鉄面の妃さま、紫の御前さま(1)
「真奈、真由。行くわよ」
「えー! だって今からドレソするんだよー。さきちーもやってこー」
「私、ここの部外者なの。早く着替えて。行くわよ」
「だ、だってさ真奈ちゃん。着替えよ?」
「えーーー!!! ドレソやろーよー!!!」
「やらないわよ。さっさとして。本当に殴るよ」
その光景に口も出さず、海音さんが肩をすくめて呆れかえっているだけなのは、それほどまでに四ノ宮さんが“そういうヒト”だから、だろうか。
自分で部外者と言っておきながら、私たちのほうこそ部外者だと言わんばかりに、地下体育場の主たちをまったく目にかけていないのだ。まさにお妃さま。
なんだろうね。ドレソが強い人って海音さんしかり、紫織さんしかり、泉姉妹に四ノ宮さんもそう。自分の世界をどこでも作れちゃう力が必須なのかな。
それでも正直なところ、今日の海音さんは相対的に常識人だ。紫織さんも物腰はいいけれど、私にはもはやあれだし。今日のこともそう、氷空ん家に遊びにいったときもそう。海音さんって口はすごいけど、いいお姉さんだしね。
目の前で行われている部外者と部外者のワーワーギャアギャアを眺めながら失礼なことを考えていたら、こっち側の口もようやくひとつ開かれた。
それは決して友好の挨拶ではなく、敵対の火種であったが。
「彩姫さん、ご遠慮なさらずに。私は構いませんよ、ここで対面してあげても」
おっそろしく挑発的な紫織さんの一言が、着火して火花となり。
「あら、気持ち悪い声が聞こえたわ。話しかけないでくれる? 気持ち悪い」
「うふふ、つれませんね。顔を合わせるのも一年ぶりですのに」
「同じ一年生なのに不思議よね。逃げ回ってくれてるんでしょう? 助かるわ」
「戯れ言を。あなたとは人と人との縁すらまみえない、それだけのことです」
「そこだけは同感。気持ち悪くてたまらないから早く消えて」
「うふふ、相変わらずお変わりありませんね。まるで進歩していません」
「ねえ、話しかけないでって言ったわよね? 気持ち悪いから」
ふむ。いや……なんじゃこりゃ?
紫織さんが割って入ってきた途端、泉姉妹も「ひええー」といった素振りで私のそばに退避してきた(真奈ちゃんはやけに楽しそうだが)。
今日は朝からワケわかんないことばっかりだけど、今が一番ワケわかんないね。なに、この、凶悪な雰囲気? 映画の撮影かなんか?
紫織さんの顔には笑みが張りついているが、そこにはどこからどう見ても嘲りのような、相手を小ばかにする色が隠されている。いや隠れてない。フルオープンだ。対して四ノ宮さんも、鼻から相手にしないとばかりの邪険な対応。
どれだけ甘めに見積もっても、とりあえず友人同士には見えない。
(海音さん、海音さん)
(きっひっひ。なになにどした)
(あの二人って仲悪いんですか)
(見てのとーり最悪も最悪。ソードが凶器だったらどっちか死んでるよ)
(そんなにですか)
(性格も私怨も因縁も腐りきってる。匂いが臭けりゃ触れんなよ)
私怨のほうはこれまた分からないが、因縁のほうはなんとなく分かる。
白鳴は、二年前のJDSで桜花に負けて、昨年は勝った。
四ノ宮さんは、二年前のウィンブレで紫織さんに勝って、昨年は負けた。
両者ともに、近年の女子高ドレソ界においてはチームとしても個人としても頂点に違いない。今でこそ最強の名は四ノ宮さんのものだが、私がドレソに興味を持ったころはまだ、京町紫織が最強と謳われていた(天剣衆を除き)。
もちろん、人気の最強はダガープリンセスだったけど。
べつに、他県で他校の生徒同士だったんだろうからさ。特別なフレンドシップとかライバル心がなくても不思議じゃないけど。もう少しこう、明るく前向きなさ。あるじゃん、そういうの。なにを拗らたら、こんなことになっちゃうんだか。
もちろん、わが身がかわいいですからね。
忠告どおり、臭いものには触れませんが。
「真奈、真由。早くしな。行くよ」
「ときに、彩姫さんはドレスソードを続けていらっしゃるのですか?」
「まだいたの? あなたに言う理由はない」
「そうですか。嫌だわ。私ったらてっきり――怖がっているものかと」
「ねえ、話しかけないでちょうだい。それと――返答次第じゃ殺すわよ」
「うふふ。ごめんなさい。また、私に負けるのが怖いのかと思いまして」
「殺す。真剣もってきな。フルーレとってくるから」
「おめぇらさぁ……わめくなよなぁ。やるならよそいけ。練習の邪魔だ」
ここが瀬戸際か。海音さんが横槍を入れた。
「黙れ狂剣」
「海音は黙っててください」
正当性を微塵ももってなさそうなのに、なんたる態度。強い。
「逢引きならテメェらだけでやれって話だ。周り見えるか? ここはお花畑か?」
そう言って彼女は、私たち避難民を引き連れる王のような仕草で、険悪な二人をけん制する。野次馬根性がかき立てられるシーンには違いないが、たしかに。あんまり長引かれると当初の目的に差し支えるのは否めないし。
さすがに道理はわきまえているのか。二人とも口を閉ざし、顔を背けた。
「んで、おまえらヤんの? こんな安っぽい舞台で? お似合いだと思うぜ」
「……つい口がすぎました。彩姫さん、もうお帰りいただいて結構です」
「最初から出迎えは頼んでないわよ。ほんと、難癖だけは一流ね」
「はいはい、やめやめ! うっせえっての! 散れ散れっ!」
海音さんの手腕でどうにかこうにか、ひと悶着は幕引きした。
さっきまでのバッチバチの口喧嘩は私にとっては一大スクープだけど、海音さんのあの疲れた顔から察するに、ありきたりな場面なのかもしれない。
まさか、今日は狂剣デーであったか。海音さんの株ばっかし高騰している。
それでもなお、導火線を再点火したいわんこは残っていて。
「えー! ドレソやってこーよー!」
「まま真奈ちゃんっ!!??」
ユニークな人材ばかりというのも、チームワークにおいては考えものだ……。
「いい加減にして。早く行くわよ。不快すぎて暴力振るいそうなの」
私、誰かにそんなこと言われたら怖くて泣いちゃいそう……。
「うふふ、精神が成っておりませんね。鉄分が足りているのはお顔だけですか」
紫織さんもさあ……なぜ煽る。清純そうなのは見た目だけか。
「はー……あなたこそ、よっぽど顔面紫色にされたいわけ?」
「笑止。こちらはもとより、あなたを生かすつもりはありません」
「あーもー黙れって言ってんだろが! ぶっ飛ばすぞイカレブスどもっ!!!」
「ねードレソー! やろーやろー!」
終わらない茶番は続くよ、どこまでも。
周囲を見回すと、朝女の面子はタハハという感じで呆れている。
ライムライトは「ふむ、仲が悪いな」「口も悪いっての」。
流星館は「あらあら」「バッチバチじゃんねー」。
ゆゆちゃんは興味ないのか、手鏡で前髪を弄っている。
なるほど。プロ見習いともなるとハートとメンタルが強い。
天丼のごときやり取りはそれからも終わらず、しばらくして。やまない喧騒を眺めていてもしょうがないとばかりに、霞さんが強硬策に乗り出した。
「いっそのことだ。私たちだけでドレソをはじめるとしよう」
「えー、瀬里奈は大胆だねぇ……怒られちゃうかもだよぉ?」
「大丈夫だ。それより前に、妃も御前も白けるさ」
剣龍は言うが早し、喧騒に向かって「ステージを使わせてもらいます」と宣言すると、そのままステージに入っていった。涼しい顔した白峰さんやオドオドした恋子ちゃんもその背中を追い、流星館もゆゆちゃんもあとに続く。
それを見て、混沌の住民たちも白けたようで。場にはおしまいムードが漂った。
「剣龍の言うとおり。構ってる暇ねぇわな。リッコちゃーん、盾殴らせろー!」
「嫌ですよっ!」
「かてぇこと言うなよ、盾娘のくせによ。おら、紫織。もういくぞ」
「……そうですね。それではみなさん、失礼いたします」
海音さんがガシッと体をつかんできて、紫織さんが横をスッととおっていく。
霞さん強し。かのクレイモアのように大上段で場を裁いてしまった。
しかし緩衝地帯にいるがゆえに、真奈ちゃんは焦ったように食らいつく。
「えー! 私は私はー!? 私のドレソはー!!!」
「犬っころも。やりたきゃこい」
「やったー! 真由ちゃんもいこっ」
「え、え、えええー!」
そうして一匹のわんこが猛スピードでステージに駆け込むと、置いていかれた妹わんこも焦って追いかけた。「りっちゃん、先に行ってるね」花も氷空も左も策謀の肩を持つように、続けてステージに入っていってしまった。
私もできれば流れについていきたかったのだが、最後に残った海音さん(とおまけの私)に、鉄面妃から冷やしたナイフのような圧力を突きつけられる。
「ちょっと狂剣。私、真由たちに話があるって言ったわよね」
「あとにしろ。あいつらどーせ、ドレソやんなきゃうっせえんだから」
「……ちっ」
うへえ。鉄のお顔が憎しみに染まっておる。
「そうだ、ちょうどいい。鉄面の。おまえも参加しろ」
「冗談でしょ。帰るわ」
「お前を殺れそうなピアシングストライカーがいんだよ」
「それこそ冗談でしょ。なめてるの?」
「なめてんだよイカレ女。ちょっとは後輩指導に貢献しろ。ほら、着替えろ」
「嫌よ。帰るわ」
プイっと背中を向けてしまった四ノ宮さんに、海音さんは。
「近々、鈴子がウチに泊まりたいらしい。断ったらアイツ、東京こねぇだろな」
「それで脅してるつもり? 気持ち悪い。ザコ犬の分際で調子に乗らないで」
「こっちはどーすんだって聞いてんだよ。紫織と違ってテメェは会えねぇだろが」
「……クソ犬が」
「おら、さっさと着替え持ってこい。どうせ大学に置いてあんだろ」
「……ちっ」
海音さんのその言葉には、一体どんな魔法がかけられていたのか。
結局、彩姫さんはこれ以上ないくらいに忌々しそうな形相を浮かべながら、やっぱりひとり足早に地下体育場を出ていってしまった。それから私がステージに連れ込まれて、十分程度が経ったころ。鉄面の妃はドレスも着装せず、速乾性のインナーTシャツとショートパンツに着替えて、ステージに堂々と進入してきた。
その振る舞い。まさに舞台の主さまのよう。本当にお妃さまに見えた。
次回「鉄面の妃さま、紫の御前さま」(2)。




