鉄面の妃さま、紫の御前さま(3)
結論から言うと、泉姉妹は地獄の番犬だった。
彼女たちのドレスは、一年目の白鳴のきったないボロ布の灰茶ローブではなく、二年目の白鳴が着装していた、純金糸と白金糸が煌びやかな右肩がけのショートマント(ぺリースってやつ)。その下は白鳴女学院の学生服である、それ自体が完璧なドレスにすら見える、黒縁ラインと金糸細工の上品な白制服。
朝女とは大違い。制服だけで絵になる。私の憧れの一着であった。
でも、当の泉姉妹はヘルのケルベロスだった。
「次、いっきまーすっ」
駆けてくる真奈ちゃんの右手には、小柄な体格と同じくらいの長さの大剣。
彼女はソードの先端をステージの床に「ガリガリガリ」と引きずりながら、ピクニック中の少女のような足取りで、楽しそうな笑顔で小走りしてくる。
試合時に見せる、もっと恐ろしい構えからの、本物の獣じみた突撃に比べれば、今がほのぼのとした練習中で助かった。助からなかったけどさ。
「んなっ」
一瞬で、真奈ちゃんの姿が眼前から消えた。それからコンマ数秒後。
「ひぎっ」
両足がブルブルしている。気づけば、私は両足を両断されていた。
「ダメだよおねーさーん。足元がお留守番だよ」
快活なニッコリ笑顔が恐ろしくてたまらん。
彼女は小走りのまま、花がまねた菖蒲先輩の「アヤメ裂き」のように、私の足元に滑りこんで両足を切断してきた。試合設定なら、まずフェイタルだ。
しかも、菖蒲先輩とは速度が違う。本当に野生の獣のようにしなやかなに、そういう生物とすら思える挙動で潜り込んできて、独楽同然に地表で身体を捻り、勢いを生かしながら大剣をぶん回してきた。同じ人間とは思えない。犬だ犬。
「つ、次いきますっ」
次いで真由ちゃんのほうも、左手に同じ形状の大剣を握っている。
足元をこんだけ器用に狙われると迎撃は困難。仮に花が対面しても、潜り込まれる前にエストックで突けるかというと……難しい気がする。正面に立ったまま下半身を攻めてくる相手ならまだしも、視線から消えるほど大仰に動きながら攻撃してくる相手となると、迎撃の一手を間違えた瞬間にお陀仏だし。
それでも、私は腰を低くして、右手の三角盾も下げ気味にした。
重心を低くしていないと、とても対応できそうにない。かつ両足のスタンスを広げすぎては斬られやすくなるだけなので、なるべく縮こまるイメージで……あらやだ。出来上がった構えはへっぴり腰で田植えする若者みたいだった。
さすがに窮屈すぎるし、可動範囲も狭い。もぞもぞ動いて微調整するも、ほどよく力を抜いて構えられたのは、真由ちゃんが迫ってくる直前のことだった。
でも間に合った。これならどうにかこうにか下半身攻撃を止められるかも。
――という期待も一瞬で裏切られる。
三歩前。真由ちゃんが突如、地面に引きずっていた大剣を振り上げる。乱暴におもちゃを振り回す子供のような、それだけで次が予測できない動き。
とっさに力んで身構えた。脳が守りを選んだ。くそ、海音さんなら守るより攻めたはず。周囲の人の戦い方をどうしても意識してしまう。もう遅かったけど。
真由ちゃんは上空に振り上げた大剣を、思いっきり袈裟に振りかぶり。
私の盾に向けてブンッと振り下ろすと――十センチほど手前を空ぶった。
(げえ! これアレだっ!)
JDSでよく見た、泉姉妹の必殺の一撃。対面する人にとっては、彼女らのすべての斬撃が必殺技めいた曲芸だけど、真正面からのこれも一味違う。
真由ちゃんは大剣を空ぶると、それ自体が事前動作だとばかりに、ソードを振りきりながら体ごと左回りに一回転。一周して戻ってきた大剣には、そのぶんだけ慣性の力が乗っているが――彼女はそこからさらに“飛び跳ねた”。
大きな剣の重量と、小さな体の体重と。
それらをすべて乗っけた強烈な回転ジャンプ斬りが、私の盾をぶん殴る。
私には遊びでもできそうにない曲芸。彼女はやすやすとこなしていた。
ズガン! 「いぎゃっ!」ドテッ。ぎゃふん。
盾ごと腕を吹き飛ばされ、体勢も崩れて尻もちをついてしまった。いたた。
この身で味わったことのある一番痛い一撃は、恋子ちゃんが両手持ちの偃月刀で半円を描きながら叩きつけてくる「超撃」。あれは痛いというか、おまえのどこかを折ってやるという残忍な意志を感じた。やられたあと涙目でマジギレした。
それでも、恋子ちゃんのは上段からの叩きつけだから。吹き飛ばされはしない。
でもでも、真由ちゃんには真正面からぶっ飛ばされてしまった。
「ご、ごめんなさいっ! お尻っ大丈夫ですかっ!」
「あたた、大丈夫です。すみません、受け止められず」
花の竜巻のように、ただの回転斬りなら受け止められる。しかし真由ちゃんの重そうなソードがぶん回された飛び斬りは、重量と慣性のノリ具合がヤバい。
痛さや重みは、一瞬で盾を吹き抜けたからそうでもない。まずいのは衝撃か。これはとてもじゃないけど、ステージに両足が固定されてでもいなければ正面から受け止めるのは無理。待ちでいたら、軽自動車の衝突に挑むようなものだ。
「い、いえ。こちらこそごめんなさいっ」
「いやいや、こちらこそすみません」
ペコペコペコペコ。ほんとに腰が低い子だ。
真由ちゃんの回転ジャンプ斬りは、前時代のJDSでも何度か見られた。ゆえに「空ぶり前提ならそこで止める!」とばかりに意気込んだ対面相手も何人かいた。ただし、そういう子たちは軒並み潰された。
泉姉妹は相手の機微を察知できるのか、事前の空振りに対して仕掛けてきそうな相手には、一段目を直接叩き込んだり、回転前に二の太刀でえぐり込むように突いたりと、意図も容易く必殺の型を崩して対応する。変幻自在な攻撃のバリエーションを前に、出鼻をくじきにいった子たちはすべてねじ伏せられた。
最悪だった例は「じゃあ逆に逃げてやる!」とばかりに後退した例だ。
わんこらはその隙を見て取ると、正面の対面相手を瞬時に放って、獲物を左右前方に切り替え、即座に違う選手へと飛びかかっていく。そんなもん警戒できる人はめったにいないから、相手チームはそこで人数が減る。して、終わりと。
この子らがかわいらしいのは見た目だけ。本性は小さな狼そのもの。
ファングよりもファングらしい、獣の牙。まさにバ獣である。
「おー! やっぱし盾ってブレイクしないんだね! おねーさんすごーい!」
こんな体たらくでも、せめてもの関心を持たれたのは唯一の救いかな。
駆け回って、交代して、飛び跳ねて、交代して、グルングルンして、また交代して。泉姉妹よりも先に私のほうがぶっ倒れそうな過密スケジュール。
大剣の威力がきつい。重みは恋子ちゃんや海音さんほどでなくとも、こちらの体勢を崩してくる瞬発力ははるかに上だ。自由自在に動かせる身体感覚は攻めに強し、相手が捉えられないという意味で守りにも強し。正道をゆく紫織さんと比べるとめちゃくちゃなのに、突き抜けた結果、攻防のバランスが秀でている。
(はあ、きっついなあ……)
格の差ってやつかな。痛いほどそれを知る。
フェイタルの痛みより、やられることの痛みがチクチクと累積していく。
みじめだ。できることならさっと「おつかれえ」と終わりにしてほしい。
かといって、やられてばっかってのもね。
盾なんだから、盾らしく。一度くらいは止めてやりたいってものよ。
「あっはは! 次いきまーす!」
楽しそうな獣の姉が迫る。攻めの上下は読めない。だから一点読み。
とりあえず上半身攻撃への対処は諦めた。上にきたらオレンジジャージで無様に受け止めるのみだ。だから下こい、下。下からなら止めてやる。
神通力が通じたのか、シュンッと。真奈ちゃんの上体が視界から消えた。
(きたっ、止めてやるっ!)
両足を斬ってくる斬撃なんて、剣でも盾でもまともな受け方はできない。だから――ガンッ! 直下の地面に打ちつけるように、右手ごと盾を振り落とした。
今の私はきっと、癇癪を起こして床を殴っている人に見えるだろう。
「きゃっは!」
視界にはいない狼から、一言だけ感想が飛んでくる。
右の拳で握っている、三角盾の裏側の握り手。そこから先に突き出る三角盾の頂点にあたる平面部分までの寸法は、おおよそ10センチ程度。その10センチほどしかない先端で、ステージの床を勢いよく殴った。直接手で打撃したわけではないとはいえ、右手に固いものを殴った衝撃が伝わる。いったた。かなり痛い。
でも、おかげで私の盾は地面に打ちつけられた。三角盾は表面こそ丸みがかっているけど、上部が平面で助かった。地面にピッタリと固定できている。
そうして、今まさに狙われている両足の前に、“三角盾の壁”が生まれた。
まもなく、真奈ちゃんの大剣が振り回されたのか――ガキンッ。
盾を持つ右手が揺らされたが、相手のソードは通行止めにひっかかった。
「うっへ! かたっ!」
視界の左斜め下、地面に転がったような姿勢で真奈ちゃんが止まっている。
まるで無警戒にじゃれつく、お腹を見せている犬のような姿勢。かわいい。だけど……むーっ! かーっ! 好機だったのに! ここで左手にアヤメもっとけば、サクッとぶっ刺せた! 人生初のフェイタルもありえたじゃん!
今からでは遅すぎる。事実、彼女は這いつくばりながらもササッと逃げた。
「おねーさんすごーい! 腰のちっちゃいの抜かれてたらやられてたね!」
「……ですかね」
せめてもの私へのご褒美として、そうだったことにしておきたい。
ただ、今回は止められたが、これだけでは泉姉妹は止められない。今のは過去に無双剣で相手がやっていた、剣を地面に突き立てて止めた防御の応用だ。
そのときの対面相手も、真奈ちゃんの通行止めには成功しながらも、最終的には“両足裏側のふくらはぎ”から突破されていた。
「表か裏か、真奈ちゃんが斬るほうは見えてないし。まだ止めらんないよ」
「表裏二択なだけマシだよ。絞り込めてるってことなんだからー」
「まあ、そうかもですけど」
「じゃ、もいっかい行くよ!」
泉姉妹は地面に滑り込むときの身体の左右回転に応じて、大剣を振り回す方向も「両足の表側から斬るか」「裏側から斬るか」を制御している。
表裏を見極めるまで観察していたら、対応が間に合わない。飛び込み時点で判断する二択クイズでは、どうあっても天国か地獄。対処しようと思った時点で、一方的な分の悪い賭けになる。そういう動きの集合体が彼女らで、ドレソの攻撃偏重時代を象徴する白鳴の強さだったのだろう。身にしみて理解してしまう。
今度も真奈ちゃんは同じように攻めてきた(次は真由ちゃんの対面番だったのに、姉が連闘しちゃったからか、両頬がプクーって膨れていた)。
私も同じように前方眼下、両足のすねを守るように盾を地面に打ちつけた。
そしたら答え合わせとばかりに。地面に転がった彼女の身体と、大剣が振り回される回転方向が即座に切り替えられ、私の裏側、両足のふくらはぎから斬りつけられ、バサッと両断された。同じことをしてくれるのだろうと観察していたから、斬られる前に表裏は読めた。でも、それが分かった時点で動く体はなかった。
ハッキリと分かる。無理無理。無理すぎ。話になんないわ。
そんなこんなでボッコボコにされつつ、真奈ちゃんと真由ちゃんは私の息を観察しながら、お昼近くまで延々と遊んでくれた(遊ばれた)。
とはいえ、二人とも陽気で、優しかったから。実力に落ち込みつつも、気分だけは救われていた。例の下半身攻めも数回に一回、盾を地面に打ちつけることで守りきると、そのたびに「すごーい!」「すごいです!」とほめられた。天狗気分だ。まあ、通常のドレソではとても役立ちそうにないマニアックな対策すぎるが。
最初に疲れ果てたのは、ピョンピョン走り回っていたわんこ姉妹ではなく、もうだめえとヘロヘロになって座り込んだ私のほうだった。二人はまだ元気そうだったけど、多少なりとも汗を流したからか。満足してお開きにしてくれた。
どうにかこうにか、お遊び相手のお役だけはまっとうできたみたい。
「海音ちゃんたちも、リッコちーも! じゃーねー!」
「リッコさん、今日はありがとうございました」
「うん、こちらこそ。またね」
泉姉妹はその後、シャワーも浴びずに着替えて四ノ宮さんのところに向かった。
さきちーの家でお風呂するー、ってさ。あれで意外と仲いいのだろう。
てゆうか、すみません。普通に年上な先輩なのに敬語してなかったわ。
「りっちゃん。皆さんがお昼ご飯にしようって」
「おっけー」
気分が回復したのか、花も柔らかい表情に戻っていた。
「泉さんたちはどうだった?」
「ぜつぼー。実力以前に人種の違いを感じたね」
「そっか。人種。うん、私もそうなのかも」
「お互い、苦しい一日だね」
「……うん」
気落ちも苦笑にとどめていられるだけ、まだいいけどさ。
花に連れられ、みんなの輪に合流する。
きっひっひと面白がるお姉さんの声は、予想していたとおりだ。
「よお、リッコちゃん。わんこ姉妹はどうだったよ」
「モニター越しで見たまんま、獣でした。人じゃなかったです」
私がそう言うと、先に戦っていた見習い面子も次々とうなずいてくれる。
鉄面妃こと四ノ宮さんに関しては、今日は花しか戦っていないからか話題にあがらない。というより、海音さんがしてこない。花を気づかってが半分と、紫織さんを刺激しないようが半分と……ほんのちょっぴりの自尊心の問題もあるのかもしれない。けれど、それは私程度の選手が推測していいものではない気がする。
それにしても、ほんといい人だ。海音さんみたいな人が部長だったりキャプテンだったりすると、毎日のドレソがよりがんばれそうな感じ。
当の海音さんはというと、チラッ。気難しい仲間に苦労してそうだけどね。
「? なんですか? なにか言いたいことでもあるのですか」
「あいや、べつに」
「そうですか。なら人をチラチラと見るのはおやめなさい。相手に失礼です」
「すいません……」
あかん。もうあかん。あかんわこれ。
お昼を食べて、紫織さんと距離を取りつつ、ほかの人と談話して、またドレソをして、紫織さんを避けつつ組み合わせを変えて、またドレソして。
結局、朝女の面々は一日中ガッツリと練習させてもらってしまった。
プロ勢と対面しても恥ずかしくない程度についていけたのは花と氷空くらいなものだったけど、恋子ちゃんも左も楽しそうだったし、まあいっか。
どんな競技も下々の者がいなければ醸成したり、成立したりはない。だからといってつらい役どころは嫌だけど、不幸にも負け犬役には慣れている。
むしろドレソなら鬱屈する前に「あれえ? いいんですか? あんまり(私を)ボコボコにすると、辞めちゃいますよ?」の脅しすら効くかもしれない。
情けなさすぎて逆に面白いが、それすら効いてしまいそうな競技人口なのである。戦績の代わりにメンタルの見返りくらい、くれたっていいじゃんね。
なんてことを、紫織さんからの罵倒をBGMに、ぜーぜーひーひー。
まーた海音さんと一緒に全身激痛で、床にぶっ倒れながら思っていた。
ついでに、決めたよ。私、二度と黒須第一大学には来ないわ。
次回「共感性女子高生」(1)。




