鉄面の妃さま、紫の御前さま(2)
なし崩し的にステージに入ってしまったけど、ここには元白鳴の三人を加えて、総勢十五人もの少女がいる(海音さんたちもまだ一九歳。だからギリギリ)。
かなりの大所帯なうえ、目的がある主演も思わぬゲストも十分にそろっているから、できれば私はすみっこで「すごーい」って言ってたいのだが……。
そうは狂犬が許さないってね。
「剣龍らは最近リッコちゃんいたぶったろ? 朝女の子らは貸してくれや」
「構いません。リッコちゃんは不服でしょうがね」
「なぁに。一発打つたびにおだてりゃ、ノリノリになるさ」
なりませんってのよ。
「そん代わり、そっちは犬っころたちと遊んでみろよ」
「わーい! よろしくおねがいしまーす!」
「よ、よろしくお願いしますっ」
「……はてさて、遊ばれるのは“どっちか”という話に聞こえますが」
霞さんがえらく男前な顔つきでうなずく。カッコいい。
「せいぜい気張れよ。泉姉妹はリッコちゃんと同じくらい異常だかんな」
なんとなく分かってはいるが、私って「普通じゃない」ってより「異常だぞ」って言われるほうが似合うのかな。悲しいことに自分でもしっくりくるけど。
「で、鉄面の。おまえはあっちでこの子、朝女の花ちゃんの稽古つけろ」
「それエストック? ずいぶんと重そうね。相手にならなかったらすぐ帰るわよ」
「ってわけだ。妃さまは気が短いからな。花ちゃんも必死で食らいつけ」
「は、はいっ!」
花の意気込みもそうだけど、鉄面妃相手に海音さんも強気だ。
四ノ宮さんはそれでも従ってくれるのか。無言で厳めしい顔をしたままだけど、花に「勝手についてきて」と言わんばかりにひとりで歩いていった。というかいまだにドレスを着装していない。ソードだけ持ってやるつもりなの?
ワキャワキャしづらい空気だけど、小声で「花がんばれ」と伝えると、私の幼なじみちゃんは決意の面持ちで「がんばるね」と返してくれた。
「残りの朝女ちゃんたちは、私と紫織とお稽古だ。紫織、あっちいくぞ」
「あちらですか。わざわざステージの角でおやりになるのですか?」
「そうだよ――おい鉄面の! 背はこっち向けろ! 紫織のほう見んなよ!」
「言われなくても」
「紫織もだ。今のあいつのドレソは見るな」
「そういうことで。かしこまりました」
二人とも、練習だろうと相手のドレソを見させない。
手の内をこんなところで晒し合うな、という粋な計らいか。
海音さんにおいでおいでされて、私、恋子ちゃん、氷空、左はステージ右奥の角に集まった。敵方がずいぶんとまあ、豪華な組み合わせじゃないか。
そして最初は海音さんが私と、紫織さんがほか三人と準繰りに対面した。
狂剣が私の三角盾を殴ると、どうなるのか。結果は予想どおりだったが。
ガンガンガンガン、ガキンバキンッ!
「いでっ、いでで! いぢぢぢぢぢっ!」
「きっひっひ! 盾うまくなったじゃん! これで崩れねぇのか!」
ガンガンガン、ガンガンガンガンガン、バッキンッ!
「ちょ、いだ! いだだ! まっ、ちょ、いだだだだだっ!」
「きっひ! いって! 右手いってぇ! 相性サイアクだわっ! 超楽しい!」
上下左右正面から振って斬って殴って突いて叩いて薙いで。
狂剣の大曲刀がいっさい止まることなく、全力の高速回転で襲いかかる。
氷空が言うように身体とソードの理を生かしているためか、一撃一撃が恋子ちゃん級に重い。だからほんと手が痛い。ついでに海音さんも痛がってる。
二年前、一年生のころのJDS地方大会、ラウンド1でやったとおりの流れだ。
「うぐっ、くっ、やって、ぎぎぎっ!」
流すもいなすも叶わない。こちらが受け方を変えても、すぐさま対応される。
「感覚冴えてンな! でも成瀬妹くらいやんねぇと止まらねぇぞ、私はよ!」
そうだよ、止まらないんだよ。この人は。
ちょっとくらい大曲刀が突っかかっても、刀身で地面を叩いても、海音さんの剣舞はまるで停止しない。イレギュラーな途切れ方を瞬時に起点へと変え、連撃の歯車を強引に再回転しはじめると、すぐにまた最高速のリズムに戻る。
決定的な、姿のシールドパリィくらいやれないと。彼女は止められない。
私の未熟な技術じゃ、そんなことできないんだけどね。
だからこうして、意味不明な地獄絵図に耐えるしかないのだ。
「いだい! いだだ! いだ、いでえ!」
「いてぇ! いったった! いてぇいてぇいてぇ!」
私の攻撃と言えるのは、海音さんのソードを持つ手の痛みだ。誰よりも速く、力強く連打するから、ご覧のとおり「叩かれて痛い律子、叩いて痛い海音」になっていて、気づけばどちらも痛みを訴えるだけの阿鼻叫喚と化している。
それを見てか、左の爆笑する声が聞こえてきた。あいつマジで絶対。
「ぜー! ぜー! ぜえぜえ!」
「ひー! ひー! ひーーー!」
二分ほどだろうか。最後は私の頭が叩き斬られたが、守るも攻めるも両者ともに、ガソリンを一気に使いつくすかのごとき全力の肉弾戦を繰り広げたために、たったの百数十秒で過呼吸じみた疲労状態になってしまった。
一日一回、海音さんにコレされるだけで、その日の練習が終わる勢いである。
「まったく……海音、なにをやっているのです」
「海音姉さん、やりすぎです」
「ひーひー。いや、ひー、楽しくて、ひー、つい。ひー」
ひーひーしながら友人と妹に叱られる人。
「リッコちゃん、だいじょーぶぅ? すごかったねぇ」
「律子先輩、めっちゃおもろかったです」
「ぜーぜー。ふざ、ぜえ、左あんたも、ぜーぜー、ぜえ」
ぜーぜーしながら先輩と後輩に笑われる人。でも恋子ちゃんも大体こうよ?
これでは練習のペースになりませんと紫織さんが配慮し、私の対面相手が早くも紫織さんに交代となった。こっちはこっちで、別の意味で怖いんだけど。
私の息が整うのは、海音さんよりも二分ほど遅かった。彼女はすでに回復完了とばかりに妹たちと打ち合っている。あれ? なんか不思議に思ったら、氷空が居合いをしてない。鞘に納刀することなく、正面から打ち合い、簡単に負けている。
ウォームアップ中なのかな。といっても、普段は居合いから入っている気がするけど。姉には完璧に対策されてる、とか? 普通に立ち会う氷空が珍しい。
「小枝さん、もうよろしいですか? 時間は潤沢にはありませんので」
「あっ、はい。すみません……」
厳しい。ほかの子とは声色が違う気がする。まだ第一印象を引きずってるのか。
急いで盾を構えて、普段よりも気を使った角度で会釈をし、対面の姿勢に入る。間近で目にすると、想像以上だ。桜羽織のドレスと中型刀のソードが和って感じで美しい。それでいて強者の風格があるから、怖いというか、恥ずかしい。
なんかこう「えっへっへ、私なんかが相手ですいませんねえ」みたいに。へりくだりたくなる感情が湧いてくる。自信も実力もない身分はつらい。
先に動いたのは紫織さん。中段の構えや正眼の構えと言うのだろうか、お手本のような斜めの袈裟斬り。目が肥えているわけではないけど、柔道と柔術の違いのように、霞さんのような剣道家のそれとは違う、剣術家の型に見える。
それが彼女の出身で、ダガプリの実家でもある、七咲一刀流というわけか。
(っつ。海音さんとは違う意味で、速い)
本来の紫織さんが攻めなのか守りなのか、私の三角盾では判別できないが。
彼女の動きは乱れることなく、演舞のような流れでこちらを攻めてくる。
けど速い。感じの似た真田さんより、キレイな型のままで鋭く、速い。
奇をてらわぬ王道の正攻法のままで高みに昇華した、みたいな。
奇の塊の私には、どうにも自力で打ち勝てる要素は見当たらない。
決め手は突きだった。花の刺突とは違う、攻めの連携のなかから飛んできて対処ができなかった。最初のフェイタルは数十秒もしないうちに取られた。
フェイタルのコールこそないが、紫織さんは仕留めた感触をもって場を仕切り直した。そのついでとばかりに、手痛い指摘もしてくれる。
「話に聞くとおり、あなた変わっておりますね。打たねば絶対に勝てませんよ」
「分かってます。分かってますが、紫織さん相手にまだこれは」
口で言い訳しつつ、左手でアヤメを抜いてみせる。これも腕前の言い訳だ。
「……忍者刀。悪趣味なソードですね。あなたも騙し打ち専門のクチですか」
「理想は流星館の成瀬姿ですが……はたして目指せるかどうかは」
「このご時世、シールドブロッカーなど世迷いの類いです。転身をお薦めします」
「そうですね……と言うわけにも、なにぶんいかないもので」
立て続けの些細な悪意に、相手が相手だけど、すこしイラついた。
目指すべき目標がなくとも、この両手にあるものは捨てられない。
私のドレソのすべてだから。目的がなくても、それは変えたくない。
「自信に慣れることなかれ
常在、自身に問い続けよ
己が命、この場で賭せるか」
「えっ?」
急に、ほんとに急に。紫織さんが俳句のような格言をそらんじてきた。
「七咲一刀流の標語です。あなたにはどのような意味に聞こえましたか」
「えっと、えっとお……すみません、今は頭が回りません」
「いいでしょう。それもまた、あなた自身を表す答え」
「はあ」
その程度なのですね、と侮られた気がしてしまう。被害妄想かな?
それからも紫織さんは慈悲すらなく、二十分ほどひたすら私を打ち倒した。
フェイタル数は計二十一回。分速一回を超えられてしまったかは、観測していないロスタイムに祈るしかない。あるいはフェイタルの数え間違いかを。
私は彼女のいつもを知らないけれど、紫織さんの当たりはやっぱり終始冷たく、痛かった。他人だけど逆らえない、他家の師匠に叱られ続けたような心労がのしかかっている。リンちゃん呼びの第一声がここまで尾をひっぱっているのなら、年上ながら困ったお人だ。好感もないし、これ以上お近づきになりたくない。
どれだけ強くて偉くて立派な人でも、悪意を受け入れる気はさらさらない。
ぶっちゃけ、もはやシオリちゃんとか、べーーっ!!! だねっ。
「おーい、そろそろリッコちゃん貸せよ」
「それは構いませんが、今後は練習のペースをお守りになってくださいね」
「分かってるっての。さあきなリッコちゃん」
私らの険悪な空気のためか、己の欲望のためか。海音さんが交代を申し出た。
「リッコちゃんと紫織。ずいぶんとまぁ、仲わりぃな」
答えは前者だった。
「だって紫織さんが……」
「分かってるよ。あのイカレ女が悪い。全部悪い。だから気にしないくれな」
彼女はヘラヘラしながら私の頭をポンッと叩き、対面のための距離を開ける。
なんだよもう。この人、今日はカッコよすぎる。氷空には悪いけどお姉ちゃんにほしい(実姉も大好きだよ!)。まあ、そう思ってたのはここまでで。
二分後、私と海音さんはどっちもゾンビのように息をきらしてうめきながら床にぶっ倒れていた。ペースを守るとは、なんのことだったのか。
それぞれのグループで練習をしはじめてから、一時間ほど経ったころ。
もういいわよね? と一言。ステージの対角線にいた四ノ宮さんが突然、自主練習もとい後輩指導の終了を一方的に宣言した。
「もう終わり。あなたも、それでいいわよね?」
「……はい。ありがとう、ございました」
四ノ宮さんの手には、鉄面妃の代名詞たるレイピアはすでに握られていない。結局ドレスも着装しないでやってたいみたい。できるんだ、そういうこと。
運動後の汗の一粒も感じさせないサラサラ感のあるお妃さまの反面、あれまあ手ひどくやられてしまったのか。肩で息しながら、肩を徐々に落としていく、顔色も最悪でジメジメ感がハンパない、憔悴しきっている花が立っていた。
「きっひっひ。花ちゃんには早かったか。おい鉄面の、次はこいつらと――」
「もう終わりって、言ったわよね? 真奈、真由。終わったら十五階のカフェ」
「はーい!」
「わ、分かりました。おつかれさまです」
それだけ告げると、四ノ宮さんは海音さんの制止には耳を貸さず、面倒なおつかいを済ませた仕事終わりのOLのように、さっさとステージから出ていった。
花は消沈してるし、海音さんはきっひっひしてるし、真奈真由コンビもさあ次だと徳永親分とゆゆちゃんに突撃してるし。妹犬もすでに夢中なご様子だ。
「花ちゃん。どうだったよ。ドレソの王者さまの実力は」
「とても……ついていけませんでした。いえ、相手にすらなっていなかった」
「だ、大丈夫だよ花。私も紫織さんに二十分で二十一回もフェイタルされたし」
「私は、たぶん……一時間で二〇〇回くらいかな」
「は?」
「とてもじゃないけど数えきれない。最初の一撃が、どうしても防げないの」
最初はギャグかと思ったけど、いつまで待っても海音さんのツッコミが入らなかったところを見るに、どうやらマジのようだ。しかし二〇〇って。
花が意識を手放していそうな目で垂れ流した反省によると、なにがどうだったから勝った負けたの話ではなく、ただただ「突かれたらフェイタルだった」。それだけのことらしい。想像もつかないが、本当にそれだけの実力差があったのか。
「そもそも、アイツは元の畑で世界三連覇の女だ。刺突合戦こそ本領だしな」
「はい。私がいかに形だけのお遊びだったのか、分からされました」
「私もアイツには一回も勝ててねぇからフォローできねぇが。タメになったか?」
「……なりたいけど、なれそうにない理想を見つけた、という意味では」
「みんなそうだ。私だってあれ見たとき、大曲刀を捨てちまいそうだったもん」
「海音さんでも、ですか」
うわずって震えた声で、花が問いかける。
「自信満々の海音さんでもだよ」
きっひっひの笑い声は、さっきより力がなかった。
「あの時代、白鳴に鈴子がいてよかったよ。世間さまがバカに注目してなけりゃ、ドレソは今ごろフェンシングの引っ越し先になるとこだった。鈴子がいたから鉄面もドレソにひっぱり込まれたわけだけどよ。鈴子の戦いが派手じゃなけりゃ、紫織が日本人ウケする大和撫子なお侍じゃなけりゃ、大半のソードは絶滅してた」
おいおい。会話のスケールが大きすぎて、うんうんとすら言いづらい。
大会動画でもヒュンヒュン素振りして、ブスーって刺すだけだったけど。
そんなにヤバいのかあの人。くっそー、生でチラ見しとけばよかった。
といっても、紫織さん相手でも海音さん相手でも、そんな余裕はなかったけど。
「けどさ、意外といないんだぜ。あのイカレ金髪に似てる選手ってのは」
「ただ単に、なれないからではないのでしょうか」
「それもあるけど、戦いのリズムかな。隙を刺して倒す、それ以前の姿勢」
「リズム?」
「花ちゃんの揺らす剣先って、あいつの素振りと作用が似てるだろ?」
「んんん……そうでしょうか……」
よく分かんないけど、もしかしたら花に王者の素質があったり? 的な?
花は落ち込みながらも考えているから、今はあえてイジらないけど。
「んじゃま、おら! わんこ姉妹! 新しいおもちゃやるから遊んで帰れっ!」
「えー、なになにー。どれどれー」
「ま、真奈ちゃん待ってぇ! た、たた対面ありがとうございましたっ!」
真由ちゃんが一言かけた先には、五人して肩で息をするプロ見習いたちがいた。顔色が勝敗に直結しているのかは恐ろしくて聞けないけど、少なくともわんこ姉妹はまだまだ元気たっぷりなのが恐ろしい。ドレソ大好き! って感じする。
それに真奈ちゃんは見たまんまだけど、なんだかんだで真由ちゃんもおもちゃに興味津々でつられてきちゃってるし。どこまでもワンちゃんっぽい。
「鉄面を待たせるのもかわいそうだからな。おまえらも、これで遊んで帰れ」
「これってー?」
「これ」
そうして海音さんが人差し指で示したのは。
「え、私ですか?」
「そ」
「私、おもちゃ?」
「ドレソ界のおもちゃ」
「海音さん、ひどーいっ!」
「悪りぃな。私みたいにこいつらもがんばって疲れさしてくれや」
彼女はひとり笑いながら、花を連れてむこうのほうに行ってしまった。
あわれ、残された小枝律子ちゃんの前には。
「ねーやろー! お姉さんドレソやろー! 早くやろー!」
「よ、よろしくお願いしますっ」
逃走不可避のワンちゃんたちが「ハッ! ハッ! ハッ!」とおねだり。
とってもかわいらしいんだけどね。展開を予想できすぎて、しんどい。
次回「鉄面の妃さま、紫の御前さま」(3)。




