨年ボロ負けしたし、私も二年連続負けだったから、嬉しいって」
んん。なんか引っかかった。私はドレソを測れる物差しがまだないから、うまくは言えないんだけど、いつもの練習でも、さっきの試合でもなんというのか。
「菖蒲先輩って、普通に強いのでは? 毎年負けてたのが不思議というか」
「んー、うちの新入部員はみんな未経験だったしな」
「……ちなみに毎年JDSに出てるのに、二人しかいなかった理由というのは」
「一昨年は私以外、昨年は恋子以外、大会前後に全員辞めた。びびって」
「そういうことで」
ドレソの世知辛い話はよくしていたけど、そうか。ほとんど実体験だったのか。まあ、一人だけ強くてもほかの人が続けてくれないんじゃ、難しいよね。
頭がスッとしたと同時に、緊張から解き放たれたせいか眠くなってきた。
頭をこっくりこっくりとさせていると「寝るならそっちで寝ろ、ザッコ」と誰かに言われ、私は次の試合のミーティングもそっちのけで一人眠ってしまった。
そのね、実は昨日の夜までは緊張していて、あんまし寝てなくって――。
次回「青紺のフォーリングスター」(5)。